警鐘
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鉄塔が崩壊した際に響いた爆発音のせいで酷い耳鳴りに襲われて意識が途切れた、一樹守と名乗っていた彼と木船郁子と名乗っていた彼女は無事だろうか、鉄塔から落ちてしまった永井士長は大丈夫だろうか、そんな考えが頭を巡り思考が定まらない
意識が浮上したのは穏やかな波音が鼓膜を揺らしたからだ、自分の体が硬いコンクリートの地面に伏せっているのが分かった、目を開けると日光の眩しさで視界が一瞬眩んだ、体を起こすと目の前には日光を反射して漂う穏やかな海が広がっていた
「……帰って来たの?」
思わずそう呟いて周りを見渡す、私の周りには残念ながら誰も居らず、ただただ数年前に廃墟と化した夜見島がそこに立っているだけだった、外部との連絡を取ろうと体を起こした時聞き慣れたヘリコプターの羽音が耳に届いた、見上げると迷彩加工を施したヘリコプターが私の頭上を飛んでいた
墜落する瞬間、三沢三佐か沖田二曹が救助信号を発信していたのだろうか、御二人共が居なくなってしまった今確認する事は出来ないが……
「大丈夫ですか?他に誰か生存者は……?」
「…………分かりません……ただ、自衛官の生存者は私と永井士長だけです……」
「……永井士長は?」
「数時間前にはぐれてしまいました……今は、行方不明です」
ヘリから降下してきた救護班に他の生存者の有無を聞かれたがあの異質な状況をどうやって伝えるべきなのか分からず思わず言葉を濁らせてしまう、とりあえずほぼ願望に近いが永井士長の生存だけを伝え、私はヘリに引き上げられた
たった一日だ、たった一日で私は何人ものの死を目撃したのだ、ヘリの操縦士から始まり一藤小隊のほぼ全員の死、沖田二曹の死、そして三沢三佐の死、頭の整理が上手くできない
特に沖田二曹の死は受け止められないだろう、沖田二曹……いや、沖田さんは私が密かに想いを寄せていた人物なのだから、彼の死はきっと受け止められないだろう、今だってまだ彼が生きている気がしてならないのだから
ヘリの中から夜見島を眺める、上空から見たらあんなに小さい島なのにそこで起きた出来事は壮大で私の想像を遥かに超えていた、もうきっとこの場所には足を踏み入れないだろう、元々踏み入れる予定ではなかったのだが
「さようなら、沖田さん」
そう呟いてもう一度や夜見島を見下ろした、しかしそれが良くなかった、夜見島の中心にある廃墟の窓一つ一つから人の手のようなものが私めがけて伸びてきたのだ、思わず身を引くが無数の手は私の足元にまで到達していた
喉の奥でヒュッと音が鳴った、その直後一つの手が私の足首を掴んだ、黒い革手袋をした手、男性の手だ、この手を私は知っている、そう考えた瞬間誰かが私の目の前に立っている気配がした、ありえない事だ、私の目の前はヘリの窓だったはずだ、そこに人が立つだなんてできる訳が無い
ドクドクと心臓が強く脈打つ中、ゆっくりと顔を上げる、頭の中では見てはダメだ見てはダメだと警鐘を鳴らすが言う事を聞かない、まるで無理矢理顔をあげさせられているかのような気分だ、目がゆっくりと開く、そうして私はありえない場所に立つ人物の顔を見たのだ
「ッは……ぁ……ああぁあ……」
思わず声が漏れた、まず最初に目に飛び込んだのは真っ白な顔にベットリとついた真っ黒な血のような汚れ、次に着物の帯のような柄をした青色の布、そして憧れであった彼の、沖田さんの歪んだ笑みが見えた、死後硬直からか乾いた眼球に私を捉えてゆっくりと手を伸ばしてくる、あの手袋の感触が頬を撫でた
ガチガチと歯を鳴らす私を気味の悪い程優しく微笑み見下ろす沖田さん、これは幻覚なのだと言い聞かせる、もうあの世界からは脱出したはずなのだ、だからもう沖田さんと会うはずがない、そう自分に言い聞かせるがそれを打ち消すかのように沖田さんは私に近付く、少し身を屈めて私の耳に囁いた
「逃げ場なんて、無いんだぞ?」
言い聞かせるかのような口調で囁く沖田さん、沖田さんの声を聞いた途端不思議と身体の震えが止まり頭の中がクリアになっていく感覚がした、それと共に目の前にいたはずの沖田さんの姿も消えた、残されたのは呼吸を荒くして身を縮こませる無様な私と心配そうに声を掛ける救護班、そしてヘリコプターのエンジン音や羽音だけだ
やはりあれは幻覚だったのだと安堵した、心配そうに私の背中を摩る救護班に礼を言って固く目を瞑る、もう大丈夫なんだと言い聞かせて心を落ち着かせると荒く乱れていた呼吸が整っていく、数回深呼吸を繰り返すとすっかり良くなった、ふぅ……と息を吐いて目頭を押しながら大丈夫だと呟いた、半分自己暗示のようなものだが効果はあるだろう
しかしそんな私の淡い期待もすぐに壊された
「嫌あぁあああ"ぁ"ぁああッッ!!」
