寂しがり少女
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「あ、お姉ちゃん!おはよう!」
「おはよう。それって……」
早朝ランニングを終えて、一年生の特訓と合流しようと第二グラウンドへと向う道中。大きなお盆にいっぱいのおにぎりを乗せた春奈と鉢合わせる。
「朝食前だからお腹空いていると思って握ってきたの!」
「そっか。きっとみんな喜ぶよ」
むしろ喜ばなかったら私がそいつの分のおにぎりを食べる。
「そういえばお姉ちゃん、私が起こしに行った時にはもういなかったけれど何処に行ってたの?」
「風丸さんと一緒に早朝ランニング。一緒に走ろうって誘ってくれたから」
「風丸さん?」
起こしに来てくれたんだ申し訳ないなと思いながら私が答えれば、春奈はきょとんと目を丸くする。
「そういえば風丸さんも……ふ~ん…………」
「は、春奈?」
それから目を伏せて何か考えるようにぶつぶつ呟いている春奈。
走る事を伝えた兄みたいな、いつも通りじゃない態度に私が首を傾げていると、春奈は私へと目を合わせて満面の笑みを見せた。
「大丈夫!私はお姉ちゃんが選んだ人なら誰だろうとお祝いするからね!!」
「え、何の話??」
それから何も持ってなかったらスキップでも始めそうなぐらい楽し気な春奈を見て、私はさらに謎が深まった。
……私が世間知らずだから春奈の話を読めないのか??
「みんなお待たせ!!」
そしてグラウンドに辿り着いて、ちょうど空腹でへたれ込んでいる同級生を見つけたので春奈が元気よく声を掛ける。
立向居くんはともかくあとの三人は何故か落胆していた。何を想像してたんだか。
「これを食べて一年生パワーつけてねっ!」
「どんなパワーかよくわかんないけどね、ウッシッシ!」
「木暮くん、食べなくていいよ」
「じゃあ代わりに私が食べるね」
「わー!食べる食べる!」
そんな少し早めの賑やかな朝食も終えて、本格的に特訓を始めた。
立向居くんが構えるゴール前に私たち4人が横に並び、ひたすらシュートを打つものだった。
……ただ、DFとMFのキック力じゃFWの人達の力には及ばずに、選手の体力だけが削れていく。想定していた通りではあるものの必殺技の完成には程遠い現状に、体力の消耗も相まって周りの雰囲気が沈んでいくのを感じた。
しかも壁山くんと栗松くんが座り込み、木暮くんも何度かボールを蹴った後に倒れ込んでしまって特訓は一時中断。すぐ隣にいた私だけでなく、立向居くんや春奈も木暮くんの傍へと駆け寄り彼を心配する。
「何で不動はそんなピンピンしてんだよ……」
「体力はアジア予選の時よりはついたからね。まぁでも……」
息も絶え絶えな木暮くんに聞かれた事に答えるも、私は自分のシュートと、それを難なく止める立向居くんの姿を思い出して首を横に振った。
「……立向居くんの必殺技を使わない程度のキック力じゃ、私だって十分戦力外だ」
「そんなこと……!」
―自分達のシュートじゃいまいちなのでは。
私の言葉の意図は周りにも伝わっている。
意地が悪いかもしれないけれど、本当の事なので誰も何も言えずに、周りは諦めムードになってしまった。
「どうしたの!必殺技編み出すんじゃなかったの!?」
春奈はみんなのやる気を取り戻すために喝を入れるものの、なかなか動く気配はない。
「……FWか…………」
打開策を考えるために私は腕を組んで考える。
キック力の問題ならFWの誰かに頼むのが一番手っ取り早いだろう。だけど、最近の様子を見るに豪炎寺さんと虎丸くん、ヒロトさんは何かをしている様子が見えたし、染岡さんだって新必殺技の磨きをかけるために模索しているようだし邪魔はできない。
残っているFWと言えば…………
「…………断られそう」
むしろ、あの人が引き受けてくれる絵面が一切想像できない。いや……自分の自業自得なのは分かっているんだけど。
逆に、私がいなかったら引き受けてくれるかも……
「綱海さんだ!」
一人でずっと考え込んでいた私の耳に不意に立向居くんの声が届いた。
それと同時に風に乗って潮の香りがして、目の前に広がる海を見れば、確かにサーフィンを楽しんでいる綱海さんの姿があった。
「朝からサーフィン……凄いなあの人」
「あれだ!」
泳げない自分からすれば想像もできない競技を見ていると、隣で何かを閃いたらしい妹の声。
春奈は一直線に海側のフェンスへと駆け寄ったかと思えば、
「綱海さぁぁぁん!!!」
大きな声で綱海さんを呼んだ。……って綱海さんが今いるのは波の上では?
