番外編
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愛されよ乙女
74後の話。円堂とエドガーのPK対決が終わり、パーティーを再開させたイナズマジャパンとナイツオブクイーン。
―やっぱり、サッカーをしている時と雰囲気は別人だな。
その中で豪炎寺は用意されたドリンクを飲みながらしみじみと思った。視線の先にはパーティー会場に設置された長椅子に座る彼女達。
「明奈ちゃんは私が守るから」
「……そんな話してましたっけ?」
「よかったね、明奈ちゃん」
長椅子に座って明奈をそっと抱きしめ母性たっぷりな笑みを浮かべる冬花と、椅子の前で軽く屈んでそんな二人を見守るヒロト。
そしてそんな当事者は何も分かっておらずにきょとんと冬花とヒロトの顔を見回して首を傾げていた。
そのあどけない表情はとてもじゃないが、先程のPK対決でエドガーの必殺技を鋭い目で観察していた日本代表選手には見えないだろう。
豪炎寺はそう思いながら、隣で眉間に皺を寄せている人物に小さく笑いかけた。
「兄としては気が気じゃなさそうだな。鬼道」
「…………そうだな」
二人の立っている位置からは丁度、明奈と冬花の話が一部聞こえていた。
エドガーの口説きも素直に受け止めて照れたり、ヒロトの“からかい”にもピンと来ていない様子の明奈に対して、母性本能を爆発させた冬花が守っている所を、だ。
苦虫を噛み潰した顔、ということはこういうことを言うんだろう。豪炎寺の隣にいる鬼道はそんな表情で明奈を見ていた。貰ったドリンクはまだ一口も口につけていなかった。
「……昔から人の悪意には敏感だったが、ああいった類の好意にはとことんだった」
「そうなのか」
「…………施設の同級生の男子にプロポーズされた時も、よく分からないまま頷こうとしてたから止めた」
「ああ……」
なんか、想像できるな。
豪炎寺はそう思ったが、当時を思い出しているのか疲れるように眉間の皺を抑えている鬼道に言うのは気の毒だと思い、相槌を打つにとどめた。
豪炎寺はあまり明奈と話した訳でもないが、世間知らずだという事を何となく察したのは本戦前に妹と出掛けた際、明奈と春奈に鉢合わせた時だった。
―『?私が豪炎寺さんを名前を呼んで、なんで兄ちゃんが怒るんですか……?』
何なら鈍感さもあの時に察した。あれは円堂に並ぶレベルだろう。
「笑うようになってくれたのは嬉しいが、……自分の魅力を自覚してほしいものだな」
眉間の皺から手を離した鬼道はぽつりと呟いた。
その表情は複雑そうだったものの、周りと楽しそうにしている明奈の姿を見れば少しだけその表情も和らいだ。
心配する気持ちもあるが、明るく笑うようになった妹を見て安堵する。兄として当然の気持ちだった。
「そうだな。明奈の可愛さは夕香のお墨付きだしな」
日本で自分を応援してくれている妹も、多少ぎこちないにしろ精一杯優しく接しようとする明奈に懐いていた。
特に試着していたらしいワンピース姿はお気に入りらしく、日本に帰って遊んでもらう時にはその服を着てほしいとお願いするほどだ(明奈は了承はしたものの表情は少し引きつっていた)
「…………豪炎寺」
「普通に褒めてるだけだ」
明奈は大変だったかもしれないが、傍から見れば微笑ましいやりとりを思い出してふっと笑う豪炎寺。そんな彼の表情を見て鬼道は警戒するように名前を呼ぶが、豪炎寺は首を横に振って誤解をすぐに解いた。
豪炎寺は明奈のことは虎丸と同じ、後輩として接しているし、これからもそのつもりだった。虎丸と明奈のやり取りはまるで、人懐っこいトラ猫が人見知りの茶猫に構わずじゃれついているようで素直に癒されていた。最も、本人達が聞けば声を揃えて否定する想像だ。
豪炎寺にそういった感情は今のところないと分かった鬼道は肩の力を抜いてやっとコップに口をつけた。
