短編
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「今日は大成功だったよ、兄さん!」
えへへ、と晶はいつものように、彼の兄(自称)に意気揚々と話しかけた。
もちろん、彼が本物の兄でないことはわかっているし、質問に対する返答も期待していないけれど、誰かに話すとスッキリするのだから仕方がない。だから、楽しいことも悲しいことも、兄に話すのが彼の日課だった。
そして、今日は特に色んなことがあったのだ。
「今日はねえ〜、ふふふ、話したいことがいっぱいあるの。まずは、準備のところからかな?」
準備、というのも、実はずいぶん前から、用意していたことだった。織と夏羽くんと示し合わせて、ささやかだけどいつもの感謝をしようとそれぞれのお給料を削って計画していた。勿論、好きな服や好きなケーキを我慢するのは大変だったけれど、隠神さんの喜ぶ顔を想像すると我慢できる気がしたし、織の気合が妙に入っていたから、そんな余裕もなかったともいえる。
「それでね、お部屋を飾り付けしたり、ケーキを買ってきたり。」
部屋の飾り付けは、ちょうど夕方に隠神さんが外に出る時があったから、その時にみんなでやった。高いところも織がいたから、なんなく飾りづけできたのだ。上手く作ろうと思った氷の造形は歪な形になってしまったけれど。
「帰ってきた隠神さんがね、意外にも驚いてくれて。」
部屋を真っ暗にして、隠神さんが帰ってきたタイミングでクラッカーを鳴らしたのが、思いの外上手くいったみたいだった。よくある王道のサプライズだけれど、きっと楽しいに違いないと思ったのだ。織はもっと凝るつもりだったみたいだけど。
「それでね、隠神さんが驚いた顔で笑いながら、ありがとな、って!」
ちょっと笑いながら、案外誕生日もいいもんだなって言った隠神さんの笑顔はとっても素敵だった。珍しく照れてるみたいで、それがとっても嬉しくて、楽しくて達成感があって。我慢してでも計画して良かったねって。織も照れながら笑ってて、夏羽くんも、なんだかとっても嬉しそうに、微笑んでいたのだから。
「その後はケーキを出して、みんなでパーティーしたんだ。」
ケーキは美味しかったし、みんな楽しそうだった。サプライズは大成功で、とっても満足だった。すっごく楽しい日だったの。可愛らしいつぶらな瞳と、太めの眉毛を見つめてそう話しかけると、つい、そのよく似た相手、本物の兄の顔が思い浮かんだ。それから、脳裏の奥から離れない兄を思って言葉が漏れる。
「兄さんも一緒にできたら良かったね、」
東京で会おうと約束した彼は、依然として探偵事務所を尋ねてこない。
それが兄の苦労を物語っているのではないかなんて、意味のないことを考えてしまう。
「兄さん…」
油断すれば暗い感情に押しつぶされそうになって思わずため息が出た。考えれば考えるほど、不安と心配は増幅していく。兄さんは今どこで何をしているのだろう、そもそも里を抜け出せたのだろうか。
大きな黒い瞳が優しげに細められる兄の笑顔を難なく想像できて、胸が軋む思いがした。
けれど、こんな日に鬱々とするのはやっぱり悔しくて、晶はあえて思いついたように明るい声を出す。
「そういえば、もう一つ!報告したいことがあるんだよ、」
…すっかり忘れていた、むしろこっちが本題だった!
