夜の帰り道1章
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9時27分、もうちょいかな?
まだ朝だっていうのに照りつけている日差しから避けるように私はバッグを頭の上に持ち上げた。
ビニールでできた流行の透明なバッグだから意味ないかもなんて思ったけど、ちょっとだけ暑さがマシになった気がしなくもない。
夏休みもそろそろ中盤になってきた今日、私は校門の前でクラスの友達を待っていた。
そう、今日は部活に勉強に大忙しな上に、アルバイト原則禁止の厳しい学校に通う私達の夏の楽しみ、プール解放日だ。
授業の時とは違って浮き輪でも水鉄砲でもなんだって持ってきてもいいし、なにより自由な水着を着ていいっていうことで女の子はみんな大はしゃぎだった。
かくいう私もみんなに頼まれたビーチボールとこの前買ったばかりの水着を用意して準備万端だったりする。
「莉緒ちゃーん!」
「あ、ミヤちゃん、ヒメちゃん!」
ぴったり9時30分。私と同じようにキラキラのビニールバッグを揺らして2人がが駆け寄って来た。
バッグと一緒に2人で買ったっていうパステルイエローのキャミワンピとデニムのミニスカートが電話で聞いたイメージよりもずっと似合っている。
「ごめんね!もしかして結構待っててくれた?」
「ううん。そんなことないよ。さっき来たとこ」
「よかったー!」
私の顔を覗き込んだヒメちゃんは、白い花の髪留めでしばった髪を揺らしてにかっと笑った。
「じゃあ早速行こっか。早く行かなきゃ更衣室いっぱいになっちゃう」
続々と校門をくぐっていく坊主頭の集団を見てミヤちゃんがちょっぴりヒールの高いサンダルでコツコツ地面を叩いた。
「だねー!ほらほら、莉緒もダッシュ~!」
「はいはい」
「ねね!そういえば2人共聞いたー?今日、化学のハセケン来てるって!プールの後職員室覗いてこうよ!」
「ええっ!?長谷川先生が!?ウソ!そういうのは早く行ってよヒメちゃん!あーあ、こんなことなら私もヒメちゃんみたいに清楚な感じの服にすればよかった…」
「大丈夫だよー。今日のミヤちゃんとってもかわいいし!それに案外カジュアルな恰好の方が意外性があっていいかもよ?!」
「ありがとうー!莉緒ちゃん~!」
「そうそう!てか、せっかく水着も持ってるんだしオンナの魅力でハセケン悩殺作戦もやっちゃえっ!」
「えええ~!」
「う~み~だぁ~!!!」
準備運動もそこそこにヒメちゃんはミントグリーンのフリルを靡かせてプールに飛び込んでいった。
空の色をキラキラ反映してサイダーみたいに揺らめく水面にぽこぽこ白い泡ができて弾ける。
私もっ!
「待って!ヒメちゃん!」
真っ白なのに熱い砂浜みたいなプールサイドを駆けて、私もヒメちゃんの近くに勢いを付けて飛び込んだ。
つま先から頭まで大きな泡で一気に包まれる。それがぱちぱち消えていったら今度はすうっと全身が冷えていく。びっくりして目を見開くと、ゴーグルの隙間から水が入ってきてじわりと涙と滲んで混ざった。堪らなくなって慌てて目をしっかり瞑って水面から顔を出すと、隣で目を真っ赤にしてはあはあ肩で息をしているヒメちゃんと目が合った。
「プール、最高!」
「うん!最高!」
2人してあははってって大声を出して笑っていると、私達の目の前にミヤちゃんが飛び込んできた。
バシャンと気持ちのいい音を立てて白いしぶきを飛ばしながら水面から現れたミヤちゃんは涙で瞳を潤ませて叫んだ。
「ずるい!私が一番乗りするつもりだったのに!」
「こういうのは早いもの勝ちなんだから!ね?莉緒!」
「そうそう!というわけで私は2番乗り!」
「くやしい~!もうこうなったらビーチバレーで勝負だから!」
「えー!?そんなこと言っていいの?私女バレだよ?超強いよ?」
「あっ!そうじゃん!何言ってんのよミヤちゃん~!」
「ごめん~完全に忘れてた!ねえヒメちゃん、ハンデ付けてよー!」
「ダメー!絶対ハンデなんて付けてあげない!それより一番ボール落とした人は罰ゲームだからね!帰りにジュース驕り!」
「ええー!?」
「やだー!」
「やだもだってもなし!ほら、いくよっ!」
バシャバシャすごい勢いでプールサイドのところまで戻るとヒメちゃんはビーチボールを取り上げてバシンッと強烈なサーブを決めた。
「きゃーっ!ごめんー!!!」
長引くラリーにじれったくなってきたヒメちゃんの強烈なスパイクが炸裂!そのボールは私達の中で一番運動が苦手なミヤちゃんがたまたま伸ばしていた腕に当たって…なんと運悪く私の頭の上を飛び越していった。
「おおっ!ナイスレシーブ!」
プールサイドに落ちていくボールを目で追いながら満足そうにうんうんうなずくヒメちゃんと「ごめんごめん~」って謝り倒してくるミヤちゃん。
私は「大丈夫だよー」ってミヤちゃんにだけ言ってプールサイドに上った。
もう、ヒメちゃんたらさー、いくらジュースがかかってるからってあんな本気のスパイク打たなくていいじゃない。次はみてなさいよ!男子バレー部不動のエース、辰巳の殺人スパイクを完全にコピーしてお見舞いしてやるんだから!
