第二十六訓
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「起きろ花無為コラ」
「いだァ!?」
不意に聞こえてきた低い声と共に強めの衝撃が脳天に走り途切れていた意識が無理矢理覚醒された、声を上げながら即座に上半身を起こして周りを見渡すと青筋を立てた副長と心配そうにこちらを見ている局長の姿があった、久方ぶりに寝坊でもしてしまったのかとまだ覚醒し切れてない頭で考える
しかし即座に脇腹付近から走ってきた痛みで頭が完全に覚醒した、ここは屯所内ではなく病院内である事を思い出す、ならば何故二人が、副長が私を起こしたのか、理由は簡単だ
「花無為大丈夫か?」
「……紅桜の件、知ってる事を全て報告してもらおうか裟維覇花無為副長補佐?」
痛みで顔を歪めた一瞬の表情の変化を逃さなかった副長は私が寝惚けた頭から覚醒したのを悟ったのだろう、こちらを心配する局長とは対照的に、副長は久しぶりに聞く改まった口調でそう言いながらベッドの脇にあった椅子に乱暴に腰かけた、そんな副長に目を向けている局長は心做しか冷や汗をかいているように見える
「紅桜の件って……襲われた時の状況は既に報告しましたが……何か不備でもありました?」
「辻斬りじゃねぇ、高杉晋助の事だよ、テメェが病院抜け出して会いに行った」
「…………何を言ってるんですか副長?」
副長の言葉を聞いて局長が冷や汗をかいている理由が良く分かった、副長は私を疑っているのだ、私が高杉と関わりがありそして情報を漏らしているのではないかと疑っている
私が病院を抜け出したのが高杉絡みと言う事を悟ったのだろう、このまま行けば芋づる式に私の過去が副長達に知られてしまうのを局長は懸念している、仲間想いの局長だからこそ私なんかの事を必要以上に考えてくれているのだ
「トシ……あまり決め付けるのは……」
「近藤さんは黙っててくれ、花無為なんで病院を抜け出した、お前は重傷患者だ、下手したら命だって落としてたかもしれねぇ……そうまでして高杉に情報を流したかったのか?」
ギラギラと鋭い眼光をこちらに向けている副長を宥めるように局長が肩に手をやるが局長の優しい力では副長を止める事は出来ない、副長は局長の手を振り払うとドスの効いた声で私にそう言ってきた
副長の眼光には義憤や嫌悪の感情は感じ取れるがその中にまだ疑心や葛藤の感情が見え隠れしているのが分かった、つまり真選組を裏切っている疑惑のある私に対して怒りの感情を抱いてはいるがまだ証拠不十分なので戸惑っている
確かに視点を変えれば元攘夷志士である以上真選組を裏切っていると思われるかもしれないが、私は断じて今の高杉と関わりはない、こんなのは時間と労力の無駄だ、しかし私の無実を立証する証拠もないのは確かだ、証拠もないのに"信じて欲しい"だなんてこの人に……真選組と言う組織に通じるわけがない
「はぁッ……何を言うのかと思ったら……馬鹿なんですか副長」
さてどうしたものかと考え込みそうになったが自然と出た溜め息と共に副長を貶してしまった、そんな私の言葉に副長は分かりやすく眉を顰めて不機嫌を全面に出してきた、副長の纏う雰囲気がピリついているのがよく分かる
「テメェの行動が怪しいって言ってんだ、病院を抜け出してどこ行ってたんだ花無為ィ……」
再びドスの効いた声が私の鼓膜を揺らす、頭に血が上りやすい副長ならいつも貶した時点で胸倉を掴むのだが、今は冷静に私を尋問しようとしている、そうして無駄な情報に惑わされず確実に私のボロが出るのを待っているのだろう、抜け目ない
「…………副長って物凄く疑い深いんですねぇ」
「話を逸らすな」
虎視眈々と隙を伺っているような鋭い目付きの副長に私は思わず目を細めてしまった、自然と口から乾いた笑いが漏れる、鼻で笑うような私の声にピクリと副長の眉が動いたのが分かったが爆発までは至らなかった
「疑惑があるヤツをここで見逃してたら他の連中に示しがつかねぇ」
「花無為、トシはこう言ってるがコイツ本当は花無為の怪我の具合を心配してるだけなんだ、分かってくれ……」
「近藤さん!!今はそういう話じゃ……!!」
