寂しがり少女
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「は、はぁぁ…………」
佐久間さんだと認識した瞬間、ふっと自分の力が抜けていく感覚に襲われてその場にへたり込む。
「お、おい……!?」
押し寄せてきた安堵感に大きく息を吐けば、佐久間さんは急に座り込んだ私を見て慌てた様子で屈んで顔を覗き込む。
いつも睨まれてばかりだった佐久間さんの驚きと心配の入り混じった表情を見るのは初めてで少しだけおかしい気持ちに襲われ、思わず吹き出せばさらに変な顔をされた。
「はは……すみません。……佐久間さんの顔を見たら安心しました」
「はぁ?俺の顔?それに安心って……ッまさか影山に会ったのか!?」
一通り笑ってから、冷たくなっていた指先に温かさが戻っていることを確認して、ようやく立ち上がる。
私のそんな態度に一緒に立ち上がりながら、首を傾げていた佐久間さんは思い至った考えに慌てて肩を掴んできた。
「違いますよ。なんていうか…………」
……むしろ、影山だったらどれだけよかったか。
チームメイトの顔を見て安心してしまうぐらい疲弊してた自分を情けなく思いながら、連中について簡潔に説明をする。
「……よく分からない、不審者に絡まれました」
「ふ、不審者?」
相手の正体なんて分からなかったので、そう言う他なかった。
思った返答じゃなくポカンとする佐久間さんだったけど、恐る恐る話を進めた。
「……その……不審者?は、もういないのか?」
「はい。途中、助けてもらいました」
「誰にだ?」
「…………分かりません」
「はぁ?」
私の答えに思いっきり訝し気な顔をされたけれど、分からないものは分からないので彼の視線から逃れるように俯いて自分の手を眺める。
「……お前の言う不審者が影山の手先という可能性はなかったのか?」
「いえ、影山は関係ありません。……あの男ならもっと直接的な方法で潰しにかかるでしょう」
オルフェウスの選手のように。と付け足しながら私は首を横に振る。
「まぁ、野良犬に噛まれかけたとでも思っておきますよ」
ともかくこれ以上、不審者の話をしても仕方ない。切り替えないと。
「佐久間さんは?影山について何か情報を手に入れられましたか?」
「お前…………」
私達の本来の目的は影山を探し出すことだと、不審者に掴まれた手首を触れつつ佐久間さんから情報を得ようとするも、肝心の佐久間さんは苦い顔でこちらを見ていた。
……そんな変なことを言っただろうか。前々からこの人の地雷が分からない。
佐久間さんはそんな表情でぐしゃぐしゃと乱雑に自分の銀の髪を搔き乱したかと思えば、苦々しく言葉を絞り出した。
「…………よく嫌いな男相手に安心できるな」
その声は素っ気ないものの、困惑も混ざっているように感じる。
私はと言えばその言葉を飲み込むのに数秒かかり、
「え?嫌い……?」
私が佐久間さんを嫌っていると、彼本人が思っている事を理解して目を丸くした。
「…………むしろ、そっちが嫌っているのでは?」
「は?俺は拒絶したり、引き合いに出した事などないが?」
「うっ……そ、それは…………」
まさかつい最近の事を掘り返されるとは思わなくて、思わず怯んだ。……だいぶ根に持ってるな。
だけど、そんな疑心を生み出した自分の責任でもあるなと私は帽子を上げて佐久間さんと目を合わせる。
……彼と対峙するのも、選考試合前の帝国学園の時以来だ。といってもあの時は自分が八つ当たりをして雰囲気は最悪だったけれど。
「私は……貴方が嫌いとかじゃ、ないです」
佐久間さんを見て、確かに安心した。
つまり、自分の心の中では佐久間さんも仲間として信頼してるという事で。……どう足掻いても今まで抱いていた佐久間さんへの感情は、風丸さんの言う通りだったんだと受け入れるほかない。
「た、ただ…………」
「ただ?」
だから私は、彼との確執を解決するため、今言うつもりのなかった言葉を私は佐久間さんにぶつけることにした。
「……羨ましかったんですよ。…………兄ちゃんと、仲良しなのが」
「…………は?」
ああ、ついに言ってしまった。
教えてもらった感情の名称からじわじわと顔に熱が集まるが、言ってしまった言葉は取り消せない。ぎゅうとジャージの袖を握りしめながら私は思いをぶつけていく。
「だ、だって……!選考試合の集まりの時には、もうとっくに和解して仲良く二人で体育館に入ってくるし……!佐久間さんは私以上に兄ちゃんの事いっぱい知ってるし!兄ちゃんも本戦になってからずっと佐久間さんと一緒だし……!佐久間さんは頼るくせに、私は頼ってくれないし!!