あ、あった!
「…痛っ!」
ボールを探してずっと下を見てたせいで何か硬いものに頭から突っ込んでしまった。
そろりと顔を上げると、目の前に180cmは優に超えてる筋肉質の大男。
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟に私は慌てて頭を下げた。
マズい…これ怖い感じの人とかだったらどうしよう。
「あー、いいよそんな謝んねえでもさ」
あれ、もしかしてそんな怖い人じゃない…?
てっきり拳でも飛んでくるかと思っていただけに普通の反応が返ってきて拍子抜けした私は「は、はあ…」なんてぎこちない返事をしながら顔を上げた。
でもなんか嫌な感じがするんだよね。
「あっ!」
「おわっ!」
最悪…
目の前にいた大男は前田だった。
なによ、だったらあんなにびびる必要なかったじゃない…恥ずかしいことした…
「謝って損した…前田なんて全然怖くないじゃない」
「な、なんだと?ぶつかってきたのは小宮だろ!?」
ぶつかったショックなのかぽかんと口を開けて間抜け面をしていた前田が突然我に返って応戦してきた。べつにずっとアホ面でいてくれていいのに。
「そうだけど、いつも前田には迷惑かけられてるんだから謝るのはなんか違うなって思うんだよね」
「なんだそりゃ!?つうか…」
しゃべりながら前田がじろりと私を頭のてっぺんからつま先まで見てくるものだから気持ち悪くてついつい後退る。
「つうか…なによ?」
「いや、お前のそのカッコさあ…」
「は?見て分かるでしょ?水着だけど」
「そんなん分かってるっつうの!それよりお前、まさか今1人じゃねえよな?」
不審者みたいに周りをキョロキョロ見回す前田に呆れてはあ、とため息を吐くと、前田は目を泳がせながらやっと口を開いた。
「…今日の小宮、水着じゃん?脚とか胸とかいつもより出ててなんかエロって思って…痛えっ!」
前田が話し終わるのも待たないで私は間抜けなその横っ面にビンタを決めてやった。
「なにすんだ…痛っ!!!」
「最低!変態!女の子にそんなこと言うとか意味分かんない!」
もう1発いいのをお見舞いして吐き捨てると前田はしゅんと項垂れた。
「じゃあなんて言やいいんだよ。あれ以外で説明しろったって無理だろ」
「スタイル良いとか、似合ってるとか、かわいいとか…とにかくいろいろあるでしょ」
「…スタイル良いって、それエロい体してるな、と何が違えんだよ?」
「全然違うから!それオヤジ臭くて嫌!」
「オヤジってお前!撤回しろ撤回!」
よっぽど「オヤジ」が頭にきたのか、プールサイドで他にも人がいっぱいいるっていうのに前田がギャーギャー騒ぎはじめた。
こんなのの関係者だとか思われるの最悪。
私はちょっと離れて他人ですよって周りに全力でアピールした。
あ。
前田から視線を逸らした時、ゆらりと陽の光をところどころ反射しているプールが目に入った。
ゆらめく水面には不機嫌そうにボールを抱えたまま胸の辺りで腕を組んでいる私が映っている。
ん?胸のあたり…?
