夜の帰り道1章
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辰巳に渡された地図をたよりに住宅街を進んでいくと、なぜかウチの近所のお蕎麦屋さんの前に辿り着いた。
あたりも結構暗いし、間違えちゃったのかな?
そう思って周りの家にかかっている表札を一枚一枚確認してみるけれど、やっぱり「前田」という表札は無い。
ということは、このお蕎麦屋さんが前田のお家ってこと?
お酒でも飲んでいるのか、おじさんのやたらと大きな声が響いてくるのに、こくりと生唾を飲み込んで、私はそっと引き戸を開けた。
「ごめんください」
引き戸の隙間から控えめに顔をのぞかせると、エプロン姿の女の人が丸いおぼんを抱えてこちらに駆けてきた。
「ごめんなさいね。今日は奥のお座敷で宴会をしているので」
申し訳なさそうに眉を下げる店員さんに私は慌てて手を横に振った。
「えっと、違うんです。私、お客さんじゃないです」
「え?」
店員さんがきょとんとした顔で首を傾げると奥の方から一際大きな笑い声があがった。
はじめて入るお店に、知らない店員さん。緊張をほぐすために深呼吸をしたいけれど、ちょっと口を開いただけでどんどん口がカラカラに乾いていってしまうような気がして、私はまだバクバクと鳴り続ける心臓が落ち着かないうちに「あの」と声をかけた。
「あの、私、バレー部のマネージャーの小宮莉緒と申します。こちらは前田君のお宅でしょうか?」
「えっと、前田君?」
店員さんは困ったように笑った。
やっぱり違ってたのか。まあ、前田のお家がお蕎麦屋さんだなんて聞いたこともなかったしね。
「ごめんなさい。やっぱりなんでもないです。お忙しいところ失礼しました」
「あ、待って、小宮さん!うちは前田で合っていますよ」
「え?」
「誤解させるような反応をしてしまってごめんなさいね。実はうちの子達、双子でどっちも高校でバレーをやっているものだから「前田君」だとわからなくて」
「え!?双子!?前田が!?」
「そうなんですよ。うちの子から聞いてなかった?」
「はい。全然」
前田ってかなり我儘なタイプだし絶対一人っ子だと思ってた。あ、でも弟なら納得かも。
「ところで小宮さん」
「はい」
「どっちを呼んでくればいいかしら?」
「あ、えっと、じゃあ、慶彦君を呼んでいただけますか」
勧められたテーブル席にありがたく座らせてもらっていると、前田のお母さんが湯呑を一つおぼんにのせてやって来た。
「お待たせしてしまってすみませんね、小宮さん。もうすぐ慶彦来ますから」
「ありがとうございます。いただきます」
こんな丁寧に対応してくれるなんて…この人、本当に前田のお母さんで合ってる?
「莉緒」
「え!?ちょっと、何!?」
突然後ろから抱きしめるように腕が伸びてきた。
とっさに避けて振り向くと、予想通り、アイツが余裕の笑みを浮かべながら小馬鹿にするように降参ポーズをとっていた。
「わりいわりい。莉緒にはちょっと刺激が強すぎたな」
「は?なに言ってんのよ。突然抱きしめようとしてくるとか意味わかんない」
「なんだよ、せっかく来てくれたんだからサービスしてやろうと思ったのによ」
「サービス?前田にくっつかれても嬉しくもなんともないんだけど。こんなことならプリントなんて届けに来なきゃよかった」
「プリント?」
「前田が忘れてった明日の予定表」
間抜け面でまだ「予定表?」なんて繰り返してくる前田に腹が立って、私はお留守になっている胸元にカバンから引っ張り出したプリントをたたきつけてやった。
のに、前田は私の動きなんて予想していたのか、いとも簡単にプリントを受け取ってみせた。
「予定表ねえ、とかなんとか言っちゃって本当は届けに行くって口実で俺に会いに来たんだろ?素直じゃねえなあ、莉緒は」
「そんなわけないでしょ。みんなに頼まれたから届けに来たの。というか、さっきから気になってたんだけど、その莉緒呼びなによ?気持ち悪いんだけど」
「そりゃ、莉緒がさっき入り口んとこで慶彦君って呼んできたからに決まってんだろ」
「確かに呼んだけどさ、それ、前田に双子の兄弟がいるっていうから仕方なくなんだけど」
「ふーん、それよか莉緒、顔赤いぜ?」
「慶彦」
ずっと黙って私と前田の言い合いを見ていた前田のお母さんが割り込むように口を開いた。
突然のことに驚いた私達は、顔を見合わせてからゆっくりと振り向いた。
「なんだよ」
普段の前田からは想像できないくらいボソボソと返事をしている。これはまずいかもしれない。
