第一訓
name changes
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
真選組になってから早数年……今までは名前どころか存在すら知られてなかった私達も、江戸では知らない人が存在しない程知名度のある組織に成長した
日々、隊士を募りながら何人もの攘夷浪士を取り締まっていく内に私にも自然と決意が固まったのは何年か前の話だ、今となっては近藤さんと土方さんの呼び方も"局長""副長"と呼ぶようになっている
見回りのため刀を差し、緊急用に支給された携帯を上着のポケットに入れて、私は部屋を出た、屯所の門の前では副長が立っていて珍しく見送りをしてくれるらしい
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けろよ」
副長に一言言ってから門を出ると珍しく気を付けろだなんて言葉を投げ掛けられた、あの副長がそんな事を言うなんてきっと明日は雨だろう、洗濯物に気を付けないとなぁ、なんて思いながら歩みを進める
見回りは通常、万が一の事を考えて隊士二人で行くのが真選組の決まりなのだが、今日は残念な事に沖田との見回りな上、その沖田が土壇場でエスケープを決め込んでしまい、私は一人で行く羽目になってしまった
万が一の事があったらどうするのかと、真選組随一のサボり魔である沖田総悟に対し密かに怒りを抱いたが、一人での見回り、真面目に仕事をしてもサボってもどうせ結果は同じ、ならばここでサボらない私ではない
念の為怪しい奴がいたらすぐ動けるようにはしつつ、とある公園のベンチに座りサボりを決め込んだ、沖田だけサボるなんてそんな事許すはずが無い、ズルい
「ふぁあ……」
公園に来る途中に立ち寄ったコンビニで購入したチューパットを咥えてボーッと空を眺める
平日の昼間にこんな事をするなんて、このままではいつか私は"まるでダメで仕事をしない男みたいな女"……略して"マダオ"になってしまうかもしれない……しかし一口チューパットを口にすると、ひんやりと冷えた心地の良い冷たさが口の中に広がり、そんな事はどうでも良くなってしまった
もう色々と疲れてしまったので考えるのを辞めても良い頃合いかもしれない、なんていよいよ思考を停止しようとしたその時だった
「定春!!だめアル!!止まってヨ!!」
私の耳に慌てた様子の女の子の声が届いた、声の大きさから只事ではないと思い、その方向に目をやる、女の子の声がした方向から砂煙を巻き上げながら元気良く走り回る巨大な白い犬がいた
「ええええ!!!?でか!!でっか!!」
走り回る犬の巨体に思わず大きな声を上げてしまう、一般的に大型犬と呼ばれる犬よりも遥かに大きいその犬は、思わずもふもふしたくなるような実に愛くるしい表情をしている、が、開いた口からチラリと覗く鋭い牙がその愛らしさを全て吹き飛ばしている
しかも犬の動きを良く観察してみるとこちらに向って走っている様に見える、爛々と輝いた真っ黒な瞳が明らかに私を見つめていた、まさかチューパットが目当てかと思い、自分とは反対方向に投げ捨てるが巨大犬の動きは変わらない、どうやらチューパット目当てではないようだ
「くっ……!!」
そうこうしている内にあっと言う間に私の目の前まで来た大型犬、大きく口を開けたその犬に"来るな"と叫ぼうとした途端、私の視界は犬の口の中で満たされ、生暖かい涎と犬独特の臭いが私を包み込んだ
「アグッ!!」
「……ォゥ……」
「定春ゥゥゥ!!」
巨大犬に頭から齧られたのだと理解するのにはそう時間はかからなかった、思わず変な声が出たが仕方ない誰だって巨大犬に頭を丸呑みにされたら変な声も出る
この犬の飼い主であろう女の子の悲痛な叫び声が遠くから聞こえてくるがとにかく今は早く私をここから救出して欲しい
「ちょ……お嬢ちゃん、早く助けて……助けてぇ!!」
手足をバタバタと動かして飼い主らしき女の子に訴えかけると女の子は謝りながら私を犬から出してくれた、だが少々遅かったらしい、私の頭からは止まる事を知らないと言わんばかりに血が溢れ出ている、まさか流血沙汰なんて気のせいだと信じたい所だったが溢れ出てくる血と共に頭に鈍痛が走るので残念ながら現実だ
至急、止血のためコンビニでタオルを購入する事にしたが、レジを打ってくれたコンビニ店員が私を見て怯えていた、誰でも血まみれの客が顔面蒼白で買い物したらあんな表情になる、思わず乾いた笑みが零れてしまうが頭を動かした事で再び血が流れてきた
タオルで抑えながら公園に戻ると先程のベンチにあの巨大犬と飼い主らしき女の子が座っていたが、私を見るとすぐに駆け寄って来てくれた
「大丈夫アルか?」
眉毛を下げて申し訳なさそうに言う女の子の表情を見ると、何故だかこちらの方が申し訳なくなってしまう
「あぁ……血は出てるけど、多分大丈夫だ……これからは気を付けなよ」
「……ごめんなさいアル」
「私は大丈夫だから、謝らなくて良い、だからそんな顔しないでくれ……」
申し訳なさそうに謝る女の子にそう言い大丈夫だと伝える為に特徴的な赤毛の頭を撫でた、すると女の子は申し訳なさそうな表情から安心した表情に変わった
女の子の表情を見て安心したが、ここは警察として今後似たような被害が発生するのを防ぐ為にも少々心が痛むが、女の子に少し注意をする事にした
「だが、今度からは目を離すなよ、一般の人に食いついたら色んな意味で危ないからな」
