短編
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特に用事もないのに、突然連絡が来ては家に押しかける。それが彼のいつもの手法だった。
だから今日も、メッセージが携帯に届いた時、いつも通りの呆れと、ほんの少しの期待を感じてしまったのは事実なのだ。
「名前ちゃあん、もう遊ぼうよぉ〜」
前触れなく家に押しかけた彼は、リビングの真ん中に置かれた、通称人をダメにするソファーに埋もれていた。
テレビの前のリラックススペースを彼が一人で占領している状態である。
お昼時の生暖かい風がリビングを吹き抜けていて、さぞかし気持ちがいいだろうと、正直、物凄く羨ましいけれど、彼は存外つまらなさそうに名前の名前を呼んだ。
「まだ、終わらないから、」
カタカタとパソコンに向かって作業を進めながら、名前は少しだけ大きな声で、彼にそう答える。
突然来てくれた彼には申し訳ないけれど、こればっかりはどうしようもない。
すると、彼は少しだけ不服そうな顔をして、早く終わらせてね〜と簡単に答えた。
思いの外、手応えが薄くて名前は訝しく思い、ちらりと横目で確認する。
けれど彼は、勝手に人の家のテレビをつけて楽しそうに野球実況を観戦し始めるだけだった。
何よ、とほんの少しだけ思う。
確かに、明け方彼からきた「暇?」というだけの連絡に「今日は家にいるけど、暇じゃないよ、」との返信を送ったのは私だけれど。
彼が押し掛けるだけの関係を許してしまっているのは私だけれど。
でも、と内心の愚痴をこぼしそうになる。
もう少し気遣ってくれてもいいのに。
作業が終わったのは、いつの間にか、日もかげっている頃だった。
終わったよ、大きく伸びをしながら彼の方に目を向けると、図体が大きいはずの彼の姿が見えない。
お手洗いだろうかと軽く考えて、痺れる足で立ち上がり、彼がいたはずのリビングを覗く。
すると驚くべきことに、彼はくるりと包まって、静かな寝息を立てていた。
あどけない寝顔はさながら赤ん坊のようでいて。
控えめに言ってもとても可愛らしい、と思う。
その寝顔を見ていると、胸の奥が息苦しい甘い響きにうなされそうになるくらいには。
「花楓くん、風邪ひくよ、」
仕方ないなあと布団を彼にかけてから、自分も彼の隣に潜った。
彼の体温は、子供のように温かくて、安心してしまう。
精神年齢が幼いことと体温は比例するのだろうか。
彼の筋肉質な背中に寄り添いながら、名前はいつの間にかきた睡魔に微睡み始めていた。
だからそれは、意識を持っていかれそうになる直前のことで。
突然背中が強い腕に引っ張られて、頭が、硬いものに押し付けられるように抱きしめられる。
硬くて弾力のある何かに頭を覆われて手首を強く掴まれた。
気づいた時にはもう、花楓くんに組み敷かれていたあとだった。
「花楓くん…?」
起きてたの、と寝ぼけ眼にそう尋ねると、うん、寝てた!と彼は快活に答えた。
「名前を待ってたんだって。」
遅かったね、と不満げに見つめられて、名前は耐らず目を逸らす。
「ごめんね、ありがとう。」
名前はそう呟くと再び目を瞑り、彼に向かって手を伸ばす。
脈絡なく差し伸べられた華奢な腕に、驚いて肩をすくめた彼の頭を、名前は忽ち抱き抱えた。
それからよしよし、とゆっくり彼の髪の毛を梳く。
「待っててくれて、ありがとう。」
一緒に寝ようねと、優しく頭を撫でられた彼は、驚いたように固まった。
それから、されるがままに名前の柔らかな感触にゆっくりと頭を押し付けると、そのまま身動き一つしない。
これはもうすぐ寝れそうだ、と名前が油断した時だった。
「ま、待って!」
やっぱり!、と彼は思いついたように、勢いよく名前の胸から顔を上げる。
もう少しだったのに、という彼女のぼやきも気にかけず、花楓くんは慌てたように名前の名前を呼んだ。
「あのさ、」
なあに、と、目を擦りながら反応すると、俺さあ、と彼は澄んだ目を輝かせて微笑んだ。
