鳥肉食べたい 尾形百之助夢
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ちらほらと薄紅の花をつけていた桜が全て葉桜となった頃、村の4つ歳上のお姉さんが山を越えたずっと先の村へお嫁に行ってしまった。
このお姉さんは大切な大切なたった一人のお友達を失って塞ぎ込んでしまった私に根気よく声をかけ続けてくれた人だった。
最初私はそれを疎ましく思っていたけれど、いつしか私を生来のよく笑い、よくはしゃぐ活発な娘へと戻してしまい、父と母を喪い、荒れ放題の家と畑を目の前にして呆然とするのみであった私をも立ち直らせてしまった優しく強い姉さんであった。
上等とは言えないが真白で美しい花嫁衣裳に身を包んだ彼女は白粉を薄く塗った手で私の手を握ると、
「きつとお手紙を書きますからね」
と紅を差した目元をより一層赤くした。
私は悲しい涙を堪え堪えして、
「はい。はい。きつとですよ」
と粉雪の跡が付くのもお構いなしにお姉さんの手をきつく握り返した。
「感動の別れをしているところ失礼。親父さんが呼んでいますよ、花嫁さん」
「マア、そうでしたの尾形さん。すぐに参りますわ。それでは莉緒ちゃん、お身体に気を付けて、お元気で」
一瞬でただの気立ての好い花嫁の笑顔を作ると、お姉さんは形式的な別れの言葉を残してその場を後にした。
「大好きなねえやがいなくなっちまうのがそんなに悲しいか?」
卸し立ての糊の利いた固い着物の袖を窮屈そうに持ち上げて、綺麗に刈り込んだ頭を撫でると、彼、尾形さんは皮肉っぽく笑った。
「ええ。そうです。あのお姉さんは私の大切な方で、恩人なのです」
言ってしまってから、言うべきでなかったことを言ってしまったと思い至り、咄嗟に尾形さんを見遣った。
尾形さんは口角を上げ、目尻を綺麗な三日月にして、非の打ちどころのない笑顔を作ると、「そうですか。大切な人がいる、とは幸せなことです」と大袈裟な抑揚をつけて述べた。
「では、私はこれで。あの花嫁に改めて挨拶に行かねばなりませんからな」
晴れの日の着物姿には似つかわしくない西洋の紳士のような恭しいお辞儀をすると、尾形さんは花嫁を中心に膨れ上がっていく輪の中に入って行った。
尾形さんが加わった瞬間により一層喜びの声を上げる皆に複雑な感情が沸き上がる。
お姉さんも皆も幸せそうに盛り上がっているのはとても嬉しいはずなのに、誰も彼もが尾形さんの不自然な笑顔、大袈裟な振る舞いに少しの疑問も抱いていないようなのが引っ掛かるのだ。
いや、考えすぎかもしれない。
幼い頃、尾形さんと話をしなくなったきっかけの出来事を忘れたのか。私こそ尾形さんのことなど少しも分かっていないのだから。
頭に浮かんだ無駄な考えを振り払い、今はただお姉さんを祝福するべきなのだ、と思い直して私は尾形さんの後を追った。
「やあ、それにしてもヒャクは逞しくなった。もうすぐ軍人さんになるなんて聞いたときは耳を疑ったものだが、この身体つきなら納得だ。なァ、いつここを出るんだ」
皆の輪の端、噂好きのヤマさんが尾形さんの肩を抱いて景気のいい豪快な笑い声を上げている。
ヤマさんは私の姿を認めると、大きく手を振ってくれた。
私はそれに会釈をして応え、ヤマさんとは離れたところにいる奥様方に話しかけた。
いつもは楽しく聞いている奥様方の世間話も今日はヤマさんの言った尾形さんの軍のお話が頭から離れず、ちっとも耳に入っては来なかった。
尾形さんとヤマさんの話の続きをこれ以上聞くことはできない、とわざわざ避けたのにこれでは全く意味がないではないか。
私は奥様方の話に意味もなく頷き、意味もなく笑ってみせた。
これでは私が不気味に感じた尾形さんと同じだ。
心の中で自嘲し、けれど結局私はさも奥様方の話が面白くて仕方がないといったような態度を取る。
奥様方にも尾形さんにも申し訳ないのだけれど、私は尾形さんのこれからのことに思いを馳せずにはいられないのだ。
お姉さんよりも少し年が上なのに、今までどこへ働きに出るも、誰を嫁に取るもしなかった尾形さん。
それを見て漠然とこのままずっと共に村で暮らし、いつかはまた幼い頃のように楽しく話せる日がくるかもしれないと思い込んでいた。
けれどそれは所詮私の勝手な期待であり、世間一般では根拠のない夢物語と言うべきものであったのだ。
確かに、ヤマさんが言うように尾形さんは男性らしくしっかりと筋肉がついて見違えるように逞しい身体つきになった。
誰に何を言われようが共に山に入り、撃ち続けてきた銃こそが唯一の理解者であり相棒であった。
そんな尾形さんにとって、軍に入ることは至上の幸せに違いない。
悲しくて泣き出してしまいそうなのを誤魔化すべく、私はわざとらしく大きな笑い声を上げた。
それなのに、尾形さんとヤマさんの会話はその息遣いさえも鮮明に聞き取れていた。
