番外編
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おいしいじかん
52前後ぐらいの話
「キャプテン。……ありがとうございました」
「おうっ!すげぇな飛鷹!メキメキ上達してるな!」
ニッと笑顔を浮かべて親指を立てる円堂守の姿に、飛鷹は性格は真逆ながらも自分を救ってくれた恩師を思い出した。
彼は確かにキャプテンと慕われるだけの人間だと飛鷹は内心で納得しながらも、真っ直ぐとした褒め言葉は照れ臭く、ウス、短い返事を返して愛用の櫛で髪を整えていた。
円堂は飛鷹がしていた特訓を知って以来、練習が終わった後たまにこうして飛鷹の特訓に付き合っていた。
それから夕方、夕食の時間前に合宿所へと帰るため並んで歩いている時だった。
「キャプテン。ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんですか」
「ん?どうした?」
飛鷹が円堂へとそう話しかけてきた。首を傾げる円堂に飛鷹は目を伏せながら話を始めた。
「その……空き地での特訓に付き合ってくれたのは響木さんだけじゃないんです」
「えっ……そうなのか!?」
「はい。そいつの名前は……言えないんですが…………その、悩んでいるみたいで元気づけれたらいいなと思ってて……」
円堂は知らなかった情報に目を丸くするが、その付き合ってくれた者に対する飛鷹の心配そうな表情にすぐに解決案を考えた。
「もしかして、イナズマジャパンの誰かか?だったらやっぱりサッカー……」
「……サッカーは俺にはどうもできないので他のやつで…………」
「そうか?」
飛鷹のサッカーだって十分に面白いのにと思いながらも彼がそう言うのならと円堂は素直に別の案を考える。サッカー以外、サッカー以外だと……
「あっ美味い物食べた時とか力でて元気になるぜ!!おにぎりとか!」
円堂が思い浮かべたのはマネージャーや母がよく作ってくれる大量のおにぎりだった。日本代表になってから食事バランスが考えられたメニューが出されるようになり、すっかりおにぎりだけを食べる機会が減った気がする。
また食べたいなぁと夕食前ということもあり、円堂はさらにお腹を鳴らしながら頭はすっかりおにぎり一色だ。
「……おにぎり、か」
その隣で飛鷹は何かを考え込むかのように口元に指を置きながら呟いた。
「お前、夜食は食べるのか」
「……まだ夕食の時間ですよ」
夕食の時間、飛鷹は明奈の隣の席に座って早々そんな質問を投げかけた。
夜食の話をするのは気が早すぎませんか。と明奈は突然言われた言葉に眉をひそめた。
「いいから答えろ」
だが飛鷹は質問の答えを急かすのみで別のリアクションはない。その姿に明奈は小さくため息をついた。
「食べませんよ。夕食だけで満足です」
そもそもそんなに食べれる男子の方がおかしい……なんて小さくぼやきながら味噌汁を飲んだ。
「分かった。……不動」
その返答を聞いた飛鷹はある決断をして、明奈に顔を向けた。
「お前、明日の夕食減らしとけ」
「…………はぁ?」
+++
「意味分かんねぇ」
次の日の夕食の時間。普段の半分の量が乗ったお盆を見下ろしながら明奈は独り言ちた。
珍しく飛鷹から話しかけられたかと思えば、夜食の話になり、そして夕食を減らすように言われた。明奈がその理由を聞いたが彼は何も答えずにさっさと夕食を食べ終わり、席を立ってしまったので明奈にとっては消化不良でしかない。
……訳が分からない。なんだ夜食を一緒に食べたいのか?
