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高校3年生になると、一郎はボクシングに今まで以上に打ち込むようになった。
小っちゃい頃からお世話になってた鴨川ジムからジムを変えてから、週に一回、一時間とかそれくらい私と会って話したりする以外は学校に行ってるか練習をしているかで心配になるけど、リングに上る一郎はすっごくカッコいいんだ!だから、試合の時は何があったって欠かさず応援に行くの!
その…一応、私は一郎の彼女ってことになるわけだし。
でも、リングの上でなんかよく分かんない内にすごいパンチでどかーん!と相手を倒しちゃう大天才の一郎も、やっぱり映画や漫画のボクサーと同じように減量に苦しんでる。
試合前の一週間は学校にも来ないし、私ですらほとんど会ってくれないくらい。
そんな一郎に今年も私からの手作りカップケーキ♡なんてあげられるワケがないのはおバカな私でも分かる。
だから…
今年は!一郎がボクシングするのに使う消耗品を山盛り買ってプレゼントすることにしたんだ!!!
これなら一郎の応援にもなるし、最高だよね!?
と、いうことで、一郎のお父さんに無理を言って普段一郎が使っているバンテージやら靴紐やら絆創膏やらのメーカーを全部教えて貰って、お小遣いの許す限り全部買い占めてきた!!!
当然、去年の大失敗を活かして大きなプレゼントボックス3つにかわいい特大紙袋も予備でたくさん用意!
全部使ってラッピングも完璧だ!!!
これで今年はあの口煩い一郎も絶対文句ナシに決まってるんだから!!!
いやあ~、さすが私!デキる彼女は違うなあ~!!!
私は両手をめいいっぱいに使ってプレゼントを全部抱えると、足取りも軽く一郎の家へと向かった。
「一郎!誕生日おめでとう!!!」
玄関の扉が開くや否や、私はプレゼントを落っことすのもお構いなしに一郎に抱き着いた。
「…おい、暑苦しいからやめろ。それにプレゼント、床にばら撒いてどうすんだよ。俺にくれるモノじゃねえのかよ」
そうは言いながらも一郎は私の身体を引き寄せてぽんぽん、と優しく背中を叩いた。
なんだかんだ悪態を吐いてはいるけど、満更でもないって感じだ。
「水でいいよな」
おもむろに離れると、一郎は廊下の小さな冷蔵庫を開けた。
「やだー、麦茶にして!」
そう答えながら私は一郎の後ろをすり抜けて部屋へ入った。
「一郎の部屋だ~!」
勢いをつけてベッドに倒れ込むと、衝撃でベッドボードに置いてあったものがいくつか転がり落ちてきた。
「やば!」
一郎に見つかったらめんどくさいんだから!
すぐさま起き上がると、私はベッドに散らかったものを物音を立てないように慎重にかき集めた。
腕時計と、鍵と、あと、湿布と、ビタミン剤と、ガーゼと、なんか赤い箱?の入ってる茶色い紙袋…これで全部かな。
紙袋を手に取ったところで、その袋が目にも留まらぬ速さで奪い取られた。
「ちょっと一郎!何するのよ!」
「それはこっちのセリフだ。人の部屋にあるもん物色してんじゃねえよ。変態」
「なっ!変態って…!どういう意味よそれ!」
きっ、と睨みつけると、一郎はなぜかすぐに目を逸らして紙袋をちょっと離れたローテーブルへ放り投げた。
面倒なお小言が返ってこなくてラッキーだけど、なんか変な感じがする。まあ、一郎が何も言わないつもりならこっちはガンガン言ってやるけどね!
「大体私が一郎のものをそんなハアハア言って物色するような変態に見える!?超かわいい彼女だよ、私!
たまたま、ベッドに乗った時に落ちてきた物を拾って元に戻してあげようとしてただけです~っ!!!」
「…本当にそれだけか?」
「は?」
さっきとは打って変わって、こっちの出方を伺うようにじいっとこちらを見てくる一郎が本当に意味が分からなくて、一歩引いた態度でそう聞いてみた。
一郎も少し間を置いて、ふう、とわざとらしく息を吐いてみせると、妙に真っ直ぐにこちらを見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「袋の中身、見ただろ」
はあ!?!?!?!