「名前ちゃんのこと、好きだよ。」
閨の睦言にしてはあまりにも直球で、名前は驚いたように目を開く。
突然の出来事に眠気もいつの間にか去ったようで、それすら恥ずかしくて、名前は照れたように苦笑した。
「今だけ、っていう言葉をつけ忘れてるよ?」
お馬鹿さんですねと笑いながら返すと、え、そうなの、と彼は案外素直に頷いた。
そこは反駁するところであって、納得するところではないだろうに。
「でも俺、かなり名前ちゃんのこと好きかもしれない。」
そういうと彼は、再び澄んだ無邪気な瞳で彼女の顔を覗き込むように見た。
それから馬乗りになっている状態のまま、急に顔を近づける。
「だってさ、」
熱い吐息を肌全体で感じるほどの近さで、彼は声を顰めてにやりと微笑んだ。
「俺、すんごいドキドキしてるもん」
そういうと、突然噛み付くように唇を奪われて、胸が詰まるように息ができなくなってしまう。
彼の展開はいつも急で、だから名前は自身の鼓動が酷く無遠慮に高鳴っているように感じた。
視界の全てが彼に占められて、酔っているような柔らかさに頭の処理が追いつかない。
仕方なく目を瞑ると、今度は彼の感触に惑わされるように、口内を蹂躙されている気がした。
胸の息苦しさと、切なさが下半身に甘い痺れをもたらすのを感じる。
「もしかして、要求不満なの?」
名前が、思いっきり酸素を吸い込むと、舌舐めずりする彼と目が合う。
赤くなっちゃって、かわいい〜
彼女が目を逸らすと、彼はいっそう楽しそうに言った。
「とりあえず、退いて…?」
名前が、取り直したように厳しい声でそう諌めると、彼は、ええ、なんで!と大きな声で落胆した。
彼が無邪気さを纏って驚くので、名前は、大袈裟に嘆息する素振りを見せる。
このまま彼に流される訳には行かないのだと胸の高鳴りに蓋をしただけかもしれない。
「なんで退かなきゃなの、」
澄んだ瞳で逆に問われて、今度は名前が驚く番だった。
「俺、名前ちゃんと交尾したい。」
だから急に、彼の口から発せられた言葉に、名前は二の句が継げなかった。
名前は恥ずかしさに耐えかねたように瞠目する。
「なに言って、」
あまりにも直球にくるボールに避けきれなくて、聞き返すと彼は当然のように肩をすくめた。
「なんで、だめなの?」
彼女を押し倒している状態のまま、小首を傾げて、困ったように彼女を見る。
彼のその顔さえおそらく彼の策略で、そこまで考える頭はないだろうと思うものの、その可愛さに反駁する気力を削がれそうになった。
言っている事は無遠慮で無配慮で身勝手なのに、そんな輝いた目で、当たり前のように尋ねられるとなにも言えなくなってしまう。
直球の上に可愛さで母性を掻き立てさせるのは卑怯だと思う。
「わかっ、、た。」
彼女は観念したように長くため息をつく。
「でも、とにかく、そこを退いて、」
重くて床が硬いよ、と顔を顰めてそう言うと、彼は、そうなの?それはごめん、と申し訳なさそうに、とても素直に、彼女の上を退いた。
「じゃあ、次は痛くないところでヤろっか」
よしっと、彼女を持ち上げようとする彼に、名前はすかさず、花楓くんの後ろを指さす。
「見て!あそこに巨乳美女が!!」
えっ!と驚いて振り返る彼を良いことに、彼の腕からするりと抜けて、名前はすかさず距離をとった。
「あっ、」
「そこから動かないでください!」
さらに続けて、彼に大きな声で指図すると、彼はそのまま、はい!、と直立不動になる。
思わず、と言った様子で、指示に従う彼は、さながら犬である。
その素直さは彼を彼たらしめる魅力だけれども、今回は利用させてもらおうと、名前は内心ほくそ笑んだ。
「花楓くん。」
名前が静かに名前を呼ぶと、彼は餌をとられた犬のように落胆した様子で名前の方に顔を向けた。
子犬のようなあどけなさも彼の常套手段で、いやいや騙されるなと名前は自分を叱咤する。
「めんどくさい女と思われるのを承知で言うのだけど、私はあなたの都合のいい女に、なりたくないの。」