晶はできる限り大きな声で、努めて明るくそういうと、依然として自身を見つめたままのつぶらな瞳に目を向ける。
きっと会えるよね、というどこか確信めいた予感を抱き直しながら、彼は威勢よく話しかける。
「素敵な、プレゼントを見つけたの」
それはロマンチックで、ちょっと切ない、物語みたいなプレゼント_________
晶はその時のことを思い返すように、天井を仰ぐと、ゆっくりとベットに寝転がった。
誕生日パーティーが成功したことを喜びながら、お風呂を上がって、そのままリビングに立ち寄った時のこと。
水でも飲もうかなあ、なんて思いながら廊下を抜けると、隠神さんが、玄関の扉の近くでゴソゴソ何かを漁っているのが見えた。
「…隠神さん?何してるの?」
この時間なら、いつもはソファーか奥の椅子に座ってゆったりしているはずなのに、と不思議に思って声をかけると、おお、晶か、と驚いたように隠神さんが振り返る。振り返ったその後ろ、彼がゴソゴソとしていたその奥に、段ボールの数々が見えて、晶はちょっと面食らった。
「あれ、それって、まさか誕生日プレゼント…?」
大小様々な段ボールの数々に驚きつつも、そんなに沢山あったっけ、と不思議に思う。確かにパーティーの準備中にもちょくちょく宅配便は届いていて、そのままほったらかしにしていたけれど。
驚いて目を見開いたまま感嘆していると、隠神さんは少し呆れたように苦笑した。
「そう、沢山もらったから、それの整理。」
とりあえず、包装紙やら、段ボールやらを開けるところから始めないとな、なんて言いながら、隠神さんは持っているハサミで無造作に包装紙を切り開く。それがあまりにもビリビリに破かれるものだから、慌てて晶はそれを止めた。
「ま、待って、もうちょっと綺麗に破こう?僕も手伝うよ、」
かわいい包装紙だったから、つい止めちゃったけど…とちょっと反省しながら隠神さんを見ると、いつものようにゆったりとした態度で、安心したように笑ってくれた。
「本当?助かるよ、」
心底安心してるように笑ってくれたから、そんなお安い御用だよ、と少し弾んだ声を出して、晶も微笑み返した。
それから、二人で協力して、大量にある段ボールを解体していった。差出人がわかるようにしながら、箱を問答無用に開けていくのはなかなかに面白かった。差出人の数だけ、中身の内容は多種多様で、箱を開けるのに毎回ドキドキしてしまう。どれも可愛くて楽しくなるようなものばかりで、隠神さんへの感謝の旨がひしひしと伝わってくるようだった。だから思いの外簡単に、夢中になってしまっていて、意気揚々と次の箱を手に取る。
「かわいい…!」
よくある白地の紙袋の中に、赤茶色の箱が見えて、そっと紙袋から取り出す。それは、赤茶色の四角い箱に、小さくて白い花があしらわれている、とても綺麗な箱だった。特に、添えられた花は花弁が小さくて花火みたいにかわいい。
どこかで見たことあるような花だと思うけど、なんていう花だっけ?
箱に花をあしらうセンスが可愛くて、差出人はどんな人だろうと訝しむ。
「あれ?差出人がない…」
不思議に思って探してみるも、残念ながら、箱の側面にも底面にも、差出人は書いてなかった。それどころか、荷物札も、宅配便の伝票も書いていなくて、もしかして、手渡しで誰かが受け取ったものなのだろうかと疑問に思う。受け取るなら僕か、織か、夏羽くんかの誰かだけど、僕はそんな覚えはないから、2人のうちどちらかが受けとったのだろうか。
「あ、」
何気なく紙袋の中を覗いてみると、その奥の方に、手紙が一通入っていた。なんだ、ちゃんとあるじゃーん、とちょっと安心してそれを手に取ると、その封筒には達筆な字で、隠神さんへ、と書かれているだけだった。角ばっていなくて流れるような柔らかく綺麗な文字。その文字からも、差出人が普通の相手ではないことがわかる。(まあ、普通の相手なんていないのだけど)だから唐突に好奇心が湧いてきてしまった。…相手はどんな人なのか、単なる仕事関係の人だろうか。
見てはいけないものかもしれないと思いつつも、封筒の中身を開けてしまいたいという好奇心が湧き出てくる。
確かさっき隠神さんが電話で呼び出されていたから、ちょうど今なら見てもバレないはず。
けれどここまで考えて、自分の良心が待ったをかけた。
普通に考えて、差出人不明のプレゼントだったら、直接受取人の隠神さんに確認を取るべきだし、そもそも、人の手紙を勝手に読むなんて、常識的に考えてするべきじゃない。急に目の前の好奇心に飛びついて人のプレゼントを見るなんて、絶対よくない。はず。というかよくない!
