夜の帰り道1章
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十字路をいつもとは反対方向に曲がって、少し歩くと小学生の頃毎日のように友達と行っていた懐かしの駄菓子屋が見えてきた。
そんな駄菓子屋に違う小学校に通っていたはずの前田に連れてこられるなんてなんか変な感じだ。前田もよくここへ来ていたのかな。
店先に着くやいなや、前田は開けるのにちょっとコツのいる建て付けの悪い引き戸を難なく開けて、ただでさえ大きな声を張り上げておばちゃんを呼びながらさっさと中へ入っていった。
私も、なぜだか自分たち以外に人の気配を全く感じない薄暗い店内に向かって「こんにちは」と小さく頭を下げてから、その後に続いた。
おばちゃんの耳が遠いから仕方がないとはいえ、狭い店内に自分たちの声だけが響いているのがなんだか気恥ずかしくて、私は、なおも大声でおばちゃんを呼び続ける前田の背中から少し目を逸らした。
そのまま、前田といろいろなキャラクターや食べ物のコミカルなイラストでいっぱいの派手な色の小さな袋がぎゅうぎゅうに詰まった思ったよりも小さな台の間をすり抜けていくと、いつもおばちゃんが一人座ってお茶を飲んでいた小さなスペースに出た。
けれど、そこには見慣れた小さなイスと、あんまりかわいくない猫のキャラクターがでかでかと描かれた若干色が剥げている真っ赤な缶の置かれた小さなテーブルがあるだけで、おばちゃんの姿は無かった。
他におばちゃんがいそうな場所は、と思い出しながらあたりを見回していると、前田はさも当然のようにおばちゃんがいつも座っていた古びた小さなイスにどかっと座り込んだ。
「ちょっと」と咎めるように声をかけたけれど、前田はまるで気にする様子もなく、自分の家で寛いでいるかのようにのけ反って大きな欠伸をして、あろうことか、悪びれもせずに顎でちょいちょい、と隅に積まれているプラスチックのイス達を指してきた。
「何突っ立ってんだよ。小宮も座りゃいいじゃん」
「いいよ別に。勝手にイス使うの、おばちゃんに悪いし」
「大丈夫だって、んなことでここのおばちゃん怒んねえから」
すでに椅子からはみ出ている体をもっと伸ばして小さな背もたれをギシギシいわせながらそう笑う前田に思わず大きなため息が出る。
たしかにここのおばちゃんってすごく優しいのは知ってるけど。
なんて思い出しながら、筆記用具と教科書とノートが少ししか入っていないぺしゃんこのカバンでもないよりはマシだと床に置いて、さらに押し潰すように座ってから、また前田に視線を戻すと、なぜだか前田はぱっと目を輝かせてこちらをじっと見ていた。
「え、なに?なんか気持ち悪いんだけど」
いつになく目をキラキラさせてこちらを見つめてくる前田がなんとなく不気味で、反射的にそう言って距離を取ったのに、前田はそれを全く気にする素振りも見せず、それどころか我ながら言い過ぎたかもと思うような悪口も「へいへい」と流して、ぐいぐいこちらへ身を乗り出してきた。
「なあなあ、それよかさ、小宮ってこの辺の小学校だったのか?」
「は?」
前田の予想外の質問に頭が追いつかなくて固まっていると、前田はそんなことお構いなしに私の肩をぶんぶん揺さぶって、何度も興奮気味に早口で捲し立てるように聞いてきた。
私がされるがままに空回りさせられている頭を、なんとか「うん」と上下に振ると、前田はピタッと手を止めて、さらにぱあっと目を輝かせて「俺も」と半ば叫ぶように言ってきた。
まだ頭が混乱しているところに強引に大声をねじ込まれてじんわりと頭の奥の方が痛むような気持ち悪さを感じているはずなのに、地元が近いってだけで、なぜだか前田にものすごい親近感を感じて、私も前田みたいに大きな声で「うそ。ほんと?」なんてわけのわからないことを口走ってしまった。
