第二十七訓
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紅桜の一件からしばらく経ち、真選組の屯所内ではもう既に別の浪人や危険視されている人物の名前が上がっていて、紅桜の名前はもうほとんど上がらないらしい、そんな中私はようやく紅桜の一件で負った傷が癒えて後遺症などもないので退院できる事になった
荷物をまとめて受付で退院手続きを済ませていると、看護師さんから"二度と病室から脱走なんてするな"と小言を言われてしまい乾いた笑顔で答える事しかできなかった、改めてお礼を伝えて病院を出るとすぐに迎えのパトカーが目に入る
「迎え、ありがとうございます副長」
「勘違いすんな、運転するのはテメェだ花無為」
「え!?何!?何故!?Why?」
パトカーに軽く凭れながらタバコの煙を燻らせていた副長に迎えのお礼を言ったが、副長は運転するのは私だと言った、思いもよらぬ展開に思わず英語を発してしまう
「冗談だアホ」
「分かりにくい冗談やめてくれます?」
タバコの煙を吐き出しながら副長はそう言った、アホだと私に言うが私からしたら分かりにくい冗談なんかを言った副長の方がアホだ、どうせ看護師さんにカッコイイ所を見せたくてあんな事を言ったに違いない
「副長ォ、看護師さんに良い所見せたいからって私を利用するのは……」
「馬鹿な事言ってねぇでいいから早く乗れ」
副長に軽く冷ややかな目を向けながら咎めると副長は軽く私の頭を叩いて早くパトカーに乗るように促した、すぐ暴力振るうなぁこの人と思いながら荷物をパトカーに乗せてから助手席に乗り込んだ
私がシートベルトを締めるのを確認すると副長はゆっくりとパトカーを発進させた、また今日からいつもの日常に戻るのかと思うとほんの少しだけ入院生活が名残惜しくなる
入院生活と言っても傷口の位置からほとんど寝たきりの生活だったが、久しぶりに自分一人の時間が確保できて充実し、ゆっくりとできた期間だった、溜め込んでいた未読の小説も何冊か読み終える事ができたし、なによりも自由だった
「傷口の容態はどうだ花無為」
順調に屯所への道を進んでいた副長が赤信号でパトカーを停めた後私にそう問いかけた、副長の方を見ると顔はそのまま正面を向いて視線だけこちらに移していた、タバコは相変わらず燻らせていて私はやはり副流煙が気になった
「全然問題ないですよ、むしろ身体も休まって以前より万全な体調です」
グッと拳を握り自分の身体が万全である事をアピールしながらそう答えると副長はフンッと鼻で笑ったが表情はほんの少し嬉しそうに見えた、そして丁度タイミング良く信号は青に変わり副長は再びアクセルを踏んでパトカーを進めた
「屯所に戻ったらまずは隊士達にその腑抜けた顔見せてやれよ」
「はいはい、分かってますよ」
悪態をついてはいるが、副長の表情はどこか柔らかく、その言葉の裏には分かりにくい気遣いが隠されているのを私は知っている、しかし指摘すると副長は怒るので会話をそのまま流す
ふと、窓の外に目を向ける、そこには気が抜ける程の平和な日常が広がっていて、紅桜の一件の始まりである辻斬りの物騒な噂が流れていたなんて考えられない程だ、そんな平和な街を眺めていると自然と欠伸をしてしまう
ついでにグッと自分の身体を軽く伸ばしてみる、岡田似蔵に斬られた左腕と脇腹に特に違和感はない、傷もすっかり綺麗に治り、まるであの一件が嘘のように思えてしまう
そんな事を考えている内に屯所に着いた、パトカーを降りてふと屯所の門に目を向けた、毎日見ていた筈の門はなんだかいつもと違うように見えて違和感を感じてしまう程入院していたのだと分かった
「うはぁ……なんだか物凄い久しぶりに帰ってきた気がします」
思わず門を見上げながら運転席に乗ったままの副長にそう声をかけた、しかし副長は私が久しぶりに屯所の門を見る事なんかよりパトカーを元に戻す事で頭がいっぱいなようだ
「早く荷物降ろせ、パトカー置いてくるからお前は先に屯所に入っとけよ」
「はぁい」
タバコを咥えたまま私にそう指示した副長に私は気の抜けるような返事をして後部座席に載せていた荷物を降ろす、上半身に力を込め、グッと荷物を持ち上げても傷口に違和感はない、あれだけの深い傷が後遺症もなく改善するのは珍しい事だ
改めて傷の状態に安堵しながら全ての荷物を降ろし終えた、それを確認すると副長はタバコの火を消してパトカーを運転し車庫へと向かって行った、そんな副長を見送り、私は屯所の門を押し開けた
「よいしょっと……」
いつもなら門の前に見張りの隊士がいるのだが、何故か今は見当たらない、なので仕方なくこうして門を押し開けているのだが、仮にも退院したばかりの人間にこんな重労働をさせるなんて……と思ってしまう
なんとか体重をかけて重たい門を押し開けたその直後、私の耳に複数人の男性の大きな声が届いた
