警鐘
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自衛官とは常人では考えられない厳しい環境下でも動ける様に日々厳しい訓練が必要となる、それはよく理解していたし覚悟もしていた、それでも私は自衛官になりたかったのだ
しかしどんなに覚悟していても実際経験してみるとその覚悟すら揺れてしまいそうになる、理不尽だとすら思ってしまう程の上官からのペナルティの嵐、腕立て伏せを永遠にやらされたせいか、既に腕はブルブルと痙攣している、こんなに腕立て伏せをしたのは候補生時代以来だと思わず笑ってしまった
今は少ない自由時間だが私は人通りの少ない窓際にもたれてボーッと星を見ていた、今日は空気が澄んでいるのかいつもより多くの星が見えている気がする
「はぁ……」
思わず溜め息をつくが以前溜め息をつくと幸せが逃げると友達である永井君に言われた事を思い出し項垂れた、これ以上不幸な事が訪れないで欲しいと願うが人生はそう甘くないのを知っている、この先もっと酷い事が起こるのではないかと想像するだけでまた気分が落ち込んだ
一度落ち込むと底辺まで下がってしまう性格は治ってない様だ、この性格については以前三沢三佐に指摘されて治そうと試みたが治った気がしていただけらしい、そんな事実にまた溜め息をつきそうになったが今度はギュッと我慢した
しかし我慢した分行き場のない感情が目尻を熱くした、泣くなんて惨めな事をしたくないと思ったが我慢をする前にポロリと一滴零れ落ちてしまった
「……ッふ……」
一度零れると涙が止めどなく溢れてくる、おまけに嗚咽まで漏れそうになってしまい、私は思わず自分の手で口を覆った、ギリッと奥歯を噛み締めるが嗚咽も涙も溢れてくる
ボロボロと零れる涙が鬱陶しく感じて口を覆っていた手を離し袖口で乱暴に目元を拭った時、背後にふと誰かの気配を感じた、こう言う時自分の能力を恨みたくなる、人一倍人の気配を感じるのが上手いと上官お墨付きな私、相手に気付かれない様に後ろを振り向くが向こうも息を潜めているのか姿は見えない
普通の人ならここでわざわざ息を潜めたりしないだろう、何故泣いているのかとからかうか心配するかのどちらかだろう、そんな事をする人は私の知り合いで一人しかいないのを知っていた
「……沖田さん、そこにいますよね?」
無視してもよかったが私は何故か涙を拭きながらそう言った、自分の声が涙声になっているのを感じたが特に気にしなかった、どうやらもう泣きベソをかいている事に関しては吹っ切れてしまったようだ
「あー……見つかっちゃったか……最近の若い子は勘が鋭くて困るよ、いやナマエだから見つかったのかな?」
少しして気まずそうに頭を掻きそう言いながらこちらの方へ歩いて来た沖田さん、やはり私の勘は当たっていた様だ、思わず笑みが零れるが涙は相変わらず止まらない
沖田さんは私の隣に立つと同じ様に窓際にもたれて空を仰いだ、私はなんとなく泣き顔を見られたくなくて腕を組んでそこに顔を押し付けた
「泣き顔見られたくないなら、何でわざわざ俺の名前呼んだのさナマエ」
「……分からないです……」
「何だそれ……まあ、乙女の心はフクザツだからかな?」
「……乙女の心なんて、とっくに捨てましたよ」
困った様に話す沖田さんに私は顔を押し付けたまま返事をした、私の返答を聞いて沖田さんはまた困った様に笑いながらそう言った、久しぶりに乙女と言う単語を聞いて私はぶっきらぼうに返した
目元が涙で濡れてきて気持ち悪くなってきたので少しだけ顔を外に出すと同時に沖田さんの方をチラリと覗き見ると、沖田さんはもう空を仰ぐのをやめて、逆に窓に背を向けてもたれていた
「まあ、辛い事があった時は誰か傍に居て欲しいものだよな」
天井の方に向けていた目を瞑りながら沖田さんは独り言の様にそう呟いた、その言葉を聞いて私は先程した自分の行動に納得した、確かに沖田さんが隣に来てからは気分が落ち込む様な事を考えなくなった
しかし油断すると上官に怒られた時に言われた罵倒の言葉が頭をよぎる、普段の私なら聞き流していただろうが今回はどうにも根を張っているようだ、止まりかけていた涙がまた溢れてきた
それを悟られない様に私は沖田さんがいる方向とは逆方向に頭を向けた、ボロボロと零れる涙は頬を伝って窓の外へ落ちていく、下の階の人にはきっとバレないだろう
「ナマエがここまで泣くのも珍しいな、何があったか良かったら聞かせてよ」
「……い、いえ沖田さんに、聞かせるような事ではない、ので……」
沖田さんが遠回しに愚痴っても良いと気を使ってくれたが私は拒否した、涙が零れ始めて少し経ったからかしゃっくりが始まっていた様で私の声は途切れ途切れだ、沖田さんに上手く伝わったか心配だった
「強がらなくても大丈夫だって、それともナマエには俺が他の上官に告げ口する様な奴に見える?」
「そ、う言うわけじゃ、ないです」
