夜の帰り道1章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
古いスピーカーから鳴るこもったチャイムの音を聞いているうちに、ホームルームが始まっていた。勉強について暑苦しく語る担任の話をぼんやり聞いていたら、昨日、前田に家まで送ってもらう約束をしたのに待ち合わせについては何も決めていなかったことに気が付いた。前田から言い出したことだから、別に現れなければ一人で帰ればいいだけのことなんだけど。
そんな風に考えている間に先生の熱烈なスピーチは終わっていた。日直の掛け声に合わせてとりあえず自分も立ち上がって礼をして、それが終わると他のクラスメイトのように私もカバンに教科書を詰め始める。
「莉緒ちゃん。背が高くてかっこいい男子が莉緒ちゃんのこと呼んでるよ」
最後の一冊を詰め終えたあたりで教室の扉付近の席の友達が私の席までやって来て興奮気味にそう言った。
「え。背の高いかっこいい男子なんて知り合いにいたかな。でも、ありがとう。じゃあね」
「うん。じゃあね。莉緒ちゃんがんばれ」
そう言いながら友達は、なぜか別れ際に私の手を痛くない程度に力強く握ってブンブン振ってきた。
早くその男子の用事を聞いて前田を探そうと思い、いつもよりも少々大股で教室の扉をくぐると、廊下の壁に寄りかかった前田が「よお」と手を挙げた。普段は練習着姿ばかり見ているせいか、少し汗を吸ってよれた真っ白なシャツに、きっちりと結ばれたネクタイが新鮮に感じた。
「前田。悪いけどちょっと待ってて、私に用がある人がいるみたいなの」
「は。なんてヤツだよ」
先に約束をしていたのに後回しにされるのが嫌なのか、前田の顔が少し歪む。
「名前はわからないけど、友達が背の高いかっこいい男子が私のこと呼んでたって言ってたんだ」
「ふうん」とさっきのむくれた顔が嘘のように前田の口角が吊り上がった。
そういうことか。ため息をひとつ吐いて、私は歩き出した。
「私のこと呼んだのって前田だったのか」
「そうみたいだな。にしてもお前の友達は見る目があるな」
「逆でしょ。実際は女子をからかって遊ぶ嫌なヤツじゃないの」
「おい、それ、遊んでたわけじゃねえっつったろ。つうか、謝っただろ」
「ごめんごめん。そうだ、あの時のアメおいしかった。ありがとう」
「そうかよ」
部活やテストなんかの話で盛り上がっているうちに、私達はいつの間にか校門を出ていた。
学校が見えなくなって、道を歩く生徒の数がまばらになってきたところで突然前田はネクタイに手をかけて引き抜き、シャツを第二ボタンまで開いた。
シャツの隙間からのぞく白くて厚い胸元はなんだか見てはいけないような気がして、私は話をなんとか途切れさせないようにしながら顔をゆっくりと正面へ向けた。
家がぼんやりと見えてきた頃になって、しゃべり続けているのが私だけだということに気づいた。おかしいと思い、前田を見上げると、いやらしく笑っている前田と、ばっちり目が合った。
「なあ、なんでさっき目ぇ逸らしたんだよ。小宮のエッチ」
「べつに逸らしたわけじゃないよ。前田こそなんでネクタイ外したりボタン開けたりしたの。校則違反だよ」
図星を突かれて、つい言い訳をするために面倒くさい優等生みたいなセリフが出てしまった。自分だって先生がいなければ学校で友達と持ち寄ったお菓子を食べたりとかするのに。
案の定前田は小さく舌打ちをしてから、再び口を開いた。
「んなの、生徒指導の小林に見つかんなきゃいいんだよ。かてぇな小宮は」
「そういう問題じゃないでしょ。制服はちゃんと着ないとよくないよ。それに、先生のこと呼び捨てにしたらだめだからね」