「なんだよ、じゃないでしょ。小宮さんに失礼なことばかり言って…それに、まずは「届けに来てくれてありがとう」でしょ。」
「…おう。わりい、小宮、ありがとうな」
「いいよ、べつに、そんなに気にしてないし」
さっきまでかなり怒ってたはずなのに、お母さんに注意されて落ち込んでいる前田を見ていたら、ちょっとかわいそうになってきた。
それに、前田のお母さんって、やっぱりあの前田を育てているだけあって結構怖い。穏やかな人は逆に怒らせると怖いっていうのも分かるような気がしてきた。
「小宮さん」
「なんですか」
不意に呼ばれて、少し声が震えた。
「慶彦が失礼なことばかり言ってすみませんね。わざわざ忘れ物を届けに来てくれたのに」
「え!?いいんですよ、そんな。こちらこそお仕事中にお邪魔して騒いだりして申し訳ないです」
頭を下げる前田のお母さんに、私の方が迷惑を掛けてしまったはずなのに、と慌てて何度も頭を下げる。
前田のお母さんは、私のあまりの慌てぶりに、「小宮さんの方こそ謝らなくてもいいんですよ」と小さく笑った。
「それより小宮さん」
「なんですか?」
ちゃんと向き直って聞き返すと、前田のお母さんはまた申し訳なさそうに眉を下げた。
「もう大分遅い時間になっているけれど、帰りは大丈夫かしら?」
「え?」
慌てて腕時計を確認すると、時間はまだ九時を少し回った頃だった。
「ああ、このくらいなら大丈夫です。いつも部活から帰る時間はもっと遅いですし」
「そうなの?でも、九時に女の子一人で帰るなんて心配だし…そうだわ!ねえ、小宮さん、慶彦に家まで送っていってもらったらどうかしら?」
「え!?いや、さすがにそれはご迷惑じゃないですか?」
「いいのよ、遠慮しないで。失礼なこと言ったお詫びだと思って、ね?」
いや、遠慮しているんじゃなくて本当に嫌なんだけど。なんて言えないし。
そのまま「いや、その」なんて言葉に詰まっているうちに、前田のお母さんはいつの間にか離れた椅子でバラエティ番組にチラチラと目を遣っていた前田を引っ張ってきてしまった。
あたりも結構暗いし、間違えちゃったのかな?
そう思って周りの家にかかっている表札を一枚一枚確認してみるけれど、やっぱり「前田」という表札は無い。
ということは、このお蕎麦屋さんが前田のお家ってこと?
お酒でも飲んでいるのか、おじさんのやたらと大きな声が響いてくるのに、こくりと生唾を飲み込んで、私はそっと引き戸を開けた。
「ごめんください」
引き戸の隙間から控えめに顔をのぞかせると、エプロン姿の女の人が丸いおぼんを抱えてこちらに駆けてきた。
「ごめんなさいね。今日は奥のお座敷で宴会をしているので」
申し訳なさそうに眉を下げる店員さんに私は慌てて手を横に振った。
「えっと、違うんです。私、お客さんじゃないです」
「え?」
店員さんがきょとんとした顔で首を傾げると奥の方から一際大きな笑い声があがった。
はじめて入るお店に、知らない店員さん。緊張をほぐすために深呼吸をしたいけれど、ちょっと口を開いただけでどんどん口がカラカラに乾いていってしまうような気がして、私はまだバクバクと鳴り続ける心臓が落ち着かないうちに「あの」と声をかけた。
「あの、私、バレー部のマネージャーの小宮莉緒と申します。こちらは前田君のお宅でしょうか?」
「えっと、前田君?」
店員さんは困ったように笑った。
やっぱり違ってたのか。まあ、前田のお家がお蕎麦屋さんだなんて聞いたこともなかったしね。
「ごめんなさい。やっぱりなんでもないです。お忙しいところ失礼しました」
「あ、待って、小宮さん!うちは前田で合っていますよ」
「え?」
「誤解させるような反応をしてしまってごめんなさいね。実はうちの子達、双子でどっちも高校でバレーをやっているものだから「前田君」だとわからなくて」
「え!?双子!?前田が!?」
「そうなんですよ。うちの子から聞いてなかった?」
「はい。全然」
前田ってかなり我儘なタイプだし絶対一人っ子だと思ってた。あ、でも弟なら納得かも。
「ところで小宮さん」
「はい」
「どっちを呼んでくればいいかしら?」
「あ、えっと、じゃあ、慶彦君を呼んでいただけますか」
勧められたテーブル席にありがたく座らせてもらっていると、前田のお母さんが湯呑を一つおぼんにのせてやって来た。
「お待たせしてしまってすみませんね、小宮さん。もうすぐ慶彦来ますから」
「ありがとうございます。いただきます」
こんな丁寧に対応してくれるなんて…この人、本当に前田のお母さんで合ってる?
