夜の帰り道1章
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「この手紙を受け取りし者よ。明日の晩8時、黒鬼に知られることなく広場に来たれり。来なければその身に恐ろしい呪いを受けるやもしれぬ」
練習後に千葉からそれとなく渡された伝言メモに従って、私達は合宿所前の広場にこっそり集まった。
あたりをきょろきょろ見回して不安そうにしているナッツ、いつもよりずっと口数が多くてはしゃいでいるのが見え見えな辰巳。
隣で分厚いメモ帳を開きながら目をギラつかせているさとちゃんが気になるけど、私もかなり楽しみだ。
「いやあああ!!!」
突然の叫び声に周りにいた人全員が一斉に振り向いた。そこにはあの黒木でも逃げ出しそうなくらい怖い顔で叫び続けるナッツと、その目の前に懐中電灯の明かりで浮かび上がる千葉の顔があった。
絶対やると思った。
みんなそう思ったのか輪の中から乾いた笑いが聞こえ始めた。
「これよりー…夏合宿恒例ー…肝試しをー…はじめるー…」
稲川淳●の微妙なモノマネに、まだギャーギャー叫んで怖がったままのナッツを見て逆にゆるい空気が流れていた場が一気に凍った。
反応しにくいクオリティにナッツ以外がどよめく中、千葉は続ける。
「ルールはー…簡単だー…この先のー…坂道をー…上っていきー…練習所に入ったらー…床にー…スタンプが置いてあるー…それを各ペア―…1枚渡す紙にー…捺してここへ帰るだけー…怖いなあー…怖いなあー…」
なんだかんだ説明を聞くと興奮したのか、おおっ!とさっきとは違う意味で周りがどよめく。でも…
これ、怖いか?たしかに夜道は危ないしっていうのはあるけどたかだか200mかそこらの坂道を歩いてさっきまでいた練習所に行って戻ってくるだけだよね。
それよりも肝試しなんかより気になるのはさっきのさとちゃんだよ。あのメモ帳、まさかとは思うけど…
「はい!じゃあ早速ペア決めくじ引きを行いまーす!!!」
はいっと大きく手を挙げたさとちゃんがピンクと赤のハートでギラッギラに飾り付けられた箱を手にみんなの前に躍り出た。
やっぱりか…
この肝試しでさとちゃんはお似合いのカップルをペアにさせてくっつける気だよ…さっきからなんかおかしいと思ってたんだ…
どうせ今回も私と前田をペアにしようとしてるんだろうな…でも、そうはさせないから。
私はこれ見よがしにウインクをしてくるさとちゃんから、覚悟を決めてくじを引いた。
「みなさん無事にー…くじを引けましたかー…?ではー…くじを開けてー…くださいー…」
「同じ番号の人がペアの相手ですよー!」
2人の掛け声で一斉にあたりが騒がしくなった。
と、同時に背後に気配を感じた。私の予想が正しければ後ろにいるのは…話しかけられる前に私は急いで移動した。前田と仲が良くて、話しかけやすくて、ごり押しすればなんとかなりそうなのは…
「千葉!千葉は何番だった?」
「俺!?あっ!俺はー…」
「そういうのいいから。で、何番?」
「…6番」
「えっ!私と同じだ!よろしくね!千葉!」
「は!?えっ!?ちょっ…えっ!?そんなはずは…!?おい小宮、お前本当に6番?」
私の発言にあからさまに慌てる千葉。私の予想は当たっていたってことだ。
ニヤッと笑ってしまいそうなのをぐっと抑えて、笑顔を作ると、私は「うん」と大きく頷いた。
「ちゃんと確認したし間違いないよ。じゃあ私、ちょっとお手洗い行ってくるから待ってて」
千葉が何か言おうとしてたけど、そんなの無視して私がその場から急いで離れた。
もちろん、トイレに行くなんて嘘で、ちょっと隠れるだけ。合宿所脇に停まっているバスの影に身を隠すと、私はぽかんとした顔で立ち尽くす千葉を伺った。