重苦しい空気出しといて言う内容、それだけ!?
一郎の出す緊張感に当てられて、正座までしてた私が馬鹿みたいだ。
「なによそれ…」
バフッと背中から大の字にベッドに倒れ込むと私はごろん、と転がって一郎の方に身体を向けた。
「まあね。見たよ、袋の中身。湿布と、ビタミン剤と、ガーゼと、なんか…赤い箱でしょ」
そう言うと、一郎の眉がぴくり、と動いた。なんとなく「赤い箱」に反応してたような気がする。
なによ、「赤い箱」って!?チラッと見えただけでよく分かんないし、すっごい気になるんだけど!!!
「ねえ、なんか赤い箱って言った時の一郎変だったんだけど、なんなのよあの箱?なんかあるの?」
「……」
そう聞くと、一郎は静かに片目を瞑った。
この仕草は一郎がカッコつけたい時か気まずい時にやるやつ!
ますます怪しいじゃん!!!
「黙ってたら分かんないでしょ!早く言いなってば!!!」
言いながら、一郎の肩を掴んでガンガン揺らしてたら一郎に突き飛ばされた。
「なにするのよ!」
布団に足を取られながらベッドの上に膝立ちになると、私はさっき以上の勢いで一郎に詰め寄った。
すると、一郎はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
「莉緒にはまだ早えよ」
「なんのことよ!?」
「あの箱のこと、まだお子ちゃまの莉緒には教えられねえっつったんだよ」
「なっ…!なによその言い方!偉そうに!!!私がお子様なら一郎だって同じでしょ!!!同い年なんだから!!!」
「年が同じってだけでお前みたいなのと一緒にすんなよ」
言いながら一郎は私の腰をぐっと抱き寄せると、鼻の先が触れてしまいそうなほど顔を近づけてきた。
これが何の合図か、なんて分からない私じゃない。
私はほんの少しだけ顎を持ち上げて、そっと目を閉じた。
「口、開けろ」
「え?」
一郎がなんでそんなことを言うのか全然分からなくて、ムードもへったくれもないアホみたいな声で聞き返してしまった。
いや、そもそも、そういうことをする雰囲気の時に意味の分からないことを言う一郎の方が悪いんだけどさ。
「え!?…んむっ!!!」
どうせいつもの通り言い合いになるんでしょって構えていたのに、あろうことか一郎は私の顎を痛いくらいに捕まえて、ぐっと顔を寄せてきた。
別人のようにギラついた目をして迫る一郎に、この前の試合の時の宮田一郎選手、が重なって、じり、と後退った瞬間、凄みを湛えてもなお、そのヨーロッパのお人形さんみたいに美しく整った表情は崩れ、獣のように大きく開いた口で私の口をまるごと呑み込んでしまった。
「んっ…んんんっ…!!!」
私のものより一回りは大きい舌が咥内を蹂躙する。
ついさっきまでは刃のような鋭さをもって私を威圧していたその目は、何物にも代えがたい充足感に歪んでいる。
恐ろしいその行為に支配されて、少しの身動きをも許されないほどなのに、なぜだか私の身体の芯は心地よい熱を持ち始めていた。
ぎゅっと目を瞑ると、私は身体の動くままに一郎の胸に自ら縋りついて唇を押し付けた。
「…ッ!!!」
はずなのに、気づいたら私だけベッドに転がされていた。
一郎に押し返されちゃったんだ。
「はあ、はあ…あ!悪い。頭、打ってないか!?」
すぐに慌てた様子の一郎に抱き上げられ、後頭部に手が触れた。
だけど、さっきのような異常な恐怖や興奮は感じない。いつもの一郎だ。
「うん。大丈夫。丁度枕が下にあったし」
「そうか…ならいい」
落ち着いた口調とは裏腹に、一郎の手は私の髪を忙しなく撫で続けている。よっぽど私にケガをさせるのが怖かったんだろうな。そりゃあそうだよね、一郎ってボクサーだし、倒れた時にどんだけ痛いか、とか危ないか、なんて知り尽くしてるよね。
「大丈夫、大丈夫。このくらいでケガとかするわけないよ」
