夜の帰り道1章
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「ちょっと待ってよ。いいなんて言ってないじゃない」
保健室いっぱいに私の声が響いた。練習着の襟元をこれでもかというくらい何回も引っ張っても、前田は顔色ひとつ変えない。しまいには鼻歌まで歌いはじめた。
「このまま家まで連れてかれたら辰巳にノートのことチクるからね」
言った瞬間、前田の動きがピタリと止まった。苦し紛れにノートのことを言ったのだけれど、意外と効果があったようだ。これからは前田に何か困らせられたら辰巳の話をすればなんとかなりそうだ。
そのまま前田は早足でベッドまで戻り、私をゆっくりと降ろしてくれた。
「悪かったな。辰巳にノートのこと言うなよ」
結局、私じゃなくて辰巳が怖いから降ろしたっていうのが癪だけれど、私と目も合わせられなくなるくらいには反省しているようだから辰巳にチクるのはやめてあげることにした。
「わかった。でも、お礼に前田になにかしてあげるっていうのはもう無しね」
「わあったよ。けど、今日はお前がなんと言おうと送ってくからな。辰巳にちょっと出てくるっつってくるからちょっと待ってろ」
そう言って前田は私のカバンを背負ったまま保健室を出て行ってしまった。前田に迷惑をかけて借りを作ることは嫌だし、先ほどまでの前田の態度に少し腹を立てているから一人で帰ろうと思っていたのに。
カバンが戻ってくるまでの暇つぶしになんとなくベッドから降りて保健室の中をぶらついていると、見覚えのある漫画雑誌が机の上に置いたままになっているのを見つけた。
そういえばこの雑誌、発売日になると、よくクラスの男子が昼休みに学校を抜け出して近くのコンビニまで買いに行っているやつだ。たまに彼らが先生に怒られている現場を見かける。前田が怒られている姿を想像すると吹き出してしまいそうだからやめよう。
しかし、前田やクラスの男子たちがそうまでして読みたがっているこの雑誌はそんなにも面白いものなのだろうか。気になってパラパラとページをめくって、この雑誌の持ち主が読んでいたであろう漫画を探してみた。けれど、この雑誌には折り目どころか、そもそも雑誌を開いた様子すらなく、お店に並んでいる状態とほとんど変わらない。諦めて一番最初に載っているものを読み始めることにした。
なんとか一番目の漫画のページを捲り終えて、二番目の漫画に視線を移したあたりでガラリと保健室の引き戸が開かれた。
「悪い小宮、待たせたな。行こうぜ」
「うん」と頷いて読んでいた雑誌を両手で抱えて前田のいる入り口まで小走りで向かった。
「これ、勝手に読んじゃった。ごめん」
「ああ、別に汚したりしたわけでもねぇし、んなもん構わねぇよ」
私が差し出した雑誌を空いている片手で器用にパラパラ捲りながら前田はそう言った。一通りページを確認し終えて雑誌を脇に挟んだ前田は「行くぞ、小宮」と歩き出した。
「待って、前田」
数歩先で前田が振り向いた。窓から入ってくる弱い月の光だけしか明かりの無い廊下だからか、それとも雑誌のせいなのかわからないけれど、前田がなんだか優しい雰囲気を纏っているように見えてしまう。
「私を抱えて帰るとか付き合えとか、そういうお願いは聞いてあげないけど、勉強教えたりとか部活の居残り練習を手伝うとか簡単なことなら、やっぱりなんでもするよ」
一息で言い切ったせいか、少し鼓動が早くなって胸が苦しい。前田からはなんの反応も無い。言い方が少し偉そうだったかもしれない。
「小宮」
「はい」
思わずビクリと肩を震わせてしまった。薄暗くて前田が今どんな表情をしているのかがわからないのに、声ばかりはっきりと細い廊下中に響いてきて変な感じがする。
「それさ、テスト期間中は毎日小宮を家まで送っていくとかはいいのか」
「え」
テスト勉強の時間が無くなって前田は困らないの。私だって告白された男の子と二人きりで過ごすのは気まずくて困らないか。そう思っているはずなのに。
「やっぱり無理か」
「無理じゃないけど」
反射的に口が動いてしまった。
「おし、じゃあ決まりな」
声を聞いただけで前田の勝ち誇ったような笑顔が見えた気がして「でも」と続けようとした言葉が引っ込んでしまった。
かわりに「うん」と頷いて前田の横に並んだ。
「つうか、なんで急にやっぱなんかしてくれるとか言い出したんだよ」
心臓が嫌な跳ね方をした。
「マンガが面白かったから」
前田の方なんて見ずに一息でそう答える。
「ふうん。小宮はどれが一番好きなんだよ」
雑誌を緩く振りながら前田は尋ねてくる。
「一番最初に載ってるやつかな」
