警鐘
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人と言うのは絶望の淵に立つと吹っ切れて驚異的な力を発揮するか、精神が耐えきれず崩壊するか、そのどちらかだと私は考える、なんて一人で議論を開いても実際経験しなければ分からない事はある、なんて思うが私は今丁度絶望の淵に立たされていた
かつての尊敬していた上官に銃を向け、向けられ、互いの命を守るために訓練していた筈なのに、今は互いの命を取るために訓練した事を行っているのだ、私は一体何をしているのだろうか、こんな事をしても助かる可能性がどれ程あるのだろうか
銃口の向こうに見えるかつての上官は生前と同じように笑ってる、記憶の中にある生前の上官の笑顔が今の変わってしまった上官に重なる様に浮かび上がった
沖田宏、私の尊敬する上官の一人であり、彼もまた私を気遣ってくださってくれていた、そんな人格者な彼は今はすっかり別人の様に変わってしまった、人間ではない別の物に変わってしまった
「銃を撃つ時はしっかりと相手を見据えて狙いを定めるんでしたよね、沖田さん」
銃口の先にいる沖田さんにそう言いながら私は銃を持つ手に力を込めた、狙撃が上手い沖田さんから聞いたアドバイスだ、まさか教えてくださった本人に向かって行う事になるとは思ってもなかったが
引き金に指を引っ掛けるがどうしても引く事が出来ない、沖田さんを目の前にすると指が震えて力が入らない、それどころか頭の中で沖田さんに関する記憶かドンドンと溢れてくる
「ナマエ、どうしたぁ?」
沖田さんが不気味な笑顔を向けて口角を上げてそう言った、声も同じで滑らかな発音だ、いっその事ゾンビのように濁った発音ならまだ撃つ事が出来ただろう、とても厄介な事になった
生前の沖田さんそっくりの声が私の鼓膜を揺らす、その直後私の中でなにかが切れた気がした、もうこの絶望に耐える事は不可能だ、そう頭で理解した瞬間、私は銃を降ろしてしまった
チャンスだと言わんばかりに沖田さんが笑いながらこちらに向かって歩み寄ってくる、自分の視界が沖田さんの影で少し暗くなった時、私は諦めてゆっくりと目を瞑った、ああ、なんてつまらない最期なのだろうか、せめて死ぬのなら胸を張れる最期が良かったのに
諦めていると頭に何かが優しく乗った感覚があった、思わず目を開けると目の前には異形と化した沖田さんが優しく微笑んでいた、思わず鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になってしまう、左右に沖田さんの手が動かされると私の頭はそれに合わせて撫でられる
「お、沖田さん……」
まるで生前の沖田さんが戻ってきた様な錯覚に陥るが目の前に見えるのは明らかに生者ではない沖田さんだ、改めて突き付けられた現実に思わず涙が流れ出てしまう、沖田さんは私の涙を見ると少し驚いた後優しくそれを手袋を着けた指で掬った
その優しい手付きが生前の沖田さんの生き写しで胸がギュッと切なくなる、いや、生き写しなんて物ではないのだ、この人は沖田さんそのものなのだ
そう思った瞬間私は咄嗟に沖田さんに抱き着いていた、沖田さんの優しく爽やかな香水の香りを覆い隠す様な死臭が鼻腔を突いた、だがその死臭すらも私の思考回路を正常には戻してくれなかった
「沖田さん、沖田さん沖田さん、沖田さん沖田さん沖田さん……好き、好きだったんです、沖田さん……好きです」
私は堰を切った様に生前伝える事が出来なかった自分の感情を涙と共に沖田さんにぶつけた、今の沖田さんに伝えてももうどうする事も出来ないのに私は何をしているのか、しかし一度溢れ出た気持ちはもう抑える事は出来なかった
「え、あ……ナマエ……えっとぉ?」
図上で沖田さんが困惑しているのが分かるが私はただひたすら沖田さんを抱き締めていた、沖田さんは私の背中の方でワタワタと忙しなく両の手を動かしていたが私が泣いているのに気付くと驚いた様に息を呑んだ後優しく私の背中に手を回してくれた
思わずまた新しく涙が溢れ出してしまい沖田さんの身体に自分の顔を押し付ける、鼻を突く死臭がより一層強く香ったが今はそれが逆に心地良かった、沖田さんは何となく私の状況を察してくれたのか背中に回してくれていた手を少し離した後背中をポンポンと優しく叩いてくれた
「ナマエ、大丈夫、な?」
大丈夫だと落ち着いた口調で話してくれる沖田さんに私はうんうんと頷いて答える、今この瞬間だけ生前の頃に戻った様に感じた、そうなると私の頭の中である答えが導き出された
私は、もう駄目だ
ゆっくりと沖田さんから離れるとどうかしたのかと言いたげに沖田さんは首を傾げた、そんな生前の沖田さんそっくりの今の沖田さんに思わず笑みが零れてしまう
「沖田さん、ごめんなさい」
笑いながら涙声でそう言ってこめかみに少し前に拾った拳銃を突き付ける、沖田さんが驚いた様に目を見開いたのを見てから私はそのまま引き金を引いた、凄まじい破裂音と共に意識が途切れ途切れになり視界がグルグルと回転する様な景色が見えた後何の前触れもなくブツリと意識が無くなった
再び目を覚ますと沖田さんはいそいそと私に拾ってきた着物を着させようとしてくれていた所だった様で、両手に着物をいっぱい抱えながらパアッと花が咲いた様に笑った
「起きたのかナマエ、おはよう」
私にそう言う沖田さんを見て殻が喜ぶので私は笑う、急に沖田さんに抱き着きたい欲が出てきて少し疑問に思ったが殻がどうしても抱き着きたいと願った気がするので半ば仕方なく沖田さんに抱き着く
すると心が凄く落ち着いたのを感じた、心なんて私にはもう無いはずなのに不思議な感覚だ、まだ少しこの感覚を楽しんでいても問題は無いだろう
そう思いながら私は沖田さんの背中に回している手を一際強く握った、頭上で沖田さんが困った様に笑ったのに気付いたが気付かない振りをする事にした