私の大きすぎて逆に聞き取りずらいであろう声もしっかり拾った前田も興奮気味に「おう、おう」と大げさに何度も頷いた。かと思ったら、前田は突然ニヤっと不敵に笑って「なあなあ」とぐっと顔を近寄せてきた。
いつもなら「なんか企んでいるな?」と警戒するけれど、なぜか今は前田の話を聞いてあげようという気持ちになって、前田に倣って小さな声で「なになに?」と私もほんのちょっとだけ前田の方に顔を近づけた。
そうしたら前田は得意になってもっとニヤニヤと笑って、話し始めた。
「小宮さ、ここのおばちゃんがすっげえ耳悪いのもちろん知ってンだろ?実はよ、前に俺の友達がおばちゃんに「ジョリジョリ君ソーダありますかー?」って聞いたんだよ。そん時さ、おばちゃんどんなことしたと思うよ?」
「え?どんなことって、別のお菓子持ってきたとか?」
「ちっげえよ。あのな、おばちゃんな、「あいよー」つってジョリジョリ君の顔がついたバケツ持ってきやがったんだよ」
「え?てことは「ソーダ」と「バケツ」を聞き間違えたってこと?」
ぴくぴく動く腹を抑え込みながら前田が私に答えるべく「おう」と絞り出すのとほぼ同時に、私と前田は二人してぶふっと盛大に吹き出して、そのまま手近にあるものを片っ端からバシバシ叩いておもいっきり笑い出した。
「仲良く話すのはいいけど、ご近所さんにご迷惑をおかけしたら悪いし、もう少し小さな声で話さないとね」
突然、背後から落ち着いたゆっくりとした口調で声をかけられた。珍しく揃った動きで振り向くと、そこには眠そうに小さく欠伸をこぼしながら立っているおばちゃんの姿があった。
隣で「やべえ」とぼそぼそ言いながら必要以上に汗をだらだらかいて固まっている前田の頭も下げさせるようにシャツの袖のあたりを強く引っ張って、私は咄嗟に頭を下げて謝った。
けれど、おばちゃんは「べつにいいのよ」と穏やかに笑ったっきり、私の慌てた様子なんて気にする素振りも見せずに「で、今日はどうしたの?」と、見慣れたにこやかな表情で聞いてくれた。
「べつにいい」と言ってもらえたけれど、おばちゃんの噂話を聞かれた挙句、大声で騒いで迷惑をかけてしまったことを本当にあっさり水に流してくれたのか、ぴくりとも動かない完璧な笑顔からはわからなくて、「あのですね」と切り出せないでいると、袖を掴む私の手を軽く一振りで振り払って、前田は気にする様子もなく「アイス買いにきた」とポケットの中からあの当たり棒と小銭をじゃらじゃら取り出した。
おばちゃんは渡された小銭をパッと見てからそのうちのちょっとを「多かったわよ」と前田の手を握るように返してから、すぐに引っ込んで行ってしまった。
静かに奥の部屋に入っていくおばちゃんを黙ってぼうっと見つめていたら、いつの間にか、「全部1コ50円」と黒マジックででかでかと書かれたよれよれの張り紙がかろうじて貼り付けられているケースの中を前田が漁っていた。
「小宮ー、ソーダ味とコーラ味、どっちにする?」
「うーん、じゃあ、ソーダ」
「ん、わかった」
そう言って、ゆっくりとこちらを振り向いたかと思ったら、前田は不意に私の頬にジョリジョリ君を押し付けてきた。
普通だったら「つめたっ」なんて言ってびっくりするところなのかもしれないけれど、前田に突然いたずらされるなんてもう私にとっては日常茶飯事で、ぜんぜん驚かないし、むしろちょっとイラっとする。たまにはなんかやり返してやろうか。
私は頬にぺったりとくっついたブルーをさっと取り上げてから、ため息を吐きたくなるのを今回はぐっと堪えて、あえてニヤっと笑って「ありがとうね。前田」って言ってやった。
そうしたら、前田はボソッと「つまんねえの」とって言ってから、またケースの中を漁り始めた。
せめてもの仕返しに私をイラつかせようとしているのか、ガサガサとわざと煩く音を立ててケースの中をいじくる前田の背中がなんだかおかしくって、また盛大に吹き出しそうになった。
