第二十六訓
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山崎による身辺調査が始まって早一週間が経つ、その一週間の内で感じた山崎の気配はほんの数日だったが私が気付かなかった日数もあると考えると思っていたよりも私への疑惑は相当強かったらしい、しかしその間怪しい動きなんてする訳もなく、また私の過去を知っている人間は数えるくらいしかいないのでボロが出る事は無いに等しい
傷の経過観察と包帯の取り換えをしてもらいながら山崎の気配を探るが今朝から一向に感じない、おそらく私の身辺調査は無事終了したのだろう、看護師さんに渡された病院服に腕を通しながら小さく溜め息をついた、看護師と言えば結局、ベッドに大きな穴を開けた件はバレてしまい大目玉を食らった、しかし怒られたのはその日だけで修理費などはおそらく経費で落とされるだろう
自分の病室に戻る直前、携帯に着信が入り画面を見ると副長からの連絡だった、特に切る意味もないので素直に出ると身辺調査についての報告をしたいと言う旨の話をされた、病院でやる事は特にないので大丈夫だと伝えるとすぐにこちらに向かうと言われた後電話は切られた
「で、どうでした副長、私の身の潔白は?」
電話が来てから少しして病室にやってきた副長に山崎の身辺調査の結果を聞く、今こうして飄々とした態度で副長と話をしているが私の心臓は今とてつもなく速く脈打っている、万が一、億が一山崎が私の過去の情報を手にしていたとしたら局長や松平さんに話が行く前に私は副長の介錯付きの切腹になる未来しか見えない
煩わしい程自己主張をする心臓を落ち着かせるために密かに深呼吸をした、幾分か落ち着いた時書類に目を通していた副長が大きな溜め息をついた
「山崎のこのふざけた報告書から察するに何も出なかった、怪しいと踏んでた万事屋の野郎も、花無為、お前もな」
「ほぉら、言ったでしょう?」
少々乱雑に山崎の報告書をベッド横の机に置くと副長は顔を顰めながらも私とついでに銀時の身の潔白を認めた、副長の言葉を聞き正直な所ここで叫び声を上げながら喜びたい所だがグッと呑み込み不敵な笑みを浮かべながら当然の事の様に返事をする
何はともあれこれで今後私が怪しまれる事は無くなるだろう、再び怪しまれる時があるとすればそれは真選組の手によって桂や高杉が捕まった時だ、そうなった時の事はその時考えれば良い、少なくとも私はその日が来るまでは真選組と平穏な日々を送れるのだ
「…………だが花無為、一つ気になる事があってな」
「ん?なんですか?」
密かに胸を撫で下ろし安堵した時、副長が神妙な顔で私を見据えながら話し始めた、私の身の潔白は証明されたと言うのにその他に一体なにが気になると言うのだろうか、あまりにも真剣な副長の表情に気の抜けた返事をした私も思わず固唾を呑んで背筋を伸ばしてしまう
「花無為、お前以前……家族はもういないって言ってたよな」
副長が聞いてきたのは意外にも私の家族構成についてだった、なんの脈絡も無い問いかけに思わず身体の力が抜けた、何故今になってそんな必要のないような事を聞いてくるのか不思議で仕方ない
「…………は?何故そこで家族の話になるんですか?」
「いいから聞け、お前以外の家族はもう存在しない、で良いんだよな?」
私の不思議そうな表情を見てか副長は少々早口で捲し立てる、そして"家族"と言う単語を聞いて嫌でも真っ先に思い浮かべてしまうのは"あの女性"だ、しかし"あの女性"は幼少の頃の私に薙刀を向けてこの世から消えろと言った、そんな人間を家族だなんて呼べる物か
私の家族は松陽先生だけだ……しかしその先生ももう居ない……
「…………もう誰も居ませんよ、なんですか急にそんな事を聞くなんて」
松陽先生の事を思い出し一瞬気持ちが沈みかけたが悟られないように目を伏せて副長にそう言った、そんな私の様子を見て副長は微かに頷くと視線をベッド下に下げて口を開いた
「……山崎、出てきていいぞ」
「はい、花無為さん落ち着いて聞いて頂けますか?」
「当然の事のようにベッドの下から出てくるな山崎、なんだよ……」
副長の言葉にベッドの下から勢い良く飛び出てきたのはやはり山崎で、片手には調査報告用の資料だろうかファイルを持っていた、しかしそんなファイルの事なんかより仮にも私は女性で、自分の部下が女性のベッド下に居る事に対してなにも注意をしないのかと呆れてしまう
だからと言って女性扱いされるのもむず痒くて嫌なのだが、例え私が男性だったとしてもベッド下にいて欲しくは無い
他の隊士にやらないように私が注意をしようとも思ったが、山崎がペラペラと報告資料に目を通し始めたので今はそんな事を話す事は出来ないらしい……それにしたって今更何を言うつもりなのだろうか