……ッ、自分の自業自得とは分かってる。分かってるけど……!!私はっ、」
―佐久間さんに、嫉妬してたんですよッ……!!
「…………しっと」
唖然。
その言葉がピッタリなぐらい佐久間さんは目を見開いて固まっていた。
「……そう、か…………あー……」
それからぎこちなく片手で頭を掻いて、目線を彷徨わせたかと思えば、とんと私の肩に手を置いた。先程と違い乗せるだけの軽い力だ。
そして…………
「……お前の兄ちゃん、取って悪かったな」
「~~っ!!きゃ、キャラじゃない事しないでくださいッ!!」
何とも言えない表情のままぎこちなく笑みを浮かべられた。
そんな初めてされる気遣いにぶわわっとさらに体温が上昇して、後ずさりながら帽子で顔を隠した。帽子を持ってきててよかった。本当に。
「そんなにか…………」
「だ、だって今日話す予定じゃなかったから……!風丸さん立会いの元で告白する予定で……!」
「は?風丸??」
私の大袈裟といえるほどの反応に少し呆れを滲ませた佐久間さんの声が聞こえたので、少し帽子をずらして目だけ見せながら当初の予定を話せば突然出てきた名前に佐久間さんは目を瞬かせた。
「だって、嫉妬っていう感情は風丸さんに教えてもらったから…………」
佐久間さんと兄ちゃんが仲良くするたびにもやもやしていた感情の名を教えてくれたのは、相談に乗ってくれた風丸さんだった。
“嫉妬”なんて失礼なのではと動揺してしまう私に対して、誰だって大なり小なり感じるものだと諭してくれてようやく落とし込めたものだ。
「アルゼンチン戦前までにちゃんと話そうと思ってて、その時に一人が不安なら俺も同行するって風丸さん言ってくれたんです」
「…………ずいぶん懇親的だな」
「だって、ほら……風丸さん面倒見いいですから」
「……まあ、そうかもしれないな」
風丸さんとのやりとりを話せば、何故か佐久間さんにもの言いたげな視線を向けられたものの、一つため息をついて納得はしてもらえた。
どちらかというと風丸さんというより、私に呆れているみたいだった。まぁ彼の優しさに甘えているんだし……そう思われても仕方ない。
「…………ともかく、お前が何かと俺を睨んでいた理由は分かった。まさか嫉妬とは思わなかったが」
「……すみません」
やっと顔の熱が引いたので帽子をきちんと頭の上へと被り直したところで、佐久間さんからそんな話を聞て、無意識で睨んでいたことが判明して、慌てて謝る。
……私も大概に根に持ちやすい性格だったんだな。佐久間さんの事言えないや。
「あと……俺も、悪かった」
「え?」
だけど、その後の気まずそうに呟かれた謝罪に今度は私が驚く番だった。
「兄妹なのに、なんてお前の事情も知らずに無責任な言葉で感情的に責めて……すまなかった」
何の謝罪なんだと一瞬不思議に思ったけれど、それは私がついさっき思い出していた帝国学園でのやり取りで…………今思えばこれも、兄を理解できている佐久間さんへの立派な嫉妬だ。断言できる。
「あれは…………兄を信じ切れなかった私の責任なので。それに……」
心配なんてしてもらえる訳がない、なんて思い込もうとした結果、佐久間さんを怒らせて私も八つ当たりをした。だけど。
「嫉妬はしてましたが……兄のために本気で怒る佐久間さんを見て、仲直りできてよかったって安堵の気持ちもあったので……」