沖田さんは少しだけ怒った口調で言いながら私の肩に手を掛けた、そんな沖田さんの様子に私は思わず背けていた顔を向けて弁解した、慌てて顔を向けたからか片方の目から涙が頬を流れたが沖田さんが指で涙を掬った
沖田さんの行動に思わず驚いてしまうが沖田さんはそんな私を他所にニッコリといつもの笑顔を向けながら
「やっとこっち向いた」
と心底嬉しそうに私に言った、思えば一度も沖田さんの方を向いてなくて失礼な事をしてしまったと反省した、もう片方の目から流れた涙をもう一度同じ様に指で掬った沖田さんは私に幼い子を宥める様な口調で話しかけた
「ほら、ナマエ、話してみてよ」
「……実は……一藤一佐、にこっぴどく怒られ、まして……」
硬く閉ざしていた筈の先程の出来事を私はポツリポツリと沖田さんに話し出した、しゃっくりが止まらず度々変な所で区切りを入れてしまうが沖田さんはうんうんと頷きながら話を聞いてくれた
一藤一佐の元へ届けなければならなかった書類が予定の時間を大幅に過ぎて見つかり、走って届ようとしたら三沢三佐とぶつかりそうになり、なんとか避けたが受け身を取った際にその書類を曲げてしまい、シワシワになった書類を渡す羽目になってしまった事、更に遅刻した時間に因んで腕立て伏せをペナルティとして受けた事
思い出すだけで身震いする程の出来事を私は話し終えて、ふぅと一息ついて初めと同じ様に腕に自分の顔を押し付けた、情けない事に思い出したらまた涙が出てきてしまったのだ、泣いている事を悟られないように顔を隠したのに、沖田さんはポンポンと私の頭を撫でるのできっと泣いている事に気付いているのだろう
「頑張ったな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったが沖田さんは確かにそう言った、その言葉を聞いて私は我慢していた分の涙が溢れた、その一言が今の私の助けになったのだ
ポロポロと涙を流し続ける私の後頭部に手を伸ばし、沖田さんは何も言わずにグッと自分の方へと引き寄せた、必然的に私の身体は沖田さんの胸元へ移動する
「おき、たさ……っ」
「こうすれば誰にも見られない、もちろん俺にも……だからさナマエ、ちょっとくらい泣いてもいいんだ」
思わず沖田さんの身体を押し退けようとした時、私の後頭部を撫でながら沖田さんは優しく子供に言い聞かすようにそう言った、優しい言葉に私は手に込められていた力が抜けた
沖田さんはゆっくりと手を動かし、私の背中に手を回してポンポンとリズム良く優しく叩いてくれた、私は漏れそうになる嗚咽をグッと堪えるがどうしても漏れてしまうので両手で口を覆った
「あぁ、息止めない方がいい、ほらゆっくり深呼吸」
私が嗚咽を堪えているのが分かったのか沖田さんは慌てた様子で私の肩を掴み、少し身体を離した後私の頬に両手を包み込む様に添えた、必然的に私は顔を上げさせられ、沖田さんと目が合った
「ほら、息吸って……吐いて、深呼吸して、そうそう」
沖田さんは困った様に笑いながら私にそう指示した、沖田さんの言うテンポ通りに震える喉を動かし深呼吸を繰り返した、吐く息がしゃっくりのせいでブレて上手くできないが沖田さんはゆっくりでいいと言った
数回繰り返した時ようやくしゃっくりが治まってきたような気がした、沖田さんも私の呼吸が落ち着いたのを聞いて安心したように息を吐いた
沖田さんにお礼を言おうと少し俯き加減だった顔を上げた時、沖田さんが何かに気付いたのかハッとした表情になった瞬間、私から離れて慌てた様子で口を開いた
「わ、悪い!!泣き顔見られたくなかったのに、俺、ナマエを落ち着かせようと思って……」
「……フフッ……大丈夫です、気にしないで下さい」
沖田さんがアタフタと謝るのを見て私は思わず吹き出してしまった、あの沖田さんがこんなにも必死になって弁解をするなんて今まで見た事がなかった、いつも何事もそつなくこなすのが沖田さんだったので、今の人間くさい沖田さんを見て少し安心したのもあったかもしれない
上官に対して失礼なのは重々承知だが、吹き出してしまったのを抑える事は出来ず、私はクスクスと笑い続けてしまった、しかし直ぐにハッとして慌てて上げていた口角を手で隠した、チラリと沖田さんを見上げると沖田さんは優しく笑っていた
「ナマエ元気出た?」
優しい口調でそう言う沖田さんに私は驚きながらもゆっくりと頷いた、沖田さんはそんな私の頭に手を置いてポンポンとゆっくり撫でてくれた、沖田さんに子供扱いされてる気がして少しだけ不服だったが不思議と悪い気はしなかった
「ありがとうございました、沖田さん」
「うん、ちゃんとお礼が言えて偉いな」
沖田さんに礼を言うと沖田さんはニコニコと笑いながらそう言ってまた私の頭を撫でた、今度こそは子供扱いしないでと言おうと思ったが、何故だか心が落ち着いてしまい、文句を言うのはまた次の機会でいいやと思い、私は結局沖田さんの気が済むまで頭を撫でられていた