第十八訓
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非番と言うのはいつもは暇で暇で仕方なく何かやる事はないかと探して終わる日が多いのだが、久しぶりにやってきた今日の非番はそんな無駄な一日を過ごすための物ではなかった
いつもより少し綺麗な格好をしてクリーニングに出して返ってきたばかりの着物を羽織る、いつもの柔軟剤の香りがしないのは少し違和感を感じるが仕方ない、昨日の見回り中に買っておいた菓子折りを持って草履を履く
江戸の町はいつものように活気がいい、のんびりと歩くが寄り道などはせず真っ直ぐ目的地に向かった、しかし途中にオロオロと地面を見て何かを探しているような様子の人を見つけた、完全なる職業病か、はたまた正義感が強いだけなのか気が付くと私はその人に向かって歩みを進めていた
「どうかしましたか?」
驚かせないようにとなるべく穏やかな口調で声をかける、するとその人は少し驚いた様に肩を揺らしたが逃げる事なくこちらを向いてくれた、綺麗な緑色の髪の毛が太陽の光に当てられてまるでお人形さんのような女性だ、綺麗な顔に思わず息を飲んだが女性は無表情でこちらを見ていた
その表情は失礼ではあるが機械のように見えてしまう、結局その後の言葉が出てこず黙ってしまっていると女性は無表情のまま地面を指さし口を開いた
「ネジを……落としてしまいまして」
「ネジ?」
意外な言葉に思わず聞き返してしまうが女性はまたしても無表情のまま頷き返す、どうやらこの人は無表情が基本の表情の様だ、それにしてもネジを落とすなんて珍しい事をする人だと思った
一体なんのネジなのか聞くと女性はゆっくりと自分の綺麗な緑色の髪の毛を指さした、団子状に結ばれた髪はまたしても機械が結んだように精密な形をしている、しかしなぜ髪の毛にネジがあるのだろうか、ますます首を傾げてしまう
すると私が悩んでいる事に気が付いたのか女性は団子状の髪の毛の周りを円を描くようにグルリと指を動かしながら話し出した
「実は髪の毛にさしていたのです、簪の様に」
そこまで言ってもらいようやく納得した、どうやらこの女性はネジにピンク色の紐を結び、簪のように使っていた様でそれが何らかの拍子で落ちてしまった、と言う事らしい、それにしてもネジを簪のように使うなんてなかなか斬新なファッションだと思う
それよりもそういう事なら早く見付けないといけないと思い私もネジ簪探しに付き合う事にした
元々の用事の時間までまだまだあるので時間の許す限り探してあげようと思い私も地面を眺める、それを申し訳ないからと止める女性、しかしこれも仕事だと伝えると少し悩んだ様にした後私に深々とお辞儀をして礼を言ってくれた
「ありがとうございま……あっ」
「ん?どうかしま……ッ!!!?」
お礼の言葉が不意に途切れ、思わず振り向くと私の心臓は飛び跳ね、それに比例するように息を呑んだ、自分の口元が引き攣るが手に取るようにわかった
なんと先程まで話していた女性の頭が忽然と消え、代わりにケーブルのような物が張り巡らされている機械の断面図のような物が私に向かって差し出されていた、視界の隅でコロコロと転がる女性の頭は気のせいだと信じたい
思わず失神しそうになったが頭のない身体がアタフタと動いて頭を探しているような動きをしている、コミカルな動きによりなんとか意識を失わずにいるのだが私の心臓はバクバクと爆発しそうな程に脈打っている
「あの、よろしければ私の頭を首と接続して欲しいのですが……」
「あ……ああ……わ、かりました」
どうやら視界の隅で転がっていた頭は気のせいではなかったようだ、私より少し遠くの方から声がして思わず振り向くとそこには先程話していた女性の頭だけが地面に転がっていた
