幼少期
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
初めて私と手を繋いでくれた人……吉田松陽先生に連れられて松下村塾に来てから何週間か経ったが、養子の事や母親の事が私には酷く鮮明に記憶に残っていて、自分から他人に話しかける事ができずにいた
他人の目を見て話せない、他人の声に酷く怯えてしまう、もう大丈夫だと分かっているのにどうしても養子の事や母親の事を思い出してしまう、自覚はないがきっと夜も魘されているのだろう、偶に夜中に目を覚ますと松陽先生が添い寝をしてくれている日があったりする
その事で先生は何度か心配して、何度も私に医者に診てもらおうと提案するが、気にしなくていいと言って話を逸らし続けている、私を助けてくれた先生に無駄な心配はかけられない
「……ハァ……」
先生が教科書に書いてある事を分かりやすく私達生徒に教える声を聞きながら、私はただボーッと松下村塾の庭に植えてある桜を眺める、枝が風に靡くと同時にその先に咲いていた花がほんの少し散り、花弁を私達の教室に運んで来る
花弁が一枚特徴的な髪の毛の上に乗った、隣の銀髪頭……確か名前は坂田銀時だとか言っていた気がする、坂田は少し前からずっと寝ているので起こさない様に坂田の頭に乗った花弁を取ってみた、桜の花弁は柔らかく、一枚だけだと桜色と言うより白色に近い色をしている
ふと無意識に坂田の方に目が向いた、坂田は私が来る前からこの松下村塾に私と同じように先生に連れて来たと先生本人に聞いた、当然帰る家もないので私と同じ様にこの松下村塾で先生と一緒に暮らしているのだが、私達はほとんど会話をした事がない、私と違って坂田は先生に少し反抗的な態度を取るからだ
それに合わせて私が他人を避けているのもある、正直な所このまま一生、坂田とはロクに話をする事は無いかもしれない、そんな事を思った時、一際大きな風が吹いて庭の桜が花吹雪の様に散った
「……では、今日はここまで各々昼食を摂ってください」
花吹雪の景色に目を奪われていると、意識の向こう側から先生の声が聞こえて皆が騒ぎ出した、私も傍に置いておいた弁当を机の上に乗せて開こうと包んでいる布を解いていく、今朝先生が作ってくれた自慢の弁当だ
蓋を開けようとした時、ふと、人に見られている気配がして顔を上げるとニコニコと愛想の良い笑みを浮かべた女の子が立っていた、しかし名前は覚えていない
「あの……何か……?」
「裟維覇さん、一緒にご飯食べようよ!!」
その子は笑顔を崩さず私を昼食に誘った、だがなんとなくではあるがその子の笑顔は心から笑っていない様に感じてしまう、どこか冷たい愛想笑いのような笑い方、笑ってはいるが目が笑ってない笑顔……
その笑顔を見たと同時に私の脳裏にあの養子の笑顔が過ぎった、その子には悪いが笑顔が養子の子と重なってしまったようで何とも言えない耐え難い恐怖を感じてしまう、咄嗟に弁当を掴んで立ち上がりその場から逃げる準備をする
「わ……悪いけど……私、食べる時は一人が良いから……」
その子にそう言い残して私は早々に教室から出た、さっきの女の子がなにやら別の子とヒソヒソと話していたがきっとロクな事では無いので耳に入れないように襖を閉める
流石に露骨過ぎただろうかと心配になりながらもギシギシと廊下が軋む音を聞きながら歩き、適当な所で座り再び弁当を開けた
「ここなら誰にも見つからないよね……?」
そう呟いてから誰もいないか確認するために周りを見渡した、周辺に人らしき気配は無いのでふっと息をつく、持っていた箸で食材を掴み、口に運ぼうとした時
「おい」
どこからか気怠い声が聞こえた、急な人の声に驚いてしまい持っていた食べ物を落としそうになったがなんとか持ち堪えた慌てて声がした方へ振り向くと、そこには昼食の時間になった瞬間教室から出て行った隣の席の坂田が立っていた
