警鐘
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ラジオから今後の天気予報についての情報が流れてきた、しかしその声もたった今降ってきたゲリラ豪雨の激しい雨音でかき消されたが、隣に立っている沖田二曹の困ったような溜め息は聞こえた
私と沖田二曹は駐屯地の門の警備、所謂歩哨と言われる任務をこなしていた、沖田二曹は階級が上だが本来配属される予定だった私の同僚が食中毒にかかり入院をしてしまったためヘルプに来てくれたのだ
しかし天気は大荒れ、早朝は太陽が照っていたが数分前に雲行きが怪しくなりあっと言う間に豪雨となったのだ、まさに典型的なゲリラ豪雨、しかし私達は自衛官、立場上傘をさす事は許されてないので大粒の雨に打たれるしか術はない
「いや困ったね」
「いつ頃止むでしょうか」
「さあ?少なくともこの真っ黒な雲が空にある限り晴れる事はないな」
乾いた笑いと共に沖田二曹が呟いた、私は雨で濡れた髪を軽く掻き上げながら沖田二曹にいつ頃晴れるか聞くが沖田二曹は深い溜め息をつきながら空を見上げしばらく止みそうにないと答えた、私も釣られて空を見上げる
真っ黒と言うより灰色がかった雲は分厚いようで日光を全く入れようとしない、ポタッと大きな雨粒が瞼の上に落ちてきて私は反射的に瞬きをした、瞼についた雨を手で拭った時沖田二曹が遠くを眺めながら聞こえるか聞こえないか位の声で話し出した
「この雨だと視界が悪いよな、数m先も見えない、声だって雨の音でほとんど掻き消されてるし……」
「そうですね……でもなんで急にそんな事を?」
状況を整理するように話し出したかと思うとチラリと私を見下ろしてきた沖田二曹に私は戸惑う、バチリと音が鳴っても良い程沖田二曹と目が合った
沖田二曹の瞳はどことなく熱を帯びていて私は柄にも無く心臓がドクドクと強く脈打ったのを感じた、緊張して思わず不自然に目を逸らした私に対して沖田二曹は何も言わずに私の肩に手を置いた
「……きっと、こんな時に好きな人にキスをしたらロマンチックだろうな」
そう呟きながら沖田二曹は私の耳に顔を近付けた、豪雨の激しい雨音はどこかへ行ってしまったかのように先程から聞こえない、それどころか時が止まったかのような感覚に陥る
「嫌なら殴っていいから」
沖田二曹は私にそう囁くとゆっくりとした動作で私の耳から顔を離してこちらを見下ろした、沖田二曹の表情はどこか切なく、憂いを帯びた瞳をしていた様に見えた
そんな沖田二曹の瞳が瞼で隠されると沖田二曹は私の肩に手を置いたまま顔を近付けてくる、先程のように耳に近付いてくるのとはわけが違うのを私は知っていた
雨で濡れたお互いの唇がゆっくりと重なった、恥ずかしさで顔に血液が集まり熱くなる、時間にしてはほんの数秒だろうか、一瞬重なっただけなのに体感では何時間にも感じた
ゆっくりと離れたが沖田二曹は少し息を吐くともう一度吸い込まれる様に唇を重ねた、肩に置いてあった沖田二曹の手に力が入った感覚がしたと同時にグッと身体を寄せられた
沖田二曹のもう片方の手が私の腰に回る、私は思わず沖田二曹の胸元に手を置いたが沖田二曹がまた身体を寄せたので制服を握ってしまった、このままでは沖田二曹の制服にシワが入ってしまうなぁ、なんて考えていると沖田二曹がゆっくりと離れた
「……ッ」
私は恥ずかしさから額を沖田二曹の胸元に押し当てて顔を隠した、沖田二曹の制服は濡れていて冷たい感覚が額に当たり、先程熱っぽかった顔が冷やされるがドクドクといっそう強く脈打つ心臓の鼓動は収まりそうにない
「…………ごめんなナマエ」
自分の鼓動と激しい雨音で周りの音は聞こえないが沖田二曹の声はしっかりと私の耳に届いた、私はゆっくりと目を瞑りしばらく雨音だけを聞く事にした、随分と長い間黙っていたが沖田二曹は何も言わず私の頭に手を置いていた、目を開けるといつの間にか私の腰にあった筈の沖田二曹の手は居場所をなくした様に垂れ下がっていた