やだ、ちょっと。胸なんて隠してたら前田に言われたことで恥ずかしがったるみたいじゃない!前田のことだからそんなの絶対からかってくるに決まってる!もうやだ…!
パッと腕を下ろしてゆっくり前田を振り返ってみる。
「お!やっとこっち向いた!」
ニヤッと笑った顔で見下ろす前田にやっぱりかと私は頭を抱えたくなった。
あー、もういいや。何を言われたって言い返せるしさっさと終わらせてみんなのとこに戻ろうっと。
「おい小宮、俺はな日本最強バレー部の裏エースでルックスも申し分なく、身長も高くて、私服がしゃれてる超イケメン高校生なんだからな!断じてオヤジなんかじゃねえ!分かったか!」
「はあ?」
ぽかん、としている私を見てなぜかフン、と鼻息を吐いて自身満々に言い切った前田は「な?な?そうだろ?」ってそのままの勢いで同意を求めてくる。
いや、まあ、ルックスとか私服とかは好みとかもあるしなんとも言えないし、イケメンっていうのも怪しいけど他は事実だね。
の、つもりで一応頷くと前田は勝ち誇ったような顔をしてまたフン、と鼻を鳴らした。
「やっぱそうだよな!よし、じゃあもう行くわ!じゃあな小宮!次は夏合宿なー!あ、そのエッロい水着もちゃんと合宿の時持って来いよ!」
そう言って前田は満足げにブンブン手を振って去っていった。
「何言ってんのこのバカ!それに合宿は山だから!ちゃんと確認しときなよね!」
売り言葉に買い言葉で大声で言い返しちゃってから、気付いた。
一目散にプールに飛び込んで私の知らない男子達のところに泳いでいく前田に私の声なんて届くわけないじゃない。
同級生も先輩後輩、監視の先生もみんな私のこと変な子だなった思うのも想像付くのに。
そもそもちょっと言い返したくらいで前田のこと言い負かせたことだって今までないのに…
かあっと熱くなってく顔を隠してすぐにでもその場に蹲って消えてしまいたい気持ちを抑えて私はギャラリーの中で一際ニヤニヤ笑ってこっちを見つめている2人を真っ直ぐ指差した。
「ヒメちゃん!ミヤちゃん!ちょっとトイレ行ってくる。しばらく帰ってこないから!」
返事も聞かないまま、両手で2人にビーチボールを思いっきり投げつける。
私の投げたビーチボールはシャボン玉みたいにふわふわ頼り無く宙に浮くだけで中々2人にぶつかってくれない。
どうせ2人がキャッチできるようなとこに飛ばないなら見てたって無駄だって私はその場から駆け出した。
熱い。熱い。熱い。
太陽のせいでずっと日中ずっと焼かれていたプールサイドも、他の人がいっぱいいる中なのにいつもの調子で言い返しちゃったせいで赤くなった顔も。
「エロい体してるな」
いや、最後のは関係ない!前田なんて何も考えてないただのバカだ。だから違う!
大体ヒメちゃんのがかわいいし、ミヤちゃんのが綺麗だし、私なんて全然大したことないから!