急な坂田の登場に私はどうすれば良いのか分からず唖然としてしまう、私が固まっているのを良い事に坂田は図々しくも私の隣に座り弁当を開けた、坂田も私と同じ先生特製の弁当だ
「えっ……な、何してんの?」
彩り豊かな先生の弁当に一瞬目を奪われてしまったが、坂田が急に弁当を開けた事に対して私は困惑してしまう、一体コイツは何をするつもりなのかと、弁当を開けたと言う事はここで食事を摂るつもりなのかと
それでは私が教室から出た意味が無くなってしまう、教室から出たのはあの女の子に恐怖を抱いてしまったからなのだが、元を辿れば他人と関わりたくないから出たのに、困惑している私に坂田は白米を一口口にしてから理由を私に話した
「弁当食うの、一人じゃ寂しいだろうが……それにココは俺の秘密の昼寝場所、アイツや他の奴にバラされたらたまったもんじゃねぇ」
「いや、バラさないしなんの得があるんだよ」
「そうだよなバラす相手も居ないよな、お前ずっと一人だもん、寂しい奴」
「……うるさい」
どうやらここは坂田の秘密の場所だったらしい、それを他人に知られたくないが為にここで食べるらしい、一緒に食べる事で口封じになると思っている所や私が誰かにバラすのを警戒している所が理解できない、終いには一人でいる私を"寂しい奴"だと言った
実に失礼な奴だと思いながらも事実なので何も言えない、コイツには何を言っても無駄なんだろうし、今更移動するのも面倒だと思ったので私は仕方なくその場で昼食を摂る事にした、持ったままの箸を動かし一口口にする
「名前」
「え?」
「お前の名前、教えろよ、他の誰かに聞いても覚えてないだの、アイツに聞いても本人に聞けだのなんだので一向に分からねぇ」
おかずを口にした時、何の前触れもなく坂田が口を開いた、思わず聞き返すとどうやら私の名前を聞いていたようだ、私は坂田の名前を覚えていたのにコイツは私の名前を覚えていなかったようだ、なんとまあ失礼な奴だ
「名前なんて聞いてどうするんだ」
こんな失礼な奴に素直に教えてたまるかと思い、意地悪だと思いつつも私はそう言い返した、すると坂田の不機嫌そうな目付きが私を睨み付けてきた、小豆色の瞳にしたり笑みを浮かべた私が映っている
「……良いから教えろよ」
「一度だけだぞ……私の名前は、裟維覇花無為」
不機嫌そうな表情を崩さず再び私の名前を聞いてくる坂田に私は釘を刺してから自分の名前を教えた、はてさて、坂田は何故私の名前を知りたがったのか教えてくれるだろうか
「ふーん……花無為か、花無為ねぇ……」
坂田は何度も私の名前を呟いている、まるで噛み締めているかのような坂田の言い方に何故だかむず痒くなってしまう、気を紛らわす為にいつもより少々早く弁当を口に入れる、口の中にいつもの先生のご飯の味が広がった
弁当を味わっている私を他所に、ふいに坂田が以前私が初めてこの松下村塾へ来た日の事を話し出す、あの日の事は正直緊張していてあまり覚えていないが坂田はそうではなかったらしい
「こう言ったら変だけどよ、あの日、お前を見た時初めて会った気がしなかったんだ」
「……なんだそれ」
初対面の人間に言う事ではない坂田の言い分に私は思わず眉を顰めてしまった、もしかすると本当に一度どこかで会った事があるのかもしれないと思ったが、私と似たような髪色をしている坂田を忘れる訳はないだろう
納得がいかない私の表情を見てか、坂田は首を何度か傾げながら絞り出す様な口調で話し始める
「……上手く言えないけど、少し前の俺を見てる様な気分になったんだよ……上手く言えないけど……」
