幼少期
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
銀時のおかげか、段々とこの環境にも慣れてきて松下村塾の生徒のほとんどと遊ぶ程の仲になれた、初めの恐怖が嘘の様に毎日がとにかく楽しい、夜寝る前には明日は何をして遊ぼうかと考える程だ
そんな松下村塾だが、最近は道場破りの噂が広まっている
なぜこんな所にまで道場破りに来たのかと初めは噂を信じていなかった私だが、ある日の昼過ぎ、特にやる事も無いので昼寝でもしようかと考えながら廊下を歩いていると、離れの道場から竹刀同士がぶつかる音が聞こえてきた
その音の正体が無性に気になり、思わず道場まで早足で向かって行った、微かに開いていた扉から中の様子を覗き見ると、なんと銀時と見知らぬ誰かが試合をしていた、野次馬も沢山いて試合は大盛り上がりだったが銀時の相手は何故か傷だらけだった
「何してんの?」
「あ、花無為、アレだよ噂の道場破り!!」
「…………アレが……?」
近くにいた子に話しかけ一体何をしてるのかと問い掛けると、どうやら銀時の相手はあの噂の道場破りらしい、この松下村塾に道場破りが本当に来ていた事に驚いたがそれ以前にあの銀時に挑むなんて無謀な奴なのかと少々呆れてしまった
銀時はこの松下村塾の中でも一番強い、私も腕試しにと何度か試合をした事があるが、銀時の動きは他の子達よりも明らかに違う、とにかく素早い動きをする上に一太刀一太刀が重く防ぐのも容易では無い、長期戦に持ち込めば不利であるのは分かっているのに銀時の動きを捉えるのに精一杯で結局体力を消耗して負けてしまう
もし噂が本当なら、あの道場破りは銀時と連日幾度となく試合をしているらしい、そろそろ限界が来るのも近い筈だが道場破りは必死に銀時に食らいついていた、一体何の為にこんな事をしているのかと疑問に思ったがそれは私には関係ない事だ
「銀時ィ、程々に手加減してやれよ、ボロボロだぞソイツ」
「うるせぇ!!野次飛ばすな馬鹿花無為!!」
「馬鹿とはなんだ!!応援してやってんだぞ!!」
銀時に向かって少々茶々を入れつつ声援を送ったが、道場破りの竹刀を受け止めながら銀時は私に向かって怒りながら叫んできた、そんな銀時に言い返しているうちに銀時の竹刀が確実に道場破りの防具に当たった、衝撃音から察するにかなり強めの一撃が道場破りに当たった様だ
試合は一本を取った銀時が勝ったようで皆からは拍手喝采が響く、しかし私は倒れ込んだ道場破りが起き上がらないのが気になってしまった、生存確認の為に私は道場破りに声を掛けてみる事にした
「大丈夫道場破り?」
「……うる……せぇ……」
声を掛けると道場破りは息絶え絶えで私の言葉に返事をしたが、そのまま目を瞑ってしまった、どうやら限界が来たようだ、連日の銀時との試合で消耗した体力を先程の一撃がトドメを刺したのだろう、このまま目を覚ますまで放っておいても良いだろうが、道場破りの何度も何度も勝てるまで銀時と試合をするその精神が気に入った
このまま放置してしまうと治る傷も治らないだろうと思い、とりあえず先生に傷の手当をして貰うために先生の所に運ぶ事にした、腕を持ち上げたが気を失っているので何とも重たい、しかし引き摺る訳にもいかないので少々無理をして道場破りに肩を貸す形で運ぶ
「花無為そんな事しなくても、そのうちアイツが運んで行くぜ」
「それまでこんな所に寝かせたままなんて私は嫌だ、ちゃんと先生に診てもらわないと……」
道場破りを担ぎながら部屋を出て行こうとする私を銀時が引き止めるが、銀時の静止を押し切って私は部屋から出る、背後から銀時の勝手にしろと呟いた声が聞こえてきたが、聞こえていないフリをしてそのまま歩みを進めた
