警鐘
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(三沢視点)
クスクスクスと誰かが笑う声が聞こえた、それと同時に黒電話が鳴るような音が鼓膜を揺らす、顔を上げても笑っている者や黒電話などはどこにもない、思わず目を細めた
意識の奥の方で部下の沖田がヘリの運送訓練について詳しく説明しているのが聞こえる、しかしその声もどこか遠くへ飛んでいく
クスクス、クスクス、また笑い声が聞こえる、今度は耳元で聞こえる、同時に背後に人の気配を感じた、視界の端に見える編み込まれた髪の毛は誰の物だろうか
「今回伝える事は以上です、一藤一佐、もう解散でよろしいですか?」
後ろを振り向こうとした瞬間沖田の言葉にハッとした、意識が現実へと戻される、一藤一佐が立ち上がり解散と言うと全員ゾロゾロと各々部屋から出て行く
まただ、最近どうにもこの症状に陥る事が多い、お陰で業務に手が付かない、深く溜め息をつき目元をグッと押す、そんな俺を見兼ねて一藤一佐が肩を強めに叩いてきた、ペコリと会釈すると一佐はそのまま部屋を出て行った
「お疲れですか三佐?」
「……ああ、そうかもしれない」
一藤一佐を見てか部下のナマエが心配そうに首を傾げながら近付いて来た、そんなナマエを見て後ろの方で沖田が何か言いたげだったが俺はナマエに気付かれないように沖田に睨みを効かせた、すると沖田は何が面白いのか笑いながら部屋を出て行った
思わずもう一度深く溜め息をついた時、急にナマエが俺の目の前でグッと握り拳を握った、怒ったのかと思い慌てて顔を上げるとナマエは握り拳を作ったまま
「溜め息ついちゃうと、幸せ逃げますよ?」
と笑いながらそう言って握り拳を俺に差し出してきた、どうやら逃げた幸せを捕まえたと言いたいそうだ、至って真面目な表情で言うナマエの姿を見て思わず笑ってしまう
ナマエは何故急に俺が笑ったのか分からないようで少しだけ驚いたような表情をしていた、そんなナマエを見て思わず頭に手を置いて左右に動かす
「逃げた幸せを捕まえてくれてありがとうなナマエ」
そう呟き手を退かすとナマエは少しだけ髪を整えながら照れたように笑った、ナマエはこうして偶に場の空気を和ませてくれる、無論真面目な場ではこんな事はしないが今みたいに気分が落ち込んでいたりすると決まって気分転換になるような事を行う奴だ
ナマエのお陰か先程感じた嫌な気分はどこかへ行った、薬を飲むのはまだ後でいいだろう、そう思い薬の入ったポケットに入れていた手を出した
部屋から出ようとするとナマエも後ろをトコトコと着いてくる、この後は訓練時に乗るヘリを下見しに行くとナマエに伝えるとキラキラとした瞳で自分も着いて行くと言った
「なんでそんなに俺に懐くかな」
「え……と……迷惑、でしたか?」
「いやそうじゃなくて……ナマエ達くらいなら沖田辺りに懐くでしょ」
「確かに二曹も良い人ですが、私は三佐を尊敬しているんです」
後ろを着いてくるナマエの姿に思わず思っていた事がポロリと零れた、それを聞いてナマエは一瞬戸惑った様な顔をしてから、泣きそうな顔で迷惑かと聞いてきた、それを否定するとナマエはまたキラキラとした瞳でこちらを見てきた
迷子の子供か、犬にでも懐かれた気分になるが、思えばナマエは俺に対していつもこの様な関わり方をしているのを思い出した、不思議と嫌な気分はしないのでそのままにする事にした
ヘリが収容されている場所に着き、重たい扉を開けるとナマエは感激したような声を上げた、恥ずかしながら俺もヘリを見るとどうしても気分が上がってしまう
しかしふとある事を思い出した、思い出さない方が良いと思って蓋をしていた物が唐突に湧き出た、あの羽生蛇村での災害救助の一件、あの時もこれに良く似たヘリに乗って女の子を助けて…………