自分が言ってしまったことが原因だとはわかっているのに、前田の言い草にムッとして、今は真面目に見える服装でいるのをいいことに、またつい優等生ぽく言い返してしまった。
先生だけじゃなくて、これからは前田にもお菓子は見つからないようにしないと。
「ふうん。そんなに言うなら小宮が結べよ。ほら」
そう言って前田は手に持っていたネクタイをぐちゃぐちゃに丸めて放り投げてきた。なんとかつかんだネクタイは外してからもう結構経ったはずなのに湿っていて、まだほんの少し熱を帯びているように感じる。
「早くしろよ。小宮」
突然前田の声がさっきよりも近くで聞こえてきた。驚きのあまり勢いよく振り向くと、前田の胸元が視界に入ってきて、とっさに目をぎゅっと瞑ってしまった。
「なにすんだよ小宮」
今度は少し離れたところから笑い声混じりの前田の声が聞こえたような気がした。言っている意味がわからなくて、ゆっくりと目を開くと真っすぐに伸びた自分の腕が目に入った。腕の先をたどっていくと、嫌味な笑みを浮かべた前田としっかりと目が合った。
「突き飛ばすなんてひでぇじゃねえか。え」
言いながら前田はわざとらしく胸元をさする。本来なら「突き飛ばして悪かった」って謝らないといけないところなのだけれど、前田の様子からして私の反応を面白がっているに決まっているから絶対に謝りたくない。そうだ。
「あ、小林先生だ」
わかりやすく前田の肩が跳ねた。と思ったら、いつの間にか手の中にあった皺だらけのネクタイは乱暴にひったくられていた。そのまま「やばい」と何度も呟きながら前田はネクタイを物凄い勢いで結び始めた。
なんとか結び終えたネクタイはお世辞にも「きちんとしている」とはいえないほど不格好で、緩んでしまいそうになる表情を隠すために手で口元を抑えた。
「なあ、小宮、小林の野郎どこにいんだよ」
前田はきょろきょろと辺りを見渡しながらいつもよりも早口で聞いてくる。小林なんてどこにもいないのに。
「なに笑ってんだよ。小宮」
「別に笑ってないよ。それより前田、ちょっとかがんでくれる」
「あ。こうか」
「うん。ありがとう」
もう意味はないだろうけど、吹き出してしまいそうなのを堪えながら、私は不格好に結ばれたネクタイに手を伸ばした。
そんな風に考えている間に先生の熱烈なスピーチは終わっていた。日直の掛け声に合わせてとりあえず自分も立ち上がって礼をして、それが終わると他のクラスメイトのように私もカバンに教科書を詰め始める。
「莉緒ちゃん。背が高くてかっこいい男子が莉緒ちゃんのこと呼んでるよ」
最後の一冊を詰め終えたあたりで教室の扉付近の席の友達が私の席までやって来て興奮気味にそう言った。
「え。背の高いかっこいい男子なんて知り合いにいたかな。でも、ありがとう。じゃあね」
「うん。じゃあね。莉緒ちゃんがんばれ」
そう言いながら友達は、なぜか別れ際に私の手を痛くない程度に力強く握ってブンブン振ってきた。
早くその男子の用事を聞いて前田を探そうと思い、いつもよりも少々大股で教室の扉をくぐると、廊下の壁に寄りかかった前田が「よお」と手を挙げた。普段は練習着姿ばかり見ているせいか、少し汗を吸ってよれた真っ白なシャツに、きっちりと結ばれたネクタイが新鮮に感じた。
「前田。悪いけどちょっと待ってて、私に用がある人がいるみたいなの」
「は。なんてヤツだよ」
先に約束をしていたのに後回しにされるのが嫌なのか、前田の顔が少し歪む。
「名前はわからないけど、友達が背の高いかっこいい男子が私のこと呼んでたって言ってたんだ」
「ふうん」とさっきのむくれた顔が嘘のように前田の口角が吊り上がった。
そういうことか。ため息をひとつ吐いて、私は歩き出した。
「私のこと呼んだのって前田だったのか」
「そうみたいだな。にしてもお前の友達は見る目があるな」
「逆でしょ。実際は女子をからかって遊ぶ嫌なヤツじゃないの」
