第二十七訓
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夜も更け、空には時期でもないのに思わず魅入ってしまう程綺麗な月が浮かぶ、そんな月を眺めながら呑む一杯は格別なのだろう……いや、格別だ、現在進行形で呑んでいるのでよく分かる
ガチャンッと各々が差し出したグラスがぶつかり合い、景気の良い音を部屋に響かせた、勢い余ってグラスの中身が漏れて手を濡らしたが気にせずにグラスを口へ運んだ
「花無為ィ飲んでるかぁ?」
「ウヘァ……副長ォ、あったり前じゃないですかぁ」
丁度アルコールを体内に巡らせた時副長が私に絡んできた、へべれけな副長は私の隣に腰掛けると机に置いてあるつまみをちまちまと食べ始めた、そんな副長に私もへべれけで答える、もう既にグラスの中身はなくなっていて、何杯目か分からない酒を再び注ぎ始めている
アルコールで視界と思考が上手く定まらず頭がフラフラとしてしまう、そんな自分が何故か面白くなってしまいヘラヘラと笑みを浮かべてしまう、頬も熱いのできっと顔が真っ赤になっているだろう
へへへ……と笑いながらグラスに注いだ日本酒を呷る、度数が強く喉が焼け付く感覚がして思わず息を吐いた、このままのペースでは確実に潰れてしまうと思い、机の傍に置かれているジュースを手に取り日本酒で割った
「ようやく花無為さんも呑み始めたんですねェ」
クピクピと大人しく日本酒のジュース割りを飲んでいると酒瓶を大事そうに抱えた沖田がそう声をかけてきた、よく見ると沖田の向こう側には半ば潰れている局長が見える、おそらく沖田と局長で飲み比べの対決をしたのだろう、沖田の顔もアルコールのせいで赤くなっており少し足も覚束ない足取りだ
「あぁ、あれだけの仕事を片付けてやったわァ!!ったく、こちとら頭使うより身体動かした方が性に合うんだよォ、分かったか沖田ァ」
山のようにあった書類を片付けた事を高らかに沖田に話す、思い返せば大変な作業だった、入院していると言うのに仕事を全く減らしてくれないなんて酷いブラック企業だと何度愚痴を零した事だろうか
そして書類を片付けたからこそ分かる、自分が如何に身体を動かす作業の方が向いているのかを
「珍しいですねェ花無為さんがこんなに酔うなんて」
「たまには良いだろ、ワハハッ」
高らかに話す私を見てか沖田が驚いた様にそう言った、そんな沖田に私はなんだか楽しくなってしまいヘラヘラと笑いながら再びアルコールを体内に巡らせた
沖田が抱えていた酒瓶の中身もグラスに注いでもらい、更には隣に居る副長のグラスにも注ぎ、つまみを食べながら再びアルコールを飲む、楽しそうにする沖田や副長を見て私も楽しくなってしまい段々と酒を飲むテンポが早くなっていく
悪ノリして飲む酒程危ないものはない、それは分かっていたのに、どうやら箍が外れてしまっていたらしい
「うゔ……飲みすぎた……」
結果はこの通りだ、飲み始めて数時間後、私はクラクラとする頭を支える様に頭を押え、縁側に腰掛けて夜風に当たっていた、吐き気は今の所ないがおそらくあのまま飲み続けていたら確実にマーライオンになっていただろう
「もうダウンか花無為、情けねぇなぁ」
縁側で項垂れている私を揶揄うのは副長だ、しかし揶揄うのは言葉でだけで副長は私に水を差し出した、一杯飲めば少しは楽になるだろうとお礼を言いながらそれを受け取り、月を眺めながら冷たい水を一口飲むと、熱くなっていた頬がほんの少しだけマシになった気がする
「さっき調子乗って一気飲みしちゃいましたからねぇ……今ハチャメチャに気持ち悪……ゔうッ」
「うおおい、吐くなよ?吐くなよ?」
「ッ、大丈夫ですって……ふぅ……あぁ、夜風が気持良いなぁ……」
副長と話していると、声を出したからか一瞬気持ち悪さが増してしまい思わず口元を手で覆った、そんな私の行動に副長は驚きの声を上げたが水をゆっくりと飲み干せば気持ち悪さはどこかへ行った、マーライオンは勘弁だ
水を飲み干すと冷たさが心地良くて思わず一息ついてしまう、思わず瞼を閉じた時タイミング良く夜風が吹いた、ほんの少しだけ肌寒い風だったが今の私には丁度良い
「ったく、松平のとっつぁんに感謝しろよ、この提案と酒の準備をしたのあの人だからな」