「!」
壊した私がいうのも不快だろうけれど……彼らの仲を修復されているのを見て、安心したのも本音だ。
そんな気持ちを、きちんと伝えると佐久間さんは目を見開いて、それから笑みを浮かべた。
「……お前も仲直りできてよかったな」
それは兄に向けられる笑みと同じ穏やかなもので、伝えられたそんな言葉は噓偽りのない本音だった。
「…………うん」
佐久間さんの言葉を、今度はすんなり受け止められた私は大好きな兄妹の笑顔を思い返してこくりと頷いた。
+++
「鬼道にちゃんと、不審者の事も話しとけよ」
「影山は関係なさそうですが、それでも言わなきゃダメですかね」
「…………お前たちは一度ちゃんと話し合った方がいい」
「……はぁ……?」
不審者のこともあって佐久間さんと一緒に行動することになり、影山の手掛かりを探しながらそんな話をしていると、前方に見慣れた人影が見えた。
「キャプテン」
「不動、佐久間!」
私達に気づいたキャプテンは振り返って、こちらに走ってくる。その後話は聞いたが彼も収穫はゼロらしく、あと残っている兄ちゃんと合流しようという話になり歩き続けた。
私が通った道とは違うけれど、同じような人気がない道に兄はいた。
「鬼道!」
「!」
「こっちはダメだった。お前は?」
「それが……」
道の中央で俯いていた兄はキャプテンに呼ばれて慌てて顔を上げた。
キャプテンに成果を尋ねられ、どこか表情が固い兄ちゃんが何かを言うために口を開いた時、全く別の音が聞こえた。
「っ!」
同時に、兄ちゃんがいる場所へ上から無数の木材が落ちてきた。
「兄ちゃん!!」
「鬼道っ!」
キャプテンや佐久間さんが助け出そうと駆け出すも、木材の落ちた際に巻き上がる砂煙に視界が遮られる。
視界が晴れた時には、木材の中で立っている兄が見えた。
「鬼道、大丈夫か!?」
「ああ……」
「よかった……!」
兄ちゃんに怪我がない事を確認して安堵の表情を浮かべる二人。だけど兄の表情は以前固いままだ。
「っ、兄ちゃん!!」
しばらく呆然と固まってしまっていた私は遅れて駆け出し、兄の目の前までへと行くが兄ちゃんは至って冷静だった。
「明奈……オレは大丈夫だ。怪我なんてしていない」
「分かってる!分かってるけど……!!」
今のはそういうのじゃない。
私だって分かったんだ。兄だってとっくに理解できている。
それでもやっぱり、あの木材に兄が巻き込まれたらと思うと、とても怖くて、そんな恐怖心に耐えるように拳を握っていると体が暖かいものに包まれた。
「…………怖がらせて、すまなかった」
「……うん」
兄ちゃんに抱きしめられていた。背中に回された手は私を落ち着かせるために優しく撫でてくれていて、次第に気持ちが落ち着くのを感じる。
―守りたいって思ってるのに、結局守られてばかりだ。
そんな歯がゆい気持ちはありつつも、彼の暖かさに安心してしまうのは事実で私は兄ちゃんの背中に手を回して肩に頭を押し付けた。
「不動、分かってるって……」
「……避ける必要はなかった」
私が落ち着いたのを見計らって兄は抱きしめるのをやめたけれど、その時に咄嗟に繋いだ手は無理やり外しはしなかった。
それにほっとしていると、キャプテンに改めて私が詰め寄った時の言い回しに不思議そうに問われ、私の代わりに兄が答えた。