「は、春奈。今綱海さんに声をかけたら……」
「よぉ!!……っと、おわ!!?」
春奈の声に気づいて手を振ってくれたらしい綱海さんは、バランスを崩したのかザバァンッと海に落ちてしまった。……遅かったか。
「よし!立向居の気持ちはよぉーく分かった!俺様の必殺シュート、どーんと受けて強くなれ!!」
「ありがとうございますっ!」
春奈が考えた案は綱海さんの協力を仰ぐことだった。経由を話せば綱海さんはドンッと自分の胸を叩きながら快く受けてくれた。綱海さんはいつも朝はサーフィンをしているらしいが、これからしばらく私達に時間を割いてくれるとのことだ。
確かに彼はDFだけど、ポジションに囚われない自由な動きでこの世界大会でも多々得点を決めていた。うん、確かに最適な人だ。
「それにしても……お前ら一年が立向居のためにこんな朝っぱらから特訓からよぉ……!!しかも不動まで……!」
「なんで私だけ名指しなんですか!」
妙に親父くさい泣き方をしている綱海さんだけど、後半に何故か名前を上げられ思わず抗議をする。
「いやぁ、だってお前ちょっと前までずっと一人でつまんなさそうだったからよ。ちゃんと周りと仲良くできてるようで安心しちまった!よかったなっ、不動~!」
「うわわっ……」
綱海さんは涙を引っ込めてカラリと笑ったかと思えば、私の頭をぐしゃぐしゃと撫で始める。大雑把な手付きだったものの、かけられる言葉は色々気にしてもらっていたらしいと気づいてしまい、どう返せばいいか分からずにごにょごにょと口が動いてしまう。
「ん?どうした不動?」
「大丈夫ですよ、綱海さん!」
黙りこくってしまった私を、不思議そうに顔を覗き込む綱海さんに声を掛けたのは春奈だった。その表情は朝の鉢合わせた時と同じような楽しそうな顔で嫌な予感がした。
「お姉ちゃん甘やかされるの慣れてなくて照れてるだけなんで!もっと甘やかしてあげてください!」
「~~っ、て、照れてない!!」
まさしく図星を言い当てられ、私は慌てて綱海さんの手から逃げ出す。
「ははっ、じゃあ今はいねぇ鬼道の代わりに兄貴になってやろうか、明奈っ!」
「何がじゃあなんだよ!……っ今は立向居くんの兄貴になってやってくださいっ」
「わぁっ!?」
最初はきょとんとしていたものの、春奈の言葉と自分の熱くなった顔を見た綱海さんは楽しそうに笑って、兄みたいに名前を呼びながらからかってくる。
私は誤魔化すように声を上げて立向居くんの背中を押してさっさと春奈の隣へと帰った。
「おっ、そうだな!で、 “ムゲン・ザ・ハンド” よりすげえ必殺技編み出すんだろ?名前決めたのか?」
「いえ、まだ……」
すると綱海さんは気を取り直して、改めて立向居くんにそんな質問をぶつけた。
それすらもあやふやらしく小さく俯く立向居くんの眉間に綱海さんに人差し指を突きつけた。
「おいおい、頭の中にイメージがなくてなにか必殺技だよ。ムゲンの超えた先にあるのは……ズバリ、魔王だ!!」
そして、立向居くんの眉間から指を離した綱海さんはびしりと指を指し、そう高々に告げた。
「魔王・ザ・ハンド……」
「そうだ! “魔王・ザ・ハンド” だ!!」
そんな綱海さんの提案に、春奈を含む同級生達は目を輝かせていた。
「ムゲンを超えるのが……魔王?」
「……本人達が満足してるんだし、いいんじゃない?」
ただ一人、木暮くんだけは彼の独特な法則に首を傾げていて。私も同感だったので苦笑してしまった。
綱海さんが参加したことで、特訓はだいぶ安定していた。
初日の特訓では綱海さんの “ザ・タイフーン” をもろにくらった立向居くんは無理を重ねていた事もあって簡単に倒れてしまったので慌てて宿舎に運んだ。
だけど、次に起き上がった彼は何か手応えを感じれたらしく、様子を見に来てくれたキャプテンや周りの励ましの言葉からどこか吹っ切れた様子を見せる。
