第二十六訓
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
副長と山崎が来てから何日か経ったが、あの日以来二人は顔を見せなくなってしまった、原田さん達や沖田が見舞いに来てくれた日もあったがその日は検査などもありゆっくりと話す事もできず……
気を遣わせてしまっている事に申し訳なさを感じながらもなんと声を掛ければいいのかわからず、今日も携帯を片手に発信ボタンが押せず項垂れている
「入るぞ花無為」
不意に扉の向こうから聞き慣れた局長の声が聞こえてきた、反射的に返事をすると局長は扉を開けて入ってきた、手には見舞い品だろうか美味しそうなフルーツの盛り合わせがある、色とりどりのフルーツに一瞬思考が奪われたが、局長以外誰も居ないようだ、局長一人でわざわざ赴くなんてと思ったが真っ先に先日の事を思い出し、すぐに合点がいった
「……副長ですね、気を遣わなくても良いのに……あの人……」
こんな差し入れをしてくるなんてまずありえないと思い、警戒心から私は思わず目を細めてしまう、私の呟いた声が聞こえたのか局長は苦笑いを零した
「あぁ、遅くなったが身辺調査の件を謝りたくてな、俺一人で来た……と言うよりそうしろってトシに言われてな」
局長は嘘が下手だ、あからじめ副長がそう言えと指示していたのだろう言葉を言うがなんとも感情が込められてないと言うか少々棒読みだ、しかしそれは自負しているらしい、困った様に笑いながら頭を掻き、局長はすぐに副長に言われたのだと白状した
副長の気遣いはありがたいが、何も関係ない局長まで巻き込んだ事に関しては不服で顔を顰めてしまう、フルーツの盛り合わせをベッド脇のテーブルに置く局長を見上げて私は口を開いた
「……局長は何も関係ないじゃないですか、副長も山崎も自分の仕事をしただけですし……私の個人的な問題なので……」
私がしっかりと過去と向き合い断ち切っていれば先日の様に動揺する事も声を荒らげる事もなかったのだ、二人はしっかりと仕事をこなしていただけなのに、気を遣わせてしまう事になるとは……
私の言葉を聞いて局長はバナナを手に取り椅子に腰掛けた、手慣れた手付きで皮をむいてバナナを一口頬張る、と言うより早速手頃に食べる事ができるフルーツを食べられてしまった事にショックを受けてしまう、そんな私の事はお構いなしに局長はパクパクと食べ進めてあっと言う間に完食してしまった
「いや、今回の件は指示をした俺に責任がある、すまなかった花無為の気持ちも考えずに……」
バナナを食べられてしまったショックから呆然としていると、何事もなかったかのように局長が話し出した、局長にとっては何て事ない事だったらしい、一瞬どこかに行っていた意識を戻し話に集中する
「あぁ……いえ、幼い頃のトラウマを克服してない自分が悪いですし……それに元を辿れば紅桜の時の行動が原因ですから、それが無ければ今回の事は起こらなかったので……」
「……その事なんだが、花無為の本当の過去の事を皆に明かさなくていいのか?言っても問題ないと俺は思うんだが……」
今回の身辺調査は元を辿れば紅桜の一件で私がコソコソと動いたからだ、元攘夷志士と言う過去を隠している以上仕方のない事だが高杉にはああ言ってしまったし、桂とはお互いに言い分を理解している、今後同じような事は起きないと信じたい
不意に局長が過去を打ち明けると言う提案をした、確かに元攘夷志士と言う過去を明かしてしまえば万が一今回のような事が起きても動きやすくはなるだろう、しかし……
「私の過去なんて明かす程の価値はありませんよ、確かに今回の紅桜の一件のように動くのが難しくはなりますが今攘夷活動をしてる訳でもありませんし、もう二度と今回のような事は起きないですから」
そう、私の過去なんて明かしても無駄に皆を混乱させるだけだ、ヘラリと笑って局長にそう言うと局長はまだ少し納得していない様子だったが頷き返した
「……そうか」
「皆の事は信頼してます……でもきっと皆戸惑うでしょうから……この事実はあわよくば墓場まで持って帰りたいんですよ」
「何かあればいつでも相談に乗るからな、俺は頼りないかもしれんが」
私の言い分を聞いて局長は納得してくれたようだ、真っ直ぐと私を見据えながら相談に乗ると言ってくれた、この人の懐の深さは一体どのくらいあるのだろうか、深海並みなのではないかと思ってしまう
皆が戸惑うからと言うのはただの建前で、本当の事を伝えて皆が離れて行ってしまったらとありもしない未来を怖がっている自分も居る、しかし何故だろう局長の笑顔を見ていると何だか大丈夫な気もしてくるのだ
「そんな事ないですよ局長、ありがとうございます」
