第二十一訓
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本格的に目が覚めたのはまだ日も昇っていない朝方だった、寝返りを打つ度に傷口が痛み目が覚めてしまうのだ、何度も寝直していたが遂に頭が寝る事を諦めてしまったので眠気がどこかへ行ってしまったのが今、時計は五時を指していた
まだ常人は寝ている時間だ、看護師さん達も朝方は忙しいであろうと思いナースコールは押さずベッドから降りて窓の外を眺め、今日の一日の動きを整理する、不可能であっても私は今日高杉の所へ行って落とし前をつける
私を巻き込んだ事を後悔させてやる、ここまで来たら高杉に土下座させるだけじゃ物足りない、二度とこんな悪さをする事が出来ないようにアイツの黒歴史の一つ、二つを鬼兵隊の仲間達に教えてやろうか、なんて考えながらグッと伸びをしようとした
「ぬぐぐっ!!!?」
いつもの様に何気なく伸びをしようとしてしまったが今の私は怪我人だった、左腕と脇腹の傷が痛み出して私は思わず声を上げて数歩後ろに下がりベッドに腰掛けた、痛みで涙が出てくるが傷口は開いていない様で安心した
涙を拭いもう一度窓の外を眺める、そろそろ日が昇る頃なのか先程まで薄暗かった空は明るくなっている、いつもなら車のエンジンの音や喧しい広告のBGMが鳴り響いている町は静まり返っている、どこかで鳥が鳴き始め一日が始まる事を私達に教えているようだった、長い長い一日が始まる予感がした
「裟維覇さん、おはようございます」
ベッドに腰掛けたままいつの間にかうたた寝をしていたらしい、目を開けると明るくなり始めていた空には太陽が浮かんでいて、それと同じ様に天人達の船が二、三隻大空を飛んでいる、密かに欠伸をしつつ声がした方を振り向くと夜勤の担当の方だろうか若干目元にクマがある看護師さんがカルテ片手に立っていた
「おはようございます、看護師さん達も大変ですね」
「いえ、これが仕事ですから……傷口見せてください」
思わず看護師さんを労る言葉を発したが澄まし顔で返されてしまった、そして看護師さんはテキパキとした手つきで私の傷口を診断し始める、カーテンで私が座っているベッドを簡易的に個室にしてから上着のボタンを外して腹部に巻かれた包帯と左腕に巻かれた包帯を優しく解く
自分でも傷の治りは早い方だと思っているが流石に一日二日で傷口は閉じてくれない、ましてやあんなに大きな刃で斬られた傷だ、こうして縫われていてもまだ肉は裂けている、傷口の状態を確認しながら消毒液を染み込ませた脱脂綿をチョンチョンとリズミカルに当てていく、偶に傷口に染みて激痛が走り肩をビクつかせてしまうが、流石慣れている看護師さんは気にせず傷口の消毒を施す
全体的に脱脂綿を当てるとカルテに状態を記入した後新しい包帯を丁寧に巻き直してくれた、お礼を言うともう服を着ていいと言われたので傷口に刺激を与えないようにゆっくりと丁寧に服を着る、しかしこの後すぐに病室から抜け出して高杉との落とし前を付けないといけないのだ、果たしてこの傷口で大丈夫だろうか
「あの……傷口ってどうですかね?」
思わず傷口の状態について質問をしてしまった、変に探りを入れると怪しまれてしまうかもしれないから避けていたのに、ついつい今の状態を確認したくてしてしまった、しかし傷口の状態についてだけだ、きっと怪しまれない筈だ、ドキマギしながら看護師さんの様子を伺うと看護師さんが鋭い目付きで私を睨んでいた
「ヒッ」
「裟維覇さん、まさか傷口が塞がったらすぐさま病室を出るつもりではないですよね」
「え、あ……そんな事は、ない、です」
看護師さんの眼力に思わず息を呑むと仮にも白衣の天使とは思えない地を這う様な声が聞こえた、まるで私が今から病室を抜け出す事を知っているかのような質問に思わず吃ってしまう、私の慌てっぷりを見て看護師さんは大きく溜め息をついた後私の傷口をビシッと指さした
