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チン
うそ!もう出来上がった!?
まだ読み途中の漫画も放り出して、オーブンの扉を開け放つ。
うわっ、結構ヤバい…
床から拾い上げたミトンで天板を持ち上げると、じんわりと熱が両手に伝わってきた。でも、よっこいせ、とテーブルの上にのせたら、じゅわっと大きな音と一緒にふわっと甘い匂いが部屋いっぱいに広がった。
形もまあ、一人で作ったのにしては整ってるって思うし、色もちゃんとこんがりキツネ色!むしろなんであんなに熱かったの!?ってくらい綺麗!お昼ご飯返上で頑張った甲斐があった!
目の前の大きな天板を前に、うんうん、と大げさに頷くと、私は端っこに転がっている竹串を一本取り上げて、目についた真ん中のにしっかりと突き刺した。
…なにこれ?大丈夫かな?
引き抜いたばっかりの竹串の先を指で挟みながら、首を捻る。
うーん…別にまだトロットロの生地が付いてるとかじゃないけど、なーんか湿ってる気がするんだよね…
べつに自分が食べる分にはこのままでも全然OKだけど、相手はあの宮田だからなあ…変なもの渡したら絶対なんか嫌味言われるよね…
ため息と共に竹串と一緒に端の方に追いやられていたレシピ本を引っ張ってきて、睨むように目を細めて説明を読んでみる。
…ダメだ!全然分かんない!
カチッと壁の時計が動いた瞬間、竹串も本も全部バンッとテーブルに戻した。
見た感じ全然変なとこないし、ちょっと湿ってるのだって気のせいでしょ!あー、もう!
ぎゅっ、ぎゅっと目頭を押さえながら、私はそのままの勢いで手に持ったやつにかぶりついた。
う、うまっ!!!超おいしい!!!
口に入れた瞬間、私は叫び出しそうになるのを手でぎゅっとこらえて、物凄い勢いで天板の方に向き直った。
やばい!すごいおいしい!
口の中のを全部飲み込むなり、私はせっかくのレース柄カップをべりべり勢いのままに破いた。
最高!明日渡すつもりだったけど、やっぱやめ!一郎には今一番おいしい時に食べてもらわないと!
私は食べ終わったカップの残骸をゴミ箱の方に放り投げて、引っ張り出してきた特大タッパーにありったけ全部詰め込んで家を飛び出した。
「一郎!いる!?」
ピンポンを連打してるのに、全然待っていられなくて、走り込みでもしてるみたいに足踏みが止まらない。
あー!もう!早く降りてこないかな、一郎!
「莉緒」
「うわっ!!!一郎!?え!?なんで後ろにいんの!?」
真夏なのに真っ黒なジャージをバサッとこっちに放り投げながら、一郎は面倒臭そうにため息を吐いた。
「それはこっちのセリフだバカ。お前こそオレの家の前で何やってんだよ?来るのは明日のはずだろ?」
「そうなんだけどさ」
私は頭に乗っかってる汗臭いジャージを振り払うと、後ろ手に隠していたタッパーをじゃーん!って取り出した。
「さっき焼き上がったやつ食べたらもう、すんごくおいしかったんだ!だから一郎にも早く食べてほしくて!ほら!これ!すごいでしょ!」
拾い上げたジャージをぶら下げたままじとっとこっちを見てくる一郎にもお構いなしに、申し訳程度に乗っかっているフタをべりっと剥がして、私はタッパーをぐいぐい一郎に押し付けた。
「はあ、分かったよ、食べればいいんだろ?」
一郎はくしゃりと前髪を掻き上げて、私を押しのけるように家へ入っていった。
「ん。莉緒が騒ぐだけあって悪くねえな、このカップケーキ」
差し出されたカップケーキを口に入れた一瞬、一郎の目がぱあっと輝いた。
「でしょ!超おいしいでしょ!」
私もすぐ隣のを頬張りながら、小突くように肩をぶつける。
いっつもかっこつけてばっかりだけど、こういうところは本当に全然変わんないよね。
「…おい、何しれっとお前も食ってんだよ?これ、俺にくれたんじゃなかったのかよ?」
「いいじゃん別に。私が作ったんだから」
「…よくねえよ」
「ちょっと!」
一郎の顔をじっと睨みつけていたら、手の中のカップケーキをするりと奪われてしまった。
「返してよ」
もう一個キープしてたのを頬張りながら手を伸ばすと、一郎は呆れたように片目を瞑った。
「…お前なあ」
「なによ。一郎が奪るのが悪いんじゃん」
また取られる前に、今度はタッパーごと体の後ろに隠しながら睨みつけると、一郎はそのまま面倒くさそうにベッドにもたれてふんぞり返った。
「よく言うぜ。先にオレのもんに手え出したのお前だろ…ったく、本当にお前は食い意地張ってるよな」
「ちょっと!今なんて言った!?」
「莉緒は女っ気ゼロの割に食い意地だけは立派だなって言った」
「はあ!?どういう意味よそれ!?」