それから私なりに気づいたこと所のアドバイスをしながら、毎日特訓を重ねること数日。立向居くんがボールを止める時にすごいエネルギーを感じ、背後から紫色の“何か”が現れて一瞬で消えた。
その一瞬の出来事で十分だった。
特訓を続けていた私たちにとってその事実はとても嬉しいことだった。
完成できるかもしれない。
そんな希望を胸に立向居くんを始めとしたみんなはさらに特訓を張り切ることになった。
+++
「大変じゃないか?」
「え?」
いつもの早朝ランニングをキリよく終わらせた休憩中の時、これから一年生と、それから夕食の後に兄ちゃんとの特訓をしている事を談笑のつもりで風丸さんに教えると、驚いたように目を丸くして、それからぎゅっと眉を寄せた。
「普通の練習に合わせて、そんな特訓を詰め込んで大丈夫か?……体壊さないか心配だな……」
ジョギングだけでも今はやめておいたほうが……なんて真剣な顔でそんな提案をする風丸さん。
そこで、私と彼で価値観の相違があることに気づいて、慌てて首を横に振った。
「わ、私は大丈夫です!休憩は合間にちゃんと取ってますし!それに、どれも私がやりたいと思ってやってる事なので」
「……本当か?」
「はい」
私の顔をじっと見て訝しげに見る風丸さん。私が無理をしていないか気にしてくれる風丸さんを安心させたくて私は頷いて、それから胸に手を置いた。
「……私、昔はずっと一人でボールを蹴ってたんです。サッカーをするか、勉学をするかぐらいで……そんな生活のおかげで体力はそれなりにある方なんですよ」
当時の私は疑問すら持たなかったけれどあの空間は異様なものだったんだろうな、と過去の無機質な部屋を思い出しながら私は小さく息をつく。
流石にアジア予選の時は数か月間ぶりのサッカーだった事もあって、体力の消耗も激しかったけれど、今はそれなりに安定していると思う(最も、精神的な理由もあったかもしれないけれど)
「不動……」
「だけどっ」
その要因になった人の名前は何となく伏せたけど、察しているのだろう風丸さんは悲痛な表情を浮かべていた。
私は彼に自分のことで不安を与えたくて話した訳ではないと、彼の心配を断ち切るように声量を上げた。
「今みたいに、みんなと一緒にサッカーするのがとっても楽しいんです。一人でするよりも、ずっと。だからどんな特訓も全然苦になりません」
「……ん、それならいいんだ」
胸に置いた手にぎゅっと力を込めて、私は風丸さんを見れば本心だと分かってくれた彼はふっと肩の力を抜いて息を吐いた。
「俺も、」
「?」
「やめたほうがいいのか、なんて聞いたけれど不動と走るの楽しいからそう思ってくれているの嬉しいよ」
首に掛けたタオルを握りながら、笑みを浮かべる風丸さん。その姿は早朝の明るい朝日に照らされる姿も相まって、とても爽やかに映った。
きっと、自分とのジョギングを楽しんでくれているという言葉に嘘偽りはきっとないのだろう。
だけど、真っ直ぐな言葉と態度にまだちょっと耐性のない私は、照れ臭さを感じ、慌てて自分のタオルで汗を拭くふりをしながら顔を隠してしまう。
―みんなと一緒にサッカーする方が楽しい。
そこでふと、自分が告げた言葉を思い返してつい手を止めてしまった。そして隣にいるのはあの時の喧嘩(という名の私の八つ当たり)を知っていて、頼ってほしいなんて言ってくれた風丸さんで。
「……風丸さん」
「ん?」
一人で大きく深呼吸をしたのちに、私はタオルから手を離して再び風丸さんへ顔を向ければ彼は小首を傾げた。
「えっと…………サッカーには関係ないんですが、ちょっと、聞いてほしい話があって……」
「おはよう。それって……」
早朝ランニングを終えて、一年生の特訓と合流しようと第二グラウンドへと向う道中。大きなお盆にいっぱいのおにぎりを乗せた春奈と鉢合わせる。
「朝食前だからお腹空いていると思って握ってきたの!」
「そっか。きっとみんな喜ぶよ」
むしろ喜ばなかったら私がそいつの分のおにぎりを食べる。
