夜の帰り道1章
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「おし、んじゃま、帰るか」
そう言って前田はいつの間にか床に置いてあった私のカバンを持ち上げた。
「え、いいよ。一人で帰れるし。それに起きるまでずっとついていてくれたのに送ってもらうなんて悪いよ」
「遠慮なんかすんなよ。俺らもう一年以上付き合ってきたんだろ」
「付き合って」なんて、わざと私をからかおうと言っているのが見え見えで、つい、言葉に笑い声が混ざってしまう。
「そうだね。ありがとう。マンガ読みながらだろうけど、そばにいてくれたみたいだし、家まで送ってくれるんだったらお礼になんかしてあげるよ。前田は授業中に寝てるだろうしノートを写させてあげるとか」
「あー、ノートは辰巳のを見るからいい」
「え。辰巳は真面目だし、授業中寝てたからって頼んだら絶対に貸してくれないと思ってた」
「まあな。普通に頼んだら見せてくんねぇわ。だからよ、アイツが寝てる間にこっそり写すんだ」
いひひ、と笑いながら前田は得意げにそう言ってきた。その顔が癪だから早く辰巳にバレて怒られればいいのにと思う。
「つうわけで、『ナニ』を『シて』もらうか決まったらすぐに言うから楽しみに待ってろよ。とりあえずもう帰ろうぜ」
いつもの通りニヤニヤ笑いながら、前田は持っている私のカバンを誘うようにゆっくりと揺らす。
「その『ナニ』とか『シて』とか強調して言うのやめてくれる。前田が言うとなんかやらしく聞こえる」
そう言って冷ややかな目線を前田に向けても、前田はまだあの癪に触る顔を崩さない。
「まさか、私が寝てる間に変なことしてないよね」
眉間にさらに力がこもる。
「そうだな。ここで寝てる時は何もしてねえけど、体育館からお前を運んでやった時は『ナニ』か『シた』かもな」
「変態」
足にかかっていたシーツを目が出るギリギリまで引き上げた。
「どんな持ち方でここまで運んできたの」
シーツを持ち上げた状態のまま、一息でそう聞いた。
「お前を運んでやった抱き方ね。なんだっけな。なんか名前があった気がするんだよな」
話し方はさも「わからない」といった感じだけれど、顔はいやらしく笑ったままだ。信用ならない。
「見たわけでもないし、わからないよ」
「ふうん」
そう、相槌を打ってから前田はニヤニヤした顔のまま私をただ見下ろしているだけで、何かをしたり、言ったりしてこなくなった。
「前田」
このままじゃ埒が明かないと思って、シーツを下ろして声をかけた。
「スキあり」
一瞬のうちに手の中のシーツを乱暴に剥ぎ取られてしまった。文句を言ってやろうと口を開いたが、突然の浮遊感を感じて小さな悲鳴をあげてしまった。背中と膝の裏に少し硬いものが押し付けられている気がして痛い。いつの間にか近くにあった前田の顔から目を逸らしたら、床に落ちた真っ白なシーツがなんだか小さく見えて、状況がわかってきた。確かめるために薬瓶の並んだガラス戸を見ると、少女漫画とか夜に放送しているドラマの場面みたいな私と前田がぼんやりと写っていた。
「降ろして」
はっきり文句を言ってやろうと思ったのに、なぜか大きな声が出ない。
「この抱き方の名前、教えてくれたら考えてやるよ」
「え」
体温が一気に二度は上がってしまったかのような気分だ。いくら友達だからといって、男の子と二人きりの部屋で、こんな抱えられ方をされているだけでこんな気分になるのに名前なんて言えない。
「無理」とうつむいたら、今度は少し湿った練習着が目に入りこんできた。少し甘い柔軟剤の香りとキツい汗の臭いが混ざったような独特な匂いが気になって仕方がない。
「なあ、これ、なんて言うんだっけ」
さっきよりもずっと意地悪く笑いながら聞いてきているんだろうな。
「言いたくない」
「つれねえな、教えてくれよ。小宮」
必要以上にゆっくりとした口調の声が先ほどよりも近くで聞こえてきて、さらにうつむいた。