「はあ」
一つため息を吐くと、一郎はぴんっと、手でレースを大きく弾いた。
瞬間、ニヤリと不敵に笑うと、てっぺんが大きくえぐり取られたカップケーキが私にも見えるように持ち上げられた。
「え?」
パサリ、何かが落ちる乾いた音がやけに遠く聞こえた。
「ふっ、お前にも多少は女らしいとこあるんだな」
親指で端をぐっと拭われて、嫌になるほど形の整った唇がつり上がった。
「…どういう意味よ、それ」
変にか細くなっていく声をごまかすために、パラパラとこぼれていくキツネ色の粒をきっと睨みつける。
「べつに、言葉通りの意味だぜ?それより莉緒」
「なによ」
ちらりと目だけを合わせると、一郎はふっとなぜか満足そうに息を漏らした。
「口のところ、食べカス付いてるぜ?」
するりと慣れた手つきでアゴが持ち上げられて、そのまま添えられた指が下唇に触れた。
「…あ、ありがとう」
返事の代わりなのか、食べカスの付いてたところがつん、と押されて、添えられていた手が離れていった。
「ごちそうさま」
「え!?もう終わり!?」
頭に乗せられたタッパーを払って見上げると、いつの間にか一郎はこっちに背中を向けてジャージを着こんでいた。
「え!?どうしたの急に!?どっか出かけるの!?」
「ジム」
「は!?ジム!?なんで!?明日行く予定だって前言ってたじゃん…って、うわっ!」
「一郎?」
何が起きたのか分からないまま、おそるおそる一郎を見上げると、一郎は私と目線を合わせるようにしゃがんで、つん、と私のおでこを押した。
「え!?なに?ちょっと、何すんのよ!?」
「カウンター」
触れられたおでこを隠すように両手で押さえながら、後ずさると、なぜか、また一郎はふっと笑った。
「なによ」
「いや、べつに。それより明日も忘れるなよ。わざわざ誰かさんのためにジム行く日ずらしてやったんだからな」
「え!?」
「カップケーキもちゃんと持ってこいよ」
「はあ!?」
「それと、今日はガキの頃に戻ったみたいで嬉しかったぜ。莉緒さんよ」
「え?それってどういう…あっ!!!」
「どうしたんだ莉緒?もう行くぞ」
「ちょっと待ってよ!なんでもっと早く言ってくんなかったの!宮田のバカ!」
「なんのことだよ?」
ぷるぷる肩を震わせながら振り向く一郎に、私はクッションで渾身の一撃を食らわせた。
うそ!もう出来上がった!?
まだ読み途中の漫画も放り出して、オーブンの扉を開け放つ。
うわっ、結構ヤバい…
床から拾い上げたミトンで天板を持ち上げると、じんわりと熱が両手に伝わってきた。でも、よっこいせ、とテーブルの上にのせたら、じゅわっと大きな音と一緒にふわっと甘い匂いが部屋いっぱいに広がった。
形もまあ、一人で作ったのにしては整ってるって思うし、色もちゃんとこんがりキツネ色!むしろなんであんなに熱かったの!?ってくらい綺麗!お昼ご飯返上で頑張った甲斐があった!
目の前の大きな天板を前に、うんうん、と大げさに頷くと、私は端っこに転がっている竹串を一本取り上げて、目についた真ん中のにしっかりと突き刺した。
…なにこれ?大丈夫かな?
引き抜いたばっかりの竹串の先を指で挟みながら、首を捻る。
うーん…別にまだトロットロの生地が付いてるとかじゃないけど、なーんか湿ってる気がするんだよね…
べつに自分が食べる分にはこのままでも全然OKだけど、相手はあの宮田だからなあ…変なもの渡したら絶対なんか嫌味言われるよね…
ため息と共に竹串と一緒に端の方に追いやられていたレシピ本を引っ張ってきて、睨むように目を細めて説明を読んでみる。
…ダメだ!全然分かんない!
カチッと壁の時計が動いた瞬間、竹串も本も全部バンッとテーブルに戻した。
見た感じ全然変なとこないし、ちょっと湿ってるのだって気のせいでしょ!あー、もう!
ぎゅっ、ぎゅっと目頭を押さえながら、私はそのままの勢いで手に持ったやつにかぶりついた。
う、うまっ!!!超おいしい!!!
口に入れた瞬間、私は叫び出しそうになるのを手でぎゅっとこらえて、物凄い勢いで天板の方に向き直った。
やばい!すごいおいしい!
口の中のを全部飲み込むなり、私はせっかくのレース柄カップをべりべり勢いのままに破いた。
最高!明日渡すつもりだったけど、やっぱやめ!一郎には今一番おいしい時に食べてもらわないと!
私は食べ終わったカップの残骸をゴミ箱の方に放り投げて、引っ張り出してきた特大タッパーにありったけ全部詰め込んで家を飛び出した。
「一郎!いる!?」
ピンポンを連打してるのに、全然待っていられなくて、走り込みでもしてるみたいに足踏みが止まらない。
あー!もう!早く降りてこないかな、一郎!