しかし先生の所に到着する前に道場破りが目を覚ました、どうやら少々雑に運びすぎたようだが、気絶している自分と同じ位の背丈の人間を丁寧に運ぶなんて無理がある、だから怒らないで欲しい
「お……お前……何、してん、だ?」
「手当しないと、勝てるもんも勝てないよ」
途切れ途切れに聞こえた道場破りの声は思っていたより澄んでいた、道場破りなんて事をする人間だからドスの効いた声かと思っていたが杞憂だった様だ、道場破りが目を覚ましたので、出来る限り自分で歩いて貰いながらもあまり傷に響かないように慎重に運ぶ
「…………ん?」
ふと視線を外に向けた時、長髪を上の方で結んだ髪型の奴を見つけた、あんな子この松下村塾で見た事無い、不思議そうに見つめていたのを気付かれてしまったらしく、ソイツは私の方に目を向けるとそさくさとどこかへ行ってしまった
何だったんだと首を傾げていると、道場破りが再び気を失ってしまった、ズシッと肩に体重が掛けられて思わず唸り声を上げてしまう、今はとにかくこの迷惑な道場破りを運ぶ事に集中しよう
「ありがとうございました花無為、重かったでしょう?」
「気を失ってたから余計にね、はぁ……疲れた」
無事先生の元へ道場破りを運ぶ事ができた、一通り傷の手当をして安心したように笑う先生に私も笑顔で答える、縁側で少し休んだ後、部屋に戻ろうと丁度廊下を曲がった時、銀時が刀を抱えて廊下に立っていた
「何してんの銀時、廊下に立ってるなんて先生に怒られた?」
何故銀時がこんな所で立っているのか謎で茶々を入れつつ銀時にそう問い掛けた、私の言葉を聞いて銀時は分かりやすく顔を顰めたが珍しく爆発はせず小さな溜め息だけをついた
「違ぇよ……さっきの奴とアイツがなんか話してるから気になってるだけだ」
「え、もう目を覚ましたんだ……早いなぁ」
銀時の言葉に私も思わずさっきまでいた部屋の方に耳を傾ける、すると確かに微かだが先生とあの道場破りの話し声が聞こえてきた、二人は侍とは何かと言う事を話しているようだ
確か私も前に先生から聞いた事がある、先生は武士道について"弱き己を律し強き己に近づこうとする意志""自分なりの美意識に沿い精進する、その志をさす"と言っていた、きっと私に話した時のように道場破りにも教えを請うているんだろう
前に先生から聞いた言葉を思い出していると、銀時が何かに気付いたように視線を外に向けたのが見えた、釣られて私も外に向けると先程道場破りを運んでいた時に見かけた、長髪の奴がこちらを見ていた、しかし私達に気付くと再びどこかへ行ってしまった
「……あの道場破りと知り合いなのかな?」
「きっとそうだぜ、道場破りが来るといつもああやって外からこっち見てるし、前に一緒に居るのを見た事がある」
私の呟きに銀時は溜め息混じりにそう答えた、どうやら道場破りとあの長髪は知り合いの可能性が高いらしい、それにしてもいつも外から眺めているだけなんて何か理由があるのだろうか
「ま、あの道場破りが何度来たって結果は同じだ、何回でも俺が負かしてやる」
道場破りと長髪の関係性が何なのか気になっていると銀時は自信満々な表情でそう呟いた、いくら銀時が強いとは言え道場破りは何度も何度も挑んでいるのだ、いつか銀時の癖を見抜いてその隙を付かれてお終い……なんて事は充分にありえる
「銀時……油断してると足元掬われるよ」
「そんな事言うなら花無為、お前も手伝えよ、俺よりは弱いけどアイツと良い勝負できると思うぜ」
松陽先生が言っていた、勝ち続けるとその分慢心してしまうと、今の銀時が正にそうだ、呆れながらも銀時に一言忠告をしたが予想外の返答が返ってきた、確かに松下村塾の名誉を銀時一人に任せるのは些か荷が重いのかもしれない