坂田の言葉に私は以前、松陽先生が教えてくれた坂田の過去を思い出した、坂田は私と同じ様に先生が松下村塾に連れて来たと、私と同じ様に……つまり坂田も人の死体の山を漁ってその日を暮らしていたらしい
屍を喰う鬼が居ると、不名誉な噂さえ立っていたと苦虫を噛み潰した様な表情で先生は話していた、そう思うと坂田は私とほんの少し違うが似たような経験をしている
「……先生から聞いた事がある、アンタも死体の山漁ってたって」
「アンタ"も"って事は、やっぱりお前も?」
思わず呟いた私の言葉に坂田はすかさずそう聞き返してきた、やはり坂田も死体の山を漁ってた、改めてそう考えると私達二人は似た様な点が多いのかもしれない、坂田の言葉に私は死体の山を漁っていた頃を思い出しながら話を続けた
「あぁ、親に捨てられたから…………分かるだろ、こんな髪色してるんだ、オマケに右目も普通とは違う……お母さんは、あの人は自分の娘がこんな見た目をしてるのが許せなかったんだ」
食べ終えた弁当を片付けながら"あの日"の事を思い出しポツリポツリと坂田に話す、正直話すつもりは無かったが……坂田の話に釣られてしまったようだ、咄嗟に右目を隠している包帯に触れた、この包帯の下には化け物の瞳がある
もし髪色はおかしくてもこの右目さえおかしくなければ何か変わっていただろうか……なんて有りもしない未来を私は何度思い浮かべただろうか
「ふーん、だから隠してんのか」
「……こんな事言うつもり無かったのに……」
私の言葉に坂田は顔を覗き込みながらそう呟く、そんな坂田の視線から逃げる様に私は顔を背けた、これ以上坂田に変な事を聞かれる前にこの場から離れた方が良いかもしれない、なんて思った矢先坂田は驚きの発言をした
「…………なぁ、その右目、俺に見せてみろよ」
「ッ!?何言ってんだ!!」
単なる好奇心か、それとも何かを感じたのか、私の右目を見せろと言う坂田に向かって大きな声を上げてしまう、しかし坂田は私の大声に怯む様子もなく小豆色の瞳を真っ直ぐこちらに向けたままだ
「本当に変かどうか、俺が見てやる」
こちらを見据えたまま坂田は真剣な表情でそう言ってきた、思わず松陽先生と初めて出会った時の事を思い出してしまうがあの時とは少々状況が違う、あの時は松陽先生と初対面で少しだけ驚かせてやろうと言う気持ちが働いて右目を見せた、だが今はこの坂田とは既に知り合いで、現状、一つ屋根の下で一緒に暮らしている仲だ
そんな私にとってはかなり珍しく距離感の近い存在を下手したら失ってしまう可能性がある、坂田がこの包帯の下の右眼を一体どのように想像しているかによって反応が異なってくるだろう
「今更アンタが見たって変わらない!!私の右目は変なんだ!!化け物みたいな見た目をしてるんだよ!!」
「変かどうかなんて人によるだろ?だから見せてみろって」
これ以上坂田には深入りして欲しくないと思いながら、突き放す言い方をしてなんとか坂田から距離を取ろうとしたが坂田には通じなかった様だ、変わらず小豆色の瞳をこちらに向けたまま表情一つ変えずにそう言ってきた、これでは埒が明かないと私はこの場を離れた方が坂田も諦めるだろうと考え、立ち上がる
「……もう行く、じゃあな」
「待てって」
半ばその場から逃げる様に言い残して教室へ戻ろうと歩みを進めたが坂田は私の袖口を掴み引き止めた、そんな坂田の行動に流石に頭に来てしまう、何故コイツはこんなにも私に絡んでくるのかと
私の右目は祟だ、呪いだと揶揄され続けてきた、見たら寿命が吸われるとも言われてきた、そんな物を好き好んで見ようとするなんて……知らないとは言え思考が掴めない、坂田の真っ直ぐな目を見ているとよく分からない感情がグルグルと渦巻いてくる
「ッ……!!何なんだ!!暇なら別の奴に絡めば良いだろ!!私なんかよりよっぽど愛想が良い人がここには沢山居る」