「莉緒」
「うわっ!!!一郎!?え!?なんで後ろにいんの!?」
真夏なのに真っ黒なジャージをバサッとこっちに放り投げながら、一郎は面倒臭そうにため息を吐いた。
「それはこっちのセリフだバカ。お前こそオレの家の前で何やってんだよ?来るのは明日のはずだろ?」
「そうなんだけどさ」
私は頭に乗っかってる汗臭いジャージを振り払うと、後ろ手に隠していたタッパーをじゃーん!って取り出した。
「さっき焼き上がったやつ食べたらもう、すんごくおいしかったんだ!だから一郎にも早く食べてほしくて!ほら!これ!すごいでしょ!」
拾い上げたジャージをぶら下げたままじとっとこっちを見てくる一郎にもお構いなしに、申し訳程度に乗っかっているフタをべりっと剥がして、私はタッパーをぐいぐい一郎に押し付けた。
「はあ、分かったよ、食べればいいんだろ?」
一郎はくしゃりと前髪を掻き上げて、私を押しのけるように家へ入っていった。
「ん。莉緒が騒ぐだけあって悪くねえな、このカップケーキ」
差し出されたカップケーキを口に入れた一瞬、一郎の目がぱあっと輝いた。
「でしょ!超おいしいでしょ!」
私もすぐ隣のを頬張りながら、小突くように肩をぶつける。
いっつもかっこつけてばっかりだけど、こういうところは本当に全然変わんないよね。
「…おい、何しれっとお前も食ってんだよ?これ、俺にくれたんじゃなかったのかよ?」
「いいじゃん別に。私が作ったんだから」
「…よくねえよ」
「ちょっと!」
一郎の顔をじっと睨みつけていたら、手の中のカップケーキをするりと奪われてしまった。
「返してよ」
もう一個キープしてたのを頬張りながら手を伸ばすと、一郎は呆れたように片目を瞑った。
「…お前なあ」
「なによ。一郎が奪るのが悪いんじゃん」
また取られる前に、今度はタッパーごと体の後ろに隠しながら睨みつけると、一郎はそのまま面倒くさそうにベッドにもたれてふんぞり返った。
「よく言うぜ。先にオレのもんに手え出したのお前だろ…ったく、本当にお前は食い意地張ってるよな」
「ちょっと!今なんて言った!?」
「莉緒は女っ気ゼロの割に食い意地だけは立派だなって言った」
「はあ!?どういう意味よそれ!?」
「はあ」
一つため息を吐くと、一郎はぴんっと、手でレースを大きく弾いた。
瞬間、ニヤリと不敵に笑うと、てっぺんが大きくえぐり取られたカップケーキが私にも見えるように持ち上げられた。
「え?」
パサリ、何かが落ちる乾いた音がやけに遠く聞こえた。
「ふっ、お前にも多少は女らしいとこあるんだな」
親指で端をぐっと拭われて、嫌になるほど形の整った唇がつり上がった。
「…どういう意味よ、それ」
変にか細くなっていく声をごまかすために、パラパラとこぼれていくキツネ色の粒をきっと睨みつける。
「べつに、言葉通りの意味だぜ?それより莉緒」
「なによ」
ちらりと目だけを合わせると、一郎はふっとなぜか満足そうに息を漏らした。
「口のところ、食べカス付いてるぜ?」
するりと慣れた手つきでアゴが持ち上げられて、そのまま添えられた指が下唇に触れた。
「…あ、ありがとう」
返事の代わりなのか、食べカスの付いてたところがつん、と押されて、添えられていた手が離れていった。
「ごちそうさま」
「え!?もう終わり!?」
頭に乗せられたタッパーを払って見上げると、いつの間にか一郎はこっちに背中を向けてジャージを着こんでいた。
「え!?どうしたの急に!?どっか出かけるの!?」
「ジム」
「は!?ジム!?なんで!?明日行く予定だって前言ってたじゃん…って、うわっ!」
「一郎?」
何が起きたのか分からないまま、おそるおそる一郎を見上げると、一郎は私と目線を合わせるようにしゃがんで、つん、と私のおでこを押した。
「え!?なに?ちょっと、何すんのよ!?」
「カウンター」
触れられたおでこを隠すように両手で押さえながら、後ずさると、なぜか、また一郎はふっと笑った。
「なによ」
「いや、べつに。それより明日も忘れるなよ。わざわざ誰かさんのためにジム行く日ずらしてやったんだからな」
「え!?」
「カップケーキもちゃんと持ってこいよ」
「はあ!?」
「それと、今日はガキの頃に戻ったみたいで嬉しかったぜ。莉緒さんよ」
「え?それってどういう…あっ!!!」
「どうしたんだ莉緒?もう行くぞ」
「ちょっと待ってよ!なんでもっと早く言ってくんなかったの!宮田のバカ!」
「なんのことだよ?」
ぷるぷる肩を震わせながら振り向く一郎に、私はクッションで渾身の一撃を食らわせた。