完全に私を疑っている鋭い目を向けている副長とは対照的に、いつもと同じような柔らかい雰囲気で言葉を挟む局長、局長のおかげで一瞬雰囲気が緩んだが、副長はなんとか雰囲気を戻そうと強く声を上げる
しかし、いつまでもピリついた雰囲気は私も嫌なので副長の声を遮るように言葉を発した
「ありがとうございます局長…………まあ、確かにこんな状況の中病院抜け出したらそりゃあ疑われますよね」
「……」
目を閉じ飄々としながら口角を上げそう言うが、副長はきっと納得していないだろう、直接は見えないが副長の刺すような視線をかなり感じる、ゆっくりと瞼を上げるとやはり眉間に皺を寄せた副長が私を見ていた、特徴的な瞳孔の開いた目が私をジッと見据えている
副長は他の隊士の面子の為もあるが、自分が納得するまで私にトコトン尋問してくる気だろう、高杉晋助と言う過激派の攘夷志士が関わっている以上仕方の無い事だ
ならばこちらもそれに対抗しようではないか
私は覚悟を決めて副長にある提案をする事にした、あえて"気付いていない"フリをして目の前の副長と局長のみに視線を向けて話し出す
「じゃあ良いですよ、身辺調査でも何でもしてくださいよ、元々そのつもりで来たんでしょう?…………なぁ?山崎ィ?」
身辺調査の提案をすると二人は納得したように小さく頷いたが、私が山崎の名前を出すと二人は分かりやすく反応をした、局長は口を大きく開け、副長は咥えていたタバコを落としそうになっていた、この反応を見るにやはり私の勘は間違っていなかったようだ
「…………何言ってんだ花無為、ここには俺と近藤さんしか……ッ!?」
「山崎ィィィ……?張り込みや尾行するのにそんなにあんぱん臭漂わせるなよォ?今みたいにバレてお陀仏だぞ?」
副長がこの場を誤魔化そうと言葉を発したが言い終える前にベッド脇に置いてあった愛刀を手に取り、容赦なくそれを抜刀し自分のすぐ横に突き刺した、重い音と共にマットレスを突き破った私の愛刀は病室の床に当たり大きな金属音を鳴らした
ベッド下に視線を向けながら身を潜めている山崎に向かってドスの効いた声を掛けると、案の定ベッドの下から小刻みに震え怯えた表情をした山崎が顔を出した、いい歳した成人済男性が顔面蒼白になっていて少し滑稽に思えたのは秘密だ
「か……勘弁してください花無為さん……悪いのは副長です……」
「いや、悪いのはあんぱん臭漂わせてるアンタ、マジで死ぬぞ」
両手を上げ敵意が無い事を伝えている山崎に私はピシャリと言い放った、この病室には相応しくない菓子パンの香りがベッド下から漂ってこなければ山崎の存在に気付く事はなかったかもしれないがそんな香りを漂わせている時点で隠密行動は失敗に終わっていると言っても過言では無い
ゆっくりとベッドから刀を抜いて鞘に収める、刀を突き刺すのは最後まで悩んだが山崎にこれ以上ない恐怖を与えて二度とミスを犯さないようにする為だ、仕方の無い事だったと割り切るしかないだろう
「……チッ、まあ良い、山崎ィしっかり仕事しろよ」
山崎の存在がバレた事で私に対して秘密裏に情報を集める事が出来なくなったのが許せなかったのか、副長は舌打ちをしながらそう言い椅子から立ち上がった
「花無為、ベッドに穴開けた事看護婦さんに伝えとくな」
「えっ!?局長!?今なんて……」
「トシ、帰りにハーゲンダッツ買っていい?お妙さんにあげるから」
「もう聞いてねぇよ!?切り替え早いなぁ!!……はぁ……山崎のせいだぞ、責任取れ」
副長に続くように局長も立ち上がったが私に言い残した言葉は聞き流せない物で、慌てて聞き返したが局長は私の声なんて届いていないようで副長と帰りにアイスクリームを買う話をしている
ベッドに刀を突き刺して壊してしまったなんて事が看護婦さんの耳に届いたら病院を抜け出した時と同じように説教を受ける事は確実、連日叱られるなんて実に気が滅入ってしまう、こうなったのもベッドの下なんかに隠れていた山崎のせいだと睨みを効かせるが山崎は気にしていない様子で答えてきた
「違いますよ、花無為さんがカッコつけるから……」