「そういえばお姉ちゃん、私が起こしに行った時にはもういなかったけれど何処に行ってたの?」
「風丸さんと一緒に早朝ランニング。一緒に走ろうって誘ってくれたから」
「風丸さん?」
起こしに来てくれたんだ申し訳ないなと思いながら私が答えれば、春奈はきょとんと目を丸くする。
「そういえば風丸さんも……ふ~ん…………」
「は、春奈?」
それから目を伏せて何か考えるようにぶつぶつ呟いている春奈。
走る事を伝えた兄みたいな、いつも通りじゃない態度に私が首を傾げていると、春奈は私へと目を合わせて満面の笑みを見せた。
「大丈夫!私はお姉ちゃんが選んだ人なら誰だろうとお祝いするからね!!」
「え、何の話??」
それから何も持ってなかったらスキップでも始めそうなぐらい楽し気な春奈を見て、私はさらに謎が深まった。
……私が世間知らずだから春奈の話を読めないのか??
「みんなお待たせ!!」
そしてグラウンドに辿り着いて、ちょうど空腹でへたれ込んでいる同級生を見つけたので春奈が元気よく声を掛ける。
立向居くんはともかくあとの三人は何故か落胆していた。何を想像してたんだか。
「これを食べて一年生パワーつけてねっ!」
「どんなパワーかよくわかんないけどね、ウッシッシ!」
「木暮くん、食べなくていいよ」
「じゃあ代わりに私が食べるね」
「わー!食べる食べる!」
そんな少し早めの賑やかな朝食も終えて、本格的に特訓を始めた。
立向居くんが構えるゴール前に私たち4人が横に並び、ひたすらシュートを打つものだった。
……ただ、DFとMFのキック力じゃFWの人達の力には及ばずに、選手の体力だけが削れていく。想定していた通りではあるものの必殺技の完成には程遠い現状に、体力の消耗も相まって周りの雰囲気が沈んでいくのを感じた。
しかも壁山くんと栗松くんが座り込み、木暮くんも何度かボールを蹴った後に倒れ込んでしまって特訓は一時中断。すぐ隣にいた私だけでなく、立向居くんや春奈も木暮くんの傍へと駆け寄り彼を心配する。
「何で不動はそんなピンピンしてんだよ……」
「体力はアジア予選の時よりはついたからね。まぁでも……」
息も絶え絶えな木暮くんに聞かれた事に答えるも、私は自分のシュートと、それを難なく止める立向居くんの姿を思い出して首を横に振った。
「……立向居くんの必殺技を使わない程度のキック力じゃ、私だって十分戦力外だ」
「そんなこと……!」
―自分達のシュートじゃいまいちなのでは。
私の言葉の意図は周りにも伝わっている。
意地が悪いかもしれないけれど、本当の事なので誰も何も言えずに、周りは諦めムードになってしまった。
「どうしたの!必殺技編み出すんじゃなかったの!?」
春奈はみんなのやる気を取り戻すために喝を入れるものの、なかなか動く気配はない。
「……FWか…………」
打開策を考えるために私は腕を組んで考える。
キック力の問題ならFWの誰かに頼むのが一番手っ取り早いだろう。だけど、最近の様子を見るに豪炎寺さんと虎丸くん、ヒロトさんは何かをしている様子が見えたし、染岡さんだって新必殺技の磨きをかけるために模索しているようだし邪魔はできない。
残っているFWと言えば…………
「…………断られそう」
むしろ、あの人が引き受けてくれる絵面が一切想像できない。いや……自分の自業自得なのは分かっているんだけど。
逆に、私がいなかったら引き受けてくれるかも……
「綱海さんだ!」
一人でずっと考え込んでいた私の耳に不意に立向居くんの声が届いた。
それと同時に風に乗って潮の香りがして、目の前に広がる海を見れば、確かにサーフィンを楽しんでいる綱海さんの姿があった。
「朝からサーフィン……凄いなあの人」
「あれだ!」
泳げない自分からすれば想像もできない競技を見ていると、隣で何かを閃いたらしい妹の声。
春奈は一直線に海側のフェンスへと駆け寄ったかと思えば、
「綱海さぁぁぁん!!!」
大きな声で綱海さんを呼んだ。……って綱海さんが今いるのは波の上では?
