夜の帰り道1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ナッツ?」
女子トイレのドアを叩くと、中からガタガタッと音がした。
「ごめん。せっかく協力してくれたのに」
「え?」
「髪飾り、今日のために浴衣に合わせてかわいいの頑張って選んだの。これを付けてたら自信を持って言えるかなって思ってたのに…もうやだ…」
ナッツの声に合わせて小さくドアが揺れるのを見つめて、ぐすんと鼻を啜るさとちゃんの手を取ると、私はもう一度そっとノックした。
「ねえ、ナッツ。もしよかったら私が今付けてる髪飾り使わない?私達、浴衣のデザイン似てるし、髪飾りはナッツのより地味かもしれないけど、さとちゃんに髪型アレンジしてもらったらかわいくなると思う。どうかな?」
さっきまでカタッと震わせていたドアが静かになった。
やっぱりちょっと無神経だったかな?
ぎゅっと目を瞑ったその時、ぎいっと蝶番を軋ませてゆっくりドアが開いた。
「いいの?」
真っ黒に濡れた瞳を覗かせるナッツに私は「うん!」と大きく頷いて、髪飾りを外した。
「ありがとう」
ところどころ小さくへこんだ扉に頭を預けると、ナッツはふわふわの髪を揺らしてちょっとずつ、ちょっとずつ泣き出した。
「よし!そうと決まったら早速髪型整えちゃいましょう!!!メイクもしなきゃだし超特急でやりますよー!」
いつの間にか元気になっているさとちゃんがぐん、と手を伸ばして私の髪飾りを取った。
「莉緒先輩ありがとうございます!さあ、なっちゃん先輩!ちゃっちゃとかわいくなっちゃいましょ!」
ぐいっとナッツの手を引っ張ると、さとちゃんは物凄い勢いで駆け出した。
―まもなく花火の打ち上げがはじまります。ご覧の方は…
屋台横のスピーカーの声を合図に人混みがゆっくり動き出した。
「ナッツ、頑張ろうね!」
「うん!」
ちょうどよくこちらに歩いてくる男子達に、さとちゃんがまず偶然を装って声をかけた。
「あっ!先輩達!もしかして皆さんもこれから花火ですかー?」
「ああ。お前らもか?」
こっちに気付いて手を上げてくれた工藤に続いて、千葉、辰巳、前田、と私達のいる屋台脇に立ち止まった。
「うん。そう。せっかくだし皆で見ない?」
なるべく自然に、いつものトーンで…意識はしているけど、これ、ちゃんと言えてる?
ちら、とさとちゃんに目を遣ると、完璧な笑顔で皆に「一緒に見ましょうよー」って促している。さすがだ。
「お、いいなそれ!あー、でも、辰巳、人数増えても大丈夫か?」
何かを思い出して突然歯切れが悪くなった千葉…これはさとちゃんノートにあったあれのことかな?
「ああ。3人くらい増えたところで問題ない」
「おし!じゃ、全員で行けるな」
「え?行くってどこに?」
我ながらかなり白々しいけど、普段の私だったら聞くだろうし仕方なく聞いた。
「辰巳が神社の裏に穴場があるから案内してくれるってよ」
意味ありげにこっちを見てニヤッと笑って、前田が答えた。
最悪。これ、絶対前田にバレたじゃん。
歩きながら私の隣に陣取る前田を見て見ぬフリして、私は反対側の千葉とずっとくだらないことをしゃべってた。
参道を外れて、あちこちひび割れた石段を上がっていくと、お祭り会場よりもちょっと高くて、開けた空き地みたいなところに出た。
「おい!時間大丈夫か?」
「大丈夫だ。あと10分はある」
甚兵衛のポケットをまさぐっている千葉に辰巳が落ち着いた口調で答えた。
あと10分か。
バクバク鳴りはじめる心臓を浴衣の上からぎゅっと抑えた。
ちらり、とナッツの方に目を遣ると、私達からちょっと離れたところで工藤と2人、立っていた。
よかった。頑張れ、ナッツ!