少しして、前田はケロッとした様子で「これにするわ」と、ケースの中からアイスを一個取り出して、さっき座っていたイスにまたどかっと腰を下ろした。
「ちょっと、何してんのよ。勝手に座るのはマズいんじゃない?ってさっきも言ったじゃん」
慌てて私がそう注意すると、前田はまた気にする様子もなく、いつの間に置かれていたのか、目がチカチカするようなピンク色の小さなイスを足でこちらにやってきた。
「え?なに?」
「これ、多分、さっきおばちゃんが出してたやつだし、小宮の分だろ」
「は?私の?」
一瞬「前田は何を言ってるんだろう?」と思ったけれど、さっきまでそこに無かった、見てるだけで頭が痛くなるようなキツいピンク色のイスを前にしていると、なんだか、だんだん前田が言う通りな気がしてきた。
でも、もしそうだとしたら、これって、おばちゃんに「しばらくここに二人でいていいからね」って気を遣われていることになるよね。私は前田にそういう気持ちなんて全く無いのに。
そのまま、自分と前田のことを、あれこれ悶々と考えながら、イスをじっと見つめて固まっていると、前田が不思議そうな顔で包み紙がついたままのアイス片手に「座んねえの?」と呑気な声で聞いてきた。
いつもは私の考えてることとかはかなり当ててくるのに、おばちゃんのお節介には全く気付く様子もなく、そんなことを聞いてきた前田にまた大きなため息が漏れ出しそうになる。
ほんと、前田っていつもそう。全然周りの人のお節介とかいじりとかは、はっきり、直接されないと全然気づかないんだから。巻き込まれてる私ばっかり気まずくなるのはすごいムカつく。
「ねえ、前田、やっぱり外で食べようよ。あんまり長居したらおばちゃんに迷惑かかるだろうしさ」
なるべくいつも通り、いつも通り、と頭の中で反芻しながら、そう前田に言って、私は目の前のショッキングピンクを思いっきり滑らせてやった。
その様子を意味が分かっていなさそうな、いや、本当に意味が分かっていないというような顔で、前田は「お、おう」と遅れて返事をしたのを横目で確認してから、私は真っすぐ出口に向かって歩きだした。
そんな駄菓子屋に違う小学校に通っていたはずの前田に連れてこられるなんてなんか変な感じだ。前田もよくここへ来ていたのかな。
店先に着くやいなや、前田は開けるのにちょっとコツのいる建て付けの悪い引き戸を難なく開けて、ただでさえ大きな声を張り上げておばちゃんを呼びながらさっさと中へ入っていった。
私も、なぜだか自分たち以外に人の気配を全く感じない薄暗い店内に向かって「こんにちは」と小さく頭を下げてから、その後に続いた。
おばちゃんの耳が遠いから仕方がないとはいえ、狭い店内に自分たちの声だけが響いているのがなんだか気恥ずかしくて、私は、なおも大声でおばちゃんを呼び続ける前田の背中から少し目を逸らした。
そのまま、前田といろいろなキャラクターや食べ物のコミカルなイラストでいっぱいの派手な色の小さな袋がぎゅうぎゅうに詰まった思ったよりも小さな台の間をすり抜けていくと、いつもおばちゃんが一人座ってお茶を飲んでいた小さなスペースに出た。
けれど、そこには見慣れた小さなイスと、あんまりかわいくない猫のキャラクターがでかでかと描かれた若干色が剥げている真っ赤な缶の置かれた小さなテーブルがあるだけで、おばちゃんの姿は無かった。
他におばちゃんがいそうな場所は、と思い出しながらあたりを見回していると、前田はさも当然のようにおばちゃんがいつも座っていた古びた小さなイスにどかっと座り込んだ。
「ちょっと」と咎めるように声をかけたけれど、前田はまるで気にする様子もなく、自分の家で寛いでいるかのようにのけ反って大きな欠伸をして、あろうことか、悪びれもせずに顎でちょいちょい、と隅に積まれているプラスチックのイス達を指してきた。
「何突っ立ってんだよ。小宮も座りゃいいじゃん」
「いいよ別に。勝手にイス使うの、おばちゃんに悪いし」