「「「花無為さんおかえりなさァァァい!!!!」」」
「うわッ!?」
なんの前触れもなく届いた大きな声量に思わず肩を竦めてしまう、そんな私にお構い無しに周囲は賑やかな笑い声や話し声で埋め尽くされてしまった、驚きながらも辺りに目を向けると屯所の出入り口付近はまるで宴のように賑やかな雰囲気に埋め尽くされていた
視線を少し上げると屯所の軒先には大きな垂れ幕が下がっていた、真っ白な背景に墨で書いたのか勢いのある文字が書かれている、その文字を目にした私は思わず顔を顰めてしまう
「"祝!!花無為さん黄泉帰りおめでとう会"……黄泉帰りって……死んでないからな?不謹慎だぞ」
目立つ様に大きな字で書いてある"黄泉帰り"の文字に真っ先にツッコミを入れたが、既にアルコールにより出来上がっている隊士達に私の声は届かなかった、数人の隊士達が私を囲う様にして集まり、各々好き勝手に話し始めた
「俺達は花無為さんと連絡取れなくなって、すっかり死んだと思ってましたからねぇ」
「そうそう、しかも意識戻った思ったらすぐに病院抜け出すんだもんなぁ」
「山崎、あの時顔面真っ青でよぉ」
「花無為さんが悪いよなぁ、抜け出すなんて馬鹿な真似するから……」
「まるで死期を悟って飼い主から姿をくらます猫みてぇだよな」
「「「ギャハハハハハッ!!!!」」」
自分の声量を分かっていないのか耳元なのにも関わらず騒ぎ立てる隊士達に私は自身の耳を両手で塞いで眉間に皺を寄せた、しかしそれでも騒ぎ立てるのをやめない隊士達、楽しそうに肩を組んでいる上に平日の昼間だと言うのに華の金曜日の夜のようなテンションに少々引いてしまう
「うぅ……酒くさっ、平日の昼間から飲むなんて……真選組の自覚あるのかアンタら、あっち行け酔っ払い共シッシッ」
周囲に漂うアルコール特有のなんとも言えない匂いに思わず顔を背けてしまう、隊士達に軽蔑の視線を向けながらどこかへ行くようにシッシッとを手動かす
私の退院祝いだと言うのは分かっているしありがたい事だが、本人不在でこんなにも酔っ払っている事に少々複雑な気持ちになってしまう
「硬い事言わないで下さいよぉおぉお花無為さぁん」
「俺達本当に心配したんですよォォ!?」
「あ"あッ!!もう!!くっつくな鬱陶しい!!酒臭いんだよ!!」
あっちに行けと言ったのが良くなかったのか隊士達はわざとらしく大袈裟に泣き言を言いながら私の背中にもたれかかってくる、そんな隊士達を振り解きながら真っ直ぐ自分の部屋へと向かい歩みを進める、そんな中でも騒ぎながら私の後を追ってくる隊士達は半ば悪ノリしているのだろう
どうやってこの酔っ払い共を蹴散らそうかと模索していると廊下の向こう側から見慣れた色素の薄い髪色が見えてきた、いつもの隊服を着ていない所を見るとどうやら今日は非番だったようだ
「アンタも呑んでいるのか沖田?」
「当然じゃないですかィ」
歩みを止めて沖田に呑んでいるのかと問いかけるとすぐさま答えが返ってきた、しかもそれだけではなく沖田は酒瓶を片手に持っていた、私に見せびらかす様にそれを掲げてニタリと笑う沖田に呆れてしまい思わず溜め息をついてしまう
「花無為さんは呑まないんですかィ?」
「あぁ、悪いが私は溜まった仕事があるんでな、夜にするよ……まぁこの騒ぎが夜まで続いてるか分からんが」
私の反応があまり良くなかったからか、沖田は首を傾げて私にそう聞いてきた、昼間からお酒を呑む事自体に抵抗があるのもそうだが、一番の理由は長い事入院していた事によって溜まりに溜まった仕事を終わらせたいからだ
呑むとしたらせめて、日中の内にある程度の仕事を片付けて夜に呑むとしよう、もっとも夜までこの騒ぎが続いていればの話だが……
その事を沖田に伝えると沖田はつまらなそうに肩をすくめる、私の背後にいる隊士達も落胆の声を上げていた
「ったく花無為さんは変な所で真面目なんだから……仕方ない、俺が花無為さんの分まで飲みますよ、よーしオメェらぁじゃんじゃん酒持ってこい」
「やったああ!!流石沖田隊長分かってるぅ!!」
「花無為さんとは違うなぁ」
肩をすくめて沖田はわざとらしく大きな声で隊士達にそう言い私の横を通り呑み直しに向かった、そんな沖田の後を嬉しそうに追いかける隊士達、あっと言う間に廊下には私だけがポツンと取り残されてしまった
「……なんだ、なんか負けた気がするな……何この気持ち……」
一人取り残された廊下で私は沖田達が歩いて行った方向に目を向けながらポツリと呟いた、何かしらの要素で沖田に負けた気がするのは何故だろうか、キュウッ……と傷付いた心を労るように胸に手を置いて優しく撫でる、寂しさを紛らわすために下唇を噛み締める
だがこの寂しい気持ちも、夜までに溜まった仕事を終わらせれば良いだけだ、私の手にかかれば何て事はないと自分を鼓舞し私は自室に向かう為に歩みを進めた