私は1人小さく拳を握って2人から視線を外した。
「小宮ー」
「なに?」
びくっと肩が跳ねそうになるのをなんとか堪えて振り向くと、前田がニヤニヤしながら手招きしていた。
「こっちで2人で花火見ようぜ」
「え?いやだけど。私、ここでみんなと見たいから」
「は!?じゃあ俺もそっちで見る!」
「なに?結局こっち来るの?さっきのはなんだったのよ?」
慌てて私の隣に並んだ前田を呆れのこもった目で見ると、それに気付いた前田はふてくされたように唇を尖らせた。
「せっかく小宮が言いたいこと言いやすいように気い遣ってやったのによ」
「なにそれ?日頃の文句とか?花火の前に思い出したくもないんだけど」
そうは言いながらも今までの前田の言動を思い出してちょっとムカッとした。
マジで何でこんな時にそんなこと言うんだろう。
「…もしかして、照れてんのか?」
「は?」
ぼそっと言われた言葉に耳を疑った。
「え?なに?照れてる?マジで意味わからないんだけど」
驚きの余り、花火を今か今かと待ち構えて見上げていた夜空からすぐさま視線を戻すと、前田は大真面目な顔でこっちをしっかり見ていた。
「だから!お前、俺に言いたいけど言えなくて困ってるんだろ!!!」
は!?全く意味が分からない。
あ、待って、これ、さっきさとちゃんがナッツに言ってたのに似てない?「工藤先輩への熱い想いを口にすることが、恥ずかしくて、恥ずかしくてできないでいるんです!」って。
え?そういうこと!?そうだとしたら前田、めっちゃ面白い人じゃん。
私が吹き出したのを気にも留めず、まだ前田は私の乙女心を語り続けている。
「わかるぜ小宮。すー、から始まってきー、で終わる2文字の言葉っていざ言おうとなるとすんげえ緊張するよな。もしかしたら相手はそう思ってくれてないかもとか考えたら不安にもなるしな。でもその点、俺は全く心配いらねえから。どんとお前のその気持ち、ぶつけてくれ!」
「分かったよ前田」
ちょっと面白くなってきて、私はあえて真剣な表情を作った。
「私、好きだよ。前田のこと。だって…ほんと、面白い…!前田、バカすぎる…!」
我慢できなくなってまた吹き出すと、今度は前田の方が意味が分からないって顔をした。
「え?バカ?お前、今日俺に告るんじゃなかったのかよ!?」
「そんなわけないじゃん。今日告白しようとしてたのは私じゃなくて別の子!」
「うそだろ!?じゃあお前ら女子3人でコソコソやってたり、ワザとらしく俺達んとこに合流してきたのも!?」
「その子の応援ってこと。それより、やっぱり私の演技バレてた?」
「なんだよそれー…」
言いながら頭を抱える前田を見下ろしてクスクス笑っていると、お祭り会場の方から小さくアナウンスが聞こえてきた。
「あ、もうすぐ花火始まるよ、前田」
もう一度夜空を見上げようとすると、引き留めるように袖を引っ張られた。
「え?なに?」
「ちょっとじっとしてろ」
反射的にぴたっと動きを止めた私の横髪に触れると、前田はすっと何かを髪に通した。
ガチャンッ!
「いったい…!」
ぴんと髪が数本引っかかって突っ張った。
「わ、悪い。どうやればいいか分かんなくて…」
焦ってまた私の髪に触ろうとする前田の手を振り払う。
「ちょっと前田、私の髪に何したのよ」
耳の横にぶらりと重たく垂れ下がったそれを、私は力任せに引き剥がした。
「え!?これ、どうしたの?」
手の中に収まったそれは、鱗やヒレの細かな透かし彫りが施され、さっきのりんご飴みたいな赤みを帯びた艶を纏った、漆塗りの金魚の木細工の髪留めだった。
「木細工売ってる屋台でさっき買った。お前、りんご飴勝手に食って怒ってただろ?だからそのお詫びみてえなもん。髪飾り、別のヤツに貸しちまったみてえだしちょうどよかっただろ」
そっぽ向いて不愛想に言う前田にいつもならムカつくんだろうけど、今はなんか嫌な気はしなかった。
「ありがとう、前田。これ、すごくかわいい」
ピンに引っかかったままの髪を1本1本丁寧に取って耳の横にもう一度付け直すと、なんだか胸がぽかぽか温かくなったような気がした。
「ありがとう」
もう一度言うと、前田はいつの間にかつん、と顎を持ち上げて夜空を見ていた。
「花火、始まるんじゃねえのかよ」
「そうだったね。ありがとう。前田」
パンッと1つ小さな花火が開いたのを合図に色とりどりの花火が次々に打ちあがった。
「綺麗だね」
どうせ言っても返ってこないと思ったけど、前田は「ん」って小さく頷いてくれた。
それがなんだかおかしくって、私は花火が終わるまで何回も「綺麗だね」って声をかけた。
女子トイレのドアを叩くと、中からガタガタッと音がした。
「ごめん。せっかく協力してくれたのに」
「え?」
「髪飾り、今日のために浴衣に合わせてかわいいの頑張って選んだの。これを付けてたら自信を持って言えるかなって思ってたのに…もうやだ…」
ナッツの声に合わせて小さくドアが揺れるのを見つめて、ぐすんと鼻を啜るさとちゃんの手を取ると、私はもう一度そっとノックした。
「ねえ、ナッツ。もしよかったら私が今付けてる髪飾り使わない?私達、浴衣のデザイン似てるし、髪飾りはナッツのより地味かもしれないけど、さとちゃんに髪型アレンジしてもらったらかわいくなると思う。どうかな?」
さっきまでカタッと震わせていたドアが静かになった。
やっぱりちょっと無神経だったかな?