「おい千葉ァ!!!」
「うおっ!!!」
すぐに前田が周りの部員達をかき分けて千葉に迫ってきた。
私の後ろにずっとくっついていたんだから当たり前かもしれないけど。
「くじを交換しろ」
「えっ!?いや、ちょっとそれはダメじゃねえ?ほら!こういうのは交換していいのか確認しないとだろ?くじ作ってくれたさあ…うわっ!!!」
千葉が反論しかけたところで前田が思いっきり胸倉を掴んだ。その上頭突きを1発食らわして、物凄い形相で迫る。
「そんなのどうでもいい。早くしろ」
「…分かったよ。渡せばいいんだろ渡せば!!!もうどうにでもなれよ!!!」
さらにもう1発頭突きしてきそうなほど近づいてくる前田を力づくで振り払うと、千葉は自分のくじを差し出した。
「ありがとうな、千葉~!」
満面の笑みでそれを受け取ると、前田は頭を抱える千葉なんか無視でふんふん鼻歌を歌いながら去っていった。
よし。これで私と千葉がペアだ!前田と2人きりになんてならなくていいんだ。
それにしても前田、あんなに必死になってさ。ちょっと考えればさとちゃんが作ったくじなんだから何もしなければ私と前田でペアになるのなんてすぐに分かるのに。バカだなあ。
周りに人がいないことをもう1度確認して、私は何食わぬ顔で千葉の元に戻った。
私の作戦通り、私は千葉とペアを組むことになった。
千葉は恨めしそうにこっちを見てるし、さっきから向こうでさとちゃんがずっと私のことを呼んでいるしですごく気まずいけど、すぐに私達の番が回ってきてくれて、割と早く解放された。
戻ってきたばっかりのナッツと工藤のペアから懐中電灯を受け取ると、私は3歩後ろで立ち止まったままの千葉に声をかけた。
「早く行こうよ、千葉」
「あ、おう」
この期に及んでまだ私と前田をペアにしてやれないか?なんて思っているのか怒り狂うさとちゃんの隣で項垂れている前田をちらちらと見ては申し訳なさそうに俯く千葉。
本当に腹が立つ。
なによ、そっちが私の気持ちも確認しないで、面白がって前田とくっつけようとばっかりするのが悪いんでしょ。さとちゃんも千葉も、勝手に傷つかないでほしいんだけど。
「行くよ、千葉」
このままじゃ埒が開かない、と私は千葉の手を強引に取った。
きゃあっ!だか、おおっ!だか周りから聞こえてくる歓声とも驚きとも取れる声が煩わしくて、私は足早にスタート地点を抜けていった。
夏の夜の蒸し暑さのせいか、やんわり握っているだけなのに滲んでくる相手の手汗が気持ち悪くて、千葉には悪いけど正直早く手を離してしまいたくなった。
「おい小宮!」
坂道を登って行って、もう皆の姿も見えなくなった頃、千葉がぱっと私の手を振り払った。
ほっとしたような、ちょっとムカつくような変な気持ちで「なに?」と返す。
千葉は俯き気味だった顔を上げて、しっかりと私に目を合わせてきた。いつもよりも鋭さが増しているその目を見ていると胸の辺りがすうっと冷えていくような変な感じがする。
「小宮、お前、どういうつもりだよ?」
「どうって、なにが?」
道の真ん中で見下ろすように立ち止まって言うと、千葉はぐっと唾を飲んで背筋を伸ばした。
「前田のことだよ。なんでアイツを避けんの?お前、アイツが好きなんじゃなかったのか?」
「は?」
自分のものとは思えない大人の男のような低い声が出た。
「私は前田のことなんか好きじゃない」
今の一瞬でカッと頭に血が昇っていったのが分かるくらいなのに、考えがどんどん纏まっていく。思ったよりも自分は冷静だ。私と前田のドラマを夢見ている目の前の人間に呆れて、酷く蔑むような言葉が次から次へと浮かんでいくのにこれっぽちも罪悪感が湧かないほどに心が冷えきっている。