「…だろうな。お前、女とは思えないくらい強いもんな」
「なっ!なによそれ!どっからどう見ても私はかわいい女の子でしょ!!!大体さあ、一郎は…」
言いかけたところで、つん、と一郎に唇をつままれた。
それを無理やりどかそうともがいている私を見て鼻をふん、と鳴らすと、一郎はきゅう、と指に力を込めた。
「この調子じゃあこれ以上は当分お預けだな」
「はあ!?ちょっと!それどういう意味よ!!!」
やっとの思いで一郎の手を引き剥がすと、私は一郎にそう食ってかかった。
肩をとん、と押して詰め寄る私を制すると、一郎は小馬鹿にするように口元を歪めた。
「なにって、言葉通りの意味だけど?キスより先は莉緒にはまだ早いね」
「なっ…!?」
おちょくられて腹立たしいやら、恥ずかしいやらで反射的に顔が熱くなった。
なんで一郎はそんな…そんなこと口に出して言ってくるわけ!?本当にありえない!!!
わなわなと身体を震えさせながら声にならないような変に高い音を出して、睨みつけると、一郎は私の後ろ髪をさらり、と梳いた。
「次の誕生日までには、もう少し大人になってるんだぜ?莉緒ちゃんよ」
小さな子をあやすような手つきで私に触れてくるその余裕綽々な態度に腹が立って仕方がないけれど、それ以上に、髪を撫でてくれるその手が心地よくって、このかわいげのかけらもない恋人につい身を委ねてしまった。
「意味分かんない。一郎のバカ、アホ、変態!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「…バカッ!!!」
顎に頭突きをかまそうとする私を上から抱え込んで、髪に顔を埋めてクスクス笑っているこの男は本当に何も分かってない。
何が「お前にはまだ早い。お預けだ」よ。あんな激しいキスだってしたのよ。その先、何をするかなんて分かるに決まってるじゃない。
むしろ、怖気づいて逃げたのは一郎の方でしょ?
もう、本当にバカバカバカ!一郎のバカ!!!
なんでボクシングの時はあんなにガンガン前に出てスパスパ相手を倒して、なんてことができるのに恋人の私には何もできないのよ!
プロになって、新人王戦でも順調に勝ち進んでって頑張ってきたのをずっとそばで応援して、これからもそうしていくんだって思ってたけど、やっぱり、ボクシングと私じゃなんか違うのかな。
一郎はただの幼馴染のボクシングバカ、なんかじゃなくてもっとずっと遠い人になっちゃったのかな?
背中に回した腕にぎゅう、と力を込めると、一郎はおかしそうにまた笑って私のおでこにキスを一つ落とした。
「なあ、莉緒からのプレゼント、毎年ちょっとズレてるだろ?いつもお前が何をしでかすか気になって楽しみではあるけど、来年は絶対にほしいものがある。リクエストしていいか?」
「……」
「黙ってるならOKってことにするぜ?
いいか?よく聞けよ。俺が欲しいのはお前、莉緒だよ。
新人王戦、優勝して日本ランク入りして、来年の今頃迄にはプロボクサーとして新人王なんてメじゃないってくらい大きな実績を残して、莉緒の心も身体も、責任も背負える大人になっておく。だから、莉緒もそのつもりでいてくれ」
ああ、もう、ずるいよ。そんなこと言わないでよ、ちゃんと一郎はボクシングだけじゃなくって私のことも好きでいてくれている、なんて勘違いしちゃうじゃない。
「返事は?」
「バカ…絶対だからね。約束!」
「ああ。約束だ莉緒」
こんな約束なんて何の意味もないはずなのに、私は嬉しくて、嬉しくて仕方がなくて、ちょっと、泣いてしまった。
小っちゃい頃からお世話になってた鴨川ジムからジムを変えてから、週に一回、一時間とかそれくらい私と会って話したりする以外は学校に行ってるか練習をしているかで心配になるけど、リングに上る一郎はすっごくカッコいいんだ!だから、試合の時は何があったって欠かさず応援に行くの!