キリッと眉を吊り上げながら少々強めの口調でそう言うと意外にも女の子は強く頷いてくれた、小さい子などに注意をすると文句を言われるのが普通になっていたがこの子は素直で良い子らしい、子供が苦手な私としては実に接しやすい良い子だ
褒める代わりに無言でまた女の子の頭を撫でる、真っ赤な髪の毛がサラサラと私の手の中で流れた
「ところでお兄さん名前は?あの税金泥棒と同じ服着てるけど、昼間からこんな所で何してるアルか?……マダオアルか?」
「コラ、税金泥棒なんて言うんじゃありませんどこで覚えたんだそんなの……私は…………ん?」
首を傾げながら私に質問してくる女の子、まさか女の子の口から"税金泥棒"と言う酷い単語が出てくるとは予測してなかったがそれも含めて注意をしつつ女の子の問いかけに答えようとした
しかし何かがおかしいと感じ顔を顰めてしまう、何故か謎の違和感を感じてしまい口を噤んでしまった私に女の子は再び不思議そうに首を傾げる
「……?どうしたアルか?お兄さん?」
その一言で先程感じていた違和感の理由が解った、どうやらこの女の子は私の事を男だと思っている様だ、この隊服と顔なら仕方ない事だが、このまま修正しないのもまた面倒な事になりそうなのでとりあえず修正をしておく事にした
私がもう少し女らしくいればきっとこのやり取りも必要ないだろうが、如何せんそう言うのは柄じゃない、それに隊服も私の為だけに女性用を作るなんて有り得ないだろう
「あー……お兄さんじゃなくて、"お姉さん"ね……一応女だから私……」
気まずさからか冷や汗をかきながら女の子にそう伝える、気にしていないよと遠回しに伝える為に笑顔を作るがなんだか複雑な気分になってしまい上手く笑顔が作れない
今の私の笑顔はきっと引き攣っているのだろう、しかし何とか女の子に伝える事ができた、それだけで充分だろう、私の言葉を聞くと女の子は驚きからか口元に手をやり目を見開いた
「えッ!?女の人だったアルか……ごめんアル、男だと……」
「うん、大丈夫……別に気にしてないから!!」
女の子の反応を見るに私の事を女性だとは認識できなかったらしい、少し溢れてきた涙を女の子に悟られない様拭いながら、少々上擦った声でそう言った
こんな事で泣くな花無為!!仕方ないんだ!!
「で、お姉さん何者アルか?」
「あぁ……私は真選組の副長補佐……まあ、それなりに偉い人の助手だ、名前は裟維覇花無為、よろしく」
涙を拭っていると女の子に話を戻され、私は聞かれるがまま簡単な自己紹介をする、この隊服見れば分かるだろうけど……と、少し微笑みながらそう言うと女の子も私と同じように自己紹介をしてくれた
「私はかぶき町の女王、神楽ネ!!よろしく花無為!!」
人懐っこそうな明るい笑顔をこちらに向ける神楽、そんな神楽に向かって手を差し出すと嬉しそうに私と握手をしてくれた、やはり素直で良い子だ
頭からの流血が治まるまで、少し神楽と話をする事にした、どうやら神楽は地球人ではなく出稼ぎでこの地球に来た夜兎と呼ばれる天人らしい
今まで見た目が人外の天人を多く見てきたのでこんなにも人間の様な見た目の天人がいる事に驚いたが、神楽は地球人とは思えない真っ白い肌をしているので信憑性は充分にあった
神楽とは意外にも会話が弾みしばらくベンチで話をしていたが、楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎる物で、頭の流血も治まり、太陽は傾いて暗くなってきた
「あ、もうこんなに暗い……神楽、家に帰らなくていいのか?」
「……大丈夫アルどうせ銀ちゃんは心配なんかしないネ」
完全に日が暮れる前に神楽に家に帰るように促すが、意外にも神楽はプクッと頬を膨らませて不機嫌になってしまった
神楽の言う"銀ちゃん"とは神楽が住み込みで働いている場所に居る、神楽にとっての保護者のような人物らしいがこの反応を見ると大方午前中に喧嘩でもして家を飛び出してきたのだろうか
神楽は心配しないと言ったが私は警察、真選組だ、おいそれと子供を暗い中に放ってはおけない、天人だとしてもそれが女の子なら尚更だ
「ダメだ子供はそろそろ帰らないと……あ、なんなら送ってやろうか、心配だ」
ベンチから立ち上がり再び神楽に帰るように促す、パトカーは今無いが歩きでも送迎はできるので神楽に伝えたが、神楽は少し考えるような素振りをした後ベンチから飛び降りるようにして立ち上がった
「分かった、花無為がそこまで言うならちゃんと帰るネ……バイバイ花無為!!また話そうネ!!」
まだ帰りたくないのだろう、少し残念そうにしていた神楽だがすぐに切り替えをして定春と一緒に元気に公園を出て行った
「気を付けろよ神楽ぁ」
大きく手を振るとこちらに気付いた神楽も手を振り返してくれた、天真爛漫な神楽の姿を見てるとこっちまで元気になってくる、神楽の背中を見えなくなるまで見送ってから私は屯所へ戻る事にした
それにしても"銀ちゃん"、か……名前からなんとなく銀時を思い出すな……
神楽が呼んでいた"銀ちゃん"と言う保護者の呼び方から思わず銀時を思い出してしまう、アイツは今頃何をしているのだろうか、なんて思っていると屯所の門の前に副長が立っているのが見えた
咄嗟に殺気を感じ、ヤバイと言うのを直ぐに理解した私はそのまま副長に背を向けて全力疾走したが、私の存在にいち早く気付いた副長にすぐに捕まってしまった、案の定仕事をサボった事がどこかで知られてしまっていたらしい
私より前に確保されていた沖田と一緒に説教を喰らってしまった、すぐに二人でまた逃げようとしたが、容赦なくその日の晩御飯は抜きにされてしまったのは言うまでもない