坂田が掴んでいた袖口を自分の方に引っ張り坂田の手を振り払う、全く引き下がろうとしない坂田に他の人に絡めと言い放つが坂田の表情を見るにあまり効果はないようだ、キッと坂田を睨み付けても全く意味を成さない、坂田は私を見据えたまま呟くように話し始めた
「……放っとけねぇんだよ、言っただろ、"昔の俺を見てるみたい"って」
ポツリと呟かれるように発された言葉に私は何も言えなかった、坂田の言う"昔の俺"が一体どう言う者なのか私は知らないが坂田のどこか寂しそうな、辛そうな表情を見るとそれは容易に想像できたからだ
「……少なくとも、俺はここの連中と関わってほんの少しは変われた、アイツ……松陽とも関わって、死体の山漁ってた鬼は人間に変われた、だからお前も誰かと関われば変われるはずだ」
ポツリポツリと話し始めた坂田の言葉はどこかぶっきらぼうだったが嬉しそうにも聞こえた、松下村塾に来て坂田も救われたのだろう、確かにここの子達や松陽先生は自分の中で凝り固まったアクの様な物が抜けていくのを感じる程優しさに溢れている
深く深く関われば、私もこの先きっと普通の子供のようになれるだろうとさえ思えてしまう程……
「…………私はアンタとは違う」
「待てよ!!オイ!!花無為ッ!!」
その優しさが今の私には怖かった、坂田にそう言い残して私は今度は袖を掴まれない様に足早にその場から離れる、私を引き止めようとする坂田の声が背後から聞こえてくるが私は一度も振り向こうとはしなかった
教室に戻り自分の席に座り、再びボーッと庭の桜を眺める事にした、私はもう、なにも考えたくないのかもしれない、あまりにも色んな事が起こり過ぎたから、ガヤガヤと松下村塾の生徒達が話している声を聞きながら私は目を閉じる
少しするとすぐ隣付近に誰かが私を見ている気配がしたが、大方予想はついている、薄目を開ければ想像通りの人物が私の様子を伺うように立っている、坂田だ、何か言いたげな表情でこちらを見ているが私はあからさまにフィッと顔を背けて坂田に会話をする意思はない事を伝える、意外にも坂田は何も言わず、そのまま午後の授業が始まった
「…………で、お二人はどうして喧嘩をしてるんですか?」
「「………………」」
ニコニコとこちらにいつもの笑顔を向ける先生だが、その表情は明らかに作り笑いだ、気のせいかこめかみに青筋を立てているようにも見えてしまう、纏っている雰囲気もいつもとは明らかに異なっていて、怒っているのが嫌と言う程伝わってくる
松下村塾での授業を終え、先生と坂田、私で夕餉を食べようと部屋に集まって開口一番に言われたのがこれだ、おそらく先生は授業を行っている最中に既に気付いていたのだろう、しかしなんと説明すれば良いのか分からず私は口を噤んでしまう
「言わないと私、拳骨しちゃいますよォ」
「うわァ!!やめろ!!お前の拳骨は洒落になんねぇ!!」
坂田もなんと切り出せば良いのか分からないのだろう、私と同じ様に口を噤んでいたが松陽先生が笑顔で拳を握り始めると慌て始めた、終いには立ち上がりその場から逃げようとした坂田だが先生がヒョイッと手を伸ばし、いとも簡単に坂田を捕まえた
そんな滑稽なやり取りがすぐ目の前で行われているのに、私の心はどこか遠くの方に行ってしまったかのように何も言わずに二人に目を向けているだけだった、そんな私の様子に気付き、先生は心配そうな表情をして私と向き合う様に座った
「……花無為?なにかあったんですか?」
松陽先生にしては珍しく、落ち着いた静かな口調で私にそう問い掛ける、先生の真っ直ぐな瞳が私を見据えている、不安に微かに揺らぐ先生の瞳に私が映っていた
「……」
「……松陽、俺が……」
何と切り出すべきかと思考を巡らせていた時、坂田が私を庇う様に先生の前に立ち口を開いたしかしこの件は私の問題だ、坂田がわざわざ関わる事はない、そう思い私は坂田の声を遮る様に声を発し、先生に一つの疑問を投げかける
