夜の帰り道1章
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テストが終わってからというもの、バレー部のみんなは目前に迫ったインターハイ予選に向けて厳しい練習に明け暮れた。もちろん私達マネージャーも選手たちのサポートに当日の荷物の準備、諸々の事務仕事と大忙しの日々を送ったのだけれど、それもついに今日で終わりだ。
総仕上げに、と来てくださったOBの先輩方にアドバイスをもらいながら部内で練習試合をして、私達は黒木監督の周りに集まった。
明日からの試合運びについてや予定などの事務的な連絡を淡々と済ませた後、監督からの力強い激励の言葉を聞いて、さらに、今日はもう家へ帰ってもよいとの許可まで貰って、解散したのだった。
もっとも、私達マネージャーには明日の荷物の最終チェックという重要な仕事がまだ残されているから居残りしないといけなかったのだけど。
手元のメモがチェックマークで埋まっていくたびになんとなくそわそわと落ち着かない気持ちが湧いてくるのを紛らわすように、マネージャー仲間のナッツとさとちゃんとああだこうだ愚痴を言い合いながら、最後のバッグのチャックを開いたところで、後ろから「おーい」と大声で私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
なんだろう?と目を見合わせて三人で振り向くと、かなり慌てた様子で辰巳が走り寄って来るところだった。
「辰巳先輩どうしたんですかー?」
手に持った救急箱を一旦地面に置いてさとちゃんが叫んだ。
私達の目の前で立ち止まった辰巳は、さとちゃんに一枚のプリントを渡した。
「どうしたの?さっき配られた明日の予定表?」
さとちゃんの受け取ったプリントを覗き込みながら尋ねると、辰巳は一呼吸おいてから口を開いた。
「ああ、そうだ。前田が部屋に忘れていってな。お前たち、前田がどこにいるか知らないか?」
「前田君?前田君ならさっき小宮ちゃんにちょっかい出して帰ってったけど」
なぜかニヤニヤこっちを見ながらそう言うナッツにちょっといやな感じもするけど一応頷くと、辰巳は「そうか」とプリントをきれいにたたみ直してジャージのポケットに仕舞った。
「すまない。邪魔したな。まだアイツも起きているだろうからこれは俺が家まで届けに行く。お前たちもあまり遅くならないようにな」
「特にお前だ」とでも言うようにじろりと私の方に視線を遣ってから辰巳は「じゃあ」と手を上げて、踵を返した。
「ちょっ、辰巳君待って」
ナッツが慌てたように大声で呼び止める。
「なんだ?」
「なんだじゃないよ」
言いながら辰巳に駆け寄っていくナッツに私もさとちゃんも顔を見合わせてついていく。
「辰巳君の家、前田君の家からちょっと遠くない?大丈夫なの?」
「そうだな。まあ近くはないが歩いていけない距離ではない。大丈夫だ」
「それを遠いって言うの。今日まであんなにハードな練習してきたっていうのにそんなことしてたら辰巳君、ゆっくり休めないじゃん」
すごい剣幕で早口にそう捲し立てるナッツに私もさとちゃんもそういうことかと頷いて横から「そうだよ。やめた方がいいよ」「先輩たちの言う通りです」と加勢した。
それでも辰巳はまだ「しかし」とプリントに視線を遣る。
もう、別に忘れてった前田が悪いんだし明日の朝渡せばいいじゃん。辰巳がわざわざ届けに行くこと無いのに。
三人がかりで止めても全然首を縦に振ろうとしない辰巳にちょっとイラっとしてきて「だから」と語気を強めたところで隣のさとちゃんが「あーっ!」と大きな声を出して急に私の手を取ってきた。
「え?なに?さとちゃん、どうしたの?」
「辰巳先輩!莉緒先輩が前田先輩にプリントを届けてあげれば万事解決じゃないですか!?」
「私、ナイスアイデア!」とばかりに目をキラキラさせてさとちゃんは私の腕をぐいぐい引っ張る。