うん、と大きくうなづいて、プレゼントをそっと床に置くと、そのまま自分の手の届かないところまで、すっと押し出す。やっぱり僕えらい!と自画自賛していると、突然、押していたはずの抵抗が消えた。
「あれ?」
突然の出来事に驚いて振り返ると、その先、ちょうどプレゼントを押し出していたその方向、に隠神さんが現れる。
「あっ、」
隠神さんは、何も言わずにそのまま、そのプレゼントをひろいあげるとその上に置かれた手紙を見つめた。
…もしかして、やばい?あれ?いやでも別に手紙は見てないし、ええと、差出人を確認したかっただけだし…。
悪いことはしていないはずなのに、後から言い訳じみた言葉が浮かんできて、晶は少し気がはやる。
「これ、差出人が書いてないな?だから不思議そうに調べてたの?」
隠神さんは納得したように呟くと、同意を求めるようにこっちを見た。
慌てて晶が、そう、お手紙はあるんだけど差出人がわからなくて、と返すと、そうか、それは困らせたなあ、と悠然と声をかけられる。その笑顔にひとまず安心していると、隠神さんは拾い上げたプレゼントを机に置いて、手紙の封筒を手に取った。それからゆっくりと中の紙を抜き取ると、そのまま手紙を開く。
その時間は、なんだか不思議な時間だった。
手紙を読んでいる隠神さんの横顔は、なんとも形容し難い表情をしていた。
読み初めはちょっと驚いたように見えたけれど、その後は惹き込まれるように読んでいた。
ほんの少しだけ笑みを浮かべて、ほんの少しだけ瞳を細めて、優しげな表情を滲ませて。
あまり見たことのないような表情をしていて、だから自分から話しかけるのも気が引ける。
やることがなくて、そのまま、隠神さんをぼんやりと見つめていると、ようやく手紙を読み終えたらしい隠神さんと目があった。隠神さんは、ふっ、と頬を緩ませると、徐にはい、と箱の方を晶に渡す。
「これ、明日またみんなで食べよう、」
不思議に思って、受けとった箱の中身を確認すると、そこには綺麗に彩られたお菓子が敷き詰められていた。
「わあ…!マカロン…?」
感嘆に目を輝かせていると、隠神さんが、手作りなんだって。と呟くように笑う。
「手作りだから、宅配便とか通さずに渡しに来たみたい。だから差出人も書いてなかったらしいよ。」
だから、ありがとな、
隠神さんからかけられた労いの言葉に、晶は嬉しくなる。隠神さんも心なしか嬉しそうだ。
だから、ずっと疑問だったもう一つのことを深く考えることなく隠神さんに尋ねた。
「差出人は誰だったの?」
何気ない質問のつもりでそう尋ねると、その一瞬、ふとした沈黙が流れた。
それが突然で、不思議に思って隠神さんを伺うと、目を見開いて驚いたような顔をしている。
まるで予想外の質問みたいに。
それから、少し考えるように眉を寄せてから、思いついたように言った。
「、、友達、かな」
そう答える隠神さんの顔はどこか、酷く寂しそうで、どこか困っているようでもあって、けれど、酷く優しそうでもあって、それがやけに印象的だった。
それから、数日後。
探偵事務所の机上には、唐突に白い花が生けられていた。
誰もが気に留めなかったその微少な変化は、豊かな想像力と洞察力を持った一名を、妄想ともいえるひとつの真実へと至らしめるなんて、本人は知る由もなかったのだが。
「ねえねえ、このマカロンの箱受けとったのって夏羽くん?」
「?、うん、俺だと思う。」
「そうなの〜〜!?その人ってどんな感じだった?」
「え?あんまり覚えてないけれど女の人だった。」
「も〜〜!そうじゃなくて、どんな感じの人だった?」
「どんな感じ、とは」
「う〜〜ん、かわいいとか綺麗とか〜」
「…」