夜の帰り道1章
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遠征が終わって少しした頃、テスト期間に入った。部活動は基本的にテスト一週間前から禁止となるが、男子バレー部はインターハイの地区予選の組み合わせ発表日である部活動停止期間初日までは特例として活動できることになった。正直、遠征のための居残りやら、勉強やら、いろいろなことで疲れているのに、他の部よりも一日部活動停止期間に入るのが遅れるのは迷惑だ。けれど、三年連続インターハイ優勝を目指して練習に励む部員達のサポートのためには部活を休むわけにはいかない。
「よお、小宮」
放課後になってすぐに、部活の準備をしていると、後ろから声をかけられた。
「なに、前田」
「今日、送ってってやるよ」
私に告白してきた次の日から前田は毎日、こう誘ってくる。
「遠慮しておく」
準備の手を止めることなく答えた。
「なんでだよ」
「前田のこと、男子として好きなわけじゃないからっていつも言ってるでしょ。それより、もうすぐ練習が始まるから早く着替えてきなよ」
背中を向けているから見えないけれど、足音が小さくなっていくのが聞こえる。多分諦めたのだろう。今日はさっさと仕事を済ませて帰って休みたいんだ。前田になんて構っていられない。
朦朧としてくる頭と重くなっていく体なんて見て見ぬふりをして、仕事をこなしているうちに、他のマネージャー達が監督やコーチを呼ぶからと去っていった。他のマネージャー達がいないうちに少しでも休んでおこうと、体育館の硬い床に座って抱えた膝に顔を寄せて目を閉じた。
目を開くと、見覚えのない天井が目に入ってきた。自分は一体どこにいるのだろう。胸元までしっかりとかかっていた真っ白なシーツをぎゅっと抱きしめながらゆっくり起き上がって周囲を見渡した。アルコール消毒液の臭い、壁中に貼り付けられた健康に関する啓発ポスター、いろいろな形や大きさの瓶が詰まったガラス戸のついた棚、ここは保健室のようだ。
「お、起きたか」
自分以外の声がして、反射的にシーツをさらに強く抱きしめる。
「なにびびってんだよ小宮。なんなら怖くねえように添い寝でもしてやってた方がよかったか」
笑い声まじりにそんなことを言ってくる人物に心当たりは一人しかいない。
「なんだ。前田か」
声のした方を向くと案の定ニヤケ面の前田がいた。前田の座っていたであろうパイプ椅子付近の机には、今日発売されたという今週号の漫画雑誌が置かれていた。
「ねえ、なんで私は保健室で寝ていたの」
そう聞くと、さっきまでのニヤケ面が嘘のように、前田は真剣な顔になった。
「寝不足でぶっ倒れたんだとよ」
「えっ。私、部活中に寝不足で気を失ったの」
地区予選を控えた大事な時期なのに、バレー部のみんなに迷惑をかけてしまった。手にシーツのかたい生地が擦りてけられて痛い。こうしている間にも前田の地区予選のための練習時間を削ってしまっている。ちょっと謝ったくらいで時間が戻ってくるわけでもないけれど、震える声で「ごめん」と言った。
「バーカ」
頭に少し硬いものを軽くぶつけられた。机の上にあった雑誌だった。
「え」
振り向くと、また真剣な顔と目が合った。
「ったく、お前は無理しすぎなんだよ。この前の遠征の時だって準備のために一人で残ったりなんてするしよ」
「ごめん。できないのに無理なんてして迷惑かけて」
前田の顔をまっすぐに見ていられなくて目を逸らした。大きなため息の後、ギシッと金属が軋む音がした。
「んなこと言ってんじゃねえよ。俺らの練習のことを気にするより自分の体のこと気にしろっつってんだよ」
「でも、もうすぐ地区予選が始まる大事な時期なんだから、バレー部のこと気にしないわけにはいかないよ。そうだ。私が倒れた後、練習はどうなったの」
言いながら、今日がテスト期間前最後の練習だということを思い出して、つい、話している途中で声を張り上げてしまった。
「んなもん、とっくに終わったぜ。小宮が倒れたのは練習が終わった後だったろ。つか、今年は地区予選出ねえみてえだぞ」
「え」
間の抜けただらしのない声が出てしまった。
「どういうこと。まさか、インターハイに出られなくなったの」
頭で考えるよりも先に口が動く。たしか、以前、坂見台が藤実にはめられて大会出場が危うくなったという話を聞いたことがある。まさか。けれど、前田は私の反応を見て腹を抱えて盛大に笑っている。バレー部全員でインターハイ優勝を目指してきたんだ。私の反応はおかしいわけがない。前田の笑い声を聞いていると腹が立ってくる。
「なんでそんなに笑っていられるの。インターハイ優勝を目指して今まで頑張ってきたんじゃないの」
言っているうちに目の奥にじわじわと弱い痛みを感じ始めた。前田には今の自分の顔を見られたくなくて、どんどん色の変わっていくシーツを睨みつけた。
「わりい、小宮」
笑い声まじりの謝罪は謝罪とは言わない。
「違えよ。ウチは今回、地区予選は免除されることになったんだよ」