しかし松下村塾の中で一番腕が立つのは銀時なのは間違いない、私が道場破りと戦った所で引き分けかそれとも負ける可能性だってある、負けたくはないが……それに今の道場破りの状態を見るとこのまま勝負を挑むのは弱い者いじめをしてるみたいで嫌だ
「余計なお世話だ、あんなボロボロな状態の奴に勝っても嬉しくない」
「……じゃあアイツの怪我が治ったら一勝負しろよ?」
「……考えとく」
道場破りの怪我が治ったら一勝負くらいならしても良いと思う、銀時との勝負が終わるまで怪我は治りそうにないが、もし万が一銀時との勝負に道場破りが勝った暁には、怪我が治ったのを見計らって私から勝負を仕掛けても良いかもしれない
そんな会話をしつつ、私と銀時は自分達の部屋に戻る事にした、来る日に向けて道場で鍛錬でもしようかと思ったが今は人一人を運んだ事で身体が疲れてしまった、別に今急いで鍛錬をしなくてもその日が来るのはもっと先だろう、銀時が負けるのは見た事がない、無敗神話と豪語している程だ
流石に何度も挑んでボロボロになっている道場破りは毎日は来ないだろうと思っていたが、私の予想は見事に外れて次の日も、また次の日も道場破りはやって来てはこう口にする
「もう一度俺と勝負しろ」
道場破りはいつも同じ事を言う、前にも増してボロボロの見た目をした道場破りに対し、一体何度その身体に傷を作れば気が済むのかと内心呆れながら思っていると、竹刀を担ぎ溜め息混じりに銀時が話した
「オイいい加減にしやがれ、何回道場破りにくれば気が済むんだてめェはコノヤロー」
「俺が勝つまで」
面倒くさそうな銀時とは対象的に道場破りは真っ直ぐ銀時を見据えてそう答えた、明らかに銀時は呆れているが道場破りは真剣そのものだ、本当に勝つまで続ける気なのだろう
「面倒くせェよコイツ、なぁ花無為、やっぱりお前が相手しろよ」
「……ソイツは銀時に勝ちたいんだろ、私は後でいい」
なんとも負けず嫌いな相手に目を付けられてしまったのだろうか、銀時は溜め息をつきながら私に道場破りの相手を押し付けようとしたが、道場破りの目に私は映っていないのは明白だ、道場破りは他の誰でもない、"銀時"に勝つ為に、超える為にこの松下村塾へ足を運んでいる
とは言っても銀時に勝つまで一体どれ程の日数が必要になるのか、もしかすると年単位になるかもしれない
「もう一度だ」
来る日も来る日も同じ様にそう言い銀時が試合を申し込む道場破りの姿は最早、松下村塾の日常になっていた、いつものように竹刀を合わせ、衝突音を道場の中に響き渡らせる、試合を重ねていく内に道場破りの動きも洗練されてきた
だが、だからと言って安易に銀時が負ける訳がない…………なんて思っていた私の視界に驚くべき光景が広がった、道場破りの突きが銀時の防具に当たり銀時が吹き飛ばされたのだ、少し遅れて竹刀と防具が当たる音が私の耳に届いた
「一本!!」
審判の声が道場内に響き渡り、一瞬何が起きたのか分からなかったが判定が下った瞬間、倒れていたのはいつもの道場破りではなく銀時で、立っているのは銀時ではなく道場破りだ……つまり
「道場破りが銀時に、勝った……!?」
思わず呟いた私の声が道場内に響いた直後試合を見ていた子達が一斉に道場破りに向かって走って行った、無論私も同じで興奮冷めやらずとはまさにこの事だろう、皆ワイワイと騒ぎながら道場破りを囲う様に集まる
「スゲェェェェェ本当にあの銀時に勝っちゃった!!」
「今迄誰も勝った事無かったのにスゲーよ!!」
「やったな!!よく頑張ったよお前!!」
「凄いな道場破り!!見直したぞ!!」
皆それぞれ道場破りを褒め称える、急に人が集まった事で道場破りは驚いていたが私達は長らく破られなかった銀時の無敗が破れた事に大興奮だった、密かに私はいつ道場破り試合を申し込もうかと考えていたが今はそんな事はどうでもいいとさえ思えてしまう