その…一応、私は一郎の彼女ってことになるわけだし。
でも、リングの上でなんかよく分かんない内にすごいパンチでどかーん!と相手を倒しちゃう大天才の一郎も、やっぱり映画や漫画のボクサーと同じように減量に苦しんでる。
試合前の一週間は学校にも来ないし、私ですらほとんど会ってくれないくらい。
そんな一郎に今年も私からの手作りカップケーキ♡なんてあげられるワケがないのはおバカな私でも分かる。
だから…
今年は!一郎がボクシングするのに使う消耗品を山盛り買ってプレゼントすることにしたんだ!!!
これなら一郎の応援にもなるし、最高だよね!?
と、いうことで、一郎のお父さんに無理を言って普段一郎が使っているバンテージやら靴紐やら絆創膏やらのメーカーを全部教えて貰って、お小遣いの許す限り全部買い占めてきた!!!
当然、去年の大失敗を活かして大きなプレゼントボックス3つにかわいい特大紙袋も予備でたくさん用意!
全部使ってラッピングも完璧だ!!!
これで今年はあの口煩い一郎も絶対文句ナシに決まってるんだから!!!
いやあ~、さすが私!デキる彼女は違うなあ~!!!
私は両手をめいいっぱいに使ってプレゼントを全部抱えると、足取りも軽く一郎の家へと向かった。
「一郎!誕生日おめでとう!!!」
玄関の扉が開くや否や、私はプレゼントを落っことすのもお構いなしに一郎に抱き着いた。
「…おい、暑苦しいからやめろ。それにプレゼント、床にばら撒いてどうすんだよ。俺にくれるモノじゃねえのかよ」
そうは言いながらも一郎は私の身体を引き寄せてぽんぽん、と優しく背中を叩いた。
なんだかんだ悪態を吐いてはいるけど、満更でもないって感じだ。
「水でいいよな」
おもむろに離れると、一郎は廊下の小さな冷蔵庫を開けた。
「やだー、麦茶にして!」
そう答えながら私は一郎の後ろをすり抜けて部屋へ入った。
「一郎の部屋だ~!」
勢いをつけてベッドに倒れ込むと、衝撃でベッドボードに置いてあったものがいくつか転がり落ちてきた。
「やば!」
一郎に見つかったらめんどくさいんだから!
すぐさま起き上がると、私はベッドに散らかったものを物音を立てないように慎重にかき集めた。
腕時計と、鍵と、あと、湿布と、ビタミン剤と、ガーゼと、なんか赤い箱?の入ってる茶色い紙袋…これで全部かな。
紙袋を手に取ったところで、その袋が目にも留まらぬ速さで奪い取られた。
「ちょっと一郎!何するのよ!」
「それはこっちのセリフだ。人の部屋にあるもん物色してんじゃねえよ。変態」
「なっ!変態って…!どういう意味よそれ!」
きっ、と睨みつけると、一郎はなぜかすぐに目を逸らして紙袋をちょっと離れたローテーブルへ放り投げた。
面倒なお小言が返ってこなくてラッキーだけど、なんか変な感じがする。まあ、一郎が何も言わないつもりならこっちはガンガン言ってやるけどね!
「大体私が一郎のものをそんなハアハア言って物色するような変態に見える!?超かわいい彼女だよ、私!
たまたま、ベッドに乗った時に落ちてきた物を拾って元に戻してあげようとしてただけです~っ!!!」
「…本当にそれだけか?」
「は?」
さっきとは打って変わって、こっちの出方を伺うようにじいっとこちらを見てくる一郎が本当に意味が分からなくて、一歩引いた態度でそう聞いてみた。
一郎も少し間を置いて、ふう、とわざとらしく息を吐いてみせると、妙に真っ直ぐにこちらを見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「袋の中身、見ただろ」
はあ!?!?!?!