「莉緒」
「え!?ちょっと、何!?」
突然後ろから抱きしめるように腕が伸びてきた。
とっさに避けて振り向くと、予想通り、アイツが余裕の笑みを浮かべながら小馬鹿にするように降参ポーズをとっていた。
「わりいわりい。莉緒にはちょっと刺激が強すぎたな」
「は?なに言ってんのよ。突然抱きしめようとしてくるとか意味わかんない」
「なんだよ、せっかく来てくれたんだからサービスしてやろうと思ったのによ」
「サービス?前田にくっつかれても嬉しくもなんともないんだけど。こんなことならプリントなんて届けに来なきゃよかった」
「プリント?」
「前田が忘れてった明日の予定表」
間抜け面でまだ「予定表?」なんて繰り返してくる前田に腹が立って、私はお留守になっている胸元にカバンから引っ張り出したプリントをたたきつけてやった。
のに、前田は私の動きなんて予想していたのか、いとも簡単にプリントを受け取ってみせた。
「予定表ねえ、とかなんとか言っちゃって本当は届けに行くって口実で俺に会いに来たんだろ?素直じゃねえなあ、莉緒は」
「そんなわけないでしょ。みんなに頼まれたから届けに来たの。というか、さっきから気になってたんだけど、その莉緒呼びなによ?気持ち悪いんだけど」
「そりゃ、莉緒がさっき入り口んとこで慶彦君って呼んできたからに決まってんだろ」
「確かに呼んだけどさ、それ、前田に双子の兄弟がいるっていうから仕方なくなんだけど」
「ふーん、それよか莉緒、顔赤いぜ?」
「慶彦」
ずっと黙って私と前田の言い合いを見ていた前田のお母さんが割り込むように口を開いた。
突然のことに驚いた私達は、顔を見合わせてからゆっくりと振り向いた。
「なんだよ」
普段の前田からは想像できないくらいボソボソと返事をしている。これはまずいかもしれない。
「なんだよ、じゃないでしょ。小宮さんに失礼なことばかり言って…それに、まずは「届けに来てくれてありがとう」でしょ。」
「…おう。わりい、小宮、ありがとうな」
「いいよ、べつに、そんなに気にしてないし」
さっきまでかなり怒ってたはずなのに、お母さんに注意されて落ち込んでいる前田を見ていたら、ちょっとかわいそうになってきた。
それに、前田のお母さんって、やっぱりあの前田を育てているだけあって結構怖い。穏やかな人は逆に怒らせると怖いっていうのも分かるような気がしてきた。
「小宮さん」
「なんですか」
不意に呼ばれて、少し声が震えた。
「慶彦が失礼なことばかり言ってすみませんね。わざわざ忘れ物を届けに来てくれたのに」
「え!?いいんですよ、そんな。こちらこそお仕事中にお邪魔して騒いだりして申し訳ないです」
頭を下げる前田のお母さんに、私の方が迷惑を掛けてしまったはずなのに、と慌てて何度も頭を下げる。
前田のお母さんは、私のあまりの慌てぶりに、「小宮さんの方こそ謝らなくてもいいんですよ」と小さく笑った。
「それより小宮さん」
「なんですか?」
ちゃんと向き直って聞き返すと、前田のお母さんはまた申し訳なさそうに眉を下げた。
「もう大分遅い時間になっているけれど、帰りは大丈夫かしら?」
「え?」
慌てて腕時計を確認すると、時間はまだ九時を少し回った頃だった。
「ああ、このくらいなら大丈夫です。いつも部活から帰る時間はもっと遅いですし」
「そうなの?でも、九時に女の子一人で帰るなんて心配だし…そうだわ!ねえ、小宮さん、慶彦に家まで送っていってもらったらどうかしら?」
「え!?いや、さすがにそれはご迷惑じゃないですか?」
「いいのよ、遠慮しないで。失礼なこと言ったお詫びだと思って、ね?」
いや、遠慮しているんじゃなくて本当に嫌なんだけど。なんて言えないし。
そのまま「いや、その」なんて言葉に詰まっているうちに、前田のお母さんはいつの間にか離れた椅子でバラエティ番組にチラチラと目を遣っていた前田を引っ張ってきてしまった。