副長や山崎の改まった様子に疑問しか抱かないが私はとりあえず山崎の話を聞くためにほんの少しだけ背筋を伸ばした、二、三度報告資料に目を通した山崎は意を決したように話し始めた
「花無為さんの親御さんが見つかったんです」
山崎の声が私の鼓膜を揺らし、それが"言葉"として脳に届いた時私は目を大きく見開いた、直後心臓がバクバクと動き出し背中に嫌な汗が伝うのを感じた
「は…………?」
ようやく絞り出せた声は実に弱々しく情けないものだった、血の気が引いているのだろうサァッと額から体温が下がっていくのを感じた、しかし私の方をしっかりと見ていない山崎はそのまま話を続ける
「正確には母親のみですが……随分と遠くにいたので調べるのは大変でしたが生死も確認してます、花無為さんの母親は今も生きてますよ」
きっと普通なら微笑ましい事なのだろう、山崎の穏やかな声が聞こえる、しかし私の脳裏には思い出したくもない母親の記憶がフラッシュバックした、自分の心臓の音が耳元で響いている感覚に陥り山崎の声が頭に入っていかない
脳裏から掘り起こされたのは母親の少なくとも子供に向ける物では無い軽蔑や憎悪と言った負の感情がぐずぐすに溶け合って固まったかのような冷たい視線、そして罵詈雑言、特に機嫌が悪い時だと私の髪の毛を引っ張ってはヒステリックに叫び、乱雑に私の頭に平手を打つ、あの時の叫び声はしばらく耳から離れなかった、忘れていた筈なのに、記憶の奥底にしまい込んだそれが顔を覗かせる
「…………ッ、……ぅ……」
グルグルと視界が回る、まるで、まるで今実際に母親から叩かれているかのような感覚に陥る、頭が痛い、ストレスからか耳鳴りがし始め、耳鳴りに混じるように記憶の中の母親があのヒステリックな甲高い叫び声を上げ始めた
"化け物!!化け物!!"
"なんて気味の悪い目なの……髪の毛も真っ白で!!"
"こんな化け物だと分かっていたら貴方なんて産まなかった"
"近付かないで、化け物!!"
母親の声が鮮明に蘇る、私を化け物だと罵る度に腕を大きく振り下ろし、惨めに身体を小さくしている私の背中を強く叩いていた母親の姿こそ私の目には化け物に見えた、痛みすら思い出してしまいそうな感覚に襲われる
「今回は花無為さんに何も言ってなかったので接触はしてませんが、遠目から見ても元気そうではありました」
「や、め……ッ」
これ以上聞きたくない、人の不幸を願った事は滅多にないがあの母親が、私にあんな事をしたあの人間が未だのうのうと生きているなんて許せない、そんな事を思う自分が許せない、なんて醜い人間なんだ私は、私は本当に化け物なのかもしれない
母親の罵倒の声が頭の中で鳴り響く、気分が悪い、頭が痛い……
「良かったですね花無為さん」
なにも良くない
ヘラリといつものように笑う山崎の笑顔と山崎の報告を穏やかな表情で聞いている副長が見え、私は自分の心が怒りの感情で埋め尽くされるのを感じた、耳鳴りが止まらない、血の気が引いていたはずの頭に血が一気に昇った
「やめろッッ!!!!!!」
気が付けば私は声を荒らげていた、病室内に響いた私の声は山崎と副長の肩をビクつかせた、二人の大きく見開かれた目が私を捉える、それもそうだろう今まで二人の前でこんなにも声を荒らげた事は無いのだから、息が上がり肩を揺らしながら呼吸を繰り返している私の呼吸音だけが病室内に響いていた
「か……花無為さん……?」
「急にどうし……ッ!!」
山崎と副長の戸惑っている声が聞こえた、副長は私の変化に気付いたのか途中で言葉を詰まらせた、今副長の目に私はどんな風に映っているのだろうか
軽い過呼吸状態になっているのだろう、とにかく落ち着こうと深く息をしようとしているのに上手く呼吸ができない、過去の記憶が掘り起こされる度に右目にジクジクとした鈍い痛みを感じ思わず他人とは違う右目を手で覆った、しかし痛みは取れない、耳鳴りが響く中、私はなんとか呼吸を整えながら二人に向かって声を絞り出す
「やめてくれッ……頼む…………!!あの人の事はもう聞きたくない、思い出したくない……頼む…………ッ!!もう何も……言わないでくれ……ッ!!」
驚く二人に私はそう懇願した、固く目を瞑り必死に掘り起こされた記憶に蓋をしていく、しかし人間の脳はそんなに単純な物では無い、忘れよう忘れようとする度記憶が蘇ってくる、ハッハッと浅い呼吸を繰り返す事しか出来ない私に山崎と副長は言葉を失っている様子だった
「……花無為、さん……」
「落ち着け花無為……ゆっくりと呼吸しろ、一体どうした……?」
山崎の戸惑う声が聞こえてくる、そんな山崎の声に被せるように副長が私の肩に手をやって冷静にそう言った、言われた通りに一度乱れた呼吸を整える為に深呼吸をした、しかし唇が震えて上手く息ができない