「大丈夫だって、んなことでここのおばちゃん怒んねえから」
すでに椅子からはみ出ている体をもっと伸ばして小さな背もたれをギシギシいわせながらそう笑う前田に思わず大きなため息が出る。
たしかにここのおばちゃんってすごく優しいのは知ってるけど。
なんて思い出しながら、筆記用具と教科書とノートが少ししか入っていないぺしゃんこのカバンでもないよりはマシだと床に置いて、さらに押し潰すように座ってから、また前田に視線を戻すと、なぜだか前田はぱっと目を輝かせてこちらをじっと見ていた。
「え、なに?なんか気持ち悪いんだけど」
いつになく目をキラキラさせてこちらを見つめてくる前田がなんとなく不気味で、反射的にそう言って距離を取ったのに、前田はそれを全く気にする素振りも見せず、それどころか我ながら言い過ぎたかもと思うような悪口も「へいへい」と流して、ぐいぐいこちらへ身を乗り出してきた。
「なあなあ、それよかさ、小宮ってこの辺の小学校だったのか?」
「は?」
前田の予想外の質問に頭が追いつかなくて固まっていると、前田はそんなことお構いなしに私の肩をぶんぶん揺さぶって、何度も興奮気味に早口で捲し立てるように聞いてきた。
私がされるがままに空回りさせられている頭を、なんとか「うん」と上下に振ると、前田はピタッと手を止めて、さらにぱあっと目を輝かせて「俺も」と半ば叫ぶように言ってきた。
まだ頭が混乱しているところに強引に大声をねじ込まれてじんわりと頭の奥の方が痛むような気持ち悪さを感じているはずなのに、地元が近いってだけで、なぜだか前田にものすごい親近感を感じて、私も前田みたいに大きな声で「うそ。ほんと?」なんてわけのわからないことを口走ってしまった。
私の大きすぎて逆に聞き取りずらいであろう声もしっかり拾った前田も興奮気味に「おう、おう」と大げさに何度も頷いた。かと思ったら、前田は突然ニヤっと不敵に笑って「なあなあ」とぐっと顔を近寄せてきた。
いつもなら「なんか企んでいるな?」と警戒するけれど、なぜか今は前田の話を聞いてあげようという気持ちになって、前田に倣って小さな声で「なになに?」と私もほんのちょっとだけ前田の方に顔を近づけた。
そうしたら前田は得意になってもっとニヤニヤと笑って、話し始めた。
「小宮さ、ここのおばちゃんがすっげえ耳悪いのもちろん知ってンだろ?実はよ、前に俺の友達がおばちゃんに「ジョリジョリ君ソーダありますかー?」って聞いたんだよ。そん時さ、おばちゃんどんなことしたと思うよ?」
「え?どんなことって、別のお菓子持ってきたとか?」
「ちっげえよ。あのな、おばちゃんな、「あいよー」つってジョリジョリ君の顔がついたバケツ持ってきやがったんだよ」
「え?てことは「ソーダ」と「バケツ」を聞き間違えたってこと?」
ぴくぴく動く腹を抑え込みながら前田が私に答えるべく「おう」と絞り出すのとほぼ同時に、私と前田は二人してぶふっと盛大に吹き出して、そのまま手近にあるものを片っ端からバシバシ叩いておもいっきり笑い出した。
「仲良く話すのはいいけど、ご近所さんにご迷惑をおかけしたら悪いし、もう少し小さな声で話さないとね」
突然、背後から落ち着いたゆっくりとした口調で声をかけられた。珍しく揃った動きで振り向くと、そこには眠そうに小さく欠伸をこぼしながら立っているおばちゃんの姿があった。
隣で「やべえ」とぼそぼそ言いながら必要以上に汗をだらだらかいて固まっている前田の頭も下げさせるようにシャツの袖のあたりを強く引っ張って、私は咄嗟に頭を下げて謝った。
けれど、おばちゃんは「べつにいいのよ」と穏やかに笑ったっきり、私の慌てた様子なんて気にする素振りも見せずに「で、今日はどうしたの?」と、見慣れたにこやかな表情で聞いてくれた。