「え?」
間を置いて漏れ出た千葉の声が木々に反響して必要以上に大きく聞こえた。
「みんなが勝手に勘違いしているだけ。今だって前田にはしつこくからかわれているし、前田のこと避けてなきゃやっていられないくらいのことを言われたこともある。その時のことは今でも思い出したくない。そんなことも知らないで私と前田をくっつけようとするなんて無責任だよ。はっきり言って迷惑」
「…」
「話が終わったならもう行こう。帰りが遅くなってまた皆に変な噂を立てられたら困るし」
「待てよ!」
遠くに大きな影みたいにそびえ立っている練習場にさっさと足を向けて先を急ごうとする私を引き留めるように千葉が叫んだ。
「今度は何?」
どうせ気分よく聞けるような内容じゃないんだから、振り返るべきじゃないのは分かっているのに、つい、振り返りたくなった。
散々嫌なことを思い出させられて煩わしいけれど、心のどこかで千葉に酷いことしたくないって思ったのかもしれない。
だから、後ろを向いたまま尋ねた。相手の思い通りに振り向いたら負けのような、そんな気がした。
「ごめん。小宮。お前の気持ちも確かめないで勝手にお似合いだなんだって騒いで追い詰めちまったことは謝る。本当に悪かった」
「そう」
「でも…お前…だったらちゃんと前田を振ってやれよ」
ガツン、と頭を殴られたみたいに目の前がぐらついた。
なによ。いつも前田からのしょうもない誘いは断っているじゃない。前田と一緒にいる時は前田がしつこく誘ってきたりするから…。
ぐっと歯を食いしばって姿勢を正すと、私は震えそうになる声を無理やり振り絞った。
「振ったよ。振ったに決まってるじゃない。前田とは付き合う気ないって言った」
「そうじゃねえ!」
千葉の声にびくっと肩が跳ねた。間違ったことなんて1つも言ってないのに。正しいのは私のはずなのに。妙に胸が騒いで気持ち悪い。
「そういうことじゃねえよ。俺が言いたいのは、小宮が前田を好きじゃねえならちゃんと態度で示してやれよってことだよ。
いくら前田がしつこいからって2人きりになってやるなよ、テーピングとか、家に忘れ物届けるとか、頼まれたからって、前田にだけ特別するなよ。
そんな態度取ってたら前田のヤツ、期待しちまうだろ。そんなの俺、見てられねえんだよ」
「…私はちゃんと避けようとしてたから。断りづらかったのは周りが盛り上がってたからでもあるのに。千葉にそんなこと言われたくない」
はっと息を飲むのが聞こえた。それから、ぎりっと歯を噛みしめる嫌な音がした。
反射的に身体に変に力が籠っていくのが分かって、怖くなった。
「全部お前の言った通りかもしれないけど、だからって、前田が真剣にお前を好きだっていうのにお前がはっきりしてやらないのは違うだろ」
苦しそうに絞り出された声に、ついに振り返ってしまったら、睨みつけているかのように鋭くこちらを見据える千葉と目が合った。
その目をどうしても真っ直ぐに見ることができなくて、私は咄嗟に目を伏せてしまった。
自分は間違ったことを言ったわけじゃないのにどうしてこうも胸がざわつくんだろう。いや、答えは分かってる。でも、それを認めてしまったら今までの何もかもが崩れてしまう。
必死に考えるな、考えるな、と頭の中で唱えれば唱えるほど鮮明に記憶が蘇る。
過労で倒れた私を運んでくれたこと。あの漫画、今思えば、ただの言い訳で、あんなもの読まずに保健室のベッドで寝ちゃった私のことを心配して見守ってくれていたんだよね。