尾形さんは、3日後の朝、ここを発つのだという。
このお姉さんは大切な大切なたった一人のお友達を失って塞ぎ込んでしまった私に根気よく声をかけ続けてくれた人だった。
最初私はそれを疎ましく思っていたけれど、いつしか私を生来のよく笑い、よくはしゃぐ活発な娘へと戻してしまい、父と母を喪い、荒れ放題の家と畑を目の前にして呆然とするのみであった私をも立ち直らせてしまった優しく強い姉さんであった。
上等とは言えないが真白で美しい花嫁衣裳に身を包んだ彼女は白粉を薄く塗った手で私の手を握ると、
「きつとお手紙を書きますからね」
と紅を差した目元をより一層赤くした。
私は悲しい涙を堪え堪えして、
「はい。はい。きつとですよ」
と粉雪の跡が付くのもお構いなしにお姉さんの手をきつく握り返した。
「感動の別れをしているところ失礼。親父さんが呼んでいますよ、花嫁さん」
「マア、そうでしたの尾形さん。すぐに参りますわ。それでは莉緒ちゃん、お身体に気を付けて、お元気で」
一瞬でただの気立ての好い花嫁の笑顔を作ると、お姉さんは形式的な別れの言葉を残してその場を後にした。
「大好きなねえやがいなくなっちまうのがそんなに悲しいか?」
卸し立ての糊の利いた固い着物の袖を窮屈そうに持ち上げて、綺麗に刈り込んだ頭を撫でると、彼、尾形さんは皮肉っぽく笑った。
「ええ。そうです。あのお姉さんは私の大切な方で、恩人なのです」
言ってしまってから、言うべきでなかったことを言ってしまったと思い至り、咄嗟に尾形さんを見遣った。
尾形さんは口角を上げ、目尻を綺麗な三日月にして、非の打ちどころのない笑顔を作ると、「そうですか。大切な人がいる、とは幸せなことです」と大袈裟な抑揚をつけて述べた。
「では、私はこれで。あの花嫁に改めて挨拶に行かねばなりませんからな」
晴れの日の着物姿には似つかわしくない西洋の紳士のような恭しいお辞儀をすると、尾形さんは花嫁を中心に膨れ上がっていく輪の中に入って行った。
尾形さんが加わった瞬間により一層喜びの声を上げる皆に複雑な感情が沸き上がる。
お姉さんも皆も幸せそうに盛り上がっているのはとても嬉しいはずなのに、誰も彼もが尾形さんの不自然な笑顔、大袈裟な振る舞いに少しの疑問も抱いていないようなのが引っ掛かるのだ。
いや、考えすぎかもしれない。
幼い頃、尾形さんと話をしなくなったきっかけの出来事を忘れたのか。私こそ尾形さんのことなど少しも分かっていないのだから。
頭に浮かんだ無駄な考えを振り払い、今はただお姉さんを祝福するべきなのだ、と思い直して私は尾形さんの後を追った。
「やあ、それにしてもヒャクは逞しくなった。もうすぐ軍人さんになるなんて聞いたときは耳を疑ったものだが、この身体つきなら納得だ。なァ、いつここを出るんだ」
皆の輪の端、噂好きのヤマさんが尾形さんの肩を抱いて景気のいい豪快な笑い声を上げている。
ヤマさんは私の姿を認めると、大きく手を振ってくれた。
私はそれに会釈をして応え、ヤマさんとは離れたところにいる奥様方に話しかけた。
いつもは楽しく聞いている奥様方の世間話も今日はヤマさんの言った尾形さんの軍のお話が頭から離れず、ちっとも耳に入っては来なかった。
尾形さんとヤマさんの話の続きをこれ以上聞くことはできない、とわざわざ避けたのにこれでは全く意味がないではないか。
私は奥様方の話に意味もなく頷き、意味もなく笑ってみせた。
これでは私が不気味に感じた尾形さんと同じだ。
心の中で自嘲し、けれど結局私はさも奥様方の話が面白くて仕方がないといったような態度を取る。
奥様方にも尾形さんにも申し訳ないのだけれど、私は尾形さんのこれからのことに思いを馳せずにはいられないのだ。
お姉さんよりも少し年が上なのに、今までどこへ働きに出るも、誰を嫁に取るもしなかった尾形さん。
それを見て漠然とこのままずっと共に村で暮らし、いつかはまた幼い頃のように楽しく話せる日がくるかもしれないと思い込んでいた。
けれどそれは所詮私の勝手な期待であり、世間一般では根拠のない夢物語と言うべきものであったのだ。
確かに、ヤマさんが言うように尾形さんは男性らしくしっかりと筋肉がついて見違えるように逞しい身体つきになった。
誰に何を言われようが共に山に入り、撃ち続けてきた銃こそが唯一の理解者であり相棒であった。
そんな尾形さんにとって、軍に入ることは至上の幸せに違いない。
悲しくて泣き出してしまいそうなのを誤魔化すべく、私はわざとらしく大きな笑い声を上げた。
それなのに、尾形さんとヤマさんの会話はその息遣いさえも鮮明に聞き取れていた。
尾形さんは、3日後の朝、ここを発つのだという。
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