でも、このまま恥ずかしがっていても降ろしてもらえない。「家に帰って寝るため」と自分に言い聞かせながら、震える口をなんとか開いた。
「お姫様抱っこ」
「そうだ、オヒメサマ抱っこだ、オヒメサマ抱っこ」
面白がっているのを隠そうともしていない笑い声混じりの声が耳に入ってきて余計に恥ずかしくなってくる。
「答えたんだからもういいでしょ。早く降ろして」
「本当にそう思ってんのか、小宮。え」
前田の言っていることの意味がいまいち理解できなくて、顔を上げると、前田が顎で何かを指した。そのまま前田の指す方に視線を移す。
前田の指す先には、しっかりと前田の練習着を握り締める私の手があった。
慌てて前田の練習着から手を離した。手に生温かい汗で湿った感覚が残っているのが気になってしまう。
「これは、突然持ち上げられてびっくりしただけだから」
「ふうん」
「それより早く降ろしてよ」
「おう。いいぜ」
前田がそう答えた次の瞬間、視界が大きく揺らいで、ぎゅっと目を閉じた。体が落ちていく感覚が無くなって、恐る恐る目を開くと、目の前にはさっきとは色も素材も違う布地があった。
「ほら、降ろしてやった」
先ほどよりも高いところから見下ろしてきながら前田は言う。
「そういう意味じゃなかったんだけど」
「そうか。悪い悪い」
「悪い」なんてほんの少しも思っていないくせに。またあの憎たらしい二ヤケ面が近づいてきて腹立たしい。
「そういや、さっきお礼になんかしてくれるっつったよな。小宮」
さも今思い出したかのようにわざとらしく聞いてくる。
「そのお礼よお、オヒメサマ抱っこのまま小宮を家まで送らせるっていうのはどうよ」
「嫌に決まってるでしょ。恥ずかしい」
しっかり睨みつけて言ってやったのに前田はまだ笑っている。
「恥ずかしがってる小宮、おもしれえ」
言いながら体を小刻みに揺すってくるものだから、咄嗟にまた練習着を掴んでしまった。
「じゃあ決まりだな」
そう笑いながら、前田はゆっくり保健室の出口に向かって歩きだした。
そう言って前田はいつの間にか床に置いてあった私のカバンを持ち上げた。
「え、いいよ。一人で帰れるし。それに起きるまでずっとついていてくれたのに送ってもらうなんて悪いよ」
「遠慮なんかすんなよ。俺らもう一年以上付き合ってきたんだろ」
「付き合って」なんて、わざと私をからかおうと言っているのが見え見えで、つい、言葉に笑い声が混ざってしまう。
「そうだね。ありがとう。マンガ読みながらだろうけど、そばにいてくれたみたいだし、家まで送ってくれるんだったらお礼になんかしてあげるよ。前田は授業中に寝てるだろうしノートを写させてあげるとか」
「あー、ノートは辰巳のを見るからいい」
「え。辰巳は真面目だし、授業中寝てたからって頼んだら絶対に貸してくれないと思ってた」
「まあな。普通に頼んだら見せてくんねぇわ。だからよ、アイツが寝てる間にこっそり写すんだ」
いひひ、と笑いながら前田は得意げにそう言ってきた。その顔が癪だから早く辰巳にバレて怒られればいいのにと思う。
「つうわけで、『ナニ』を『シて』もらうか決まったらすぐに言うから楽しみに待ってろよ。とりあえずもう帰ろうぜ」
いつもの通りニヤニヤ笑いながら、前田は持っている私のカバンを誘うようにゆっくりと揺らす。
「その『ナニ』とか『シて』とか強調して言うのやめてくれる。前田が言うとなんかやらしく聞こえる」
そう言って冷ややかな目線を前田に向けても、前田はまだあの癪に触る顔を崩さない。
「まさか、私が寝てる間に変なことしてないよね」
眉間にさらに力がこもる。
「そうだな。ここで寝てる時は何もしてねえけど、体育館からお前を運んでやった時は『ナニ』か『シた』かもな」
「変態」
足にかかっていたシーツを目が出るギリギリまで引き上げた。
「どんな持ち方でここまで運んできたの」
シーツを持ち上げた状態のまま、一息でそう聞いた。
