第二十訓
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そろそろ日が落ちかける夕方時、綺麗にも見えるし不気味にも見える真っ赤な夕焼けを背に私は一人江戸の街を見回りのため歩いていた、本当ならパトカーを使いたい所だが辻斬りの犯人に小道に逃げられてしまってはいけないのでほとんどの隊士が歩きで捜索をしている
なので私も例外ではなく歩いているわけだが一向に情報は集まらない、唯一手に入れた情報と言えば辻斬りが持っていた刀の話だ
"辻斬りが持っていた刀は、刀と言うより生き物みたいだった"そう言ったのは辻斬り犯を遠目で見た人で、一番信憑性が高い情報だが"生き物みたいだった"と言う証言にはどう言う意味があるのだろうか
「うーん……生き物生き物……刀が自分から動いていたとかなら嫌だなぁ……」
「ちょいと失礼」
一人で唸りながら辻斬りの刀について考えていると、ふいに後ろから声をかけられた、思わず歩みを止めて声がした方向へ振り向こうとした時、声をかけてきた人は思わぬ事を口にした
「攘夷志士、白鬼の裟維覇花無為殿とお見受けする」
その言葉を聞き思わず振り向こうとした動きを止めた、"白鬼"……懐かしい響きだ、攘夷戦争の時私の戦い方を見て付けられたのがこの二つ名だ、しかし私の本当の過去を知っている奴はそうは居ない筈だ、例え攘夷浪士だとしても攘夷志士の頃の私はあの戦争時代にとっくに死んだ事になっている筈なのだから
だから私があの白鬼だと言う事を知ってる人物はそうはいない、居るとしても私が自分から話した人物辺りだろうが、この聞きなれない声の主はどの知り合いにも当てはまらない
「……よく見なよ、私は真選組だ、攘夷志士が政府の犬になれるわけないだろ?」
思わず冷や汗をかきながらもゆっくりと振り向き声をかけてきた人物を見つめる、ソイツは深く深く笠を被っていて顔はよく見えなかったが右手に握っている刀が全てを物語っていた、嫌な汗が背中を伝う
「俺は盲目だがアンタらよりは色んな物が見えるんだがねェ……」
「その刀……アンタ、巷で流行ってる辻斬りさん……か?」
笠を被ったソイツは唯一見える口元を不気味に歪ませて気味の悪い笑みを浮かべながら既に鞘から抜いてある刀をチラつかせた、それを見ながら辻斬り犯かどうか聞くと今度は肩を揺らして笑い出した
何がおかしいのかと少し腹が立ったが、ソイツがようやく顔を上げた、ハッキリとソイツの顔を見た瞬間私は咄嗟に刀に手をかけた、正直抜刀する速さは自信ないがここはやれるだけやるしかない、そうしなければ私は確実に死ぬだろう
「岡田似蔵……あの鬼兵隊様が辻斬りなんてつまらない事をするとは思わなかったよ」
「桂は楽しませてくれなかったが、アンタは楽しませてくれよ?白鬼の裟維覇さん」
やはり読み通り辻斬り犯は鬼兵隊メンバーだったようだ、岡田似蔵なのは少し意外だが高杉の事を聞くのには丁度良いのかも知れない、それにしても岡田似蔵の口から発せられた桂と言う名前が気がかりだ
しかし桂の事を詳しく聞く事は出来ず、私は岡田似蔵からの重たい一撃を受けるのに精一杯だった、話終えるが早いか岡田似蔵は私に斬りかかってきたのだ、自分の刀を横にして受け止めた岡田似蔵の刀は夕焼けのせいかそれもと若干の月明かりに照らされているせいか、気味の悪い淡い紅色を帯びている気がしたが気にせずに刀を流す
抜刀はなんとか間に合ったが、明らかに以前の人斬りの岡田似蔵とは違う気がするのは何故だろうか、速さと言い攻撃の重さと言い何か違和感を感じる、刀を受け流された岡田似蔵はまたニヤリと笑い笠に手をやりゆっくりとそれを取った
