警鐘
name changes
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夏の夜空に正しく花が咲く様に現れた花火、赤や黄色、青色等の様々な色に変化してそれが綺麗で思わず笑みが零れてしまう、そんな気の抜けた私を見て隣に立っていた沖田さんは優しく口角を上げて微笑む、沖田さんがクスリと笑った声が聞こえて思わず振り向くと自然と目が合った
ドンッと花火が打ち上がる時の低い重低音が鼓膜を揺らしたが私の視線は沖田さんに捕まってしまった、花火が沖田さんの顔を優しく照らしてそれがまた私の心を鷲掴みにする
「沖田さん……私…………」
ドンッとまた花火が打ち上がる音が響く、私の言葉は沖田さんに届いたのだろうか、沖田さんが私に向かって何かを言おうと口を開いた時再びドンッと音が響いた
そこで意識が浮上する、どうやら殻の記憶を辿るのに随分時間をかけてしまったようだ、体を起こして周りを見るとスコップを片手に心配そうに私を見ている奴がいる
「随分記憶を見てたみたいだけど大丈夫?」
「うーん……大丈夫、でもなんか頭が痛む」
「その殻、ガタがきてるんじゃないの?」
スコップを持った奴が私に手を差し出して大丈夫かと聞いてくる、痛む頭を片手で押さえながら答えるとなかなかに辛辣な返事が返ってきたがこの殻はまだ捨てる時ではないだろう、そう思いながら差し出された手を掴み立ち上がった
ポンポンと軽く叩きながら着物についた土を払い除けて周りを見渡した、記憶が途切れる前何をしていたのか思い出そうとするが先程記憶を巡ったせいかまだ混乱していて上手く思い出せない
私が眉間に皺を寄せて唸っているのを心配そうに見つめていたスコップの奴だが不意に遠くに目をやり誰かの姿を捉えていた、同じように顔を向けると動いていない筈の心臓が脈打った気がした
「お前ら、ボーッと突っ立ってどうした?」
「いや、コイツがなかなか動かなくて…殻にガタがきてるんじゃないかって言ってた所なんですよ」
青色の帯を巻いた人が駆け寄りながら私達に何かあったのかと心配そうに話し出した、それにスコップは私を指さしながら殻にガタが来ているのではないかと伝えた、大丈夫だと言っているのにわざわざこの人に言わなくても……なんて思いながら私は弁解するために口を開いた
「大丈夫ですよ、ちょっと記憶を深読みしすぎてしまっただけですから、ご心配なく…沖田さん」
手を前に出して二人がこちらに寄らないようにしてそう言ったが何やら二人の様子がおかしい、おかしいと言うか違和感を感じる、思わず二人の顔を見ると戸惑っているような表情でこちらを見ていた
何か変な事でも言ったのだろうかと心配になりながらスコップの奴と青色の帯を巻いた人に声をかける事にした
「あの……」
「"沖田さん"って何?」
思わず控え目に声を掛けたと同時に青色の帯を巻いた人が首を傾げながら不思議そうに私に聞いてきた、"沖田さん"その単語に聞き覚えがある気がした、一体どこで…なんて考える前にすぐに思い出した、先程見ていたこの殻の記憶だ
夏の夜空に咲く花火を一緒に見た人物、"沖田さん"と呼ばれていた男性だ、だが何故急にその男性の事を私に聞くのか疑問だった
「……おそらくこの殻の知り合いの男性の呼び名だけど……それが何か?」
首を傾げてそう答えると二人は少しだけ驚いた様な様子で顔を見合せた、一体何だというのか、そもそも急にそんな名前を言ってきたのは二人だと言うのに
「……お前、さっきその名前を呼んでたんだよ、俺に向かって」
「しかも敬語だったし……だから思わず聞き返したのに、何も知らないみたいな雰囲気で答えるから……」
青色の帯を巻いた人が戸惑いながら自分の顔を指さして答えた後スコップの方が心配そうに続けた、どうやら私は無意識に名前を呼んでいたようだ、"沖田さん"を何故青色の帯を巻いた人に言ったのか分からなかったが既に光を亡くしているその目を見た時理解した
この人が私の殻の記憶に出てきた"沖田さん"なのだと、だから無意識に名前を呼んでいたのだと理解した、謎が解けて清々しい気持ちになっている私を他所に二人は不思議そうに私を見ている
「今確信しました、私の殻と貴方の殻は知り合いだったんですよ」
思わず両手を広げて青色の帯を巻いた人に近付きながら言うと若干引かれてしまったが沖田さんは少し考えるような素振りをしながら
「じゃあ俺ももっと詳しく記憶を見てみよう」
と言ってスッと目を閉じたこの人はどうやら好奇心が旺盛のようだ、沖田さんの言葉に私は緊張してしまって思わず固唾を飲んでしまう、沖田さんがもし次に目を開けた時私の事を知らないと言ってしまったらどうしようと考えてしまったのだ
隣でスコップ片手に私達の様子を不思議そうに見ている奴がいたが今はそれどころではなかった、ただ、私は沖田さんの中で死してなおも思い出せる程の存在だったのか気になったのだ
緊張した顔付きで沖田さんを見つめる事数分、なんの前触れも無く沖田さんは目を開いた、先程よりどこか目付きが優しく見えるのは気の所為だろうか
「ナマエ」
「は、はい!?」
「……うん、確かに知り合いだったみたいだな、それもかなり親密な関係」
沖田さんから名前を呼ばれて動かないはずの心臓が高鳴った気がした、馬鹿馬鹿しい事だが…緊張したまま返事をすると沖田さんはそんな事を気にしている様子もなく微笑みながら私との関係を親密な関係だと言ってくれた
世界が、少しだけ輝く様に見えた気がした
無論私は光に弱い、輝いた世界なんて見たらその場で失神、最悪死亡だ、だがそう表現した方が一番今の気持ちに近いのだ、そうあの時見た花火が咲く夜空の様に…………?