勉強したり、ふざけたり、アイスを食べたり、テスト期間中の帰り道も保健室に運んでもらって迷惑をかけたお詫びみたいなもので、嫌々約束したけど、案外楽しかったんだ。
授業をサボったりするのはどうかと思うけど、朝も休み時間も練習後も人知れず体育館で練習してるのはちょっと格好いいと思う。
大会の時にこっそり話した隆彦君達の恋バナもすごい盛り上がった。こんな話、男子はつまんないって思ってたけど、前田はノリノリで本当に面白かった。
大会で敗けたことが悔しくって泣いてた時、泣いてる子の傍にずっとついててあげるとか絶対鬱陶しくて嫌になるはずなのに、私のお願いを聞いて黙って隣にいてくれたことは感謝してる。
夏祭りで貰った金魚の髪留めは前田のくせに結構綺麗で、くれた時、妙に照れてる前田がおかしくっていつものからかってくる前田のイメージからしたらかなり意外な感じがしてちょっとかわいかったり。花火を見てる時、からかうつもりで「綺麗だね」ってしつこく話しかけてたのにもちゃんと全部「ん」って返してくれたのも優しいなってほんの少しだけど思った。
思い返す度にドキドキ胸が高鳴っていくけど、私をからかって面白がるあの嫌な顔がまとわりついて離れない。
前田は優しいし、格好いいし、一緒にいて楽しい。だから前田と過ごす時間は割と好き。
でも、
前田は嫌なヤツで、私のことをバカにするし、一緒にいるとイライラする。だから、前田のことは嫌いだ。
前田を好きだと思えば前田の嫌な顔を思い出して、前田を嫌いだと思えば前田との綺麗な思い出が浮かんでくる。
煮え切らない陳腐な少女漫画やドラマのラブストーリーだって、こんなにいろいろなことがあったら恋が始まらないわけがないのに、私はどうしても素直に前田を好きだなんて思えない。
前田が私のことをずっと好きでいてくれて、それを行動でも示してくれているのは分かっている。そこまで私は鈍感じゃない。もしかしたらこのまま前田の気持ちに応えちゃえば毎日イライラはするだろうけどなんだかんだいって幸せになれるかもしれない。
そうは思うけど、簡単にじゃあ前田の気持ちに応えてあげよう。という気にはやっぱりなれない。
「おい。勘違いしたか」
「どうしてって、お前が俺のすることにいちいちドキドキしてんのを見るのが好きなんだよ」
「どうして、んな時間にこんなところにいるんだよ。まさか俺の部屋にでも来るつもりだったのか。いいぜ。今なら辰巳もいないしな」
「なんで逃げんだよ。小宮は俺のことが好きなんじゃねえの」
本当は前田に告白された時、ちゃんと謝ってもらったし、一応は前田の説明にも納得できたんだからこんなの全部許してあげなきゃいけないのに。それなのに、前田がどうしても許せなくて、怖くて、嫌なんだ。
前田を好きになったら前田の思うつぼ。
あの時は私のことが好きだって言ったけど、それも嘘なんじゃないの?
いっつも頭の片隅でそんなこと考えてる私が自分でも嫌になる。
「ごめん。前田のことはちゃんと考えるから、もう少し時間をちょうだい。絶対考えるから」
「…そうか。でも、なるべく早く決めてやれよ」
「…」
何も言えないでいる私の横をすり抜けると、千葉は早足で坂道を登って行ってしまった。
その場に止まっているべきかとも思ったけど、前を向いても、振り返っても音も無く暗い夜の森。情けないけど、突然怖くなって、私は慌てて千葉の後を追った。
大した会話もないまま、ただルート通りに広場に戻るだけ。少し楽しみだった肝試しは随分味気なく終わってしまって、こんな時に何考えてんの?って自分でも思うけど、寂しいって思った。
もしも、いつもみたいにさとちゃんの作戦に乗せられて前田と肝試しに行ったらどうだったかな?