「おい、それ、遊んでたわけじゃねえっつったろ。つうか、謝っただろ」
「ごめんごめん。そうだ、あの時のアメおいしかった。ありがとう」
「そうかよ」
部活やテストなんかの話で盛り上がっているうちに、私達はいつの間にか校門を出ていた。
学校が見えなくなって、道を歩く生徒の数がまばらになってきたところで突然前田はネクタイに手をかけて引き抜き、シャツを第二ボタンまで開いた。
シャツの隙間からのぞく白くて厚い胸元はなんだか見てはいけないような気がして、私は話をなんとか途切れさせないようにしながら顔をゆっくりと正面へ向けた。
家がぼんやりと見えてきた頃になって、しゃべり続けているのが私だけだということに気づいた。おかしいと思い、前田を見上げると、いやらしく笑っている前田と、ばっちり目が合った。
「なあ、なんでさっき目ぇ逸らしたんだよ。小宮のエッチ」
「べつに逸らしたわけじゃないよ。前田こそなんでネクタイ外したりボタン開けたりしたの。校則違反だよ」
図星を突かれて、つい言い訳をするために面倒くさい優等生みたいなセリフが出てしまった。自分だって先生がいなければ学校で友達と持ち寄ったお菓子を食べたりとかするのに。
案の定前田は小さく舌打ちをしてから、再び口を開いた。
「んなの、生徒指導の小林に見つかんなきゃいいんだよ。かてぇな小宮は」
「そういう問題じゃないでしょ。制服はちゃんと着ないとよくないよ。それに、先生のこと呼び捨てにしたらだめだからね」
自分が言ってしまったことが原因だとはわかっているのに、前田の言い草にムッとして、今は真面目に見える服装でいるのをいいことに、またつい優等生ぽく言い返してしまった。
先生だけじゃなくて、これからは前田にもお菓子は見つからないようにしないと。
「ふうん。そんなに言うなら小宮が結べよ。ほら」
そう言って前田は手に持っていたネクタイをぐちゃぐちゃに丸めて放り投げてきた。なんとかつかんだネクタイは外してからもう結構経ったはずなのに湿っていて、まだほんの少し熱を帯びているように感じる。
「早くしろよ。小宮」
突然前田の声がさっきよりも近くで聞こえてきた。驚きのあまり勢いよく振り向くと、前田の胸元が視界に入ってきて、とっさに目をぎゅっと瞑ってしまった。
「なにすんだよ小宮」
今度は少し離れたところから笑い声混じりの前田の声が聞こえたような気がした。言っている意味がわからなくて、ゆっくりと目を開くと真っすぐに伸びた自分の腕が目に入った。腕の先をたどっていくと、嫌味な笑みを浮かべた前田としっかりと目が合った。
「突き飛ばすなんてひでぇじゃねえか。え」
言いながら前田はわざとらしく胸元をさする。本来なら「突き飛ばして悪かった」って謝らないといけないところなのだけれど、前田の様子からして私の反応を面白がっているに決まっているから絶対に謝りたくない。そうだ。
「あ、小林先生だ」
わかりやすく前田の肩が跳ねた。と思ったら、いつの間にか手の中にあった皺だらけのネクタイは乱暴にひったくられていた。そのまま「やばい」と何度も呟きながら前田はネクタイを物凄い勢いで結び始めた。
なんとか結び終えたネクタイはお世辞にも「きちんとしている」とはいえないほど不格好で、緩んでしまいそうになる表情を隠すために手で口元を抑えた。
「なあ、小宮、小林の野郎どこにいんだよ」
前田はきょろきょろと辺りを見渡しながらいつもよりも早口で聞いてくる。小林なんてどこにもいないのに。
「なに笑ってんだよ。小宮」
「別に笑ってないよ。それより前田、ちょっとかがんでくれる」
「あ。こうか」
「うん。ありがとう」
もう意味はないだろうけど、吹き出してしまいそうなのを堪えながら、私は不格好に結ばれたネクタイに手を伸ばした。