意を決して静かにそういうと彼は不思議そうに首を傾げた。
「都合のいい女?」
彼の顔面を無視して、名前は嘆息しながら話を続ける。
こんなバカを好きになった自分は、多分どうかしているのだろう。
「いつも主導権は花楓くんにあるってこと。つまり、私は自分でもあなたに振り回されっぱなしじゃないかと思うわけです。」
いい?、と名前は教え諭すように話を続けた。
「私は明日、朝が早いです。それなのにもうこんな時間です。どう考えても今からは、明日に備えて早く寝るのが建設的なんじゃないかと思うわけです。」
だから、
「だから、今日ぐらいは甘えさせてほしいの。」
だめ?と長身の彼を仰ぐように下から見つめる。
この上目遣いで、トドメに…
「俺さ、名前の言う事、すげー聞いてるけど。」
けれど彼はすました声で、静かにそう答えた。
「名前の仕事は邪魔しないように静かに待ってるし、名前が嫌っていうことはできる限り覚えようと努力してる。名前の返信が遅い時も電話かけたり押しかけたりしないように我慢してるし、名前が他の男と話してるのも怒らないように頑張ってる。」
彼は困ったように眉を寄せて頭を掻いた。
それから、言いたくなかったけどほんとはさぁ〜、と少し吹っ切れたように饒舌になる。
「本当は、仕事なんて放って置いて、俺と遊んで欲しいし、なんなら仕事なんてやめてもらって俺との時間を優先して欲しいんだよ。あとさあ、男。俺っていうイケメンがいながら、なんで他の奴と話すわけ?そういう奴は全部燃やしてお前を羽交い締めにしたいんだけど。」
だからさ、
「俺だって、名前に甘えさせて欲しい。」
彼の瞳は澄んだように輝いていて、名前は酷く動揺した。
彼の言葉はひどく利己的で、身勝手だ。
冗談に思えられないような脅し文句も言われたような気がするし、正直、頬に冷や汗が伝うのも感じた。
けれど、
倍も高さのある長身の彼から、威圧感や狂気性だけではなく、あどけなさも感じてしまう。
危険察知能力が作用したとも考えられるし、吊り橋効果の一種によっての影響とも考えられるけど、その息苦しさに、先程の深いキスに似たものを感じて、名前は酔いしれたように判断がつかなくなった。
彼の狂気的に利己的で、自分主義なところは、その実、
彼自身の寂しさや共感性の薄れによるものかもしれない。
彼の汚れない澄んだ瞳は彼の、
素直で純真な少年心を絶えず表しているだけかもしれないなんて。
だから、ほんの少しでも、それがどんなに身勝手な理由であろうと、自分を気遣ってくれた事実が嬉しいなんて。
盲目以外の何者でもないと思うけれど、鼓動が速くなってしまったのは事実だ。
そしてその状況がおかしくて、ひどく呆れた笑いが漏れてしまうことも。
「名前…?」
突然笑い出した名前を見て、花楓くんは驚いたように瞠目した。
それから、俺、なんかおかしいこと言った?と不思議そうに尋ねる。
その素直で、無垢な狼狽に、名前はますます愛着を感じて、更に笑みを深くしてしまう。
「あのね、花楓くん。」
ふふ、と笑いが漏れそうになるのを堪えて、名前は赤子に応えるかのように優しく言う。
「私もね、かなり花楓くんのこと好きかもしれない。」
驚きでしょ、と彼に笑いかけると、花楓くんは目を見開かせた。
それから生唾を飲んだように、大きい喉仏が上下に動く。
「だって、」
彼との間に残された、ほんの少しのスペースを、名前がゆっくりと埋めて近づくと、彼は、上気した顔をますます赤面させた。
彼の熱い吐息を肌全体で感じるほどの近さで、名前は嬉しそうに微笑む。
「私も、すんごくドキドキしてる、から、」
彼は息を呑んで、それからたまらずといった様子で彼女の頬に手を添えた。
それから近づいてきた彼の唇に、
彼女はすっと、
指を添えて…
「なに?!」
思い通りでない冷たい感触に彼は驚いて目を開く。
すると、あたったのは唇でなく、細くて長い人差し指で。
「ヤって良い雰囲気だったでしょ??!!!」
得意げな名前の笑い声が、楽しそうに反響した。