「先生、どうして私の右目を"綺麗だ"、なんて言ったの?」
単純な疑問だった、私の中では少なくともそうだった、しかし私の言葉を聞いた後の二人の反応を見るにそうではなかったらしい、どこか不安げに先生と坂田は顔を見合わせた
少しの沈黙の後先生は優しく私の肩に手を置いた、私と先生の間に立っていた坂田はゆっくりと先生の横に移動したので私と先生は再び向き合う形になる、しかし私は先生の視線から逃げる様に俯いてしまう、否定されるのが怖いからだ
「花無為、顔を上げて私の目を見て?」
先生の優しい声が鼓膜を揺らす、否定されてしまうのではと怯えつつもゆっくりと顔を上げる、先生の優しい瞳と目が合うと自然と出会った時の事を思い出す、思い返せばあの時も先生はこうして優しい表情を浮かべていた
「花無為」
名前を呼ばれて一瞬脱線した意識が戻って来る、先生は静かな動作で私の頬に手をやった、温かい先生の手が、私は大好きだ、この手に救われたから
先生はそのまま親指だけを動かして私の頬を優しく撫でた、スリスリと微かな音が心地良く鼓膜を揺らす、先生と出会っていなければきっとこんな心地良い音色が存在する事を知らなかっただろう、先生は私の頬を撫でたまま真剣な声色で話し始めた
「貴女はあの出来事に囚われ過ぎてる、でも信じてください……貴女の見た目ではなく魂を見てくれる人が必ずいます……少なくともここに一人……しかし、怖がらず周りと関わらないとその人がどんな人か分かりません、人と関わり、貴女の魂を見てくれる人を探しなさい」
一瞬坂田の方に目を向けながら先生は私にそう話す、外見だけではない、裟維覇花無為と言う存在そのものを見てくれる人を探せと先生は言うが、そんな人間が本当に存在するのかさえ分からない
「……先生以外にそんな人必要無いよ……私は」
「花無為……」
先生の言葉に私が否定的な返答をしたのは初めてかもしれない、驚いた様子の先生を見ながら私は密かにそう思っていた、ほんの少し見開かれた先生の瞳に映る私は実に冷たい目をしていた
こんな、こんな他人を信じる心を持たない私なんて、理解される価値はない、そう思いながらも目の前にいる先生には、先生だけには見捨てられたくないと矛盾を抱えている、私はこの先松陽先生以外の人間と関わる事は出来るのだろうか
「花無為」
「……」
ふいに坂田に名前を呼ばれ、ゆっくりと坂田の方に目を向ける、いつも気の緩んだ表情をしている坂田の顔はどこか真剣で、坂田が私に対してなにか重要な事を言おうとしているのは容易に察しがついた
「俺は他の連中と違う、お前と似たような状況を経験したし、松陽と一対一で剣術をしてる」
「負けてますけどね」
「松陽は黙ってろ!!今関係ねぇし!!」
どんな事を話すのかと思ったら坂田は自分は他の人とは違うと言う話だった、自分も死体の山を漁っていた事や松陽先生と剣術の特訓をしていると話し始める、一体何故そんな事を今話し始めるのか分からなかったが、坂田が松陽先生に勝てていないのは分かった
しかし坂田の言いたい事は松陽先生に白星を一つも獲得できない事ではないらしい、茶々を入れた先生に対して坂田は手をブンブンと振りながら叫んだ、しかし先生が坂田に言われた通り素直に口を閉じると坂田は再び真剣な表情で私と向き合う
「だから、その……なんて言うか……松陽と花無為が背負っている物を一緒に背負いたい……俺もお前の助けになりたいんだ、花無為」
小豆色の瞳が真っ直ぐ私を見つめる、一緒にこの痛みを背負ってくれると言ってくれた坂田の発言は実に嬉しい事だった、しかしそれと同時になんとも言えない恐怖が襲い掛かってきた、坂田が私に伸ばした手を容易に掴む事はできない