「ちょ、さとちゃん落ち着いて!私、前田の家にプリント持ってけないよ!」
されるがままさとちゃんに振り回されながらも半ば叫ぶようになんとかそう言うと、さとちゃんは不思議そうな顔で首を傾げた。
「え?なんで持って行ってあげられないんですか?莉緒先輩、前田先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」
「え!?ちょっと、さとちゃん変なこと言うのやめてよ!前田と私が付き合ってるわけないじゃない!」
「そうなんですか!?よく二人っきりで帰ってるし、莉緒先輩が倒れた時も前田先輩ったらお姫様抱っこで保健室まで連れてってたし、それにそれに!二人ともみんなの前でイチャイチャしっぱなしじゃないですか!」
「イチャイチャ?いや、してないよ!」
まるで好きな少女漫画について語るみたいに私と前田のラブシーンを指折り数えて迫ってくるさとちゃんをなんとか押し返しながら、私はナッツと辰巳に「助けて」と目で訴えた。
けれど、ナッツは「わかる。小宮ちゃんって前田君と話してる時が一番楽しそうっていうか、なんか生き生きしてるし」なんて変に真面目な顔で言うし、辰巳も「そうだな」とそれに相槌を打つだけだった。
いや、たしかに前田とは一緒に帰る羽目になることばっかりだから、そのせいで仲が良いように見えるかもしんないけどさ、私にとって前田って大体ムカつくようなことしかしてこない嫌なヤツなんだよ。
でも、ニヤニヤしながら小突いてくるさとちゃんとナッツにも、辰巳にだって、なぜかそうやって反論することができなかった。
別に、言い返したら言い返したで「必死過ぎる」って思われるかもしれないし、もしそう思われたらすごくイヤだからこれでいいような気もするけど、なんだかちょっともやっとする。
「それで小宮」
「なに?」
突然名前を呼ばれて慌てて辰巳の方を振り返る。
辰巳はさっきのプリントをまた私に差し出してきた。
「頼まれてくれないか?」
「え、でも」
反射的に受け取ってしまったプリントをおずおずと辰巳の方に向け直す。
「なんで行かないのよー」
「そうですよ!前田先輩とお家デートですよ!先輩!」
両側からナッツとさとちゃんがひっついて腕をグイグイ引っ張ってくる。
なんとかしつこく揺らしてくる二人を「やめてよー」とやんわり振り払って今度はしっかり辰巳にプリントを差し出した。
「あのさ、辰巳には申し訳ないけど前田の家知らないから届けに行けないよ」
小さく首だけ下げて「ごめん」と続けると、また両側から二人がしがみついてきた。
「ちょっとなに!?」
「なにじゃないよ!あんた前田君の家知らなかったの?!」
「普通に知らないよ」
「あんなに一緒に帰ってるのに?!」
「うん、まあ、一緒に帰ってるっていうか家まで送ってもらってるって感じだし」
「え!?家まで毎回送ってもらってるんですか!?それもう付き合ってませんか!?」
「付き合ってないよ!」
「小宮」
「は、はい」
突然真面目な顔で呼ばれたものだからついついびしっと背筋を伸ばしてしまう。両脇の二人までさっきまでの大騒ぎが嘘のようにピタッと動きを止めた。
「前田の家の地図と住所だ。これがあれば行けるか?」
「え?」
思わぬ展開に固まってしまっていたら、それを「大丈夫」ということだと勘違いしてしまったのか辰巳は「じゃあ頼んだぞ」と強引に地図と住所の書かれたノートの切れ端を押し付けてさっさと校門の方へ歩いて行ってしまった。
「まだ「行く」なんて一言も言ってないのに」
そうボソッと悪態をつくけれど、深い色のジャージは、ぽつぽつと電灯が浮かび上がっているだけの真っ暗な道に溶けていってしまった。
「よかったじゃないですか!莉緒先輩!これで前田先輩のお家に行けますね!」
「準備の残りは私とさとちゃんでやっとくから、心配しないで早く行ってきな!小宮ちゃん!」