「なっ、なれなれしくすんじゃねェ!!俺とお前らは同門か!?」
「アラ、そうだったんですか、てっきりもうウチに入ったと思ってました、だって誰より熱心に毎日稽古に……いや、道場破りに来てたから」
ワラワラと集まった私達に対してあくまでも第三者としていようとする道場破りだったが、どこからともなく道場に入って来た先生の一言に口を噤んだ、確かに先生の言う通り、この道場破りは何度も何度も熱心に銀時に立ち向かっていた、自分より強い人間に打ち勝とうとするその意志も、行動も、一つの稽古だと言える
先生の言葉があまりにもごもっとも過ぎて周りの皆と一緒に大きな声で笑ってしまう、明るい雰囲気の笑い声が響く中、一際大きな声がそれを遮るように発せられた
「オイィィィィィィ!!何アットホームな雰囲気に包まれてんだ!!誰の応援してんだ!!そいつ道場破り!!道場破られてんの!!俺の無敗神話ブチ破られてんの!!笑ってる場合かァァァ!!」
声を上げたのは他の誰でもない銀時だ、床に仰向けで倒れ込んでいたが上半身だけを起こして私達に向かって青筋を立てながら叫んでいる、その銀時の一言に一瞬周りの雰囲気が静かになったが私はそんな銀時に一言投げかける
「アハハ、惨めにも負けた奴がなんか言ってる」
「花無為ィ!!てめェ後で覚えとけよ!!つーか、少しは負けた味方を労る気持ちはねっ……」
私の一言に銀時は青筋を立てたがアレだけ豪語していたのに負けた奴に何を言われても怖くない、続け様に銀時は道場破りを囲っている私達に向かって文句を言おうとしたがいつか見たあの長髪の奴が銀時の肩に手を置いた
表情はどこか銀時を憐れんでいる様な表情をしていて、片手には何故かおにぎりが鎮座している、全く知らない奴の登場に銀時も私も唖然としてしまい一瞬何が起きたのか分からなくなってしまった、しかしそんな私達を他所に長髪の奴は明るい笑顔でぬっちゃぬっちゃとおにぎりを握りながら話し出す
「もう敵も味方もないさ、さっ!!みんなでおにぎり握ろう」
拳大に握られていくおにぎりは美味しそうな白米の香りがするのにも関わらず得体が知れない物に見えてしまう、それはきっと握った相手が長髪の奴だからだろう、コイツは一体誰なんだ
「敵味方以前にお前誰よ!!何で得体のしれねェ奴が握ったおにぎり食わなきゃならねェんだ!!」
「誰が食っていいと言った!!握るだけだ」
「何の儀式だ!!」
銀時も私と同じ様な考えだったそうでおにぎりを握り続けている長髪に向かって強めに叫んだ、しかし長髪は銀時の言葉にすかさずおにぎりは握るだけだと斜め上の回答をした、ひたすらおにぎりを握るだけの行為なんて最早儀式か何かとしか思えない
と言うより全く知らない人間をこの道場に入れても良いのかと思ってしまい思わず先生の方に視線を向けたが、私の目にとんでもない光景が映った、先程、見ず知らずの長髪が握ったおにぎりを先生が食べていたのだ、それもご丁寧に口元に米粒を付けながら咀嚼を繰り返している
「あ、すみません、もう食べちゃいました」
「早っ!!!!」
もごもごと口いっぱいに白米を詰め込んだ先生は少し篭った声でそう言った、そんな先生の行動に流石の銀時もツッコミを入れた、その一連の流れがまるで喜劇の様で私は自然と笑みが溢れてしまう、周りの皆も同じな様で大きな声で笑う子やクスクスと控え目に笑う子など様々だった
いつの間にか道場破りも柔らかい笑顔で声を上げて笑っていたのを私は知っている
皆の声につられたのか、それとも他に何か理由があったのか分からないが、少なくとも松下村塾はそう言う場所だと私は感じている、皆優しく、初めこそ自分で壁を作り冷たい態度を取っていてもここに居るだけでいつの間にか自分が作った壁なんて壊れているのに気付くのだ、だから私はこの場所が大好きだ