目の前の背中にアイツを重ねてみても、薄暗い細道を抜けて広場の街灯に照らされた途端に現実に引き戻された。
ごめん、千葉。
次のペアに懐中電灯を渡しに行く千葉の後ろ姿を見送って、私は広場の隅に移動した。
「小宮ー!」
目立たない木の陰に落ち着いて、しばらくしたところで前田が私の名前を呼びながら走ってきた。
目を輝かせて大きく手なんて振っちゃって、本当に嬉しそうな前田を見ていられなくって、私は気づいていないフリをして合宿所に逃げ帰った。
私、本当に何やってるんだろう。
練習後に千葉からそれとなく渡された伝言メモに従って、私達は合宿所前の広場にこっそり集まった。
あたりをきょろきょろ見回して不安そうにしているナッツ、いつもよりずっと口数が多くてはしゃいでいるのが見え見えな辰巳。
隣で分厚いメモ帳を開きながら目をギラつかせているさとちゃんが気になるけど、私もかなり楽しみだ。
「いやあああ!!!」
突然の叫び声に周りにいた人全員が一斉に振り向いた。そこにはあの黒木でも逃げ出しそうなくらい怖い顔で叫び続けるナッツと、その目の前に懐中電灯の明かりで浮かび上がる千葉の顔があった。
絶対やると思った。
みんなそう思ったのか輪の中から乾いた笑いが聞こえ始めた。
「これよりー…夏合宿恒例ー…肝試しをー…はじめるー…」
稲川淳●の微妙なモノマネに、まだギャーギャー叫んで怖がったままのナッツを見て逆にゆるい空気が流れていた場が一気に凍った。
反応しにくいクオリティにナッツ以外がどよめく中、千葉は続ける。
「ルールはー…簡単だー…この先のー…坂道をー…上っていきー…練習所に入ったらー…床にー…スタンプが置いてあるー…それを各ペア―…1枚渡す紙にー…捺してここへ帰るだけー…怖いなあー…怖いなあー…」
なんだかんだ説明を聞くと興奮したのか、おおっ!とさっきとは違う意味で周りがどよめく。でも…
これ、怖いか?たしかに夜道は危ないしっていうのはあるけどたかだか200mかそこらの坂道を歩いてさっきまでいた練習所に行って戻ってくるだけだよね。
それよりも肝試しなんかより気になるのはさっきのさとちゃんだよ。あのメモ帳、まさかとは思うけど…
「はい!じゃあ早速ペア決めくじ引きを行いまーす!!!」
はいっと大きく手を挙げたさとちゃんがピンクと赤のハートでギラッギラに飾り付けられた箱を手にみんなの前に躍り出た。
やっぱりか…
この肝試しでさとちゃんはお似合いのカップルをペアにさせてくっつける気だよ…さっきからなんかおかしいと思ってたんだ…
どうせ今回も私と前田をペアにしようとしてるんだろうな…でも、そうはさせないから。
私はこれ見よがしにウインクをしてくるさとちゃんから、覚悟を決めてくじを引いた。
「みなさん無事にー…くじを引けましたかー…?ではー…くじを開けてー…くださいー…」
「同じ番号の人がペアの相手ですよー!」
2人の掛け声で一斉にあたりが騒がしくなった。
と、同時に背後に気配を感じた。私の予想が正しければ後ろにいるのは…話しかけられる前に私は急いで移動した。前田と仲が良くて、話しかけやすくて、ごり押しすればなんとかなりそうなのは…
「千葉!千葉は何番だった?」
「俺!?あっ!俺はー…」
「そういうのいいから。で、何番?」
「…6番」
「えっ!私と同じだ!よろしくね!千葉!」
「は!?えっ!?ちょっ…えっ!?そんなはずは…!?おい小宮、お前本当に6番?」
私の発言にあからさまに慌てる千葉。私の予想は当たっていたってことだ。
ニヤッと笑ってしまいそうなのをぐっと抑えて、笑顔を作ると、私は「うん」と大きく頷いた。
「ちゃんと確認したし間違いないよ。じゃあ私、ちょっとお手洗い行ってくるから待ってて」
千葉が何か言おうとしてたけど、そんなの無視して私がその場から急いで離れた。