いつの間にまとめてくれていたのか、二人は私のカバンをニヤニヤ笑いながら渡してきた。
もうこうなったら本当に行くしかないじゃないの。
「ありがとうね、ナッツ、さとちゃん」
私は二人に小さく手を振って踵を返した。
肩にのしかかるカバンが物凄く重く感じる。
総仕上げに、と来てくださったOBの先輩方にアドバイスをもらいながら部内で練習試合をして、私達は黒木監督の周りに集まった。
明日からの試合運びについてや予定などの事務的な連絡を淡々と済ませた後、監督からの力強い激励の言葉を聞いて、さらに、今日はもう家へ帰ってもよいとの許可まで貰って、解散したのだった。
もっとも、私達マネージャーには明日の荷物の最終チェックという重要な仕事がまだ残されているから居残りしないといけなかったのだけど。
手元のメモがチェックマークで埋まっていくたびになんとなくそわそわと落ち着かない気持ちが湧いてくるのを紛らわすように、マネージャー仲間のナッツとさとちゃんとああだこうだ愚痴を言い合いながら、最後のバッグのチャックを開いたところで、後ろから「おーい」と大声で私達を呼ぶ声が聞こえてきた。
なんだろう?と目を見合わせて三人で振り向くと、かなり慌てた様子で辰巳が走り寄って来るところだった。
「辰巳先輩どうしたんですかー?」
手に持った救急箱を一旦地面に置いてさとちゃんが叫んだ。
私達の目の前で立ち止まった辰巳は、さとちゃんに一枚のプリントを渡した。
「どうしたの?さっき配られた明日の予定表?」
さとちゃんの受け取ったプリントを覗き込みながら尋ねると、辰巳は一呼吸おいてから口を開いた。
「ああ、そうだ。前田が部屋に忘れていってな。お前たち、前田がどこにいるか知らないか?」
「前田君?前田君ならさっき小宮ちゃんにちょっかい出して帰ってったけど」
なぜかニヤニヤこっちを見ながらそう言うナッツにちょっといやな感じもするけど一応頷くと、辰巳は「そうか」とプリントをきれいにたたみ直してジャージのポケットに仕舞った。
「すまない。邪魔したな。まだアイツも起きているだろうからこれは俺が家まで届けに行く。お前たちもあまり遅くならないようにな」
「特にお前だ」とでも言うようにじろりと私の方に視線を遣ってから辰巳は「じゃあ」と手を上げて、踵を返した。
「ちょっ、辰巳君待って」
ナッツが慌てたように大声で呼び止める。
「なんだ?」
「なんだじゃないよ」
言いながら辰巳に駆け寄っていくナッツに私もさとちゃんも顔を見合わせてついていく。
「辰巳君の家、前田君の家からちょっと遠くない?大丈夫なの?」
「そうだな。まあ近くはないが歩いていけない距離ではない。大丈夫だ」
「それを遠いって言うの。今日まであんなにハードな練習してきたっていうのにそんなことしてたら辰巳君、ゆっくり休めないじゃん」
すごい剣幕で早口にそう捲し立てるナッツに私もさとちゃんもそういうことかと頷いて横から「そうだよ。やめた方がいいよ」「先輩たちの言う通りです」と加勢した。
それでも辰巳はまだ「しかし」とプリントに視線を遣る。
もう、別に忘れてった前田が悪いんだし明日の朝渡せばいいじゃん。辰巳がわざわざ届けに行くこと無いのに。
三人がかりで止めても全然首を縦に振ろうとしない辰巳にちょっとイラっとしてきて「だから」と語気を強めたところで隣のさとちゃんが「あーっ!」と大きな声を出して急に私の手を取ってきた。
「え?なに?さとちゃん、どうしたの?」
「辰巳先輩!莉緒先輩が前田先輩にプリントを届けてあげれば万事解決じゃないですか!?」
「私、ナイスアイデア!」とばかりに目をキラキラさせてさとちゃんは私の腕をぐいぐい引っ張る。
「ちょ、さとちゃん落ち着いて!私、前田の家にプリント持ってけないよ!」
されるがままさとちゃんに振り回されながらも半ば叫ぶようになんとかそう言うと、さとちゃんは不思議そうな顔で首を傾げた。