結局不格好な深呼吸を数回繰り返して私はようやくいつもの落ち着いた呼吸を取り戻す事ができた、呼吸が落ち着くと同時に混乱していてゴチャゴチャとなっていた頭の中がクリアになっていく
「…………親の心子知らずとはよく言いますがね、子の心も親は分からないんですよ……とにかく私には家族と呼べる人間は存在しないんです」
幾分か冷静になった頭で必死に言葉を紡いだ、実の母親からの虐待行為はまるで体内に埋め込まれた針のようにジクジクと私の心を蝕み続ける、何十年も経ったと言うのに未だにその針は抜けないままで、永遠と私に痛みを与え続ける、そんな私の苦しみなぞあの母親にとってはどうでも良い事なのだろう
私の言葉を聞いて二人は顔を見合わせた、上手く伝わらないもどかしさに思わず顔を顰めながらも私は再び口を開いた
「……急に取り乱してすみません……でも、その話はもうしないでください……色々と思い出してしまうので……お願い、します……」
「……そうか、悪かったな」
「す……すみません花無為さん」
自分でも驚く程弱々しい声で発せられた言葉だったが二人には届いた様だ、副長は小さく頷きそう答えただけでそれ以上は何も言わなかった、それが副長にとっての最大級の気遣いだと理解できた、私に向かって戸惑いながらも謝罪する山崎の言葉に申し訳なくなってきた
「いや、……身の上をしっかりと話さなかった私の責任です……すみません」
少々乱雑に右目を押さえたせいで乱れてしまった前髪を手櫛で整えながら二人に謝罪する、シン……とした雰囲気が居心地を悪くする、すぐにでもこの空間から逃げ出したかったがここは私の病室だ、逃げ出すなんてできない
「……すみません、もう私の身の潔白は証明されたって事でいいですか?」
静まり返ってしまった病室に私の声がやたらと響いた、とにかく早く会話を終わらせたかった、一人になりたかった
「ああ……」
「じゃあ……少し一人にさせてくれますか?」
ゆっくりとそう呟く様に二人に伝えると、副長はバツが悪そうに顔を顰めた、隣に居る山崎も私と副長に目を向けてどうしたら良いのか分からないと言った表情をしていた、一際大きく息を着くと副長は立ち上がり山崎を連れて病室の扉を開けた
「花無為……悪かった……」
消え入りそうな声で私にそう言った副長に何か声をかけようとしたが、副長は私からの返答を待たずに扉を閉めてしまった、病室にはもう私以外に誰もいない、一人だからこそ私は考えを巡らす事ができる
「なんで……なんでまだ生きてるんだ……」
真っ先に考えを巡らせたのは当然あの母親の事だ、あの人が生きてる事が何よりも怖かった、年齢から考えて生きている事に関しては当然の事だが、今まで意識しない様にしていた分、急に私の人生に入り込んで来たように感じてしまう、今まで目を背けていた事実が目の前に現われたダメージはこんなにも重い物なのかと痛感する
あの人が怖い……もし今後あの人に出会う事があればどうなるだろう、面と向かって、あの冷たい目をまた向けられたら私はどうなるのだろう、いつもの様に振る舞う事ができるのだろうか
「クソッ……手が震えるなんて……」
私はもう何も知らない子供じゃないのに、様々な術を身に付けた筈なのに……何故あの人の姿を、声を、目を、言葉を思い出しただけで……
私の手はガタガタと情けなく震えていた、片手で抑えようとしてもその手すら震えていて意味を成さなかった、一度深く深呼吸をしたが手の震えは止まってくれなかった
もしあの人に出会う事があれば、今のように情けなく震えている事しか出来ないのだろうか、こんな醜態を晒すなんてしたくないが正直自信はない、話に出てきただけでこのザマだ
「クソッ……!!」
ギリッと奥歯を噛み締め自分の弱さを恥じた、私は結局幼少の頃から全く成長していないのではないかと思ってしまう、降り掛かる暴力にただただ耐える事しかできなかったあの頃に、いつか自分を愛してもらえると有りもしない未来を描き、養子に嫉妬していた愚かなあの頃に
どこか切ってしまったのだろう、口の中に血の味が広がった、それによって少し頭が冷静になった、フゥッ……と息を吐き私は静かに病室のベッドに身を沈めた、気付けば手の震えは治まっていた
だが、私の頭はグルグルとあの母親ともし再会したらどうなるのかを考えていた、いつも通りでいられるのか、自分を制御できるのか……そして、あの人を許す事ができるのか……
ずっと考えないように目を逸らしていた事だが、そろそろしっかりと向き合わないといけないと感じた、しかし、結局考えはまとまらず、深夜になっても答えは見つからないままだった