「……じゃあ放っておいてくれ……」
「ッ、花無為!!」
顔を背け坂田にそう言い放った、一瞬息を呑んだ坂田はすぐに強めの口調で私の名前を呼んだ事から、きっと坂田の目に私はとても薄情な人間に見えたのだろう、咄嗟に手首を掴まれたがすぐにそれを振り払った
「嫌なんだッ!!」
気が付けば私は坂田に対して怒鳴っていた、先生も坂田も私の声に驚いた様に肩を動かし唖然とした表情で私を見つめていた、そんな二人に私は今まで坂田の言葉を否定し続けていた理由を話す事にした
「嫌なんだ……もし右目を見て、私の事を化け物だと思ってしまったらどうする?私の助けになりたいと言ってくれる人を失くす事になってしまう……それが怖いんだ……」
一度本心を零してしまうとそれ以降はまるで堰を切った様に止めどなく言葉が溢れ出てきた、そう、私は怖いんだ、今まで何かに付けて理由を口走っていたが、私の本心はこんな物だ
拒絶されるのが怖いから他人と関わろうとしない、ただの臆病者だ、そんな自分が情けなくて坂田を突っ放していた、そんな卑怯な人間だ
「……もう、いい?今日は疲れたんだ」
二人の視線から逃げる様に私は俯きながらそう呟き、先生の返答を待たずに自室に戻る為に二人に背を向けた、先生の切な気な息遣いが微かに聞こえてきたが、私は振り向かず廊下に続く襖を開けた
「……花無為の傷は思っていたより深いみたいですね……すみません」
部屋を出る時に聞こえてきた先生の声は実に小さな物だったが私の耳にはしっかりと届いていた、先生が謝る必要はないと言いたかったが、今は先生の目を見て話す事は出来ないので後ろ手で襖を閉めて聞こえてないフリをした
結構私は坂田だけでなく松陽先生すらも失望させてしまった、自分の情けなさに涙で視界が歪んだ、しかしそれを乱暴に拭い私は廊下を歩き出した、桜が咲く陽気の季節だが夜はまだ少し冷える、その肌寒さが今は煩わしい
「待てよ花無為」
「ッ……」
重い足取りで廊下を歩いていると背後から坂田の声が聞こえてきたと同時に肩を掴まれた、あれだけ大きな声を出したのに何故坂田は私に対して嫌気がささないのだろう、振り向くと先程まで泣いていた事が知られてしまうので私は坂田に背を向けたままでいた、そんな私に構わず坂田は話し出す
「お前これで良いのかよ」
「……坂田には関係ないだろ」
「いいやある、少なくとも今俺達は一つ屋根の下に一緒に暮らしてるだろ、こんなの気まず過ぎて嫌だ」
これで良いのかと聞いてくる坂田だが私がどうしようが関係ないと言い放つ、しかし食い気味に坂田に言い返されてしまった、確かにこのままではお互いに気まずい、しかし正直な所もうそれすらもどうでも良く思えてしまう
化け物だと言われ続けた私が今更人間の生活をするなんて、出来すぎた話だったのだ
「そんなの気にしなければ済む話だろ…………どうしてそこまでこだわるんだ、見たってアンタが不快になるだけだ」
「だから!!……何回も言わすんじゃねぇよ、放っとけねぇ、少しでも助けになりてぇ」
「……私は助けなんて要らないと言ってるだろ」
坂田に背を向けたまま話し続けるが坂田は先程と同じ事を言う、"助けになりたい"と、しかしそれはもう断った事だ、何度も言われたって答えは同じ、顔を見られないように最小限に身体を動かして私の肩を掴んでいる坂田の手を振り払う
しかし坂田は振り払おうとした私の手をガシッと掴み、半ば無理矢理自分の方へ振り向かせた、このままでは泣いていた事が知られてしまうと危惧したが坂田はその事に関して特に追求はしなかった
「花無為……お前さっき、松陽以外に自分の本当の魂を見てくれる人物は必要無いって言ってたよな」
「先生は私を助けてくれたから……」