そう、この木材は動かなければ当たらないように仕掛けられていたものだった。
傷つける目的ではない。これは…………
「脅しだよ……。 “いつでも潰せる” という……!」
誰からか、なんて分かり切っていた。
兄は唯一、影山に会ったらしい。姿は見れていないものの、声は確かに影山だと告げた。
「なんてことだ……」
新しい声が聞こえて、振り返れば目の前の惨状に立ち尽くすアルデナさんがいた。彼は兄が狙われた事を察して、自分を救ったからかと考えるも兄によって否定される。
「あいつが今のオレの力を試したんだ」
「君を試す……?」
首を傾げるフィディオさんを他所に、私達は一旦、場所を移すことになった。
「フィディオ。さっきの話だが、やはりお前たちのチームに俺達も入れてくれ」
川の近くの通りで、兄はイタリア代表決定戦の参加を頼んだ。
試合を通してミスターKと影山の関係を探るとのことだ。
そんな目的があるのなら私や佐久間さんも頷く他ない。そしてキャプテンは元からアルデナさんに協力しようとしていたので、再び参加を元気よく申し出た。
「わかった。みんなに相談してみるよ」
「よろしく頼む」
頷くアルデナさんに改めて頼んだ兄は眉に皺を寄せたまま黙り込む。
表情は十字路で別れる前よりも険しく、移動の際に離した手は握り拳が作られていて再び震えるほど力が込められていた。
「兄ちゃん、大丈夫?」
私はそんな兄の隣まで歩いて声を掛ける。
「……影山に、何を言われたの?」
「……っ」
聞いたところで兄は口を一文字に結んだままそっと目を逸らすだけだった。……話す気はないらしい。この様子じゃ何を言ってもバスの時みたいに、折れてはくれないだろう。
……兄ちゃんにとって私はどこまでたっても保護対象だ。
さっきまであんなに取り乱してしまったんだ、当たり前か。
「……言えないなら、いいよ。もう」
彼の隣に並びたい。なんて想いはきっとわがままでしかないのだろう。
佐久間さんだと認識した瞬間、ふっと自分の力が抜けていく感覚に襲われてその場にへたり込む。
「お、おい……!?」
押し寄せてきた安堵感に大きく息を吐けば、佐久間さんは急に座り込んだ私を見て慌てた様子で屈んで顔を覗き込む。
いつも睨まれてばかりだった佐久間さんの驚きと心配の入り混じった表情を見るのは初めてで少しだけおかしい気持ちに襲われ、思わず吹き出せばさらに変な顔をされた。
「はは……すみません。……佐久間さんの顔を見たら安心しました」
「はぁ?俺の顔?それに安心って……ッまさか影山に会ったのか!?」
一通り笑ってから、冷たくなっていた指先に温かさが戻っていることを確認して、ようやく立ち上がる。
私のそんな態度に一緒に立ち上がりながら、首を傾げていた佐久間さんは思い至った考えに慌てて肩を掴んできた。
「違いますよ。なんていうか…………」
……むしろ、影山だったらどれだけよかったか。
チームメイトの顔を見て安心してしまうぐらい疲弊してた自分を情けなく思いながら、連中について簡潔に説明をする。
「……よく分からない、不審者に絡まれました」
「ふ、不審者?」
相手の正体なんて分からなかったので、そう言う他なかった。
思った返答じゃなくポカンとする佐久間さんだったけど、恐る恐る話を進めた。
