鳥肉食べたい 尾形百之助夢
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結婚式の翌日。昨日までの大騒ぎが嘘のように静まり返った村を一人、私は歩いていた。
どこもかしこもお姉さんの結婚を祝うのに乗じて夜明けまで呑み明かし、常日頃の鬱憤を晴らしていた。
お姉さんの御家族と共に夜更けに花嫁と花婿を見送った後、どうも私はそのようなただ騒ぎたいだけの会に参加したいとも思えず、すぐに帰宅した。
尾形さんもきっとまだ寝ていらっしゃるわね。その宴の中心で気持ちのいい呑みっぷりだったもの。
それだから、すぐにでも尾形さんを訪ねに行きたい気持ちを堪えて、昼食を摂った後、のんびりと家を出てきたのだ。
だけれども、村一番の大通りは前述のような有様である。まるで今が夜更けでもあるかのように人の気配がない。
これは出直した方がよさそうね。
少しの期待を持って遠くの方から尾形さんの宅を覗いてみると、目の端に見慣れた濃い鈍色の生地が映った。
慌てて宅へ近付くと、やはりそれは思った通り、尾形さんの着物の袖であった。
土間の掃き掃除をしていた尾形さんはすぐに私に気付きこちらを見るけれども、すぐにふい、と顔を逸らしてしまう。
いつもなら話しかける勇気も出ないまま、結局立ち去ってしまう私だけれど、今日はそうも言っていられなかった。もしも今、この時を逃せばもう一生尾形さんと話すことは疎か、一目でもその姿を見ることが叶わなくなってしまうかもしれないのだ。
よし、と小さく呟くと、私は尾形さんへと向き直った。
「あの、尾形さん。えっと…お早うございます。お掃除でございますか」
「もう昼過ぎだぞ」
しどろもどろになりながらやっとの思いで口にした言葉はあっけなく斬り捨てられてしまった。
でも、今回はきちんとお話ができるまで諦めないと決めているのだ。
私は逸らしかけた目をすぐさま戻して言葉を続けた。
「私ったら、ごめんなさい…こんにちは尾形さん」
もう一度正しく挨拶をし直すと、尾形さんは小さく会釈を返しながら玄関の引き戸を閉めようとした。
「ま、待ってください」
咄嗟に駆けて、背に触れると、尾形さんは諦めたような昏い眼をこちらに向けた。
「なんです、小宮さん。どうなすったのですか」
煩わしそうに私の手を払うと、尾形さんは吐き捨てるようにそう言った。
「あ、その」
「御用が無いのならばこれで」
「御用なら御座います。あの、尾形さんが明日、ここを発たれるのは本当なのですか」
「ええ、そうです。知ってらしたんですね、小宮さんも」
今までに見たこともない冷たい表情をしてそう言い放つ尾形さんを前にして、私の心臓は、もうやめろ、と警告を鳴らす。
それでも、私はどうしても止めることができなかった。
尾形さんにお別れを、私の思いをここで伝えられなきゃ、きっと一生後悔すると強く思うのだ。
「はい。昨日、他の方が話されているのを聞きました。それで、尾形さんにどうしてもお別れを申し上げたくてこちらに参ったのです。
あの、尾形さん。今まで有難う。
幼い頃、尾形さんと過ごしたこと、今でも大切な大切な思い出で御座います。御国のため、その身を捧げることの大変さは私には想像もできないことですが、それでもどうか、生きて、元気でいてください。
大好き、です」
ばくばくと早鐘を打つ胸を両の手で無理矢理に抑え込んで私はじっと尾形さんを見つめる。
山の方で鳥が鳴き、しばらくするとそれに応えるかのようにまた別の鳥が鳴いた。
尾形さんからの御返事は、ない。
なんだかんだと言っても心優しい尾形さんのことだ。私の想いを受け容れられないことをどう伝えればいいのか考えあぐねているのだろう。
こうなることはなんとなく分かっていたけれど、いざその想像が現実のものになるとやはり悲しく、切ない。
「では、尾形さん。お元気で」
涙が零れてしまいそうになるのをぐっと堪えて、私は尾形さんの目を見据え、お辞儀をした。
「待て」
「はい?」