改めて局長に感謝をして御礼を述べた、局長はゆっくりと頷くとフルーツの盛り合わせからミカンを取り出して私に差し出した、お礼を言ってそれを受け取り、表面を軽く揉んでから皮を剥き始める
本当はバナナを食べたかったが局長に先に食べられてしまったのでミカンで我慢しよう
「で、紅桜の件の時……花無為は本当はどこに行ってたんだ?」
剥き終わったミカンを一粒毟り取り口に含んだ時局長がしたり顔で紅桜の時の事を聞いてきた、思わぬ問い掛けに驚いてしまい口に含んだばかりのミカンを噛まずにそのまま飲み込んでしまった
「あーー…………高杉と喧嘩してました……」
妖刀紅桜に斬られて病院で療養中、病院を抜け出して外に出ただけでなく過激派攘夷志士の高杉と接触し、更には宇宙海賊春雨に所属しているであろう天人達と交戦した……なんてどう伝えれば良いのか分からない
とりあえずではあるが高杉と喧嘩をした事だけを伝えた、上手く伝わるか分からなかったがその一言だけである程度の事は理解したらしい局長が珍しく深く溜め息をついた
「……花無為……お前なぁ、安静にしてないと駄目だろ、妖刀に斬られた時の傷が残るかもしれんぞ?」
「傷なんてどうでも……」
「良くない、花無為、もっと自分の身体を労れ……それに単独で乗り込むのも駄目だ、もし何かあったら……」
「……分かりました……」
呆れた様子で安静にしろと釘を刺す局長だが、身体の傷なんて今更気にした所で手遅れだ、しかしそれを声にすると局長は顔を顰め、もっと労れと局長は苦言を呈した、渋々だが承諾して再びミカンを一粒口に含んだ
むぐむぐとミカンの粒を噛み締めると甘酸っぱい味が口に広がり思わず口角が上がってしまう、そんな私を見て局長は困ったように顎髭に手を添えた、ジョリジョリと髭を摩っている音が微かに聞こえてくる
「全く反省していない顔だけどな……トシも総悟も目が離せんが花無為はより一層、目が離せんな」
「だってぇ……」
「可愛くないぞ」
「酷くないっすか?仮にも女性に対して可愛くないって……いや、可愛いって言われるのも嫌ですけど」
目が離せないと言われても、今更性格をどうにかするのは難しい、自分の身体の事は自分が一番よく知っているし、戦いを続ける限り自分の身体に傷が増えていくのは仕方のない事だ、口を尖らせながら局長に言い返そうとしたが上手く言葉が出てこなかった
冷ややかな視線を私に向けながら"可愛くない"と言い切る局長に驚いたが"可愛い"と言われるのもムズムズするのでこれで良しとしよう
再びミカンを口にしてむぐむぐと食べ進めていく、局長ももう気にしなくなったのか何も言わずにミカンを食べる私をしばらく見つめていた、だがこれでも真選組の局長だ、まだまだ仕事などは残っているのだろう、一言言った後椅子から立ち上がり病室の扉に手をかけた
「あぁ、そうだ花無為、山崎の事あまり雑に扱い過ぎるなよ」
「え?なんですか急に」
このまま部屋を出て行くだろうと思っていたが局長は何かを思い出したらしく動きを止めた、そして不意に山崎の事を話し出す、急に何をいうのかと思っていると局長は苦笑いをしながら話し始めた
「アイツ今回の紅桜の件で少し責任感じてるみたいだったからな、花無為には何も言わなかったが……見舞いに来た山崎から荷物奪って行ったんだろ?」
「…………あ」
局長の言葉を聞いて思い出したのは山崎が葱を背負って……いや、鴨が葱を背負って来るを具現化して見せた山崎の事だった
確かにあの時山崎が来なければ私は病院の看護師や他の人に見付かって高杉の所へ辿り着けなかったかも知れない、だが、だからと言って山崎が気負う必要は無いと思う、全部自分の為だとあの時も言った筈だったのに
「別に気負わなくても……まぁ今度山崎に何か奢りますよ……」
「ガハハハッそうしてやってくれ、あと何度も言うが無茶は程々にな」
「……分かってます」
身体が万全な状態に戻ったら復帰祝いも兼ねて山崎に何か奢ってやろうと思い局長にそう伝えると局長はいつもの様に豪快に笑った、しかしすぐに真剣な表情になって私に無茶をするなと釘を刺した、視線を泳がせながらも頷くと局長は少し納得したようだ
「頼むぞ花無為、俺はお前を信頼してるんだ、一人で抱え込むな、話を聞く事なら俺でもできるから」
「……ありがとうございます、局長」
病室から一歩出て局長は最後にそう言い残して扉を閉めた、私の返事が聞こえていたのかは分からないが、局長が私を信頼してくれているのなら私もそれを今後の態度で返していこうと密かに決心した、もう今回の様に他の人に心配される様な事は控えようと
しかし、元々自己犠牲の精神が強いと言うかなんと言うか、そんな私の性格を元から直すのは難しそうだ、なるべく意識して直していくとしよう