なるべく坂田と目を合わせない様に視線を逸らしながら坂田と会話をする、坂田が追求してくるのは先程の松陽先生との会話の事だった、そう、私を理解してくれるのは松陽先生一人だけで充分だ
先生は私をあの死体の山から救ってくれた、人の体温を教えてくれた、温かさを教えてくれた……生活ができるかどうかは別として、紛れもなく裟維覇花無為を人間にしてくれたのはあの人だ
松陽先生に助けられた日の事を思い浮かべながら坂田の言葉にそう返した、私の言葉を聞いて、私の手を掴んでいる坂田の手にほんの少し力が込められる
「俺もそれになりたい、頼りないかもしれないけど、花無為にとっての松陽と同じ場所に立ちたい」
「どうして?」
松陽先生と同じ場所に立ちたいと言う坂田の事を私は心底理解できなかった、何故この男はここまで私に構うのかと、私の右目を見たって不快になるだけなのに何故ここまでしてくるのかと、全てが理解できなかった、だからこそ私の問い掛けにてっきり雑な返答でもするのかと思っていたが坂田はそうではなかった
「昔の俺に似てるから……ってのが一番かもしれねぇけど……なんでだろうな、花無為を助けたいって何度も思うんだ……お前にとっては余計なお世話かもしれないけど、松陽と同じ様に、裟維覇花無為と言う一人の人間を助けたいんだ」
「…………ッ!!」
視線を上げると坂田は、あの時の松陽先生と同じ様な真っ直ぐな瞳に似ていた、一度は壊してみようと思っていたあの瞳に似ていた、だからこそかも知れないあの時と同じ様に私は自嘲気味に笑みが溢れた
「…………は、ッ頑固だな」
「頑固はテメェだろ、人の事言えた口か?」
私の軽口に坂田は口を尖らせて言い返してきた、こういう所は松陽先生とは違うなぁなんて思いながら、私は坂田の小豆色の瞳を見据えながらほんの少しだけ頭を傾けた
「……ん」
「……?」
急に頭を差し出すように傾けた私の行動が理解できなかったのだろう、一言坂田に言ったが不思議そうにしているだけだった、思い返せば松陽先生には自分から右目を見せていたっけと過去の自分の行動を振り返る
しかし今回ばかりは自分から見せようとは思えなかった、怖いから……と言うのもあるが、坂田の覚悟を確かめたいのもある、頭を傾けたまま私は坂田に声をかけた
「耳の上に結び目がある……好きにしろ」
「!!それって……!!」
「怖気づいたか?」
「馬鹿言うな!!……その……勇気出してくれて、ありがとうな……」
私の言葉で言わんとしている事が理解できたのだろう、一瞬驚いた坂田に軽口を言ったがすぐに坂田は言い返し、私の右目を隠している包帯に手を伸ばしながら小さな声でそう呟いた、"勇気出してくれて、ありがとう"だなんて、そんな言葉を投げ掛けられるとは思ってもいなかった、むしろ……
「……それは私の台詞だよ」
思わず呟いたこの言葉が坂田の耳に届いたのかは分からない、ただ一つ分かった事は、坂田が私の包帯の結び目を解いた事だった
包帯は軽い音を立てながら坂田の手によってゆっくりと解かれていく、その音が聞こえてくる度に私の心臓が強く脈打っていく、否定されてしまうのではと漠然とした恐怖が襲い掛かってくるが、心のどこかで坂田なら大丈夫なのではないかと思っている自分もいたのは事実だ
右目の瞼の裏側が明るくなり、包帯が全て解かれたのだと分かった、私はゆっくりと顔を上げて坂田を見据えたまま白い睫毛が生えている瞼を開いていく
「ッ……!!」
私の右目を見て坂田が小さく息を呑んだ音が聞こえた、あぁ、やはりそうかとどこか傷付いた心を隠す様に私はゆっくりと両眼を閉じる
「……どうだ?これで分かっただろ?私は……」
「綺麗だ……」
「なッ……!?」
私は化け物なんだと坂田に伝えようとした時、坂田は思わぬ言葉を発してきた、自分の耳がおかしくなったのではと慌てたが坂田の表情を見るに信じられないが聞き間違いではないようだ