「お前を運んでやった抱き方ね。なんだっけな。なんか名前があった気がするんだよな」
話し方はさも「わからない」といった感じだけれど、顔はいやらしく笑ったままだ。信用ならない。
「見たわけでもないし、わからないよ」
「ふうん」
そう、相槌を打ってから前田はニヤニヤした顔のまま私をただ見下ろしているだけで、何かをしたり、言ったりしてこなくなった。
「前田」
このままじゃ埒が明かないと思って、シーツを下ろして声をかけた。
「スキあり」
一瞬のうちに手の中のシーツを乱暴に剥ぎ取られてしまった。文句を言ってやろうと口を開いたが、突然の浮遊感を感じて小さな悲鳴をあげてしまった。背中と膝の裏に少し硬いものが押し付けられている気がして痛い。いつの間にか近くにあった前田の顔から目を逸らしたら、床に落ちた真っ白なシーツがなんだか小さく見えて、状況がわかってきた。確かめるために薬瓶の並んだガラス戸を見ると、少女漫画とか夜に放送しているドラマの場面みたいな私と前田がぼんやりと写っていた。
「降ろして」
はっきり文句を言ってやろうと思ったのに、なぜか大きな声が出ない。
「この抱き方の名前、教えてくれたら考えてやるよ」
「え」
体温が一気に二度は上がってしまったかのような気分だ。いくら友達だからといって、男の子と二人きりの部屋で、こんな抱えられ方をされているだけでこんな気分になるのに名前なんて言えない。
「無理」とうつむいたら、今度は少し湿った練習着が目に入りこんできた。少し甘い柔軟剤の香りとキツい汗の臭いが混ざったような独特な匂いが気になって仕方がない。
「なあ、これ、なんて言うんだっけ」
さっきよりもずっと意地悪く笑いながら聞いてきているんだろうな。
「言いたくない」
「つれねえな、教えてくれよ。小宮」
必要以上にゆっくりとした口調の声が先ほどよりも近くで聞こえてきて、さらにうつむいた。
でも、このまま恥ずかしがっていても降ろしてもらえない。「家に帰って寝るため」と自分に言い聞かせながら、震える口をなんとか開いた。
「お姫様抱っこ」
「そうだ、オヒメサマ抱っこだ、オヒメサマ抱っこ」
面白がっているのを隠そうともしていない笑い声混じりの声が耳に入ってきて余計に恥ずかしくなってくる。
「答えたんだからもういいでしょ。早く降ろして」
「本当にそう思ってんのか、小宮。え」
前田の言っていることの意味がいまいち理解できなくて、顔を上げると、前田が顎で何かを指した。そのまま前田の指す方に視線を移す。
前田の指す先には、しっかりと前田の練習着を握り締める私の手があった。
慌てて前田の練習着から手を離した。手に生温かい汗で湿った感覚が残っているのが気になってしまう。
「これは、突然持ち上げられてびっくりしただけだから」
「ふうん」
「それより早く降ろしてよ」
「おう。いいぜ」
前田がそう答えた次の瞬間、視界が大きく揺らいで、ぎゅっと目を閉じた。体が落ちていく感覚が無くなって、恐る恐る目を開くと、目の前にはさっきとは色も素材も違う布地があった。
「ほら、降ろしてやった」
先ほどよりも高いところから見下ろしてきながら前田は言う。
「そういう意味じゃなかったんだけど」
「そうか。悪い悪い」
「悪い」なんてほんの少しも思っていないくせに。またあの憎たらしい二ヤケ面が近づいてきて腹立たしい。
「そういや、さっきお礼になんかしてくれるっつったよな。小宮」
さも今思い出したかのようにわざとらしく聞いてくる。
「そのお礼よお、オヒメサマ抱っこのまま小宮を家まで送らせるっていうのはどうよ」
「嫌に決まってるでしょ。恥ずかしい」
しっかり睨みつけて言ってやったのに前田はまだ笑っている。
「恥ずかしがってる小宮、おもしれえ」
言いながら体を小刻みに揺すってくるものだから、咄嗟にまた練習着を掴んでしまった。
「じゃあ決まりだな」
そう笑いながら、前田はゆっくり保健室の出口に向かって歩きだした。