私の刀に目を向けながらそう答えた山崎の言葉に思わず言葉を詰まらせてしまう、確かに少々やり過ぎかと思ったがこっちにはこっちの事情がある、一つは今後山崎が同じ様なミスをしないようにする為、敵の本拠地であんなにも菓子パンの香りを漂わせていてはすぐに見付かる、そしてもう一つは……
「……だってぇ……強気でいかないと副長の圧に負けると思ったんだもん」
「花無為さんが"もん"なんて言っても可愛くないですよ」
瞳孔が開いている副長の鋭い眼光に負けてしまいそうだと思ったから無駄に格好を付けて刀を使って意識を山崎の方に移したのだ、いくら私でも副長の圧に耐えられる時間には限界がある、わざとらしく茶化しながら言えば山崎の呆れた声が返ってきた
なんて失礼な言い方だと声を荒げそうになったが、概ね事実なので特に気にする必要はないだろう、むしろそんな要素が私にあったら今ここで腹を切って詫びたくなる、不快な思いをさせてすまないと言う一心で……
「……まあ、私の身の潔白の為にも身辺調査頑張ってくれよ」
「程々にやりますよ、俺花無為さんのと一緒に万事屋の旦那の身辺調査も任されてるんで」
余計な事で話が飛んだが山崎に改めてそう言う、私の身の潔白は山崎がどう動くかによって決まるのだ、せいぜい頑張らず失敗に終わって欲しい、私の為にも
私の上辺だけの激励の言葉に山崎は何も感じないと言った口調で返事をした、それと同時に現在私のと共に銀時の身辺調査を任されていると言葉を零した山崎
「……何故そこで銀時が出てくるんだ……?」
高杉の船内で起きた紅桜の一件を知らないとのが今の私だ、ここで銀時の身辺調査の件を当然の事のように流すと怪しまれてしまうかもしれない、皆目見当もつかないと言った表情で山崎にそう問い掛ける、上手く表情が作れているか心配になるが今山崎は私ではなく手元にある調査用の手帳に目を向けているので大丈夫だろう
ペラペラと手帳のページを捲っていた山崎の手がとあるページで止まった、思わず山崎の手元を覗き見るが角度が悪く何が書かれているか目視できない、目を細めたり顔を動かしている私を他所に山崎は書かれている文字に目を通した
「紅桜の一件で桂側に妙な助っ人がいたって情報がありまして……妙なガキを二人連れたバカ強い白髪頭の侍らしく……副長が万事屋の旦那じゃないかと」
山崎の情報の正確さに思わず声を上げてしまいそうになったがグッと堪えた、子供連れの白髪頭の侍……確実に銀時の事だろう、元々副長は銀時に目を付けていたので今回の情報で特にきな臭いと感じたのだろう、そして"白髪"と言う珍しい特徴に私も当てはまっているので今回疑いの目に触れたのだと理解した
副長に目を付けられたのは中々の痛手だが、逆に考えれば今回の件を上手く誤魔化す事が出来れば、今後はもう少し動きやすくなるのでは?そう考えた私は少々気が引けたが今回の件は銀時を隠れ蓑として誤魔化す事にした、銀時にはほとぼりが冷めたら詫びとして甘味でも奢る事にしよう
善は急げ、銀時に任せる事にした私はなんとか山崎の意識が銀時に向くよう話題を引き延ばす事にした
「こう言ってはなんですが……あの人元々胡散臭いですし……副長は攘夷活動に関わっていたら斬れと言ってまして、ほとんど黒って感じはします」
「……銀時がそう簡単に斬られるとは思えないけどなぁ」
どうやら銀時の素行が悪いせいで私が想像していた以上に副長から疑いの目を向けられていたようだ、今回の件に関しては丁度良い隠れ蓑になるのでありがたい事だが、流石にあの銀時は山崎がなんとかできる相手ではないだろう、白夜叉も随分と甘く見られてしまうものだなと思わず苦笑いをしてしまう
そんな私の言葉を聞いた山崎は、何かを思い出したかのように手帳を閉じて顔を上げた、山崎の気の抜けた顔が良く見える
「前々から思ってましたけど……花無為さんって万事屋の旦那とどんな関係なんですか?」
「あー…………腐れ縁……いや、知り合い以上友達未満?まあ、そこまで仲が良い訳ではないんじゃないか?神楽は友達だけど」
何を聞いてくるのかと思えば、山崎が聞いて来たのは私と銀時の関係だった、そんな事かと拍子抜けしてしまったが変に嘘をつく必要もないのでそう答えた、すると山崎は驚いた様に声を漏らした
「えぇ……?俺から見たら花無為さんは万事屋の旦那を特別視してるように見えますけどねぇ」