まさか、あの時松陽先生に言われた言葉がまた聞けるなんて、しかも坂田から聞く事になるなんて思いもよらず驚いてしまい咄嗟に右目を手で覆い隠した
「何を言ってるんだ!!もう見るな!!馬鹿ッ!!」
「ちょ……なんで隠すんだよ!!」
「やめろ……!!うわぁッ!!」
慌てて自分の右目を隠した私に坂田は声を上げてその手を掴んできた、どうやら手を引き剥がして右目を見ようとしているらしい、そうはさせまいと抵抗したのが良くなかったようで私はバランスを崩しそのまま坂田と共に床に倒れ込んでしまった
私の上に坂田が乗る形で倒れてしまったので背中やらお腹やらが痛かったが、目を開けると私の両目に泣きそうな表情をしている坂田が映ってそんな痛みもどこかへ行ってしまった、なぜこの状況で私ではなく坂田が泣きそうになっているのかと混乱してしまう
「……綺麗なのに……なんで、なんでそんな辛い目に遭ってきたんだ……」
「……!!」
驚いて何も言えないでいた私に、坂田は聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう呟いた、自分の事の様に私の過去を思い遣る坂田の言葉に私は息を呑んだ、初めこそ先生に反抗的な態度を取っていたのが目立った坂田だが、コイツは人の痛みを理解してくれる優しい奴なのだと理解した
それでいて、お節介焼き、なのにどこか面倒くさがりな性格で、少し堕落的、でも坂田の行動にはどこか芯のようなものが通っている気がした、どうやら私は坂田の事を少し誤解していたようだ、コイツは……坂田銀時と言う人間は私の魂を見てくれる
「大丈夫ですか銀時?花無為?大きな音がしましたが……」
坂田に心を許そうとした直後、廊下の向こうから先生の声が聞こえてきた、そんな先生の声を聞いて坂田はどこか反射的に立ち上がろうとしたが私の顔の横に手を着いて上半身を起こした所で廊下の向こうから先生がやってきた
「あ」
「……先生……?」
焦った様な声を上げる坂田と先生の様子を伺う私を見下ろしながら先生は静かに怒りを顕にし始めた、何故先生が怒るのかと一瞬疑問に思ったが面白いくらいに焦り始める坂田を見て察しがついた
先生から見たら坂田が私から無理矢理包帯を取って馬乗りになりながら虐めているように見えてしまう
「銀時……私が貴方を鍛えているのはこんな事の為に使う為じゃないですよ……?」
いつもの口調なのにその声色には怒りが込められていて、私が怒られている訳でもないのに思わず背筋が凍ってしまう、坂田は完全に狼狽え始めていて、そんな坂田に先生は静かに拳を構え始める
「え、待って、待って松陽……違う、これは」
「銀時ィ!!」
「ぎゃああああッ!!!!」
先生の誤解を解こうと必死に弁明しようとしている坂田だが先生には聞こえないらしい、坂田の名前を叫びながら脳天に拳を振り下ろした、所謂拳骨だがとても拳骨とは思えない音が周囲に響く
「ふ、ふふッ……先生、違うよ」
坂田の頭上に大きなたんこぶが出来るのを見て思わず笑ってしまうが先生の勘違いは正さないといけないと思い、坂田のたんこぶに向かって再び拳を構え始めた先生を引き止めた
「私が銀時に見せて良いって思ったから見せたんだ、銀時を怒らないであげて」
「おや、そうだったのですか……良かったですね花無為……」
「…………うん!!」
「花無為……言うの……ちょっと遅い……」
松陽先生に本当の事を伝えると先生はあっさり納得していつもの優しい先生に戻った、そして本当の事を察した先生は私を優しく見つめながら微笑んだ、そんな先生の笑顔に私は大きく頷き返す
しかし私と先生の傍らの脳天に大きなたんこぶを作っている坂田……いや、銀時は小さな声で文句を吐いていた