「べつにいい」と言ってもらえたけれど、おばちゃんの噂話を聞かれた挙句、大声で騒いで迷惑をかけてしまったことを本当にあっさり水に流してくれたのか、ぴくりとも動かない完璧な笑顔からはわからなくて、「あのですね」と切り出せないでいると、袖を掴む私の手を軽く一振りで振り払って、前田は気にする様子もなく「アイス買いにきた」とポケットの中からあの当たり棒と小銭をじゃらじゃら取り出した。
おばちゃんは渡された小銭をパッと見てからそのうちのちょっとを「多かったわよ」と前田の手を握るように返してから、すぐに引っ込んで行ってしまった。
静かに奥の部屋に入っていくおばちゃんを黙ってぼうっと見つめていたら、いつの間にか、「全部1コ50円」と黒マジックででかでかと書かれたよれよれの張り紙がかろうじて貼り付けられているケースの中を前田が漁っていた。
「小宮ー、ソーダ味とコーラ味、どっちにする?」
「うーん、じゃあ、ソーダ」
「ん、わかった」
そう言って、ゆっくりとこちらを振り向いたかと思ったら、前田は不意に私の頬にジョリジョリ君を押し付けてきた。
普通だったら「つめたっ」なんて言ってびっくりするところなのかもしれないけれど、前田に突然いたずらされるなんてもう私にとっては日常茶飯事で、ぜんぜん驚かないし、むしろちょっとイラっとする。たまにはなんかやり返してやろうか。
私は頬にぺったりとくっついたブルーをさっと取り上げてから、ため息を吐きたくなるのを今回はぐっと堪えて、あえてニヤっと笑って「ありがとうね。前田」って言ってやった。
そうしたら、前田はボソッと「つまんねえの」とって言ってから、またケースの中を漁り始めた。
せめてもの仕返しに私をイラつかせようとしているのか、ガサガサとわざと煩く音を立ててケースの中をいじくる前田の背中がなんだかおかしくって、また盛大に吹き出しそうになった。
少しして、前田はケロッとした様子で「これにするわ」と、ケースの中からアイスを一個取り出して、さっき座っていたイスにまたどかっと腰を下ろした。
「ちょっと、何してんのよ。勝手に座るのはマズいんじゃない?ってさっきも言ったじゃん」
慌てて私がそう注意すると、前田はまた気にする様子もなく、いつの間に置かれていたのか、目がチカチカするようなピンク色の小さなイスを足でこちらにやってきた。
「え?なに?」
「これ、多分、さっきおばちゃんが出してたやつだし、小宮の分だろ」
「は?私の?」
一瞬「前田は何を言ってるんだろう?」と思ったけれど、さっきまでそこに無かった、見てるだけで頭が痛くなるようなキツいピンク色のイスを前にしていると、なんだか、だんだん前田が言う通りな気がしてきた。
でも、もしそうだとしたら、これって、おばちゃんに「しばらくここに二人でいていいからね」って気を遣われていることになるよね。私は前田にそういう気持ちなんて全く無いのに。
そのまま、自分と前田のことを、あれこれ悶々と考えながら、イスをじっと見つめて固まっていると、前田が不思議そうな顔で包み紙がついたままのアイス片手に「座んねえの?」と呑気な声で聞いてきた。
いつもは私の考えてることとかはかなり当ててくるのに、おばちゃんのお節介には全く気付く様子もなく、そんなことを聞いてきた前田にまた大きなため息が漏れ出しそうになる。
ほんと、前田っていつもそう。全然周りの人のお節介とかいじりとかは、はっきり、直接されないと全然気づかないんだから。巻き込まれてる私ばっかり気まずくなるのはすごいムカつく。
「ねえ、前田、やっぱり外で食べようよ。あんまり長居したらおばちゃんに迷惑かかるだろうしさ」
なるべくいつも通り、いつも通り、と頭の中で反芻しながら、そう前田に言って、私は目の前のショッキングピンクを思いっきり滑らせてやった。
その様子を意味が分かっていなさそうな、いや、本当に意味が分かっていないというような顔で、前田は「お、おう」と遅れて返事をしたのを横目で確認してから、私は真っすぐ出口に向かって歩きだした。