正直内容はあんまり印象に残ってなんかいなかったけれど、とりあえずそう答えておいた。
保健室いっぱいに私の声が響いた。練習着の襟元をこれでもかというくらい何回も引っ張っても、前田は顔色ひとつ変えない。しまいには鼻歌まで歌いはじめた。
「このまま家まで連れてかれたら辰巳にノートのことチクるからね」
言った瞬間、前田の動きがピタリと止まった。苦し紛れにノートのことを言ったのだけれど、意外と効果があったようだ。これからは前田に何か困らせられたら辰巳の話をすればなんとかなりそうだ。
そのまま前田は早足でベッドまで戻り、私をゆっくりと降ろしてくれた。
「悪かったな。辰巳にノートのこと言うなよ」
結局、私じゃなくて辰巳が怖いから降ろしたっていうのが癪だけれど、私と目も合わせられなくなるくらいには反省しているようだから辰巳にチクるのはやめてあげることにした。
「わかった。でも、お礼に前田になにかしてあげるっていうのはもう無しね」
「わあったよ。けど、今日はお前がなんと言おうと送ってくからな。辰巳にちょっと出てくるっつってくるからちょっと待ってろ」
そう言って前田は私のカバンを背負ったまま保健室を出て行ってしまった。前田に迷惑をかけて借りを作ることは嫌だし、先ほどまでの前田の態度に少し腹を立てているから一人で帰ろうと思っていたのに。
カバンが戻ってくるまでの暇つぶしになんとなくベッドから降りて保健室の中をぶらついていると、見覚えのある漫画雑誌が机の上に置いたままになっているのを見つけた。
そういえばこの雑誌、発売日になると、よくクラスの男子が昼休みに学校を抜け出して近くのコンビニまで買いに行っているやつだ。たまに彼らが先生に怒られている現場を見かける。前田が怒られている姿を想像すると吹き出してしまいそうだからやめよう。
しかし、前田やクラスの男子たちがそうまでして読みたがっているこの雑誌はそんなにも面白いものなのだろうか。気になってパラパラとページをめくって、この雑誌の持ち主が読んでいたであろう漫画を探してみた。けれど、この雑誌には折り目どころか、そもそも雑誌を開いた様子すらなく、お店に並んでいる状態とほとんど変わらない。諦めて一番最初に載っているものを読み始めることにした。
なんとか一番目の漫画のページを捲り終えて、二番目の漫画に視線を移したあたりでガラリと保健室の引き戸が開かれた。
「悪い小宮、待たせたな。行こうぜ」
「うん」と頷いて読んでいた雑誌を両手で抱えて前田のいる入り口まで小走りで向かった。
「これ、勝手に読んじゃった。ごめん」
「ああ、別に汚したりしたわけでもねぇし、んなもん構わねぇよ」
私が差し出した雑誌を空いている片手で器用にパラパラ捲りながら前田はそう言った。一通りページを確認し終えて雑誌を脇に挟んだ前田は「行くぞ、小宮」と歩き出した。
「待って、前田」
数歩先で前田が振り向いた。窓から入ってくる弱い月の光だけしか明かりの無い廊下だからか、それとも雑誌のせいなのかわからないけれど、前田がなんだか優しい雰囲気を纏っているように見えてしまう。
「私を抱えて帰るとか付き合えとか、そういうお願いは聞いてあげないけど、勉強教えたりとか部活の居残り練習を手伝うとか簡単なことなら、やっぱりなんでもするよ」
一息で言い切ったせいか、少し鼓動が早くなって胸が苦しい。前田からはなんの反応も無い。言い方が少し偉そうだったかもしれない。
「小宮」
「はい」
思わずビクリと肩を震わせてしまった。薄暗くて前田が今どんな表情をしているのかがわからないのに、声ばかりはっきりと細い廊下中に響いてきて変な感じがする。
「それさ、テスト期間中は毎日小宮を家まで送っていくとかはいいのか」
「え」
テスト勉強の時間が無くなって前田は困らないの。私だって告白された男の子と二人きりで過ごすのは気まずくて困らないか。そう思っているはずなのに。
「やっぱり無理か」
「無理じゃないけど」
反射的に口が動いてしまった。
「おし、じゃあ決まりな」
声を聞いただけで前田の勝ち誇ったような笑顔が見えた気がして「でも」と続けようとした言葉が引っ込んでしまった。
かわりに「うん」と頷いて前田の横に並んだ。
「つうか、なんで急にやっぱなんかしてくれるとか言い出したんだよ」
心臓が嫌な跳ね方をした。
「マンガが面白かったから」
前田の方なんて見ずに一息でそう答える。
「ふうん。小宮はどれが一番好きなんだよ」
雑誌を緩く振りながら前田は尋ねてくる。
「一番最初に載ってるやつかな」
正直内容はあんまり印象に残ってなんかいなかったけれど、とりあえずそう答えておいた。