ぎゅっと目を瞑ったその時、ぎいっと蝶番を軋ませてゆっくりドアが開いた。
「いいの?」
真っ黒に濡れた瞳を覗かせるナッツに私は「うん!」と大きく頷いて、髪飾りを外した。
「ありがとう」
ところどころ小さくへこんだ扉に頭を預けると、ナッツはふわふわの髪を揺らしてちょっとずつ、ちょっとずつ泣き出した。
「よし!そうと決まったら早速髪型整えちゃいましょう!!!メイクもしなきゃだし超特急でやりますよー!」
いつの間にか元気になっているさとちゃんがぐん、と手を伸ばして私の髪飾りを取った。
「莉緒先輩ありがとうございます!さあ、なっちゃん先輩!ちゃっちゃとかわいくなっちゃいましょ!」
ぐいっとナッツの手を引っ張ると、さとちゃんは物凄い勢いで駆け出した。
―まもなく花火の打ち上げがはじまります。ご覧の方は…
屋台横のスピーカーの声を合図に人混みがゆっくり動き出した。
「ナッツ、頑張ろうね!」
「うん!」
ちょうどよくこちらに歩いてくる男子達に、さとちゃんがまず偶然を装って声をかけた。
「あっ!先輩達!もしかして皆さんもこれから花火ですかー?」
「ああ。お前らもか?」
こっちに気付いて手を上げてくれた工藤に続いて、千葉、辰巳、前田、と私達のいる屋台脇に立ち止まった。
「うん。そう。せっかくだし皆で見ない?」
なるべく自然に、いつものトーンで…意識はしているけど、これ、ちゃんと言えてる?
ちら、とさとちゃんに目を遣ると、完璧な笑顔で皆に「一緒に見ましょうよー」って促している。さすがだ。
「お、いいなそれ!あー、でも、辰巳、人数増えても大丈夫か?」
何かを思い出して突然歯切れが悪くなった千葉…これはさとちゃんノートにあったあれのことかな?
「ああ。3人くらい増えたところで問題ない」
「おし!じゃ、全員で行けるな」
「え?行くってどこに?」
我ながらかなり白々しいけど、普段の私だったら聞くだろうし仕方なく聞いた。
「辰巳が神社の裏に穴場があるから案内してくれるってよ」
意味ありげにこっちを見てニヤッと笑って、前田が答えた。
最悪。これ、絶対前田にバレたじゃん。
歩きながら私の隣に陣取る前田を見て見ぬフリして、私は反対側の千葉とずっとくだらないことをしゃべってた。
参道を外れて、あちこちひび割れた石段を上がっていくと、お祭り会場よりもちょっと高くて、開けた空き地みたいなところに出た。
「おい!時間大丈夫か?」
「大丈夫だ。あと10分はある」
甚兵衛のポケットをまさぐっている千葉に辰巳が落ち着いた口調で答えた。
あと10分か。
バクバク鳴りはじめる心臓を浴衣の上からぎゅっと抑えた。
ちらり、とナッツの方に目を遣ると、私達からちょっと離れたところで工藤と2人、立っていた。
よかった。頑張れ、ナッツ!