「オイ、お前高杉っつったか」
いつの間にか日も暮れ、道場破りも松下村塾から帰る場所に向かおうとしていた、そんな道場破りを松下村塾の門前で銀時は呼び止める、名前呼ばれたからかすぐに歩みを止めたが道場破りは……いや、高杉晋助はこちら見ようとしなかった
そう、道場破りの名前は高杉晋助、そして一緒に居た長髪の奴の名前は桂小太郎と言う、正式に自己紹介をしてくれた二人だが自己紹介をしたからと言って松下村塾に来てくれる訳では無さそうだった、きっと松下村塾の道場破りも済んだのでまたどこか別の寺子屋に腕試しと言う名の道場破りを続けるのだろう、そう考えるともう高杉や桂に会えないのは寂しくなる
高杉を引き止めた銀時はこちらを向こうとはしない高杉の背中を静かに見据えながら、いつものような気怠げな口調で話し出す
「一度勝ったくらいでつけ上がんなよ、てめェが奇跡的に俺から一勝する間に俺はお前に何勝した?俺に本当に勝ちてェなら、負け分取り戻してェなら……」
どうやら銀時は高杉が一勝した事に関してかなり根に持っている様だ、しかし銀時の言う事も一理ある、実際高杉は今回の白星をあげる前に何度も何度も黒星を喫していた、同数の白星をあげなければ本当に銀時に勝ったとは言えないのかもしれない
「明日も来い……次勝つのも俺だけどな」
だからこそ銀時は高杉にそう言ったのかもしれない、それともただ単に自分と同じ実力を持つ高杉に興味が湧いたのかもしれない、どちらにせよ銀時は明日も来るように高杉に言い放ち高杉の背中に鋭い視線を向けた後松下村塾へと戻って行った
一度もこちらを振り向く事なく歩み始めようとした高杉に向かって私は思わず声を掛ける事にした、銀時のあんな言い方では高杉が来てくれなくなってしまうのではないかと思ったからだ
「……銀時と試合するのに飽きたらさ、私ともやろうよ高杉となら良い勝負ができそうだし……また明日」
そう高杉の背中に向かって言い私は銀時の後を追った、高杉は明日も来てくれるだろうか、初めこそ松下村塾を脅かす道場破りと言う肩書でやってきた高杉に警戒していた私だが、今となっては高杉が松下村塾の一員になる日は来ないものかと思ってしまう程だ
しかし桂曰く、高杉は名門と呼ばれる講武館に既に所属している上、そこで学ぶ事を両親に強要されているそうだ、講武館には桂も所属しているそうだが、松下村塾とは全く違う雰囲気らしく、私とは全く縁のない血筋や一族の繋がりが強い場所だと言う
そんな環境下なら、残念だが高杉と桂がこの松下村塾に来てくれる日は無いだろう、先生も高杉に言っていたがあれだけここで道場破りと言う名の稽古をしていた高杉が来てくれないのは寂しいが、だからと言って友人でなくなる訳ではない
「ねぇ、先生、あの二人が松下村塾に来てくれる事はないのかな?」
高杉達が松下村塾に顔を見せる様になってしばらくしたある日の夜、私は一緒に布団に入っている先生にポツリとそう問い掛けた、私には血筋だとか一族の繋がりの事はよく分からないし、本人達は松下村塾に居る時に凄く楽しそうに笑うのでそれが理由にならないのかと思う
しかし私の問い掛けに先生は困った様に微笑んだ、この先生の表情は大抵あまり良くない返答をする時なので私は少し気分が落ち込んでしまった
「さあ、どうでしょうね……私はとっくにあの二人は松下村塾の弟子だと思ってますが、そう簡単に物事は上手くいかないものです」
そう言う先生の表情が少々寂しそうに見えるのは気のせいではないだろう、恐らく先生もあの二人を迎え入れたいとは思っているのだと思う、しかしまだ子供の私には分からない大人の事情と言う物がそれを実現させてくれないのだ