「いいですか裟維覇さん、貴方は今重傷患者です、傷口が閉じてもそれは一時的、動けばすぐにでも今の状態に戻ります」
「は……はい」
「完全に断面同士が癒着するまで、本来なら動いてはいけないんですよ……」
「……すいません」
初めこそ気合いの入ったハリのある声で看護師さんは話していたが私の傷口の状態を説明していく内に段々と声色が優しくなっていく、きっとこの人は本気で私の事を気に掛けてくれているのだろう、患者に対してこんなにも親身になってくれる看護師さんは正直珍しい、この人は良い人だ
そんな良い人を今から裏切る事になる罪悪感からかそれとも、注意されたからか、肩身を狭くして看護師さんの言葉に返事をするとふぅ…と小さく溜め息をついた後看護師さんはカルテを手にして立ち上がった、きっと次の患者の所に行くのだろう
「とにかく、裟維覇さんはしばらく安静です」
「……はい」
またビシッと指さして私に釘を刺すと看護師さんは一言言ってから病室から出て行った、看護師さんの背中に向かって私は心の中で謝罪を述べた、あれだけ怒られても私にはやらなければならない事があるのだ、今更それを曲げる事は出来ない
ゆっくりとベッドから降りて病室の出入り口の傍にしゃがみ込んで聞き耳を立てる、パタパタとナースサンダルが忙しなく動く音が三つ程聞こえるのと、のそのそと身体を引き摺る様に動く音が二つ程聞こえた、看護師さん達に気を付けるのもそうだが、このゆっくり歩いている他の患者にも気を付けないといけない、見つかったら終わりだ
まるで敵の本拠地に潜入している気分になるがここは病院、堂々と廊下を歩いて誰かに見つかっても"トイレです"と一言言えば許されそうな気もするが生憎トイレは病室にあるのだ、わざわざ外に出ると逆に怪しまれそうだ、そう考えるとやはり身を隠してここを出るのが良いだろう
「……行くか」
数秒後足音が聞こえなくなったのでそう呟いて立ち上がりゆっくりと病室の扉を開ける、廊下に誰も居ないのを確認して階段に向かって素早く移動する、やはり傷口が痛むがこの位なら我慢できそうだ、非常階段の扉を開けると朝早いからか電気がついていなかった、誰も居ないという事だろう、少しだけ気を抜いて階段を降りる、二、三階程降りた時ふと重要な事に気が付いた
「あっ、刀」
思わず階段の踊り場で頭を抱えてしまった、そうだ刀がないと侍はただの一般人と同等だ、うっかりしていた、とりあえず病院から出たら山崎に連絡してそこはかとなく刀の在処を聞き出そう、そう考えてひとまず階段を降り進めた
運良く階段では誰にも鉢合わせにならなかったがここからが難関だった、非常階段の扉をほんの少し開けて廊下の様子を確認すると病室前より遥かに多い人数の看護師さん達や医者などが動いていた、それだけでなく見舞いに来た人達などもウロウロと廊下をさ迷っていた
病院の一階は待合室だと言う事がすっかり頭から抜け落ちていた、二階から飛び降りても良いがこの傷口で飛び降りるのはなかなかに度胸がいる、出来れば余計なダメージを受けずにここから抜け出したいのだ
「強行突破しかないか」
そう呟いて扉から勢い良く飛び出す、飛び出すと言ってもあくまでも静かにだ、素早く静かになるべく気配を消して移動をする、人と人の陰に隠れて看護師さん等に見つからない様に移動していると正面玄関が見え始めた、あと数m程の距離だ、これなら何事もなく病院を出る事が出来るかもしれない
「あれ?花無為さん」
正面玄関を見つめていると急に背後から聞きなれた声が聞こえた、初めは傷から来る幻聴かと思ったが声を掛けられたと同時に肩を掴まれたので残念ながら幻ではない様だ、ゆっくりと振り向くとそこには驚いた表情の山崎が私の着替え等の荷物を抱えて立っていた、その荷物の中には長細い、見慣れた愛刀も入っているのを私は見逃さなかった