「スタイル良いって、それエロい体してるな、と何が違えんだよ?」
あー!もう!違うに決まってるじゃない!何がっていうと…えっと、えっと、えっと…
びしょびしょに濡れて張り付き放題の汚い髪、水を吸っちゃって変に色の濃くなっちゃった水着、冷えて鳥肌がブツブツ立っている日に焼けた肌。
蹲った私の狭い視界の中のどこもかわいくなければ綺麗でもない私。
だから、前田は何も考えてないんだってば。私をいつもみたくからかって笑いたかっただけ。絶対そうだから。
耳まで真っ赤になってしまった顔をせめて冷やそうと私はぐっしょり濡れた髪をほっぺたに押し付けた。
誰も来ない渡り廊下。でも、だから、私のことを追っかけて来てほしいのに。本当に来てくれないかな…?それで、今度はちゃんと「スタイルが良い」って言い直してよ。そのくらいやって責任取って。そしたら今なら許してあげたっていいのに。
水滴で汚れちゃっている床を背にその場に座り込むと、私は何にも考えないで私の知らないヤツと呑気に遊びまわっているであろうアイツを呪った。
プール解放終わりのチャイムまであと20分。結局私は1人でこっそり更衣室に戻った。
まだ朝だっていうのに照りつけている日差しから避けるように私はバッグを頭の上に持ち上げた。
ビニールでできた流行の透明なバッグだから意味ないかもなんて思ったけど、ちょっとだけ暑さがマシになった気がしなくもない。
夏休みもそろそろ中盤になってきた今日、私は校門の前でクラスの友達を待っていた。
そう、今日は部活に勉強に大忙しな上に、アルバイト原則禁止の厳しい学校に通う私達の夏の楽しみ、プール解放日だ。
授業の時とは違って浮き輪でも水鉄砲でもなんだって持ってきてもいいし、なにより自由な水着を着ていいっていうことで女の子はみんな大はしゃぎだった。
かくいう私もみんなに頼まれたビーチボールとこの前買ったばかりの水着を用意して準備万端だったりする。
「莉緒ちゃーん!」
「あ、ミヤちゃん、ヒメちゃん!」
ぴったり9時30分。私と同じようにキラキラのビニールバッグを揺らして2人がが駆け寄って来た。
バッグと一緒に2人で買ったっていうパステルイエローのキャミワンピとデニムのミニスカートが電話で聞いたイメージよりもずっと似合っている。
「ごめんね!もしかして結構待っててくれた?」
「ううん。そんなことないよ。さっき来たとこ」
「よかったー!」
私の顔を覗き込んだヒメちゃんは、白い花の髪留めでしばった髪を揺らしてにかっと笑った。
「じゃあ早速行こっか。早く行かなきゃ更衣室いっぱいになっちゃう」
続々と校門をくぐっていく坊主頭の集団を見てミヤちゃんがちょっぴりヒールの高いサンダルでコツコツ地面を叩いた。
「だねー!ほらほら、莉緒もダッシュ~!」
「はいはい」
「ねね!そういえば2人共聞いたー?今日、化学のハセケン来てるって!プールの後職員室覗いてこうよ!」
「ええっ!?長谷川先生が!?ウソ!そういうのは早く行ってよヒメちゃん!あーあ、こんなことなら私もヒメちゃんみたいに清楚な感じの服にすればよかった…」
「大丈夫だよー。今日のミヤちゃんとってもかわいいし!それに案外カジュアルな恰好の方が意外性があっていいかもよ?!」
「ありがとうー!莉緒ちゃん~!」
「そうそう!てか、せっかく水着も持ってるんだしオンナの魅力でハセケン悩殺作戦もやっちゃえっ!」
「えええ~!」
「う~み~だぁ~!!!」
準備運動もそこそこにヒメちゃんはミントグリーンのフリルを靡かせてプールに飛び込んでいった。
空の色をキラキラ反映してサイダーみたいに揺らめく水面にぽこぽこ白い泡ができて弾ける。
私もっ!
「待って!ヒメちゃん!」
真っ白なのに熱い砂浜みたいなプールサイドを駆けて、私もヒメちゃんの近くに勢いを付けて飛び込んだ。
つま先から頭まで大きな泡で一気に包まれる。それがぱちぱち消えていったら今度はすうっと全身が冷えていく。びっくりして目を見開くと、ゴーグルの隙間から水が入ってきてじわりと涙と滲んで混ざった。堪らなくなって慌てて目をしっかり瞑って水面から顔を出すと、隣で目を真っ赤にしてはあはあ肩で息をしているヒメちゃんと目が合った。
「プール、最高!」
「うん!最高!」
2人してあははってって大声を出して笑っていると、私達の目の前にミヤちゃんが飛び込んできた。
バシャンと気持ちのいい音を立てて白いしぶきを飛ばしながら水面から現れたミヤちゃんは涙で瞳を潤ませて叫んだ。
「ずるい!私が一番乗りするつもりだったのに!」
「こういうのは早いもの勝ちなんだから!ね?莉緒!」
「そうそう!というわけで私は2番乗り!」
「くやしい~!もうこうなったらビーチバレーで勝負だから!」
「えー!?そんなこと言っていいの?私女バレだよ?超強いよ?」
「あっ!そうじゃん!何言ってんのよミヤちゃん~!」
「ごめん~完全に忘れてた!ねえヒメちゃん、ハンデ付けてよー!」
「ダメー!絶対ハンデなんて付けてあげない!それより一番ボール落とした人は罰ゲームだからね!帰りにジュース驕り!」
「ええー!?」
「やだー!」
「やだもだってもなし!ほら、いくよっ!」
バシャバシャすごい勢いでプールサイドのところまで戻るとヒメちゃんはビーチボールを取り上げてバシンッと強烈なサーブを決めた。
「きゃーっ!ごめんー!!!」
長引くラリーにじれったくなってきたヒメちゃんの強烈なスパイクが炸裂!そのボールは私達の中で一番運動が苦手なミヤちゃんがたまたま伸ばしていた腕に当たって…なんと運悪く私の頭の上を飛び越していった。
「おおっ!ナイスレシーブ!」
プールサイドに落ちていくボールを目で追いながら満足そうにうんうんうなずくヒメちゃんと「ごめんごめん~」って謝り倒してくるミヤちゃん。
私は「大丈夫だよー」ってミヤちゃんにだけ言ってプールサイドに上った。
もう、ヒメちゃんたらさー、いくらジュースがかかってるからってあんな本気のスパイク打たなくていいじゃない。次はみてなさいよ!男子バレー部不動のエース、辰巳の殺人スパイクを完全にコピーしてお見舞いしてやるんだから!