尾形さんが表情も変えずにそう言うものだから、一瞬訳が分からなくなってしまった。
けれど訳が分からないからこそ、私の胸の内にもしかしたら、という淡い期待が生まれる。
再び尾形さんを見つめる。
尾形さんは瞬き一つせず、ゆっくりと口を開いた。
その動きはあまりにも無駄がなく、まるでからくり人形のように無機質だった。
「今、お前は俺を好きだ、と言ったな。なぜ今になってそんなことを言う。ずっと同じ村に住んでいた。いくらでも顔を合わせる機会はあった。どうしてその時に言わなかった」
淡々と告げられた言葉。その険しく歪められた表情が私の胸を刺す。
「本当はもっと早くに伝えられたらよかったのだけれど勇気が出なくて。ですが、明日、尾形さんが軍へ入るためにここを発つと聞いて居ても立っても居られなくなって、それでここへ来ましたの」
私の言葉を全て聞き受けた尾形さんの口元が嘲笑に歪んだ。
その姿に固まってしまった私をさらに追い詰めるかの如く尾形さんは続ける。
「ははあ、なるほど。つまりお前は俺が軍に入るのを知って、愛の告白をしたんだな」
「はい。なぜそんなことを聞くのですか。先程、私はそう申し上げましたでしょう」
こんな状態の尾形さんに何を言ったっていい結果にはならない。お互いを傷つけ合うくらいならすぐにでも話を切り上げるべきだとは思っている。けれど私は聞かずにはいられなかった。
幼い日の、二人で共に山を駆けずり回っていた百之助と尾形さんがどうしても重なってしまうのだ。
この人は私を傷つけることはしない。この人は私を恋人として愛することはなくても、幼友達として、妹のような存在として慈しんでくれるはず。
そんな根拠のない期待が溢れて、あの頃の甘えん坊の莉緒に戻ってしまうのだ。
「無知な阿保女の真似は止めろ。どうせ軍に入る俺と夫婦になれれば毎日白い飯を食えるとでも思ったのだろう。お前も貧しい農家だからな。そんな生活、喉から手が出る程欲しているんだろう。昨晩の宴で言い寄ってきた女共となんら変わらない」
「そんな、そんな…違います!」
両の目からぼたぼたと涙が零れた。
ああ、なぜこの人はそんなことを言うのだろうか。私はそんなことこれっぽっちも思っていないし、そう誤解させてしまうようなことは一つも言っていないはずなのに。
「明日、ここを発つという忙しい時に想いを伝えてしまい、ごめんなさい。私、自分のことしか考えられていなかったですね。
でも、私は決してあなたが言うようにお金目当てにあなたを求めたわけではないのです。
昨日の宴の席であなたに愛を告白した方達だってそうです。将来の裕福な暮らしを夢見て想いを告げた方もいたかもしれません。ですが、あなたを慕う気持ちがこれっぽちもない方なんてきっといなかったはずです。
だって、あなたは冷たいように見えても本当は優しくて、格好良くて、真面目で、誠実で、とにかく素敵な人なのですよ。そんなこと同じ村であなたを見てきた人間なら全部知っています。
どうか、どうかこれだけは分かっていてください」
「なにをそんなに必死になっている。おかしな奴だ。もう話は済んだか。もうこれ以上お前の言葉など聞きたくもない」
そう言い放った、尾形さんは何の感情も感じ取れない虚ろな顔をしていた。
もう、あの煩わしげなため息すらも吐いてはくれない。
何もかもが今、ここで終わってしまったのだ。
「申し訳ございません。失礼しました。お身体に気を付けて、お元気で」
村で生きていく中で癖になっていた形式ばった別れの挨拶を言い終わると、私はよろよろと覚束ない足取りでその場を後にした。
山に咲くあの白い花や、冬の川に張る薄く透き通った氷のような恋心だった。
幼い頃はあんなにも綺麗で、これ以上美しいものはこの世にあるはずがないと信じて疑わなかったのに、大きくなっていざ触れてみたらそれは脆く千切れ、割れてしまうようなものなのだと知ってしまったあの時の気持ちに限りなく似ている。
あの時と違うことは、あんなにも酷い言葉をかけられてなお、尾形さんは優しくて恰好良くて、素敵な方なの、と信じ込んでいたい自分が存在していることただ一つである。