「え。それって」
今の前田の言葉が頭の中で繰り返し流れる。
「つまり、ウチはもう県大会出場が決まったってことなのね」
「おう」
勝ち誇ったような笑顔をまっすぐ私に向けて力強く前田は私の質問に応えてくれた。そんな前田を見ていたら、いつの間にか目の奥の痛みが引いていた。
「よお、小宮」
放課後になってすぐに、部活の準備をしていると、後ろから声をかけられた。
「なに、前田」
「今日、送ってってやるよ」
私に告白してきた次の日から前田は毎日、こう誘ってくる。
「遠慮しておく」
準備の手を止めることなく答えた。
「なんでだよ」
「前田のこと、男子として好きなわけじゃないからっていつも言ってるでしょ。それより、もうすぐ練習が始まるから早く着替えてきなよ」
背中を向けているから見えないけれど、足音が小さくなっていくのが聞こえる。多分諦めたのだろう。今日はさっさと仕事を済ませて帰って休みたいんだ。前田になんて構っていられない。
朦朧としてくる頭と重くなっていく体なんて見て見ぬふりをして、仕事をこなしているうちに、他のマネージャー達が監督やコーチを呼ぶからと去っていった。他のマネージャー達がいないうちに少しでも休んでおこうと、体育館の硬い床に座って抱えた膝に顔を寄せて目を閉じた。
目を開くと、見覚えのない天井が目に入ってきた。自分は一体どこにいるのだろう。胸元までしっかりとかかっていた真っ白なシーツをぎゅっと抱きしめながらゆっくり起き上がって周囲を見渡した。アルコール消毒液の臭い、壁中に貼り付けられた健康に関する啓発ポスター、いろいろな形や大きさの瓶が詰まったガラス戸のついた棚、ここは保健室のようだ。
「お、起きたか」
自分以外の声がして、反射的にシーツをさらに強く抱きしめる。
「なにびびってんだよ小宮。なんなら怖くねえように添い寝でもしてやってた方がよかったか」
笑い声まじりにそんなことを言ってくる人物に心当たりは一人しかいない。
「なんだ。前田か」
声のした方を向くと案の定ニヤケ面の前田がいた。前田の座っていたであろうパイプ椅子付近の机には、今日発売されたという今週号の漫画雑誌が置かれていた。
「ねえ、なんで私は保健室で寝ていたの」
そう聞くと、さっきまでのニヤケ面が嘘のように、前田は真剣な顔になった。
「寝不足でぶっ倒れたんだとよ」
「えっ。私、部活中に寝不足で気を失ったの」
地区予選を控えた大事な時期なのに、バレー部のみんなに迷惑をかけてしまった。手にシーツのかたい生地が擦りてけられて痛い。こうしている間にも前田の地区予選のための練習時間を削ってしまっている。ちょっと謝ったくらいで時間が戻ってくるわけでもないけれど、震える声で「ごめん」と言った。
「バーカ」
頭に少し硬いものを軽くぶつけられた。机の上にあった雑誌だった。
「え」
振り向くと、また真剣な顔と目が合った。
「ったく、お前は無理しすぎなんだよ。この前の遠征の時だって準備のために一人で残ったりなんてするしよ」
「ごめん。できないのに無理なんてして迷惑かけて」
前田の顔をまっすぐに見ていられなくて目を逸らした。大きなため息の後、ギシッと金属が軋む音がした。
「んなこと言ってんじゃねえよ。俺らの練習のことを気にするより自分の体のこと気にしろっつってんだよ」
「でも、もうすぐ地区予選が始まる大事な時期なんだから、バレー部のこと気にしないわけにはいかないよ。そうだ。私が倒れた後、練習はどうなったの」
言いながら、今日がテスト期間前最後の練習だということを思い出して、つい、話している途中で声を張り上げてしまった。
「んなもん、とっくに終わったぜ。小宮が倒れたのは練習が終わった後だったろ。つか、今年は地区予選出ねえみてえだぞ」
「え」
間の抜けただらしのない声が出てしまった。
「どういうこと。まさか、インターハイに出られなくなったの」
頭で考えるよりも先に口が動く。たしか、以前、坂見台が藤実にはめられて大会出場が危うくなったという話を聞いたことがある。まさか。けれど、前田は私の反応を見て腹を抱えて盛大に笑っている。バレー部全員でインターハイ優勝を目指してきたんだ。私の反応はおかしいわけがない。前田の笑い声を聞いていると腹が立ってくる。
「なんでそんなに笑っていられるの。インターハイ優勝を目指して今まで頑張ってきたんじゃないの」
言っているうちに目の奥にじわじわと弱い痛みを感じ始めた。前田には今の自分の顔を見られたくなくて、どんどん色の変わっていくシーツを睨みつけた。
「わりい、小宮」
笑い声まじりの謝罪は謝罪とは言わない。
「違えよ。ウチは今回、地区予選は免除されることになったんだよ」
「え。それって」
今の前田の言葉が頭の中で繰り返し流れる。
「つまり、ウチはもう県大会出場が決まったってことなのね」
「おう」
勝ち誇ったような笑顔をまっすぐ私に向けて力強く前田は私の質問に応えてくれた。そんな前田を見ていたら、いつの間にか目の奥の痛みが引いていた。