私は1人小さく拳を握って2人から視線を外した。
「小宮ー」
「なに?」
びくっと肩が跳ねそうになるのをなんとか堪えて振り向くと、前田がニヤニヤしながら手招きしていた。
「こっちで2人で花火見ようぜ」
「え?いやだけど。私、ここでみんなと見たいから」
「は!?じゃあ俺もそっちで見る!」
「なに?結局こっち来るの?さっきのはなんだったのよ?」
慌てて私の隣に並んだ前田を呆れのこもった目で見ると、それに気付いた前田はふてくされたように唇を尖らせた。
「せっかく小宮が言いたいこと言いやすいように気い遣ってやったのによ」
「なにそれ?日頃の文句とか?花火の前に思い出したくもないんだけど」
そうは言いながらも今までの前田の言動を思い出してちょっとムカッとした。
マジで何でこんな時にそんなこと言うんだろう。
「…もしかして、照れてんのか?」
「は?」
ぼそっと言われた言葉に耳を疑った。
「え?なに?照れてる?マジで意味わからないんだけど」
驚きの余り、花火を今か今かと待ち構えて見上げていた夜空からすぐさま視線を戻すと、前田は大真面目な顔でこっちをしっかり見ていた。
「だから!お前、俺に言いたいけど言えなくて困ってるんだろ!!!」
は!?全く意味が分からない。
あ、待って、これ、さっきさとちゃんがナッツに言ってたのに似てない?「工藤先輩への熱い想いを口にすることが、恥ずかしくて、恥ずかしくてできないでいるんです!」って。
え?そういうこと!?そうだとしたら前田、めっちゃ面白い人じゃん。
私が吹き出したのを気にも留めず、まだ前田は私の乙女心を語り続けている。
「わかるぜ小宮。すー、から始まってきー、で終わる2文字の言葉っていざ言おうとなるとすんげえ緊張するよな。もしかしたら相手はそう思ってくれてないかもとか考えたら不安にもなるしな。でもその点、俺は全く心配いらねえから。どんとお前のその気持ち、ぶつけてくれ!」
「分かったよ前田」
ちょっと面白くなってきて、私はあえて真剣な表情を作った。
「私、好きだよ。前田のこと。だって…ほんと、面白い…!前田、バカすぎる…!」
我慢できなくなってまた吹き出すと、今度は前田の方が意味が分からないって顔をした。
「え?バカ?お前、今日俺に告るんじゃなかったのかよ!?」
「そんなわけないじゃん。今日告白しようとしてたのは私じゃなくて別の子!」
「うそだろ!?じゃあお前ら女子3人でコソコソやってたり、ワザとらしく俺達んとこに合流してきたのも!?」
「その子の応援ってこと。それより、やっぱり私の演技バレてた?」
「なんだよそれー…」
言いながら頭を抱える前田を見下ろしてクスクス笑っていると、お祭り会場の方から小さくアナウンスが聞こえてきた。
「あ、もうすぐ花火始まるよ、前田」
もう一度夜空を見上げようとすると、引き留めるように袖を引っ張られた。
「え?なに?」
「ちょっとじっとしてろ」
反射的にぴたっと動きを止めた私の横髪に触れると、前田はすっと何かを髪に通した。
ガチャンッ!
「いったい…!」
ぴんと髪が数本引っかかって突っ張った。
「わ、悪い。どうやればいいか分かんなくて…」
焦ってまた私の髪に触ろうとする前田の手を振り払う。
「ちょっと前田、私の髪に何したのよ」
耳の横にぶらりと重たく垂れ下がったそれを、私は力任せに引き剥がした。
「え!?これ、どうしたの?」
手の中に収まったそれは、鱗やヒレの細かな透かし彫りが施され、さっきのりんご飴みたいな赤みを帯びた艶を纏った、漆塗りの金魚の木細工の髪留めだった。
「木細工売ってる屋台でさっき買った。お前、りんご飴勝手に食って怒ってただろ?だからそのお詫びみてえなもん。髪飾り、別のヤツに貸しちまったみてえだしちょうどよかっただろ」
そっぽ向いて不愛想に言う前田にいつもならムカつくんだろうけど、今はなんか嫌な気はしなかった。
「ありがとう、前田。これ、すごくかわいい」
ピンに引っかかったままの髪を1本1本丁寧に取って耳の横にもう一度付け直すと、なんだか胸がぽかぽか温かくなったような気がした。
「ありがとう」
もう一度言うと、前田はいつの間にかつん、と顎を持ち上げて夜空を見ていた。
「花火、始まるんじゃねえのかよ」
「そうだったね。ありがとう。前田」
パンッと1つ小さな花火が開いたのを合図に色とりどりの花火が次々に打ちあがった。
「綺麗だね」
どうせ言っても返ってこないと思ったけど、前田は「ん」って小さく頷いてくれた。
それがなんだかおかしくって、私は花火が終わるまで何回も「綺麗だね」って声をかけた。