どこもかしこもお姉さんの結婚を祝うのに乗じて夜明けまで呑み明かし、常日頃の鬱憤を晴らしていた。
お姉さんの御家族と共に夜更けに花嫁と花婿を見送った後、どうも私はそのようなただ騒ぎたいだけの会に参加したいとも思えず、すぐに帰宅した。
尾形さんもきっとまだ寝ていらっしゃるわね。その宴の中心で気持ちのいい呑みっぷりだったもの。
それだから、すぐにでも尾形さんを訪ねに行きたい気持ちを堪えて、昼食を摂った後、のんびりと家を出てきたのだ。
だけれども、村一番の大通りは前述のような有様である。まるで今が夜更けでもあるかのように人の気配がない。
これは出直した方がよさそうね。
少しの期待を持って遠くの方から尾形さんの宅を覗いてみると、目の端に見慣れた濃い鈍色の生地が映った。
慌てて宅へ近付くと、やはりそれは思った通り、尾形さんの着物の袖であった。
土間の掃き掃除をしていた尾形さんはすぐに私に気付きこちらを見るけれども、すぐにふい、と顔を逸らしてしまう。
いつもなら話しかける勇気も出ないまま、結局立ち去ってしまう私だけれど、今日はそうも言っていられなかった。もしも今、この時を逃せばもう一生尾形さんと話すことは疎か、一目でもその姿を見ることが叶わなくなってしまうかもしれないのだ。
よし、と小さく呟くと、私は尾形さんへと向き直った。
「あの、尾形さん。えっと…お早うございます。お掃除でございますか」
「もう昼過ぎだぞ」
しどろもどろになりながらやっとの思いで口にした言葉はあっけなく斬り捨てられてしまった。
でも、今回はきちんとお話ができるまで諦めないと決めているのだ。
私は逸らしかけた目をすぐさま戻して言葉を続けた。
「私ったら、ごめんなさい…こんにちは尾形さん」
もう一度正しく挨拶をし直すと、尾形さんは小さく会釈を返しながら玄関の引き戸を閉めようとした。
「ま、待ってください」
咄嗟に駆けて、背に触れると、尾形さんは諦めたような昏い眼をこちらに向けた。
「なんです、小宮さん。どうなすったのですか」
煩わしそうに私の手を払うと、尾形さんは吐き捨てるようにそう言った。
「あ、その」
「御用が無いのならばこれで」
「御用なら御座います。あの、尾形さんが明日、ここを発たれるのは本当なのですか」
「ええ、そうです。知ってらしたんですね、小宮さんも」
今までに見たこともない冷たい表情をしてそう言い放つ尾形さんを前にして、私の心臓は、もうやめろ、と警告を鳴らす。
それでも、私はどうしても止めることができなかった。
尾形さんにお別れを、私の思いをここで伝えられなきゃ、きっと一生後悔すると強く思うのだ。
「はい。昨日、他の方が話されているのを聞きました。それで、尾形さんにどうしてもお別れを申し上げたくてこちらに参ったのです。
あの、尾形さん。今まで有難う。
幼い頃、尾形さんと過ごしたこと、今でも大切な大切な思い出で御座います。御国のため、その身を捧げることの大変さは私には想像もできないことですが、それでもどうか、生きて、元気でいてください。
大好き、です」
ばくばくと早鐘を打つ胸を両の手で無理矢理に抑え込んで私はじっと尾形さんを見つめる。
山の方で鳥が鳴き、しばらくするとそれに応えるかのようにまた別の鳥が鳴いた。
尾形さんからの御返事は、ない。
なんだかんだと言っても心優しい尾形さんのことだ。私の想いを受け容れられないことをどう伝えればいいのか考えあぐねているのだろう。
こうなることはなんとなく分かっていたけれど、いざその想像が現実のものになるとやはり悲しく、切ない。
「では、尾形さん。お元気で」
涙が零れてしまいそうになるのをぐっと堪えて、私は尾形さんの目を見据え、お辞儀をした。
「待て」
「はい?」
尾形さんが表情も変えずにそう言うものだから、一瞬訳が分からなくなってしまった。
けれど訳が分からないからこそ、私の胸の内にもしかしたら、という淡い期待が生まれる。
再び尾形さんを見つめる。