救護班に運ばれて市内の病院で身体検査を受けていた途中、ふと目に入った鏡の中にあの沖田さんの姿が見えたのだ、微笑みながらこちらをジッと見据えている、思わず叫びながら鏡から離れる、そんな私を落ち着かせようと看護師達が肩を掴んで目を合わせようとするが今この状況で鏡にいる沖田さんから目を離すのは危険だと思い看護師の目を見る事が出来ない
しかし何度も何度も名前を呼ばれて終いには顔を動かされ目を無理やり合わせられる、思わず抵抗をしてなんとしても鏡から目を離さないようにするが疲労困憊の身体ではロクに抵抗もできない、遂に鏡が視界の中から消えた、心配そうに声を掛ける看護師達の姿がハッキリと見えた
自分の呼吸が荒い事に気付いた、心臓もまるで激しい運動をした後の様に騒がしい、嫌な汗が背中を伝いそれによって服が引っ付くのが気持ち悪い、完全にパニックの症状だ、看護師達の心配そうな表情がまた精神的に来る物がある
「……すいません……」
喉から絞り出した謝罪の言葉は先程叫んだせいで少し嗄れていた、咳き込むと血の味がしたので恐らく喉を傷付けてしまったのだろう、看護師の肩を借りて立ち上がりそのまま身体検査の続きを行う事にした、いくつかの部屋を移動して行われた身体検査の最中に何度か鏡を見つけたがなるべく鏡を見ないように俯いてやり過ごした
身体検査が終わると個室の病室に運ばれた、ベッドに横になってようやく一息つけた、看護師が何かあったらナースコールを押す様にと言い残して病室を出て行ったのを見送り私は静かに目を瞑った、夜見島でのあの出来事が私に相当大きな影響を与えているのは素人目から見ても一目瞭然だ
異形と化した沖田さんの姿が見えるのは決まって鏡の中、ならば鏡を見ないように生活をしていけば少なくとも普通の生活に戻れると信じ、心の中で自分を激励してゆっくりと目を開ける、病室の無機質な天井が視界に広がっていて酷く安堵した時窓の外で鳥が飛び立って行ったのが視界の端に見えて思わず顔を向けると、綺麗な青空と緑豊かな樹木が窓の外に見える
きっと大丈夫だと信じて今は身体を休める方が優先だと考え私はゆっくり目を瞑った、疲れ切った身体はすぐに休息を得る為に意識を飛ばして私を夢の中へと誘った
一番の地獄は目が覚めた朝だった、身支度をするには必ず一回は鏡を見なければならない、鏡に反射した世界をなるべく見ないように身支度をする、自分の背後に黒い服がチラリと見えるのが私の恐怖心を駆り立てる、素早く支度してその場から立ち去ろうとした瞬間
「俺を、無視するのか?ナマエ」
耳元で聞こえた沖田さんの声に体が硬直した、服のような物が擦れる音が聞こえた、しかし服にしてはどこか重たそうで、それが帯のような物が擦れた音だと気付いたのは視界の端に青色の帯が見えた気がしたからだ
肩をビクつかせながら声にならない叫び声を上げて視界の端に見えた姿を捉えるために振り向いたが、やはり誰も立っていない、また幻覚を見たのだ、思わず溜め息をついて膝を抱えてその場に蹲った
「もう……いい加減にしてよ」
「ナマエ」
「うるさいうるさいうるさい」
「ナマエ、どうしたんだ?」
目を瞑り幻覚に翻弄される視界を塞ぐがそれを許さないかのように止めどなく幻聴が頭を揺さぶる、いくら耳を塞ごうとこの幻聴は私の頭から発せられている物なので意味は無い、分かってはいるが耳を塞がずにはいられなかった、なんと惨めで愚かな姿なのだろうか
ひたすら蹲り耳を塞いでいるといつの間にか回診の時間が来ていたようだ、慌てた様子で看護師が私に駆け寄って来た
「ナマエさん?大丈夫ですか?」
「ぁ……だ、大丈夫……です」
看護師の声が聞こえなるべく何事も無いように振る舞うが看護師の肩の向こう側には鏡があり沖田さんの白い顔が見えた気がした、思わず叫びたくなるのをグッと堪えて看護師さんに笑顔を向ける、今の私はしっかりと笑えているのだろうか
何とか看護師や医師を誤魔化そうとするが、やはりプロの目は誤魔化せない、私はベッドに戻されて医師からいくつか質問をされた、一体何が見えているのか、いつから見えているのか、どんな時に見えるのか……等々、それらに全て嘘偽りなく答えると医師は私に現状の診断を下した
心的外傷後ストレス障害、とりあえず現状ではこの病が当てはまるらしい、時間が治してくれる事もあれば上手く付き合っていかないといけない場合もあるらしい、そうして午後の診察のスケジュールを伝えて医師達はまた別の患者の元へ向かった
「ナマエ、俺はずっとナマエの傍にいるからな」
生前と同じ声でそう話す沖田さん、しかしこれも私の脳が勝手に作り上げた幻聴だ、それは分かっている、分かってはいるが震えが止まらない、視線をゆっくりと動かして恐る恐る鏡を見ると私の背後に沖田さんが立っているのが見える
よく見ると沖田さんは上半身を屈めて私を上から見下ろしているように立っていた、それが分かった直後視界の端にまた青色の帯がチラついた気がした