「え?なんで持って行ってあげられないんですか?莉緒先輩、前田先輩と付き合ってるんじゃないんですか?」
「え!?ちょっと、さとちゃん変なこと言うのやめてよ!前田と私が付き合ってるわけないじゃない!」
「そうなんですか!?よく二人っきりで帰ってるし、莉緒先輩が倒れた時も前田先輩ったらお姫様抱っこで保健室まで連れてってたし、それにそれに!二人ともみんなの前でイチャイチャしっぱなしじゃないですか!」
「イチャイチャ?いや、してないよ!」
まるで好きな少女漫画について語るみたいに私と前田のラブシーンを指折り数えて迫ってくるさとちゃんをなんとか押し返しながら、私はナッツと辰巳に「助けて」と目で訴えた。
けれど、ナッツは「わかる。小宮ちゃんって前田君と話してる時が一番楽しそうっていうか、なんか生き生きしてるし」なんて変に真面目な顔で言うし、辰巳も「そうだな」とそれに相槌を打つだけだった。
いや、たしかに前田とは一緒に帰る羽目になることばっかりだから、そのせいで仲が良いように見えるかもしんないけどさ、私にとって前田って大体ムカつくようなことしかしてこない嫌なヤツなんだよ。
でも、ニヤニヤしながら小突いてくるさとちゃんとナッツにも、辰巳にだって、なぜかそうやって反論することができなかった。
別に、言い返したら言い返したで「必死過ぎる」って思われるかもしれないし、もしそう思われたらすごくイヤだからこれでいいような気もするけど、なんだかちょっともやっとする。
「それで小宮」
「なに?」
突然名前を呼ばれて慌てて辰巳の方を振り返る。
辰巳はさっきのプリントをまた私に差し出してきた。
「頼まれてくれないか?」
「え、でも」
反射的に受け取ってしまったプリントをおずおずと辰巳の方に向け直す。
「なんで行かないのよー」
「そうですよ!前田先輩とお家デートですよ!先輩!」
両側からナッツとさとちゃんがひっついて腕をグイグイ引っ張ってくる。
なんとかしつこく揺らしてくる二人を「やめてよー」とやんわり振り払って今度はしっかり辰巳にプリントを差し出した。
「あのさ、辰巳には申し訳ないけど前田の家知らないから届けに行けないよ」
小さく首だけ下げて「ごめん」と続けると、また両側から二人がしがみついてきた。
「ちょっとなに!?」
「なにじゃないよ!あんた前田君の家知らなかったの?!」
「普通に知らないよ」
「あんなに一緒に帰ってるのに?!」
「うん、まあ、一緒に帰ってるっていうか家まで送ってもらってるって感じだし」
「え!?家まで毎回送ってもらってるんですか!?それもう付き合ってませんか!?」
「付き合ってないよ!」
「小宮」
「は、はい」
突然真面目な顔で呼ばれたものだからついついびしっと背筋を伸ばしてしまう。両脇の二人までさっきまでの大騒ぎが嘘のようにピタッと動きを止めた。
「前田の家の地図と住所だ。これがあれば行けるか?」
「え?」
思わぬ展開に固まってしまっていたら、それを「大丈夫」ということだと勘違いしてしまったのか辰巳は「じゃあ頼んだぞ」と強引に地図と住所の書かれたノートの切れ端を押し付けてさっさと校門の方へ歩いて行ってしまった。
「まだ「行く」なんて一言も言ってないのに」
そうボソッと悪態をつくけれど、深い色のジャージは、ぽつぽつと電灯が浮かび上がっているだけの真っ暗な道に溶けていってしまった。
「よかったじゃないですか!莉緒先輩!これで前田先輩のお家に行けますね!」
「準備の残りは私とさとちゃんでやっとくから、心配しないで早く行ってきな!小宮ちゃん!」
いつの間にまとめてくれていたのか、二人は私のカバンをニヤニヤ笑いながら渡してきた。
もうこうなったら本当に行くしかないじゃないの。
「ありがとうね、ナッツ、さとちゃん」
私は二人に小さく手を振って踵を返した。
肩にのしかかるカバンが物凄く重く感じる。