尾形さんは瞬き一つせず、ゆっくりと口を開いた。
その動きはあまりにも無駄がなく、まるでからくり人形のように無機質だった。
「今、お前は俺を好きだ、と言ったな。なぜ今になってそんなことを言う。ずっと同じ村に住んでいた。いくらでも顔を合わせる機会はあった。どうしてその時に言わなかった」
淡々と告げられた言葉。その険しく歪められた表情が私の胸を刺す。
「本当はもっと早くに伝えられたらよかったのだけれど勇気が出なくて。ですが、明日、尾形さんが軍へ入るためにここを発つと聞いて居ても立っても居られなくなって、それでここへ来ましたの」
私の言葉を全て聞き受けた尾形さんの口元が嘲笑に歪んだ。
その姿に固まってしまった私をさらに追い詰めるかの如く尾形さんは続ける。
「ははあ、なるほど。つまりお前は俺が軍に入るのを知って、愛の告白をしたんだな」
「はい。なぜそんなことを聞くのですか。先程、私はそう申し上げましたでしょう」
こんな状態の尾形さんに何を言ったっていい結果にはならない。お互いを傷つけ合うくらいならすぐにでも話を切り上げるべきだとは思っている。けれど私は聞かずにはいられなかった。
幼い日の、二人で共に山を駆けずり回っていた百之助と尾形さんがどうしても重なってしまうのだ。
この人は私を傷つけることはしない。この人は私を恋人として愛することはなくても、幼友達として、妹のような存在として慈しんでくれるはず。
そんな根拠のない期待が溢れて、あの頃の甘えん坊の莉緒に戻ってしまうのだ。
「無知な阿保女の真似は止めろ。どうせ軍に入る俺と夫婦になれれば毎日白い飯を食えるとでも思ったのだろう。お前も貧しい農家だからな。そんな生活、喉から手が出る程欲しているんだろう。昨晩の宴で言い寄ってきた女共となんら変わらない」
「そんな、そんな…違います!」
両の目からぼたぼたと涙が零れた。
ああ、なぜこの人はそんなことを言うのだろうか。私はそんなことこれっぽっちも思っていないし、そう誤解させてしまうようなことは一つも言っていないはずなのに。
「明日、ここを発つという忙しい時に想いを伝えてしまい、ごめんなさい。私、自分のことしか考えられていなかったですね。
でも、私は決してあなたが言うようにお金目当てにあなたを求めたわけではないのです。
昨日の宴の席であなたに愛を告白した方達だってそうです。将来の裕福な暮らしを夢見て想いを告げた方もいたかもしれません。ですが、あなたを慕う気持ちがこれっぽちもない方なんてきっといなかったはずです。
だって、あなたは冷たいように見えても本当は優しくて、格好良くて、真面目で、誠実で、とにかく素敵な人なのですよ。そんなこと同じ村であなたを見てきた人間なら全部知っています。
どうか、どうかこれだけは分かっていてください」
「なにをそんなに必死になっている。おかしな奴だ。もう話は済んだか。もうこれ以上お前の言葉など聞きたくもない」
そう言い放った、尾形さんは何の感情も感じ取れない虚ろな顔をしていた。
もう、あの煩わしげなため息すらも吐いてはくれない。
何もかもが今、ここで終わってしまったのだ。
「申し訳ございません。失礼しました。お身体に気を付けて、お元気で」
村で生きていく中で癖になっていた形式ばった別れの挨拶を言い終わると、私はよろよろと覚束ない足取りでその場を後にした。
山に咲くあの白い花や、冬の川に張る薄く透き通った氷のような恋心だった。
幼い頃はあんなにも綺麗で、これ以上美しいものはこの世にあるはずがないと信じて疑わなかったのに、大きくなっていざ触れてみたらそれは脆く千切れ、割れてしまうようなものなのだと知ってしまったあの時の気持ちに限りなく似ている。
あの時と違うことは、あんなにも酷い言葉をかけられてなお、尾形さんは優しくて恰好良くて、素敵な方なの、と信じ込んでいたい自分が存在していることただ一つである。
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