重苦しい空気出しといて言う内容、それだけ!?
一郎の出す緊張感に当てられて、正座までしてた私が馬鹿みたいだ。
「なによそれ…」
バフッと背中から大の字にベッドに倒れ込むと私はごろん、と転がって一郎の方に身体を向けた。
「まあね。見たよ、袋の中身。湿布と、ビタミン剤と、ガーゼと、なんか…赤い箱でしょ」
そう言うと、一郎の眉がぴくり、と動いた。なんとなく「赤い箱」に反応してたような気がする。
なによ、「赤い箱」って!?チラッと見えただけでよく分かんないし、すっごい気になるんだけど!!!
「ねえ、なんか赤い箱って言った時の一郎変だったんだけど、なんなのよあの箱?なんかあるの?」
「……」
そう聞くと、一郎は静かに片目を瞑った。
この仕草は一郎がカッコつけたい時か気まずい時にやるやつ!
ますます怪しいじゃん!!!
「黙ってたら分かんないでしょ!早く言いなってば!!!」
言いながら、一郎の肩を掴んでガンガン揺らしてたら一郎に突き飛ばされた。
「なにするのよ!」
布団に足を取られながらベッドの上に膝立ちになると、私はさっき以上の勢いで一郎に詰め寄った。
すると、一郎はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。
「莉緒にはまだ早えよ」
「なんのことよ!?」
「あの箱のこと、まだお子ちゃまの莉緒には教えられねえっつったんだよ」
「なっ…!なによその言い方!偉そうに!!!私がお子様なら一郎だって同じでしょ!!!同い年なんだから!!!」
「年が同じってだけでお前みたいなのと一緒にすんなよ」
言いながら一郎は私の腰をぐっと抱き寄せると、鼻の先が触れてしまいそうなほど顔を近づけてきた。
これが何の合図か、なんて分からない私じゃない。
私はほんの少しだけ顎を持ち上げて、そっと目を閉じた。
「口、開けろ」
「え?」
一郎がなんでそんなことを言うのか全然分からなくて、ムードもへったくれもないアホみたいな声で聞き返してしまった。
いや、そもそも、そういうことをする雰囲気の時に意味の分からないことを言う一郎の方が悪いんだけどさ。
「え!?…んむっ!!!」
どうせいつもの通り言い合いになるんでしょって構えていたのに、あろうことか一郎は私の顎を痛いくらいに捕まえて、ぐっと顔を寄せてきた。
別人のようにギラついた目をして迫る一郎に、この前の試合の時の宮田一郎選手、が重なって、じり、と後退った瞬間、凄みを湛えてもなお、そのヨーロッパのお人形さんみたいに美しく整った表情は崩れ、獣のように大きく開いた口で私の口をまるごと呑み込んでしまった。
「んっ…んんんっ…!!!」
私のものより一回りは大きい舌が咥内を蹂躙する。
ついさっきまでは刃のような鋭さをもって私を威圧していたその目は、何物にも代えがたい充足感に歪んでいる。
恐ろしいその行為に支配されて、少しの身動きをも許されないほどなのに、なぜだか私の身体の芯は心地よい熱を持ち始めていた。
ぎゅっと目を瞑ると、私は身体の動くままに一郎の胸に自ら縋りついて唇を押し付けた。
「…ッ!!!」
はずなのに、気づいたら私だけベッドに転がされていた。
一郎に押し返されちゃったんだ。
「はあ、はあ…あ!悪い。頭、打ってないか!?」
すぐに慌てた様子の一郎に抱き上げられ、後頭部に手が触れた。
だけど、さっきのような異常な恐怖や興奮は感じない。いつもの一郎だ。
「うん。大丈夫。丁度枕が下にあったし」
「そうか…ならいい」
落ち着いた口調とは裏腹に、一郎の手は私の髪を忙しなく撫で続けている。よっぽど私にケガをさせるのが怖かったんだろうな。そりゃあそうだよね、一郎ってボクサーだし、倒れた時にどんだけ痛いか、とか危ないか、なんて知り尽くしてるよね。