引き攣る唇と震える声を我慢して返事をした後、すっかり笑ってしまっている膝に力を入れて立ち上がる、そしてゆっくりと倒れないように歩き出し頭を拾い指示通り断面図を首に合わせて身体に置いた
ガシリと落ちないように頭を両手で支えたのを確認した私はゆっくりと女性から離れた、傍から見たらホラー映画のようだがこの状況に一番困惑し怯えているのは私だろう、しばらくして女性がゆっくりと自分の頭から手を離した
「ふぅ……驚かせてしまいすいませんでした、朝から首周辺の接続が弱くなっていて……」
「いえいえ……」
色々とツッコミを入れたくなるがなにか聞いてはいけない気がしたのでグッと飲み込み、ペコリと会釈を返してもう一度ネジを探す事にした、地面を眺めるだけでは見落とすかも知れないので若干身を屈めてグルリと見渡す
するとふと、通路側にあるベンチの下にピンク色の紐が結ばれているネジを見つけた、明らかに女性が探しているネジだろう、そう思った瞬間女性に一言言ってベンチの元へ向かった
しかし遠目から見ただけなのでまだ確信はない、思い切って地面に膝をつきベンチの下を覗き込んだ、後ろの方で女性が慌てたような声を上げたのが聞こえた
「うん、確かにピンク色の紐が結ばれていますね」
「そこまでしてくださらなくても良いのに……!!服砂だらけですよ!!」
「あはは、本当だ、大丈夫ですよ」
「でも……」
女性はどうやら私の服が汚れるのを心配していたようだ、それに笑いながら返して私はそのままベンチの下へと手を伸ばした、ベンチの高さが低いせいか着物の袖口がまた砂だらけになるが気にしなかった
腕を伸ばし、ようやくネジを手に入れる事が出来た、一息ついて体を起こし女性にネジを手渡した、女性は初めは戸惑った表情をしていたがそのネジを握りしめるとフワリと微笑んだ
女性の嬉しそうな笑みに思わず私も暖かい気持ちになった、問題はこの砂だらけになってしまった着物だ、この砂だらけのままでお礼なんて失礼すぎる、日を改めるかそれとも一旦屯所に帰るか悩みどころだ
「本当にありがとうございました……あの……素敵な着物でしたが、これから何か予定があったのではないですか?」
考えていると女性にそう言われた、困った表情を見ると予定があったと言い難いが予定の事を言わずにこの場から去るのは難しそうだ、女性には申し訳ないがここは正直に言う事にした
「……実はこの間お世話になった方に御礼を言いに行く予定が……」
頬を掻きながらそう言うと女性は大きな目をより一層大きくさせて慌て始めた、気にする事は無いと言い宥めたが女性には効かなかった、しばらく慌てふためいた後女性は目を瞑り"データを出力"や"採寸開始"、"この体型に合う着物……二点存在"などなにやら小難しい事を言い始めた
何を言っているのだろうと不思議に思い思わず女性を見つめてしまう、少し経って女性は目を開け私を見てフワリと笑った
「私にお任せ下さい」
「え?それはどう言う意味でしょう……?」
女性が言った言葉に思わず首を傾げてしまうが、女性は何も言わずに私の手を掴みスタスタと歩き始める、足がもつれ気味になったがなんとか女性に着いて行く
何度か声をかけたが女性は何も答えず歩き続けるのみ、その歩き方になんだか人間味が無い気がして段々と焦りが湧き出てくる、大通りに入り何回か角を曲がる、歩き方には迷いがなく正確なナビを見ているようだ
いい加減離してもらうために今度は少し強めに声をかけた時、女性は目的地に着いたのかピタリと歩みを止めたが私は反応しきれずぶつかってしまった
「着きましたよ」
ぶつかった事を気にしてない様子でそう言う女性は目の前にある建物を指さした、ぶつけた鼻頭を押さえながら女性の指さした方向を辿ると思わず声が漏れた、なんと指さした方向は"万事屋銀ちゃん"とデカデカと飾られている看板の下にある"スナックお登勢"と言う名前の建物だったのだ