私はゆっくりと沖田二曹の制服を握っていた手を離し、居場所をなくした沖田二曹の手を握った、そんな私の行動に驚いたのか沖田二曹は小さく声を上げた
「ナマエ……?」
「謝らないでください」
不思議そうに私の名前を呼ぶ沖田二曹に私はそう話した、沖田二曹は困惑していたが私はゆっくりと顔を上げて沖田二曹と目を合わせた、私の顔はきっと恥ずかしさで真っ赤だろうが気にしなかった
「……上官だからだとか、そんな事気にしなくてもいいのに」
少しだけ沖田二曹は悲しそうな顔をして自嘲的に笑いそう呟いた、雨が沖田二曹の髪を濡らし、重たくなった沖田二曹の髪は少しだけ垂れ下がっている、普段から掻き上げられている髪が下がっていると印象が変わる
それよりもだ、沖田二曹が言った言葉に私は引っ掛かりを感じた、私は沖田二曹にキスされて殴らなかったのは沖田二曹が上官だから等と言うくだらない理由ではない、もし沖田二曹ではなく別の上官にキスされたら問答無用で殴り飛ばしているだろう
「私は沖田二曹が上官だから殴らなかったわけじゃないです」
「え……じゃあなんで……」
「……私は、沖田二曹にキスされても……嫌じゃなかった……と言う訳です」
実際口に出して言うととても恥ずかしいが沖田二曹の誤解を解くには言うしかなかった、私は恥ずかしさのあまりせっかく顔を上げたのにまた俯いてしまった、視界には私達の足と握ったままの手とこの豪雨で水面が揺れている水たまりが映る
私が殴らなかった理由を聞いて沖田二曹は黙ってしまった、もしかしたらこの沖田二曹の行動が訓練の一つなのかもしれない、そうすると先程行った全ての行為が第三者に見られている可能性がある
そう考えるとどんどんと恥ずかしさが増してくると同時に取り返しのつかない事をやってしまったと後悔が押し寄せてくる、変な事をせずそのまま沖田二曹の言う通り殴り飛ばせばよかったとさえ思い始めた時
「ナマエ」
沖田二曹が私の名前を囁いた、少しだけ驚いて肩をビクつかせてしまう、恋愛に現を抜かすなんて自衛官失格だと怒られてしまうだろうか、その前に自衛官を辞めさせられるだろうかなんてマイナスな事ばかりが頭の中を巡る
恐る恐る顔を上げる、先程と同じようにまた雨の粒が瞼に当たり一瞬意図せず瞬きをしてしまうが沖田二曹の顔をしっかりと見た、沖田二曹は優しく微笑んでいただけだった、しかし私は沖田二曹は笑顔のまま怒るのではないかと思い身構えてしまう
「さっき言ったのは、別に俺に気を使ってとかそう言うのじゃないよな?」
「えっ……?」
罵倒の嵐が来るかと思ったが沖田二曹の言葉は実に拍子抜けしてしまう言葉だった、思わず気の抜けた言葉を出してしまうか沖田二曹は気にしてないようだ
「だから、俺にキスされても嫌じゃなかったって、本当?」
「…………本当……です」
沖田二曹は少し照れたように笑いながら私にそう聞いてきた、改めて自分が先程言った言葉を考えるととても恥ずかしいが私はゆっくりと頷きながらそう答えた
すると沖田二曹は少しだけ目を見開いたあと、安心したように溜め息をついた、そして沖田二曹はゆっくりと握ったままの手を離し私を抱き締めた、行き場を失った私の両手はアワアワと居場所を探して彷徨う
「良かった……俺、ナマエには嫌われたくないんだ」
慌てていると沖田二曹はそう私に囁いた、私が驚いて動きを止めると沖田二曹はゆっくりと体を離した、もう一度目を合わせた私達は今度は何も言わずに吸い込まれる様にお互いの唇を合わせた
勢いが変わらず激しく降る雨はきっとまだしばらく降り続けるだろう、雨音を聞きながら私はそう思った、ゆっくりと目を瞑ると雨音だけが鼓膜に届く、しかし沖田二曹の体温は感じるので、まるで私と沖田二曹だけがこの世にいるような気分になる
それでもいいとさえ今は思う