「大丈夫、大丈夫。このくらいでケガとかするわけないよ」
「…だろうな。お前、女とは思えないくらい強いもんな」
「なっ!なによそれ!どっからどう見ても私はかわいい女の子でしょ!!!大体さあ、一郎は…」
言いかけたところで、つん、と一郎に唇をつままれた。
それを無理やりどかそうともがいている私を見て鼻をふん、と鳴らすと、一郎はきゅう、と指に力を込めた。
「この調子じゃあこれ以上は当分お預けだな」
「はあ!?ちょっと!それどういう意味よ!!!」
やっとの思いで一郎の手を引き剥がすと、私は一郎にそう食ってかかった。
肩をとん、と押して詰め寄る私を制すると、一郎は小馬鹿にするように口元を歪めた。
「なにって、言葉通りの意味だけど?キスより先は莉緒にはまだ早いね」
「なっ…!?」
おちょくられて腹立たしいやら、恥ずかしいやらで反射的に顔が熱くなった。
なんで一郎はそんな…そんなこと口に出して言ってくるわけ!?本当にありえない!!!
わなわなと身体を震えさせながら声にならないような変に高い音を出して、睨みつけると、一郎は私の後ろ髪をさらり、と梳いた。
「次の誕生日までには、もう少し大人になってるんだぜ?莉緒ちゃんよ」
小さな子をあやすような手つきで私に触れてくるその余裕綽々な態度に腹が立って仕方がないけれど、それ以上に、髪を撫でてくれるその手が心地よくって、このかわいげのかけらもない恋人につい身を委ねてしまった。
「意味分かんない。一郎のバカ、アホ、変態!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「…バカッ!!!」
顎に頭突きをかまそうとする私を上から抱え込んで、髪に顔を埋めてクスクス笑っているこの男は本当に何も分かってない。
何が「お前にはまだ早い。お預けだ」よ。あんな激しいキスだってしたのよ。その先、何をするかなんて分かるに決まってるじゃない。
むしろ、怖気づいて逃げたのは一郎の方でしょ?
もう、本当にバカバカバカ!一郎のバカ!!!
なんでボクシングの時はあんなにガンガン前に出てスパスパ相手を倒して、なんてことができるのに恋人の私には何もできないのよ!
プロになって、新人王戦でも順調に勝ち進んでって頑張ってきたのをずっとそばで応援して、これからもそうしていくんだって思ってたけど、やっぱり、ボクシングと私じゃなんか違うのかな。
一郎はただの幼馴染のボクシングバカ、なんかじゃなくてもっとずっと遠い人になっちゃったのかな?
背中に回した腕にぎゅう、と力を込めると、一郎はおかしそうにまた笑って私のおでこにキスを一つ落とした。
「なあ、莉緒からのプレゼント、毎年ちょっとズレてるだろ?いつもお前が何をしでかすか気になって楽しみではあるけど、来年は絶対にほしいものがある。リクエストしていいか?」
「……」
「黙ってるならOKってことにするぜ?
いいか?よく聞けよ。俺が欲しいのはお前、莉緒だよ。
新人王戦、優勝して日本ランク入りして、来年の今頃迄にはプロボクサーとして新人王なんてメじゃないってくらい大きな実績を残して、莉緒の心も身体も、責任も背負える大人になっておく。だから、莉緒もそのつもりでいてくれ」
ああ、もう、ずるいよ。そんなこと言わないでよ、ちゃんと一郎はボクシングだけじゃなくって私のことも好きでいてくれている、なんて勘違いしちゃうじゃない。
「返事は?」
「バカ…絶対だからね。約束!」
「ああ。約束だ莉緒」
こんな約束なんて何の意味もないはずなのに、私は嬉しくて、嬉しくて仕方がなくて、ちょっと、泣いてしまった。
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