もちろん、トイレに行くなんて嘘で、ちょっと隠れるだけ。合宿所脇に停まっているバスの影に身を隠すと、私はぽかんとした顔で立ち尽くす千葉を伺った。
「おい千葉ァ!!!」
「うおっ!!!」
すぐに前田が周りの部員達をかき分けて千葉に迫ってきた。
私の後ろにずっとくっついていたんだから当たり前かもしれないけど。
「くじを交換しろ」
「えっ!?いや、ちょっとそれはダメじゃねえ?ほら!こういうのは交換していいのか確認しないとだろ?くじ作ってくれたさあ…うわっ!!!」
千葉が反論しかけたところで前田が思いっきり胸倉を掴んだ。その上頭突きを1発食らわして、物凄い形相で迫る。
「そんなのどうでもいい。早くしろ」
「…分かったよ。渡せばいいんだろ渡せば!!!もうどうにでもなれよ!!!」
さらにもう1発頭突きしてきそうなほど近づいてくる前田を力づくで振り払うと、千葉は自分のくじを差し出した。
「ありがとうな、千葉~!」
満面の笑みでそれを受け取ると、前田は頭を抱える千葉なんか無視でふんふん鼻歌を歌いながら去っていった。
よし。これで私と千葉がペアだ!前田と2人きりになんてならなくていいんだ。
それにしても前田、あんなに必死になってさ。ちょっと考えればさとちゃんが作ったくじなんだから何もしなければ私と前田でペアになるのなんてすぐに分かるのに。バカだなあ。
周りに人がいないことをもう1度確認して、私は何食わぬ顔で千葉の元に戻った。
私の作戦通り、私は千葉とペアを組むことになった。
千葉は恨めしそうにこっちを見てるし、さっきから向こうでさとちゃんがずっと私のことを呼んでいるしですごく気まずいけど、すぐに私達の番が回ってきてくれて、割と早く解放された。
戻ってきたばっかりのナッツと工藤のペアから懐中電灯を受け取ると、私は3歩後ろで立ち止まったままの千葉に声をかけた。
「早く行こうよ、千葉」
「あ、おう」
この期に及んでまだ私と前田をペアにしてやれないか?なんて思っているのか怒り狂うさとちゃんの隣で項垂れている前田をちらちらと見ては申し訳なさそうに俯く千葉。
本当に腹が立つ。
なによ、そっちが私の気持ちも確認しないで、面白がって前田とくっつけようとばっかりするのが悪いんでしょ。さとちゃんも千葉も、勝手に傷つかないでほしいんだけど。
「行くよ、千葉」
このままじゃ埒が開かない、と私は千葉の手を強引に取った。
きゃあっ!だか、おおっ!だか周りから聞こえてくる歓声とも驚きとも取れる声が煩わしくて、私は足早にスタート地点を抜けていった。
夏の夜の蒸し暑さのせいか、やんわり握っているだけなのに滲んでくる相手の手汗が気持ち悪くて、千葉には悪いけど正直早く手を離してしまいたくなった。
「おい小宮!」
坂道を登って行って、もう皆の姿も見えなくなった頃、千葉がぱっと私の手を振り払った。
ほっとしたような、ちょっとムカつくような変な気持ちで「なに?」と返す。
千葉は俯き気味だった顔を上げて、しっかりと私に目を合わせてきた。いつもよりも鋭さが増しているその目を見ていると胸の辺りがすうっと冷えていくような変な感じがする。
「小宮、お前、どういうつもりだよ?」
「どうって、なにが?」
道の真ん中で見下ろすように立ち止まって言うと、千葉はぐっと唾を飲んで背筋を伸ばした。
「前田のことだよ。なんでアイツを避けんの?お前、アイツが好きなんじゃなかったのか?」
「は?」
自分のものとは思えない大人の男のような低い声が出た。
「私は前田のことなんか好きじゃない」
今の一瞬でカッと頭に血が昇っていったのが分かるくらいなのに、考えがどんどん纏まっていく。思ったよりも自分は冷静だ。私と前田のドラマを夢見ている目の前の人間に呆れて、酷く蔑むような言葉が次から次へと浮かんでいくのにこれっぽちも罪悪感が湧かないほどに心が冷えきっている。
「え?」