「……その……不審者?は、もういないのか?」
「はい。途中、助けてもらいました」
「誰にだ?」
「…………分かりません」
「はぁ?」
私の答えに思いっきり訝し気な顔をされたけれど、分からないものは分からないので彼の視線から逃れるように俯いて自分の手を眺める。
「……お前の言う不審者が影山の手先という可能性はなかったのか?」
「いえ、影山は関係ありません。……あの男ならもっと直接的な方法で潰しにかかるでしょう」
オルフェウスの選手のように。と付け足しながら私は首を横に振る。
「まぁ、野良犬に噛まれかけたとでも思っておきますよ」
ともかくこれ以上、不審者の話をしても仕方ない。切り替えないと。
「佐久間さんは?影山について何か情報を手に入れられましたか?」
「お前…………」
私達の本来の目的は影山を探し出すことだと、不審者に掴まれた手首を触れつつ佐久間さんから情報を得ようとするも、肝心の佐久間さんは苦い顔でこちらを見ていた。
……そんな変なことを言っただろうか。前々からこの人の地雷が分からない。
佐久間さんはそんな表情でぐしゃぐしゃと乱雑に自分の銀の髪を搔き乱したかと思えば、苦々しく言葉を絞り出した。
「…………よく嫌いな男相手に安心できるな」
その声は素っ気ないものの、困惑も混ざっているように感じる。
私はと言えばその言葉を飲み込むのに数秒かかり、
「え?嫌い……?」
私が佐久間さんを嫌っていると、彼本人が思っている事を理解して目を丸くした。
「…………むしろ、そっちが嫌っているのでは?」
「は?俺は拒絶したり、引き合いに出した事などないが?」
「うっ……そ、それは…………」
まさかつい最近の事を掘り返されるとは思わなくて、思わず怯んだ。……だいぶ根に持ってるな。
だけど、そんな疑心を生み出した自分の責任でもあるなと私は帽子を上げて佐久間さんと目を合わせる。
……彼と対峙するのも、選考試合前の帝国学園の時以来だ。といってもあの時は自分が八つ当たりをして雰囲気は最悪だったけれど。
「私は……貴方が嫌いとかじゃ、ないです」
佐久間さんを見て、確かに安心した。
つまり、自分の心の中では佐久間さんも仲間として信頼してるという事で。……どう足掻いても今まで抱いていた佐久間さんへの感情は、風丸さんの言う通りだったんだと受け入れるほかない。
「た、ただ…………」
「ただ?」
だから私は、彼との確執を解決するため、今言うつもりのなかった言葉を私は佐久間さんにぶつけることにした。
「……羨ましかったんですよ。…………兄ちゃんと、仲良しなのが」
「…………は?」
ああ、ついに言ってしまった。
教えてもらった感情の名称からじわじわと顔に熱が集まるが、言ってしまった言葉は取り消せない。ぎゅうとジャージの袖を握りしめながら私は思いをぶつけていく。
「だ、だって……!選考試合の集まりの時には、もうとっくに和解して仲良く二人で体育館に入ってくるし……!佐久間さんは私以上に兄ちゃんの事いっぱい知ってるし!兄ちゃんも本戦になってからずっと佐久間さんと一緒だし……!佐久間さんは頼るくせに、私は頼ってくれないし!!
……ッ、自分の自業自得とは分かってる。分かってるけど……!!私はっ、」
―佐久間さんに、嫉妬してたんですよッ……!!