あ、あった!
「…痛っ!」
ボールを探してずっと下を見てたせいで何か硬いものに頭から突っ込んでしまった。
そろりと顔を上げると、目の前に180cmは優に超えてる筋肉質の大男。
「ご、ごめんなさい!」
咄嗟に私は慌てて頭を下げた。
マズい…これ怖い感じの人とかだったらどうしよう。
「あー、いいよそんな謝んねえでもさ」
あれ、もしかしてそんな怖い人じゃない…?
てっきり拳でも飛んでくるかと思っていただけに普通の反応が返ってきて拍子抜けした私は「は、はあ…」なんてぎこちない返事をしながら顔を上げた。
でもなんか嫌な感じがするんだよね。
「あっ!」
「おわっ!」
最悪…
目の前にいた大男は前田だった。
なによ、だったらあんなにびびる必要なかったじゃない…恥ずかしいことした…
「謝って損した…前田なんて全然怖くないじゃない」
「な、なんだと?ぶつかってきたのは小宮だろ!?」
ぶつかったショックなのかぽかんと口を開けて間抜け面をしていた前田が突然我に返って応戦してきた。べつにずっとアホ面でいてくれていいのに。
「そうだけど、いつも前田には迷惑かけられてるんだから謝るのはなんか違うなって思うんだよね」
「なんだそりゃ!?つうか…」
しゃべりながら前田がじろりと私を頭のてっぺんからつま先まで見てくるものだから気持ち悪くてついつい後退る。
「つうか…なによ?」
「いや、お前のそのカッコさあ…」
「は?見て分かるでしょ?水着だけど」
「そんなん分かってるっつうの!それよりお前、まさか今1人じゃねえよな?」
不審者みたいに周りをキョロキョロ見回す前田に呆れてはあ、とため息を吐くと、前田は目を泳がせながらやっと口を開いた。
「…今日の小宮、水着じゃん?脚とか胸とかいつもより出ててなんかエロって思って…痛えっ!」
前田が話し終わるのも待たないで私は間抜けなその横っ面にビンタを決めてやった。
「なにすんだ…痛っ!!!」
「最低!変態!女の子にそんなこと言うとか意味分かんない!」
もう1発いいのをお見舞いして吐き捨てると前田はしゅんと項垂れた。
「じゃあなんて言やいいんだよ。あれ以外で説明しろったって無理だろ」
「スタイル良いとか、似合ってるとか、かわいいとか…とにかくいろいろあるでしょ」
「…スタイル良いって、それエロい体してるな、と何が違えんだよ?」
「全然違うから!それオヤジ臭くて嫌!」
「オヤジってお前!撤回しろ撤回!」
よっぽど「オヤジ」が頭にきたのか、プールサイドで他にも人がいっぱいいるっていうのに前田がギャーギャー騒ぎはじめた。
こんなのの関係者だとか思われるの最悪。
私はちょっと離れて他人ですよって周りに全力でアピールした。
あ。
前田から視線を逸らした時、ゆらりと陽の光をところどころ反射しているプールが目に入った。
ゆらめく水面には不機嫌そうにボールを抱えたまま胸の辺りで腕を組んでいる私が映っている。
ん?胸のあたり…?