間を置いて漏れ出た千葉の声が木々に反響して必要以上に大きく聞こえた。
「みんなが勝手に勘違いしているだけ。今だって前田にはしつこくからかわれているし、前田のこと避けてなきゃやっていられないくらいのことを言われたこともある。その時のことは今でも思い出したくない。そんなことも知らないで私と前田をくっつけようとするなんて無責任だよ。はっきり言って迷惑」
「…」
「話が終わったならもう行こう。帰りが遅くなってまた皆に変な噂を立てられたら困るし」
「待てよ!」
遠くに大きな影みたいにそびえ立っている練習場にさっさと足を向けて先を急ごうとする私を引き留めるように千葉が叫んだ。
「今度は何?」
どうせ気分よく聞けるような内容じゃないんだから、振り返るべきじゃないのは分かっているのに、つい、振り返りたくなった。
散々嫌なことを思い出させられて煩わしいけれど、心のどこかで千葉に酷いことしたくないって思ったのかもしれない。
だから、後ろを向いたまま尋ねた。相手の思い通りに振り向いたら負けのような、そんな気がした。
「ごめん。小宮。お前の気持ちも確かめないで勝手にお似合いだなんだって騒いで追い詰めちまったことは謝る。本当に悪かった」
「そう」
「でも…お前…だったらちゃんと前田を振ってやれよ」
ガツン、と頭を殴られたみたいに目の前がぐらついた。
なによ。いつも前田からのしょうもない誘いは断っているじゃない。前田と一緒にいる時は前田がしつこく誘ってきたりするから…。
ぐっと歯を食いしばって姿勢を正すと、私は震えそうになる声を無理やり振り絞った。
「振ったよ。振ったに決まってるじゃない。前田とは付き合う気ないって言った」
「そうじゃねえ!」
千葉の声にびくっと肩が跳ねた。間違ったことなんて1つも言ってないのに。正しいのは私のはずなのに。妙に胸が騒いで気持ち悪い。
「そういうことじゃねえよ。俺が言いたいのは、小宮が前田を好きじゃねえならちゃんと態度で示してやれよってことだよ。
いくら前田がしつこいからって2人きりになってやるなよ、テーピングとか、家に忘れ物届けるとか、頼まれたからって、前田にだけ特別するなよ。
そんな態度取ってたら前田のヤツ、期待しちまうだろ。そんなの俺、見てられねえんだよ」
「…私はちゃんと避けようとしてたから。断りづらかったのは周りが盛り上がってたからでもあるのに。千葉にそんなこと言われたくない」
はっと息を飲むのが聞こえた。それから、ぎりっと歯を噛みしめる嫌な音がした。
反射的に身体に変に力が籠っていくのが分かって、怖くなった。
「全部お前の言った通りかもしれないけど、だからって、前田が真剣にお前を好きだっていうのにお前がはっきりしてやらないのは違うだろ」
苦しそうに絞り出された声に、ついに振り返ってしまったら、睨みつけているかのように鋭くこちらを見据える千葉と目が合った。
その目をどうしても真っ直ぐに見ることができなくて、私は咄嗟に目を伏せてしまった。
自分は間違ったことを言ったわけじゃないのにどうしてこうも胸がざわつくんだろう。いや、答えは分かってる。でも、それを認めてしまったら今までの何もかもが崩れてしまう。
必死に考えるな、考えるな、と頭の中で唱えれば唱えるほど鮮明に記憶が蘇る。
過労で倒れた私を運んでくれたこと。あの漫画、今思えば、ただの言い訳で、あんなもの読まずに保健室のベッドで寝ちゃった私のことを心配して見守ってくれていたんだよね。
勉強したり、ふざけたり、アイスを食べたり、テスト期間中の帰り道も保健室に運んでもらって迷惑をかけたお詫びみたいなもので、嫌々約束したけど、案外楽しかったんだ。
授業をサボったりするのはどうかと思うけど、朝も休み時間も練習後も人知れず体育館で練習してるのはちょっと格好いいと思う。