「…………しっと」
唖然。
その言葉がピッタリなぐらい佐久間さんは目を見開いて固まっていた。
「……そう、か…………あー……」
それからぎこちなく片手で頭を掻いて、目線を彷徨わせたかと思えば、とんと私の肩に手を置いた。先程と違い乗せるだけの軽い力だ。
そして…………
「……お前の兄ちゃん、取って悪かったな」
「~~っ!!きゃ、キャラじゃない事しないでくださいッ!!」
何とも言えない表情のままぎこちなく笑みを浮かべられた。
そんな初めてされる気遣いにぶわわっとさらに体温が上昇して、後ずさりながら帽子で顔を隠した。帽子を持ってきててよかった。本当に。
「そんなにか…………」
「だ、だって今日話す予定じゃなかったから……!風丸さん立会いの元で告白する予定で……!」
「は?風丸??」
私の大袈裟といえるほどの反応に少し呆れを滲ませた佐久間さんの声が聞こえたので、少し帽子をずらして目だけ見せながら当初の予定を話せば突然出てきた名前に佐久間さんは目を瞬かせた。
「だって、嫉妬っていう感情は風丸さんに教えてもらったから…………」
佐久間さんと兄ちゃんが仲良くするたびにもやもやしていた感情の名を教えてくれたのは、相談に乗ってくれた風丸さんだった。
“嫉妬”なんて失礼なのではと動揺してしまう私に対して、誰だって大なり小なり感じるものだと諭してくれてようやく落とし込めたものだ。
「アルゼンチン戦前までにちゃんと話そうと思ってて、その時に一人が不安なら俺も同行するって風丸さん言ってくれたんです」
「…………ずいぶん懇親的だな」
「だって、ほら……風丸さん面倒見いいですから」
「……まあ、そうかもしれないな」
風丸さんとのやりとりを話せば、何故か佐久間さんにもの言いたげな視線を向けられたものの、一つため息をついて納得はしてもらえた。
どちらかというと風丸さんというより、私に呆れているみたいだった。まぁ彼の優しさに甘えているんだし……そう思われても仕方ない。
「…………ともかく、お前が何かと俺を睨んでいた理由は分かった。まさか嫉妬とは思わなかったが」
「……すみません」
やっと顔の熱が引いたので帽子をきちんと頭の上へと被り直したところで、佐久間さんからそんな話を聞て、無意識で睨んでいたことが判明して、慌てて謝る。
……私も大概に根に持ちやすい性格だったんだな。佐久間さんの事言えないや。
「あと……俺も、悪かった」
「え?」
だけど、その後の気まずそうに呟かれた謝罪に今度は私が驚く番だった。
「兄妹なのに、なんてお前の事情も知らずに無責任な言葉で感情的に責めて……すまなかった」
何の謝罪なんだと一瞬不思議に思ったけれど、それは私がついさっき思い出していた帝国学園でのやり取りで…………今思えばこれも、兄を理解できている佐久間さんへの立派な嫉妬だ。断言できる。
「あれは…………兄を信じ切れなかった私の責任なので。それに……」
心配なんてしてもらえる訳がない、なんて思い込もうとした結果、佐久間さんを怒らせて私も八つ当たりをした。だけど。
「嫉妬はしてましたが……兄のために本気で怒る佐久間さんを見て、仲直りできてよかったって安堵の気持ちもあったので……」
「!」
壊した私がいうのも不快だろうけれど……彼らの仲を修復されているのを見て、安心したのも本音だ。
そんな気持ちを、きちんと伝えると佐久間さんは目を見開いて、それから笑みを浮かべた。
「……お前も仲直りできてよかったな」
それは兄に向けられる笑みと同じ穏やかなもので、伝えられたそんな言葉は噓偽りのない本音だった。
「…………うん」
佐久間さんの言葉を、今度はすんなり受け止められた私は大好きな兄妹の笑顔を思い返してこくりと頷いた。
+++
「鬼道にちゃんと、不審者の事も話しとけよ」
「影山は関係なさそうですが、それでも言わなきゃダメですかね」
「…………お前たちは一度ちゃんと話し合った方がいい」
「……はぁ……?」
不審者のこともあって佐久間さんと一緒に行動することになり、影山の手掛かりを探しながらそんな話をしていると、前方に見慣れた人影が見えた。
「キャプテン」
「不動、佐久間!」
