第二十七訓
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部屋に向かっている途中にパトカーを停めてきた副長がやってきた、反対側から来た所を見るとどうやら裏口から入ってきたようだ、それなら正面の出入り口付近で隊士達が呑んでいる事は知らないかもしれないと一瞬思ったが、ニヤニヤと笑っている事を見るとどうやら知っているらしい
組織のNo.2がそんなので良いのかと呆れてしまう、"昼間から酒を呑むべからず"的な事を局中法度に加えても良いのではないだろうか、そう思ったがそれでは私もオフの日に呑めなくなってしまうのでグッと口を噤んだ、思い返せば私もお登勢さんの所で昼間から呑んでいた事もあったし、なにより本当に追加されたら隊士達に恨まれる
結局副長には何も言わず私は止めた足を再び動かし始めた、しかし副長はニヤニヤとした笑みを浮かべたまま私の後を着いてくる、なにか言いたい事があるようだ
「良かったなぁ花無為、テメェの復帰祝いをこんなに豪勢にやってくれるなんてよォ、部下に好かれてんな」
ニヤニヤと笑っていたので結局茶化されるとは思っていたが、副長のわざとらしい言い方に思わず顔を顰めてしまう、私の復帰祝いと言っていたがあれは明らかにこじつけだ、副長は関係ないがニヤケ顔に少々苛立ったので顔を顰めたまま小言を漏らした
「いや、あれ多分私の復帰に託つけてただ飲みたいだけだすよ、だってメインの私不在ですもん、不在なのにあんなに出来上がって……全く仕方のない連中ですよ」
フンッと息を吐き昼間から主役を差し置いて飲んで酔っ払っている隊士達を咎める事を言うが、副長はニヤけた顔を直そうとしない
「フッ……花無為よォ、小言言う割には顔がニヤけてるぜ、素直になれよ嬉しいんだろ?」
「え、嘘ォ、私顔に出てました?……いや、まあ嬉しくないと言ったら嘘になりますが……でももう少し真選組としての自覚を……」
副長がニヤけた顔を直さないのには理由があった、あくまでも物事を冷静に見ている自分を装ったがどうやら顔に出ていたらしい、思わず自分の頬に手をやり口角の位置を確認した、口角はいつもより少し高い位置にあり、自分が真選組と言う居場所にしっかりと根を張れている事に嬉しさを隠しきれていない事に気が付いた
取り繕おうとしていた事が副長の目にはバレバレだったと言う事だ、恥ずかしさから自分の頬をムニムニと動かし副長から視線を逸らす、副長が何か言う前にタイミング良く私の部屋に到着した
「まあ、この調子じゃあ騒ぎは夜まで続くからな、せいぜい昼間の内に溜まった仕事片付けとけよ花無為」
私が部屋に入るなり副長はそう言い残して踵を返し廊下を歩いて行った、そんな副長の背中を眺めた後、私は自分の使えに置かれた書類の山に目を向けた
「うわ……何この書類の量……容赦なさ過ぎる……」
いくら自分が入院してロクに屯所に来れなかったからと言っても代わりの誰かがやってくれると淡い期待を抱いていたが、一番下に埋まってしまった書類を手に取るとそうでもなかったようだ、日付が紅桜に斬られる少し前の物ばかりだ
おそらく本当に全く手を付けていないのだろう、多少気を使ってくれていると信じていた私が馬鹿らしい、唖然としながら病室から持ち帰ってきた日用品などを部屋の傍らに置く、荷解きをするのはもう少し後になりそうだと思わず溜め息をついた
グッと腕を伸ばしてから書類を手に取る、畏まった文章に目を通し、頭の中で内容を確認してそれに合うハンコや文章を書類に乗せていく、似たような文章が二枚続けて来た時には内容にそこまで目を通さず同じ対応をする、しっかりと目を通さないのはあまり良くないがそうでもしないとこの量を捌くのは無理だ
「土方のバカマヨ鬼……」
書類に手を付け始めてから数時間、既に時刻は夕方になっていて部屋に入ってくる夕焼けが眩しい、しかし一向に終わりが見えない書類の山はいまだに机の上に鎮座している、そんな書類の山を睨み付けながら思わず副長の悪口を零す
こんなになるまで放置をするなんて、なんて酷い上司なのかと、私の立場は"副長補佐"、名の通り副長の補佐を務めているのだからこの書類の山を副長が確認してもなんら問題はないのだ
なのに何故こんなになるまで放っておいたのか、まさにマヨバカ鬼の土方十四……
「何だ何か言ったか花無為?」
「いえ何も、と言うか仮にも女性の部屋を覗き見なんて失礼ですよ副長」
副長の悪口を言った途端、副長が私の部屋の前廊下を歩いていた、バカマヨ鬼呼ばわりしたのが密かに聞こえていたのか副長が顔を顰めながら部屋を覗き込んできた、流石地獄耳
なんてことはない表情で取り繕い、話を逸らすために失礼だと副長に苦言を呈したがおそらく効果はないだろう、部屋の戸にもたれるように立つ副長はタバコに火をつけながら話し始める
「覗き見なんて……んな事するかよ、仕事サボってねぇか見張ってんだよ」
「流石にもうこれ以上はサボりませんよ……マジで洒落になんないですもん、この量見てくださいよバカマヨ鬼」
「バカマヨ鬼ってなんだよ殺すぞ花無為」
どうやら仕事をサボってないか監視に来たようだ、とは言われてもサボるも何も量が量なのでサボったら洒落にならない、流石に無理だとバカマヨ鬼の副長に言うがうっかり副長の事を"バカマヨ鬼"と呼んでしまった、すぐさま副長の鋭いツッコミが入る
ビキッと青筋が副長のこめかみに浮かんだのが見えたが、まだ刀に手がかかっていないので副長の堪忍袋の緒は切れないだろう、放っておいても大丈夫だと考え、怒りを顕にしている副長を無視して再び書類を手に取った
「はぁ……しっかり片付けろよ、じゃねぇと酒は呑ませねぇし殺すぞォ」
私が再び職務に戻ったのを見て溜め息をつき、副長は物騒な事を言い残して廊下を歩いて行った、なんとなくその背中を目で追ってみる、ゆっくりとした足取りのその後ろ姿はどこか穏やかそうに見えて悪口を言った事に対してさほど怒っていないのだと密かに安堵した
「…………さて、やるか」
視線を書類に戻し再び職務に戻る、落し物の届け出や行方不明者の捜索願い、真選組の経費についての書類や申請書など、目を通さないとならない書類は実に種類豊富だ、何時間も文字を眺めていると目が疲れてくるが目元のツボを軽く押しながらなんとかやり過ごす
しかし集中力と言うのはあまり続かない物で、数時間後遂に頭が他所の事を考え始めた頃、私は部屋から出て喫煙所の近くにある自動販売機で缶コーヒーを一本買った、一口飲めば微糖の仄かな甘さとカフェインが脳を刺激する
もうひと踏ん張りだと自分を鼓舞して缶コーヒーを片手に自室へ戻り、再び書類と睨み合う、全ては今宵の晩酌の為、私は気合いを入れ直すため缶コーヒーを飲み干した