そんな仲になった記憶はないけれど。
しかもマネージャーには話は通したらしく、料理を作り配膳をしていた秋は笑顔でお盆を差し出していた。
知らないのは自分だけか?と明奈は内心首を傾げていると。
「不動、夜ご飯それだけでいいのか?!」
席につくために歩いていると、円堂が明奈の盆の内容を見て驚愕に満ちた声を上げた。
「飛鷹さんが……」
「ん?飛鷹?」
「……いえ。夕食後に個人練習したいので腹八分目にしてるだけです」
明奈は不可解な状況を思わず吐き出すように名前を出したものの、彼との交流をは伏せている事だと思い出し、首を横に振ってからそう言い直した。
一方、飛鷹という名前を明奈から聞いた円堂は素直に驚いた。そして彼が明奈のために何かしようとしていることを察する。
―『そいつ……悩んでいるみたいで元気づけれたらいいなと思うんですが……』
そこで円堂は先日、飛鷹から受けた相談を思い出した。
もしかして、飛鷹の特訓に付き合っていた奴って…………。
「何ですか」
確証があるわけでもない。だけど円堂はつい、明奈の顔を見る。
「……何でもない!」
けれど……飛鷹は相手を気遣って名前を言おうとしなかった。それを暴こうとすることは、飛鷹の信頼を裏切ることになる。
だから円堂は笑顔で頷くだけで終わらせた。
「練習、お互い頑張ろうな!」
「はぁ…………」
そんな円堂の態度に明奈はさらに不思議そうな顔を浮かべた。
夕食の時間が終わって数時間後、明奈の個室の扉を飛鷹は控えめに叩いた。
「……なんですか、飛鷹センパイ」
「…………悪かった」
扉を開けた明奈の不機嫌にわざとらしく敬称をつける様子に、飛鷹はそんな子供っぽい反応するのか、そういえばまだ一年生だったかと一瞬呆けた後、素直に謝る。それから親指を廊下の方へ指した。
「ちょっと食堂に来い」
+++
「お節介、一丁」
ことん、と目の前に皿を置いたものを見て明奈は目を丸くした。
飛鷹が出した小皿の上にはおにぎりが二つ並べられていた。しかもただのおにぎりではない色のついた米に卵やにんじんやネギ、チャーシューを小さく刻んで混ぜ込まれていて……
「炒飯のおにぎり……ですか?」
「雷雷軒のチャーハンだ。響木さんに作り方を教えてもらったんだ。女子のお前に合わせて分量はアレンジしたけどな」
明奈は改めて飛鷹を見れば、彼はいつの間にか黒いエプロンを付けていて、その言葉から彼自身が作ったことを理解した。
そして夕食を減らすように言ったのはこれを食べさせたかったからということも。
「なんで私に……他の人の方が喜ぶと思いますよ」
「言ったろ、お節介って」
食べ盛りの多い男子に振る舞えばいいのに、という言葉も飛鷹は静かに笑みを浮かべられ明奈はこれ以上何も言えなかった。
明奈は小さくため息をついてから渋々と両手を合わせ飛鷹へと軽く頭を下げてから、炒飯おにぎりへと手を伸ばした。
静かに一口小におにぎりを口に含んだ明奈。それから静かに
「ちょっと味が薄いです」
「……えっ」
それから正直に感じた味の感想を伝えれば飛鷹は固まって、それから慌てて自分の作り方を思い出す。
「でも」
ヘルシーにするために野菜を多めに入れたのが薄くなってしまったか?調味料の配分を間違えたか?と頭を捻る飛鷹は再び明奈の声を聞く。
「私は好きですよ」
明奈は目を閉じて、小さく笑みを浮かべながら呟いた声音は先程よりも柔らかかった。
「……そうか」
その表情から気を遣っているわけではなく、本心だということが分かり、飛鷹はほっと息をついた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さん」
あれから数十分後に空になった小皿の前で明奈は静かに手を合わせれば飛鷹はそう声を掛けた。
「片付け、手伝いましょうか」
「いやいい。女子をこんな遅くまで拘束してたらマネージャーに怒られる」
「……そうですか」
それから空いた皿を片付ける飛鷹に明奈はそう声をかけるが、彼は首を横に振って断る。明奈はまだ就寝時間前なのに気にすることか?と思ったものの素直に従うことにした。
「えっと……じゃあ、また明日」
世話を焼かれたという自覚はあった明奈は、多少の照れを感じているのかおずおずといった様子で頭を下げてそのまま食堂を出ていった。
「息抜きになりゃあ、いいんだけどな」
明奈が去ってから洗い場で皿やフライパンを洗い終えた飛鷹はキュッと水道の栓を閉めながらポツリと呟いた。
円堂からの直接の指導をもらい、飛鷹は“サッカーを楽しむ”ということが分かってきたという自負がある。
そんな中で、ふと思い出したのは自分のコーチを引き受けてくれた彼女ー不動明奈の事だった。
円堂が特訓に顔を出すようになってから明奈は特訓場所である空き地に姿を現さなくなった。合宿所で理由を聞いたが、綺麗にはぐらかされた。
彼女がボールを蹴っている姿は何度も見ていた飛鷹から見れば、明奈は初心者の自分からしたら凄いと思えるようなプレーもどれも必死にやっているように見えた。
それは自分のような闇雲ながむしゃらさではない、強迫観念に駆られている苦しみを見て見ぬふりをしているような必死さ。
イナズマジャパン結成前からの付き合いではあるが、飛鷹は明奈の事を殆ど知らない。
互いに干渉しなかった結果なのでそこに不満はないし、例え知っていたとしても自分じゃ彼女がサッカーを楽しめるようにするという事はできないという自覚はあった。
だから自分なりの方法で彼女を元気づけられたらなと、本来の面倒見のいい兄貴分の性格から飛鷹は行動を起こしていた。
少しだけ柔らかくなった明奈の様子を思い出し、有難迷惑ではないことを祈りながら片付けを終えた飛鷹はエプロンを外し、厨房の電気を落とした。