私達に気づいたキャプテンは振り返って、こちらに走ってくる。その後話は聞いたが彼も収穫はゼロらしく、あと残っている兄ちゃんと合流しようという話になり歩き続けた。
私が通った道とは違うけれど、同じような人気がない道に兄はいた。
「鬼道!」
「!」
「こっちはダメだった。お前は?」
「それが……」
道の中央で俯いていた兄はキャプテンに呼ばれて慌てて顔を上げた。
キャプテンに成果を尋ねられ、どこか表情が固い兄ちゃんが何かを言うために口を開いた時、全く別の音が聞こえた。
「っ!」
同時に、兄ちゃんがいる場所へ上から無数の木材が落ちてきた。
「兄ちゃん!!」
「鬼道っ!」
キャプテンや佐久間さんが助け出そうと駆け出すも、木材の落ちた際に巻き上がる砂煙に視界が遮られる。
視界が晴れた時には、木材の中で立っている兄が見えた。
「鬼道、大丈夫か!?」
「ああ……」
「よかった……!」
兄ちゃんに怪我がない事を確認して安堵の表情を浮かべる二人。だけど兄の表情は以前固いままだ。
「っ、兄ちゃん!!」
しばらく呆然と固まってしまっていた私は遅れて駆け出し、兄の目の前までへと行くが兄ちゃんは至って冷静だった。
「明奈……オレは大丈夫だ。怪我なんてしていない」
「分かってる!分かってるけど……!!」
今のはそういうのじゃない。
私だって分かったんだ。兄だってとっくに理解できている。
それでもやっぱり、あの木材に兄が巻き込まれたらと思うと、とても怖くて、そんな恐怖心に耐えるように拳を握っていると体が暖かいものに包まれた。
「…………怖がらせて、すまなかった」
「……うん」
兄ちゃんに抱きしめられていた。背中に回された手は私を落ち着かせるために優しく撫でてくれていて、次第に気持ちが落ち着くのを感じる。
―守りたいって思ってるのに、結局守られてばかりだ。
そんな歯がゆい気持ちはありつつも、彼の暖かさに安心してしまうのは事実で私は兄ちゃんの背中に手を回して肩に頭を押し付けた。
「不動、分かってるって……」
「……避ける必要はなかった」
私が落ち着いたのを見計らって兄は抱きしめるのをやめたけれど、その時に咄嗟に繋いだ手は無理やり外しはしなかった。
それにほっとしていると、キャプテンに改めて私が詰め寄った時の言い回しに不思議そうに問われ、私の代わりに兄が答えた。
そう、この木材は動かなければ当たらないように仕掛けられていたものだった。
傷つける目的ではない。これは…………
「脅しだよ……。 “いつでも潰せる” という……!」
誰からか、なんて分かり切っていた。
兄は唯一、影山に会ったらしい。姿は見れていないものの、声は確かに影山だと告げた。
「なんてことだ……」
新しい声が聞こえて、振り返れば目の前の惨状に立ち尽くすアルデナさんがいた。彼は兄が狙われた事を察して、自分を救ったからかと考えるも兄によって否定される。
「あいつが今のオレの力を試したんだ」
「君を試す……?」
首を傾げるフィディオさんを他所に、私達は一旦、場所を移すことになった。
「フィディオ。さっきの話だが、やはりお前たちのチームに俺達も入れてくれ」
川の近くの通りで、兄はイタリア代表決定戦の参加を頼んだ。
試合を通してミスターKと影山の関係を探るとのことだ。
そんな目的があるのなら私や佐久間さんも頷く他ない。そしてキャプテンは元からアルデナさんに協力しようとしていたので、再び参加を元気よく申し出た。
「わかった。みんなに相談してみるよ」
「よろしく頼む」
頷くアルデナさんに改めて頼んだ兄は眉に皺を寄せたまま黙り込む。
表情は十字路で別れる前よりも険しく、移動の際に離した手は握り拳が作られていて再び震えるほど力が込められていた。
「兄ちゃん、大丈夫?」
私はそんな兄の隣まで歩いて声を掛ける。
「……影山に、何を言われたの?」
「……っ」
聞いたところで兄は口を一文字に結んだままそっと目を逸らすだけだった。……話す気はないらしい。この様子じゃ何を言ってもバスの時みたいに、折れてはくれないだろう。
……兄ちゃんにとって私はどこまでたっても保護対象だ。
さっきまであんなに取り乱してしまったんだ、当たり前か。
「……言えないなら、いいよ。もう」
彼の隣に並びたい。なんて想いはきっとわがままでしかないのだろう。