「沖田さん、沖田さん俺は?」
「待ってろよ……んー……ダメだお前は名前が分からん」
「えぇっ!?」
殻の記憶について二人が楽しそうに話しているのを私はどこか遠くの方で聞いている気持ちに陥った、先程自分が考えていた事について驚いていたのだ、先程私は何を考えていた?沖田さんが私の事を親密だと言ってくれた事について喜びを感じて挙句の果てには見た事ない景色に例えて喜びを口にしようとしていたのか
いくらなんでも殻の記憶に引き摺られ過ぎている……私達の目標はこの地上を奪還する事なのに人間のように逆上せた感情に振り回されて一喜一憂するなんて言語道断だ、闇人の風上にも置けないだろう
「ん?どうしたんだァ?ナマエ」
「ッ!?う、……ぁ」
思わずネガティブな気持ちになってしまい俯いていると沖田さんが私の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でながら声をかけてきた、いきなりの事で驚いたのと沖田さんの顔を見た瞬間何故か緊張しているかのような気持ちになってしまい言葉が上手く出せなくなってしまった
あわあわと落ち着きのない私を不思議に思ったのか沖田さんは首を傾げてどうかしたのかと声を掛けてくるがその言葉ですらも私の思考回路に不具合をもたらす、何か言わないと沖田さんはきっと私の事を返事もしない失礼な奴だと思ってしまうだろう
それだけは絶対に嫌だと私の頭は急に叫び出した、沖田さんに嫌われるのだけは嫌だとぎゃあぎゃあと騒ぐ、そうなると私の思考回路は完全に停止してしまい代わりに反射的に体が動き出す
「大丈夫です!!なんでもないです!!」
半ば叫ぶ様に私は沖田さんにそう言った、すると沖田さんはキョトンとしながら返事をしたがどこか寂しそうな表情をしていた、それもそうだ、折角気を使って声をかけてくれたのに私はそれをまるで怒鳴るように答えて……それこそ失礼な奴だと思われてしまっただろう
「ほら、その顔」
「え?」
「ダメだぞナマエ、そんな思い詰めた表情だと折角の可愛い顔が台無しだぞ」
ハハハッと笑いながら沖田さんは私にそう言った、冗談だと言うのは頭で理解している筈なのに沖田さんの口から発せられた"可愛い"の言葉一言で私はアタフタとしてしまう、なんて単純なのだろうか、沖田さんはアタフタとする私を少し不思議そうに見てまた笑った
沖田さんはよく笑う人だ、いつも笑っては私を励ましてくれる、沖田さんの笑顔を見ると私も心が温まる気持ちになり優しさに包まれたような気持ちになれるのだ
思わず私も笑みを零しそうになった時頭の片隅にあの日見た花火の光景がチラついた、あの時もこうして沖田さんが微笑んで、私はそれから目が離せなくなって沖田さんに……そう、そこでこの思い出は途切れている、それもそうだこの殻の記憶なのだから、記憶でしかないのだから
「沖田さん、」
堪らず沖田さんの名前を呼ぶと沖田さんは首を傾げてこちらを見た、その他の人からしたら普通の行動でさえもやはり一喜一憂してしまう、この殻はやはりガタが来ているのだろう、しかしどこかそれでもいいと思ってしまう自分がいた
意を決して沖田さんにあの事を聞いてみる事にした、正直聞かなくても済む事なのだがせめてこの記憶に終止符を打ちたい、これ以上この殻の未練である記憶に引き摺り回されるのはごめんなのだ
「あの時私と一緒に見た花火の事を覚えてますか?」
「ナマエと見た花火……?」
急に花火の事を問われて沖田さんは目をぱちくりさせて驚いていたが私の言葉を復唱した後唸りながら目を瞑った、どうやら記憶を巡ってくれるようだ、沖田さんの向こうでスコップのアイツは不思議そうに私達を見ていた
少しして記憶を巡り終えた沖田さんが目を開いた、思わず固唾を呑んで身構えてしまう、一体私はあの時何を沖田さんに言ったのか、そして沖田さんは何と返したのか、どうしてもそれが思い出せないのだまるで記憶に蓋をしているかのようにいくら巡ってもそれが思い出せない
身構える私に沖田さんはいつものように笑う、しかしその表情はどこか困っている様に見えた、何故そんなにも困った様な表情をするのか私には分からなかったが続けざまに沖田さんが放った一言に私は思わず目を見開いてしまった
「悪い、花火って…なんの事だ?」
あの時見た、あの綺麗な夜空に咲く花火の事を沖田さんは覚えていなかったのだ、思わず足に力が入らなくなってふらついてしまうがなんとか持ち堪えた、同時に息を大きく吸ってグッと飲み込んだ、声を荒げないようにするために
「いえ、なんでもないです」
今できる精一杯の笑顔を沖田さんに見せて私は沖田さんに何か言われる前にその場から立ち去る、耐えられなかった、私の網膜にはもはや呪いかのようにあの花火が焼き付いて離れないのに、あの日の言葉の続きを知りたかったのに、背後で心配そうに私の名前を呼ぶ沖田さんの記憶には止まる価値のない物だったようだ
私は落ち着く為に溜め息と共に目を瞑った、しかし、真っ暗な視界にあの時と同じ様に花が咲く様に現れる花火がチラつく、私はどう足掻いてもこの記憶を忘れる事はできないのだろう
ならばいっそ、あの時の言葉の続きを、沖田さんの口から直接聞きたいのにそれすらも叶わない、所詮死体の殻を被った私にはそんな権利は無いのだろう