やだ、ちょっと。胸なんて隠してたら前田に言われたことで恥ずかしがったるみたいじゃない!前田のことだからそんなの絶対からかってくるに決まってる!もうやだ…!
パッと腕を下ろしてゆっくり前田を振り返ってみる。
「お!やっとこっち向いた!」
ニヤッと笑った顔で見下ろす前田にやっぱりかと私は頭を抱えたくなった。
あー、もういいや。何を言われたって言い返せるしさっさと終わらせてみんなのとこに戻ろうっと。
「おい小宮、俺はな日本最強バレー部の裏エースでルックスも申し分なく、身長も高くて、私服がしゃれてる超イケメン高校生なんだからな!断じてオヤジなんかじゃねえ!分かったか!」
「はあ?」
ぽかん、としている私を見てなぜかフン、と鼻息を吐いて自身満々に言い切った前田は「な?な?そうだろ?」ってそのままの勢いで同意を求めてくる。
いや、まあ、ルックスとか私服とかは好みとかもあるしなんとも言えないし、イケメンっていうのも怪しいけど他は事実だね。
の、つもりで一応頷くと前田は勝ち誇ったような顔をしてまたフン、と鼻を鳴らした。
「やっぱそうだよな!よし、じゃあもう行くわ!じゃあな小宮!次は夏合宿なー!あ、そのエッロい水着もちゃんと合宿の時持って来いよ!」
そう言って前田は満足げにブンブン手を振って去っていった。
「何言ってんのこのバカ!それに合宿は山だから!ちゃんと確認しときなよね!」
売り言葉に買い言葉で大声で言い返しちゃってから、気付いた。
一目散にプールに飛び込んで私の知らない男子達のところに泳いでいく前田に私の声なんて届くわけないじゃない。
同級生も先輩後輩、監視の先生もみんな私のこと変な子だなった思うのも想像付くのに。
そもそもちょっと言い返したくらいで前田のこと言い負かせたことだって今までないのに…
かあっと熱くなってく顔を隠してすぐにでもその場に蹲って消えてしまいたい気持ちを抑えて私はギャラリーの中で一際ニヤニヤ笑ってこっちを見つめている2人を真っ直ぐ指差した。
「ヒメちゃん!ミヤちゃん!ちょっとトイレ行ってくる。しばらく帰ってこないから!」
返事も聞かないまま、両手で2人にビーチボールを思いっきり投げつける。
私の投げたビーチボールはシャボン玉みたいにふわふわ頼り無く宙に浮くだけで中々2人にぶつかってくれない。
どうせ2人がキャッチできるようなとこに飛ばないなら見てたって無駄だって私はその場から駆け出した。
熱い。熱い。熱い。
太陽のせいでずっと日中ずっと焼かれていたプールサイドも、他の人がいっぱいいる中なのにいつもの調子で言い返しちゃったせいで赤くなった顔も。
「エロい体してるな」
いや、最後のは関係ない!前田なんて何も考えてないただのバカだ。だから違う!
大体ヒメちゃんのがかわいいし、ミヤちゃんのが綺麗だし、私なんて全然大したことないから!
「スタイル良いって、それエロい体してるな、と何が違えんだよ?」
あー!もう!違うに決まってるじゃない!何がっていうと…えっと、えっと、えっと…
びしょびしょに濡れて張り付き放題の汚い髪、水を吸っちゃって変に色の濃くなっちゃった水着、冷えて鳥肌がブツブツ立っている日に焼けた肌。
蹲った私の狭い視界の中のどこもかわいくなければ綺麗でもない私。
だから、前田は何も考えてないんだってば。私をいつもみたくからかって笑いたかっただけ。絶対そうだから。
耳まで真っ赤になってしまった顔をせめて冷やそうと私はぐっしょり濡れた髪をほっぺたに押し付けた。
誰も来ない渡り廊下。でも、だから、私のことを追っかけて来てほしいのに。本当に来てくれないかな…?それで、今度はちゃんと「スタイルが良い」って言い直してよ。そのくらいやって責任取って。そしたら今なら許してあげたっていいのに。
水滴で汚れちゃっている床を背にその場に座り込むと、私は何にも考えないで私の知らないヤツと呑気に遊びまわっているであろうアイツを呪った。
プール解放終わりのチャイムまであと20分。結局私は1人でこっそり更衣室に戻った。