「あぁ?」
「おっと男女の関係に首突っ込むのは野暮でしたね」
"特別視している"と言う山崎の言葉に自然と眉間に皺が寄りドスの効いた声を上げてしまう、そんな私に山崎はわざとらしく肩を竦めた、山崎の発した言葉に益々顔を顰めてしまう
「特別視って……私が銀時なんかに入れ込んでるように見えるって事か?馬鹿馬鹿しい」
苛立ちを感じながら山崎に吐き捨てる様にそう言った、何でもかんでも恋愛感情や特別な感情に置き換えるのは実に良くない事だと思う
確かに銀時と私は幼馴染だ、しかしそれ以上でもそれ以下でもない、それを第三者に"特別視"だの何だの言われるとまるで私達の関係を茶化されているようで良い気分では無い、怒りを露にしていると山崎が少し困った様に話し出した
「充分見えますって……だってほら、桂の拠点から旦那達を連れて来た時取り調べ室で頬に手をやって見つめ合ってたって、まるで恋人みたいに……」
「うわああッ!?折角忘れてたのに!!何故今思い出させるような事を……!?」
山崎が持ち出したのは私と銀時が思わぬ再会をした時の銀時の謎の行動だった、確かにあの時は私達の関係以上の行動だと薄々感じてはいたが銀時も驚いていたからだろうと言う事で私の中では落ち着いたのに、掘り返されると取り乱してしまう
両手をバタバタと動かし山崎の言葉を遮る、しかしどうやらそれが良くなかったようで、私の取り乱し様を見て山崎は目を見開いた
「えっ!?あ、あの話本当だったんですか!?」
驚く山崎の言葉に私は山崎がカマをかけた事に気付いてしまった、知らないと言い切ってシラを切ってしまえば良かったのに馬鹿正直に反応してしまったと後悔しても今更遅かった
「山崎……お前な……ッ!!……はぁ、あの時は銀時も驚いてたんだ、だからあんな事を……誰だって天人に攫われたら死ぬって思うだろ」
「ま……まあ確かに、しばらく音沙汰ないと確かにそう思うかもしれません」
「だろ?だからきっと……いや、絶対に私と銀時はそんなんじゃない、周りが勝手にそう囃し立ててるだけだ」
怒りか羞恥心からか自分の顔が赤くなるのを感じ思わずそれを手で覆い隠した、そして溜め息混じりに山崎の誤解を解くためそう言った、私の言葉に案外素直に賛同する山崎、あの行動はきっと本人である銀時にしか真相は分からないだろう
それにしても高杉の船から脱出した後に桂にも似たような事を言われたなと思い出し、私は誰に言い訳するでもなくそう呟いた、私と銀時は同じ寺子屋で育ったただの幼馴染であり戦友だ、この先それ以上の関係になる事もないしそれ以下の関係になる事もないだろう
「……万事屋の旦那も可哀想に……」
「なんだ、何故手を合わせてる山崎?こんな所で……不吉だからやめろ」
「いや……旦那が不憫で……」
銀時との関係を改めて認識した時、山崎が静かに手を合わせていたのが見えた、ここは病院だ手を合わせるなんて行為は不吉だと注意すると山崎は苦笑いをしたが意味が分からず首を傾げてしまう
「まあこんな感じで身辺調査するんで、もうベッドに穴開けないでくださいね」
話題を変える為か山崎が軽く手を鳴らし身辺調査の事を話し出した、どうやら銀時との関係を改めて聞いてきたのは私に対する身辺調査の一つだったようだ、なかなか抜け目ない事をするなと山崎に感心したのは秘密だ
「分かったよ……なぁ、局長本当に看護婦さんにチクったのかな、私怒られるかな」
「さあ?看護婦さんが来れば分かりますよ」
「冷たいヤツめ」
自身が身を預けているベッドに目を向けるとそこには山崎をベッド下から引き摺り出すためにやった時の傷が変わらず残っている、無惨にも開いた穴からは柔らかい綿が飛び出ていてこの様子だと恐らくベッド下にも綿が落ちているだろう
看護師さんに問い詰められても"知らない"で押し通したかったが、局長が本当に看護師さんに報告でもしたら私はきっと説教だけでは済まないだろう、この歳で誰かに説教を食らうのはなかなか精神的にダメージが大きいが自分がやった事だ仕方ない
分かってはいるが私は山崎に愚痴を零す程内心怯えていた、しかし山崎は私の心境なんて知らず冷たい返事を返すだけだった