本人達が松下村塾に行きたいと言うならそれを尊重してはくれない物だろうかと思いつつも、私の知っている"親"と言う存在は、子供の言う事を素直に認めてくれない存在なのでそれも理解できる
悶々と考えていると不意に先生が布団から抜け出た、そのまま腰に刀を携えて部屋を出て行こうとする、一体何事かと私も身体を起こすがその音に気付いた先生がゆっくりと振り向いた
「……?先生?何かあったの?」
「……そのまま寝てなさい花無為、私は少しやらないといけない事を思い出しました」
何かあったのかと聞く私に先生はやらないといけない事を思い出したと言い残して部屋から出て行った、パタンと閉じられた襖、そしていつもより足早に廊下を歩いて行く先生の足音が遠ざかって行った
「先生……?」
思わず閉じられた襖に向かって声を掛けたが当然返答はなかった、寂しさを感じつつも、今私が先生に着いて行った所で邪魔になるだけだと感じ、先生に言われた通りこのまま眠る事にした、先生が傍に居ない事でいつもの悪夢を見てしまうのではと思っていたが存外私はそのまま朝まで眠りについた
その次の日の朝、私は自分でも驚く光景を目の当たりにした、いつもの松下村塾、いつも通りの日常だと思っていたのに、先生がある二人組を部屋に連れてきた、まるで私や銀時がここに初めて来た時の様に
「皆さんに紹介します、今日から本格的にこの松下村塾の一員になる高杉晋助と桂小太郎です、皆さん仲良くしましょうね」
ニコニコといつも通りの優しい笑顔で先生は二人の紹介をした、どうやら私の願いは意外にも叶った様だ、高杉や桂が家族になんと言われたのかは分からないが二人が来てくれるならとても嬉しく思う
……しかし、それよりも私は一つ気になる事があった、分からないままにしておくのは嫌なので手を上げてから先生に質問をする
「先生ェ、二人共デカいたんこぶがあるけど何かあったんですか?」
高杉と桂の頭には大きなたんこぶが出来ていたのだ、見た目からして昨日の晩出来たような物に見える、そう、先生が深夜私に詳しい事を言わずに部屋から出て行った晩だ、まさかとは思いながらも先生に質問した訳だが先生はヘラリと笑って話し出す
「花無為、これは彼らが初めての授業を受けた時の名誉ある"勲章"ですよ」
先生の言葉を聞いてなんとなく二人がどんな目にあったのか想像がついた……いや、二人ではない……
「痛そうな勲章ですね、なんかこっちの馬鹿にも同じ様な物があるけど」
「黙ってろ馬鹿」
先生の言葉に私もいつものように返事をするが、思わず隣を見て冗談を交えてしまう、私のニヤけ顔を見て隣の席の銀時はすぐさま私に悪態を付いた、しかし銀時の頭の上にも高杉と桂と同じ様なたんこぶが出来ている、恐らく三人で何かしでかしたのだろう
「……夜遊びなんてするからですよ」
小さな声で呟いた先生の言葉を聞いて確信した、三人は私の知らない、私が寝ていたあの晩に何かをしたのだ、どうしても気になってしまって後々、詳しい事を銀時から聞く事にした
銀時が言うには、何故か松下村塾が役人に目を付けられており、それを止める為、銀時、高杉、桂の三人で夜中に役人相手に立ち向かおうとしたと言う、そんな三人組の無謀な行為を先生が役人達の刀を破壊し止めて、授業として三人の頭に拳骨を振り下ろされたそうだ
役人に喧嘩を売ろうとするなんて、何故そんな面白そうな事に私も混ぜてくれなかったかと銀時に言おうとしたが、先生の拳骨の事を思い出し、あの日そのまま眠りについて良かったと密かに胸を撫で下ろしたのは秘密だ
しかし経緯はどうであれ、二人が松下村塾に来てくれて私は嬉しかった、稽古の幅も広がる上に気が合いそうな奴らなので仲良くなれる筈だ、これからは三人で……いや、四人で一緒に様々な事を学んで行こう、この松下村塾で