「おやァ?斬りかかってこないのかい?隙だらけで好機だと思うがねェ」
挑発のつもりなのかそう言う岡田似蔵に思わず舌打ちをしたい気分になった、岡田似蔵が笠を取った時一瞬刀が笠に隠れたと思ったら予想外の物が見えたのだ、それを私が見たのを知ってか知らずか岡田似蔵はまた薄気味悪く笑い出した
「生き物みたいだった……か」
思わず証言の言葉を呟きその"生き物みたい"な刀を眺める、岡田似蔵の腕をまるで飲み込むかのように無数のケーブルが動いていてドクンドクンと心音の様な音が聞こえる、刀身はもはや刀とは呼べない程巨大な形をしていて大剣に近い形状だ
確かに生き物みたいにケーブルのような物が動いていて不気味な生き物のように見える、しかし肝心の刀身は全く生き物だなんて生易しい物に見えないと思う、いい加減な情報を提供した人に少し怒りを感じながらも間合いを詰められない様に数歩下がった
私が後ろに下がった分、ユラリユラリと薄気味悪い歩みで距離を詰めてくる岡田似蔵だが、私はその一見隙だらけな動きでも攻撃を仕掛けなかった、まだあの生き物みたいな刀の謎が解けてないのだ、迂闊に手を出さない方がいいだろう
気味の悪い刀から離れたい気持ちが先に動いてしまったのか、もう一度間合いを取ろうと思い、また後ろに数歩下がった瞬間
「どこ行くんだい?」
「なッ!?」
その瞬間岡田似蔵はまるで瞬間移動でもしたかの様に一瞬で間合いを詰めてきた、思わず驚きの声を上げながら刀を構え直した、岡田似蔵は刀身を大きく高らかに振り上げ私の脳天目掛けて勢い良く振り下ろそうとしてくる、それを防ごうと私も刀を振り上げたが私の刀は急に動きを止めた
何故動きが急に止まったのかと視線を刀の方へ向けると刀の切っ先が先程見たケーブルの様な物に絡め取られている、ケーブルを斬ろうと刀を動かすが岡田似蔵の刀身が目の前に迫ってきていた
「ッ……この野郎……!!」
思わず出た言葉はそれだった、刀が無理なら体だけでも動かして傷を少しでも軽くしようと左腕で頭を守り身を引いた、ちなみに右腕は既に刀と共にケーブルのような物に飲まれてしまっているので動かす事は出来ない上に刀を捨てて岡田似蔵から離れる事もできない
今できる精一杯の防御をした瞬間、岡田似蔵の刀の不気味な淡い紅色が見えたがその瞬間身体に斬られた時の痛みが走った、どうやら斬られたのは左腕と脇腹らしいそこから鋭い痛みが伝わってくる
勢い良く血が吹き出て私の視界を真っ赤に染めた、それが自分の血だと思うと嫌気がさしてくる、衝撃からか耳鳴りが響き視界の焦点が合わず途切れ途切れの視覚になる、力なく倒れた後に見えたのはいつの間にか取られた私の血塗れの警察手帳を持ち笠を被り直して立ち去る岡田似蔵の姿だった
「……救急車呼ぼう……」
血が流れる感覚から気を失うのも時間の問題だと思い、若干朦朧としてくる意識の中ポケットを漁り自分の携帯で救急車を呼んだ、電話に出た救急隊員さんは驚いていたが居場所はしっかりと伝える事ができたので大丈夫だろう
それにしても随分と派手に斬ってくれたものだ、血が止まる様子はないのでこのままいくと私の所持品が全て血塗れになってしまう、きっと御守りにといつも肌身離さず持ち歩いている大切な教科書も血塗れになってしまうだろう、それ以前に先程の岡田似蔵の攻撃で斬れてしまっただろうか
とりあえず報連相はしっかりしておくべきだと思い、ついでに短い文章を副長宛のメールに打ち込み送信する、傷の割に元気な自分に感心していたがその直後安心したのもあってか私は呆気なく気を失った