アジア予選後、少しずつ他者との交流を深めようとしている明奈の姿は兄として背中を押したいと思うが、柔らかくなった彼女を見て心惹かれる男子共が出てくると思うと……多少のためらいはある。
「明奈が選んだ奴ならともかく…………いや、あいつにまだその発想なさそうだ。やはり……」
育った環境が特殊だった明奈は世間に疎く、特に恋愛事について分かっていない事が多すぎる。その隙を狙って明奈が訳が分からない間に事が進めるような事態になってしまえば…………
「兄ちゃん?」
「っ!明奈!?」
最悪な想像が浮かび空いている手で顔半分を覆う鬼道に声を掛けたのは彼の悩みの種である明奈だった。
「顔色悪いけれど、大丈夫?」
兄が悩ませている事など露知らずに首を傾げながら顔色の悪い兄を心配していた。
「豪炎寺は……」
「え、虎丸くんに呼ばれて行ったけど?」
そこで鬼道はいつの間にか豪炎寺がいなくなっていた事に気づいた。それから明奈の説明を聞き、鬼道は考え込む自分に気を遣って離れたことを察して小さく息を吐く。
「……いや、大丈夫だ。明奈こそどうした?」
そして、明奈に笑いかける鬼道はいつも通りの姿だった。
明奈もその姿を見て不調ではないらしい、と納得して兄の質問に答えるために口を開く。
「えっとさ……」
最初ははっきりと告げようとしていた明奈だが、少しずつ目線は下がり声も小さくなっていった。
「あの……さ…………その、」
明奈は両指を合わせてもじもじとした仕草をして、伺うように鬼道を見た。
「ん?」
鬼道の反応は穏やかだった。明奈の口から言う言葉を笑みを浮かべながら待っている。
そんな兄の優しい反応が明奈の背中を押した。
「……ど……ドレス、どうかな?」
恐る恐るといった口調で、そう聞いた。
「兄ちゃんからまだ感想聞いてないなーって思って……ま、まぁあんなにドレス着るの嫌がってたのに、結局楽しんじゃうのは単純だなって自分でも思うけど……!どうせなら、聞こうかなって……」
そして聞いた本人である明奈は鬼道の返答を待たずに、目線を逸らしつつ早口で話し始めた。彼女は気づいているのか気づいてないのか羞恥で顔は赤かった。
普段は着ないドレスだったり化粧や髪型などについて、兄の感想を知りたい。どこにでもある仲のいい兄妹のやり取りだが、明奈にとってはその普通が緊張する事だった。
「明奈」
明奈の緊張をほぐすために鬼道がした行動は単純だった。
名前を呼んで、髪のセットがくずれないように気をつけながら優しく頭を撫でる。
すると、明奈は口を閉じて鬼道を見た。
「とても綺麗だ。似合っている」
目線が合ったタイミングで、鬼道は優しく微笑んで明奈のドレス姿を褒めた。
「……本当?」
「噓なんかつくか。この髪飾り、似合ってるな」
「春奈に選んでもらったんだ。春奈のネックレスは私が選んだの」
「ふっ、そうか」
緊張していたはずの明奈だったが、鬼道と話しているうちに落ち着きを取り戻して和やかなやり取りをしていた。その間も鬼道は明奈の頭を撫でている。
「ふふっ」
撫でられながら、兄に褒められた事を思い返した明奈は嬉しそうに笑みを浮かべた。
リアクションは小さいものの、鬼道は今の明奈の精一杯の喜び方だと知っていたので穏やかな気持ちで見守っていた。
そんな明奈の姿を見ながら鬼道は考えた。
まだ、この可愛い妹を誰にも渡したくない。
それは長年離れて、仲違いもしていた明奈と無事に仲直りできた鬼道の本音だ。
恋愛事について教える事はできるが、わざわざしないのは兄妹として過ごす時間を優先しているからだ。
ちなみに春奈の方は兄妹として過ごす時間も大事だと同意した上で、姉の恋模様を楽しみにしているという半分対立(というほど深刻でもないが)状態だった。
「兄ちゃんに褒められちゃった…………春奈に自慢してこようかな」
兄と妹がそんなやり取りしている事なんて全く知らない明奈は、楽しそうに呟いていて。
「…………守らないとな」
そんな明奈を見て、鬼道はさらに決意を固めた。