「…………不動明奈だね」

玄関にいた知らない男の人だと思っていた人はよくよく見れば見覚えのある人だった。

「……兄ちゃんを見てた、おじさん？」

「ほぉ、私のことを覚えていたか。……私の名前は影山澪治だ」

「……影山さん…………」

おじさん―影山さんはそのまますたすたと家の中へと入っていき、どうしたらいいか分からない私はとりあえず彼の後をついていけば、まるで元々自分の席だったかのように我が物でリビングの椅子に腰掛けている影山さんがいた。

「…………あの、」

「端的に説明をしよう。不動明奈クン」

―君の両親は君を残して失踪した。多額の借金を残したまま。

突き付けられた現実にひゅっと自分の口から息が漏れた。

借金を押し付けるために私を捨てたの……？

それだけのことで？

私は……お母さん達がいてくれるならどんな生活だって頑張れる。そう思ったから私はあの人のの言葉に頷いたのに、自分達はこんなに簡単に娘を切り捨てるの？

…………信じてたのに、裏切るの？

「…………んで……」

置いて行かれる事を心配して私の行動を、妹への関わり方を制限したくせに、平気で私を置いていくんだ。捨てるんだ。

「なんで、だよ……ッ！！」

幼い自分にとってその悲しみや絶望が、怒りへと変換されるのにそう時間はかからず、拳を握りながらそう吐き出した。

「……続けていいかね」

「ッ…………はい」

私の怒りなどまるで関係ない淡々とした影山さんの言葉に、私は無理矢理頭を冷静にさせて聞く姿勢に入る。

「私がここに来た理由は選択肢を与えるためだ」

そう言った影山さんは不意に立ち上がり私の目の前まで来た。そして少し屈んだかと思えば、私の足元に転がったままのサッカーボールーこの家に来て初めての誕生日プレゼントだったものーを拾い上げた。

「君の借金、私が変わりに支払おう。その代わりに私に従い、サッカーをしてもらう」

「………………は」

それはあまりにも唐突な救いの手だった。

「……今はまだ鬼道には劣るが私の元にいれば彼と並ぶ実力者になれるだろう」

「鬼道……」

「そうだ。お前の兄である鬼道有人だ」

その言葉で場違いながら兄がまだサッカーを続けている事を知って安心してしまった。

それに鬼道家とも繋がりのある影山さんと一緒にいれば、もしかしたら兄にもまた会えるかもしれない……。
それでも……

「……選択肢って言うのなら別の選択もあるんですよね…………嫌だと言ったらどうするんですか」

「ふむ……二つ返事で了承はしない、か。賢明な判断だな」

つい別の選択も気になって尋ねれば影山さんは口元に笑みを作って答えてくれた。

「安心したまえ。従う事を強要するつもりはない。ただ、自身の手で借金を返すのならお前はそれ相応の場所に送られる。それだけだろう」

淡々と、影山さんは事実だけを語っていく。
その場所がどこかなんて分からなかったけれど、そこに行ってしまえば、兄妹に二度と会えないのだろうと直感で分かった。

ならば、選択肢はひとつしかないと言っているようなものだ。

「強者であり続けるのなら不動明奈。私はお前を一人にはしない」

そんな状態で影山さんはボールを持っていない方の手を私に伸ばした。

―“あなたは偉くなって他人を見返せる人になりなさい”

その言葉はお母さんの願いだった言葉を連想させるもので。

強者であるという前提が条件なら、そうなれなかった場合、影山さんも不動家の人のように私を…………

だけど……そうだとしても…………

「…………分かり、ました」

私は自分の意思でしっかりと影山さんの手を握った。

「一人になるぐらいなら、強くなってやる。何でもやってやる……！」


いつか私を捨てたアイツ等、だって見返してやる……！！


そんな誓いを立てて影山さんを見れば、彼は先程作りものとは違う笑みを浮かべていた。