そこまで思い出した時、先程と同じように遠くの方で黒電話が鳴るような音が聞こえてきた、思わず目を閉じその黒電話の音を否定する、この音は現実の物ではないと自分にそう言い聞かせた
「三佐、やっぱりヘリ大きいですね」
「当たり前だ」
「中とかも見ても良いんでしょうか……?」
「……仕方ないな」
両手を広げ子供のようにはしゃぐナマエを見て思わず笑ってしまう、しかしナマエの声が聞こえるのと同時に黒電話が鳴るような音は鳴り続ける、黒電話の音を聞こえない振りをしてヘリの扉を開けた
しかしその瞬間思わず息を呑んだ、危うく絶叫しそうになったがナマエがいるのでグッと堪えたがいつ声が漏れるのか分からない程、恐ろしい景色が広がっていた
「わぁ、こんな風になってるんですね」
ナマエが楽しそうにそう言ってヘリの内装を見渡した、その表情からは恐ろしい景色を認識している気配は感じられない、またあの症状かと思わず目を閉じようとしたが黒電話の音が遮るように頭の中で鳴り響いた
頭が痛い、黒電話の音を認識した瞬間、誰かが笑う声が聞こえた、縋るように思わずナマエに目を向けた時俺は見てしまった
無数の手がナマエの身体全体を掴み引きずり込もうとしているのを、あるものは真っ黒な服を身に着けた手が、あるものは真っ赤な服を身に着けた手が、あるものは白衣のようなものを身に着けた手が、あるものは派手な衣装を身に着けた手が、ナマエの肩を、腕を、首を、足を、掴んでいた
呆然とする俺にトドメを刺すかのように視界の端からやって来た三つ編みの少女がナマエに歩み寄る、ナマエは少女に気付かず、呆然としている俺に対して心配そうな表情をして何か声をかけていたが、自分の不規則な呼吸音のせいでナマエの声が聞こえない
カツカツカツと靴の音がやたらと響く、そして少女がナマエの目の前で立ち止まった
「……よせ」
思わず声を振り絞ったが蚊の鳴くような声しか出ない、少女は一度俺の方を見てニッコリと笑うとナマエの身体に抱き着いて不気味な笑顔を俺に向けた、まるでそれが合図のように、ナマエを掴んでいた無数の手がナマエを引っ張り始める
「やめろッ!!!!」
ようやく腹から声が出てそれと同時に固まっていた体が動いた、ナマエの腕を力強く掴み自分の身体に引き寄せた、庇うようにナマエの頭に手を乗せる、すると先程まで見えていた無数の手は消えていった、自分の不規則な呼吸音がやたらと鼓膜を揺らす
「さ……三佐、どうしたんですか?」
自分の呼吸音に混じってようやくナマエの声が聞こえた、それを聞いて俺はようやく戻って来たのだと安堵した、目頭を指で押さえナマエに謝るとナマエは何が何だか分からない様子で俺を見ていた
「……ナマエは気にしなくていい」
自分の身体からナマエを離して子供に言い聞かせるようにそう言うとナマエはただ心配そうに俺を見ているだけだった、何か言いたそうにしていたがナマエはグッと飲み込んでコクリと頷いた
それからと言うもの、俺自身がナマエに近寄らないようにしていたのでナマエも前ほど俺に構う事はなくなった、無駄に察しの良い沖田がナマエと何かあったのかと聞いてきたが俺は沈黙を貫いた
そうこうしているうちにヘリ運送訓練が始まった、どうやらあの日見た幻覚はこうなる事を予期していたらしい
「さんさ」
幻覚の少女のような不気味な笑顔をこちらに向けて近付いてくるナマエ、目からは血のような赤色の液体が滴り落ちている、腹部の方に目を向けると傷口から臓物が垂れている、俺はそんなナマエに静かに銃を向ける
「なんであの時逃げた幸せを俺に渡したの?ナマエが使えばよかったのに」
ふと思い出した溜め息の一件を思い出してナマエにそう言ってもナマエから返ってくるのはもはや生者のものではなかった、これ以上聞きたくなくて指に引っ掛けていた引き金を引いた
破裂音と共にナマエが地面に伏せった、倒れているナマエを見下ろして眺めていると、また視界の端で少女が見えた気がした、遠くの方で黒電話が鳴るような音が聞こえ始めた