ボーッと月を見上げていると副長が煙草を吸い始めながら私にそう言った、通りでお酒のチョイスが隊士達が買って来たとは思えないような渋めの物ばかりの筈だ、警察庁長官の松平さんは何かと私達を気遣ってくれてこう言った宴会などを積極的に開いてくれる
副長の言葉に頷いて返すと副長は何も言わずに煙草の煙を吐き出した、いつもの銘柄の煙草の匂いが鼻腔を突くが夜風によってすぐにそれも気にならなくなる
「…………」
しばらく私達の空間には副長が煙草の煙を吐く音しかしなかった、すぐ隣の部屋ではいまだ酒を呷り宴会の様に騒いでいる隊士達が居ると言うのに私達の周囲だけは静かだった、アルコールのせいか頭が上手く働かない、だからこそ不意に思い浮かべた事をすぐに話してしまう
「副長」
「あぁ?」
「……私、自分の居場所がこの真選組で良かったです」
真選組は私にとって本当に居心地の良い居場所だ、松下村塾も、攘夷戦争時代の拠点も、武州も、いずれも私にとってとても心地の良い居場所だったがその中でもこの真選組は特に居心地が良い、自分を必要としてくれる人がいて、こんな自分も何かの役に立つ事が出来ているのだと実感する
普段からそう思っていたが、今回の件で更にその気持ちが高まった気がした、自分の帰りを待っていてくれる人達がいるだけでこんなにも嬉しくなるのかと少々驚いてしまう程だ
思わず零れた私の本音を聞いても、副長は特に何も言わずに煙草の煙を燻らすだけだ、私にとってそんな副長の行動はありがたかった、変に気を遣われても嫌だから、これくらいの距離感が一番良い
「…………」
「あの日、飛び降りて本当に良かったなぁ」
副長の煙草の煙を眺めながら思わずそう呟く、天人の船に乗り込んだ時は死を覚悟していたが、今こうして生きている事に感謝してそれを噛み締める、もしあの時船の爆破と共に死んでいたらきっと……と思えば思う程飛び降りると言う選択肢を選んだ幸運に感謝したくなる
「……ック、ハハッなんだその言い方」
副長は一瞬何を言ってるのか分からないと言った表情をしていたが私が本気で話しているのを見て笑い出した、クシャリと笑うその姿は久しぶりに見た、普段は役職柄冷静に行動する事が多い副長がこんなにも無邪気に笑う事なんてあまりないので私も笑い出してしまう
「えぇ?だって本当の事じゃないですか、あの日意を決して天人の船から飛び降りなかったら、今頃私は船と一緒に爆発で死んでますもん……いやぁ本当に人生何があるか分かりませんね」
「…………その事なんだが、花無為……お前……」
「ん?なんですか?」
面白半分であの日の事をペラペラと話していると副長は急に表情を曇らせた、明らかに変わった副長の雰囲気に驚いてしまい首を傾げながら副長に聞き返した
正直な所今はアルコールが回っている上、普段より気が抜けてしまいうっかり全てを話してしまいそうになるので今副長から探りを入れられてしまうのは困る、口を滑らせないようにしないといけないと密かに緩んだ気を引き締める
「…………いや、何でもねぇ……ったく、総悟ォ!!あんまりハメ外し過ぎるなよ!!」
しかし副長はすぐに首を振って何でもないと言って未だに騒がしい隣の部屋へと戻って行った、そんな副長の背中を静かに見送った後、私は夜空を見上げた、火照った頬を冷たい夜風が撫でてくれて心地良い
「…………」
思わず目を瞑り隣の部屋の騒音とこの空間の静寂を楽しむ、真選組の皆が楽しそうにしている声は自然と私の気持ちも楽しくしてくれて口角が緩んでしまう、そしてこの空間の静けさは私を落ち着かせてくれる
この感覚は昔の、攘夷戦争時代の物に近い、戦場の周囲は基本的に何もなく、士気を高めるためと言う口実で拠点で宴会をした時なんかはいつもこんな感覚になっていた、その時も、今も、私は居心地の良さに安心していた
「今こうして幸せだと思えるのなら、私の選んだ道は間違えてませんよね……先生」
攘夷戦争の頃の事を思い出したからだろうか、不意に先生の事を思い浮かべてしまった、記憶の中の松陽先生はいつも穏やかな笑みをこちらに向けてくれる、切なさからか鼻の奥にツンッとした感覚がした
やはりアルコールのせいか感情が表に出やすくなっているようだ、気が付くと頬が濡れて涙が流れていた、すぐに涙を拭い私は気分転換にもう少し呑む為隣の部屋へと向かった
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