大会の時にこっそり話した隆彦君達の恋バナもすごい盛り上がった。こんな話、男子はつまんないって思ってたけど、前田はノリノリで本当に面白かった。
大会で敗けたことが悔しくって泣いてた時、泣いてる子の傍にずっとついててあげるとか絶対鬱陶しくて嫌になるはずなのに、私のお願いを聞いて黙って隣にいてくれたことは感謝してる。
夏祭りで貰った金魚の髪留めは前田のくせに結構綺麗で、くれた時、妙に照れてる前田がおかしくっていつものからかってくる前田のイメージからしたらかなり意外な感じがしてちょっとかわいかったり。花火を見てる時、からかうつもりで「綺麗だね」ってしつこく話しかけてたのにもちゃんと全部「ん」って返してくれたのも優しいなってほんの少しだけど思った。
思い返す度にドキドキ胸が高鳴っていくけど、私をからかって面白がるあの嫌な顔がまとわりついて離れない。
前田は優しいし、格好いいし、一緒にいて楽しい。だから前田と過ごす時間は割と好き。
でも、
前田は嫌なヤツで、私のことをバカにするし、一緒にいるとイライラする。だから、前田のことは嫌いだ。
前田を好きだと思えば前田の嫌な顔を思い出して、前田を嫌いだと思えば前田との綺麗な思い出が浮かんでくる。
煮え切らない陳腐な少女漫画やドラマのラブストーリーだって、こんなにいろいろなことがあったら恋が始まらないわけがないのに、私はどうしても素直に前田を好きだなんて思えない。
前田が私のことをずっと好きでいてくれて、それを行動でも示してくれているのは分かっている。そこまで私は鈍感じゃない。もしかしたらこのまま前田の気持ちに応えちゃえば毎日イライラはするだろうけどなんだかんだいって幸せになれるかもしれない。
そうは思うけど、簡単にじゃあ前田の気持ちに応えてあげよう。という気にはやっぱりなれない。
「おい。勘違いしたか」
「どうしてって、お前が俺のすることにいちいちドキドキしてんのを見るのが好きなんだよ」
「どうして、んな時間にこんなところにいるんだよ。まさか俺の部屋にでも来るつもりだったのか。いいぜ。今なら辰巳もいないしな」
「なんで逃げんだよ。小宮は俺のことが好きなんじゃねえの」
本当は前田に告白された時、ちゃんと謝ってもらったし、一応は前田の説明にも納得できたんだからこんなの全部許してあげなきゃいけないのに。それなのに、前田がどうしても許せなくて、怖くて、嫌なんだ。
前田を好きになったら前田の思うつぼ。
あの時は私のことが好きだって言ったけど、それも嘘なんじゃないの?
いっつも頭の片隅でそんなこと考えてる私が自分でも嫌になる。
「ごめん。前田のことはちゃんと考えるから、もう少し時間をちょうだい。絶対考えるから」
「…そうか。でも、なるべく早く決めてやれよ」
「…」
何も言えないでいる私の横をすり抜けると、千葉は早足で坂道を登って行ってしまった。
その場に止まっているべきかとも思ったけど、前を向いても、振り返っても音も無く暗い夜の森。情けないけど、突然怖くなって、私は慌てて千葉の後を追った。
大した会話もないまま、ただルート通りに広場に戻るだけ。少し楽しみだった肝試しは随分味気なく終わってしまって、こんな時に何考えてんの?って自分でも思うけど、寂しいって思った。
もしも、いつもみたいにさとちゃんの作戦に乗せられて前田と肝試しに行ったらどうだったかな?
目の前の背中にアイツを重ねてみても、薄暗い細道を抜けて広場の街灯に照らされた途端に現実に引き戻された。
ごめん、千葉。
次のペアに懐中電灯を渡しに行く千葉の後ろ姿を見送って、私は広場の隅に移動した。
「小宮ー!」
目立たない木の陰に落ち着いて、しばらくしたところで前田が私の名前を呼びながら走ってきた。
目を輝かせて大きく手なんて振っちゃって、本当に嬉しそうな前田を見ていられなくって、私は気づいていないフリをして合宿所に逃げ帰った。
私、本当に何やってるんだろう。