「は、春奈。今綱海さんに声をかけたら……」
「よぉ!!……っと、おわ!!?」
春奈の声に気づいて手を振ってくれたらしい綱海さんは、バランスを崩したのかザバァンッと海に落ちてしまった。……遅かったか。
「よし!立向居の気持ちはよぉーく分かった!俺様の必殺シュート、どーんと受けて強くなれ!!」
「ありがとうございますっ!」
春奈が考えた案は綱海さんの協力を仰ぐことだった。経由を話せば綱海さんはドンッと自分の胸を叩きながら快く受けてくれた。綱海さんはいつも朝はサーフィンをしているらしいが、これからしばらく私達に時間を割いてくれるとのことだ。
確かに彼はDFだけど、ポジションに囚われない自由な動きでこの世界大会でも多々得点を決めていた。うん、確かに最適な人だ。
「それにしても……お前ら一年が立向居のためにこんな朝っぱらから特訓からよぉ……!!しかも不動まで……!」
「なんで私だけ名指しなんですか!」
妙に親父くさい泣き方をしている綱海さんだけど、後半に何故か名前を上げられ思わず抗議をする。
「いやぁ、だってお前ちょっと前までずっと一人でつまんなさそうだったからよ。ちゃんと周りと仲良くできてるようで安心しちまった!よかったなっ、不動~!」
「うわわっ……」
綱海さんは涙を引っ込めてカラリと笑ったかと思えば、私の頭をぐしゃぐしゃと撫で始める。大雑把な手付きだったものの、かけられる言葉は色々気にしてもらっていたらしいと気づいてしまい、どう返せばいいか分からずにごにょごにょと口が動いてしまう。
「ん?どうした不動?」
「大丈夫ですよ、綱海さん!」
黙りこくってしまった私を、不思議そうに顔を覗き込む綱海さんに声を掛けたのは春奈だった。その表情は朝の鉢合わせた時と同じような楽しそうな顔で嫌な予感がした。
「お姉ちゃん甘やかされるの慣れてなくて照れてるだけなんで!もっと甘やかしてあげてください!」
「~~っ、て、照れてない!!」
まさしく図星を言い当てられ、私は慌てて綱海さんの手から逃げ出す。
「ははっ、じゃあ今はいねぇ鬼道の代わりに兄貴になってやろうか、明奈っ!」
「何がじゃあなんだよ!……っ今は立向居くんの兄貴になってやってくださいっ」
「わぁっ!?」
最初はきょとんとしていたものの、春奈の言葉と自分の熱くなった顔を見た綱海さんは楽しそうに笑って、兄みたいに名前を呼びながらからかってくる。
私は誤魔化すように声を上げて立向居くんの背中を押してさっさと春奈の隣へと帰った。
「おっ、そうだな!で、 “ムゲン・ザ・ハンド” よりすげえ必殺技編み出すんだろ?名前決めたのか?」
「いえ、まだ……」
すると綱海さんは気を取り直して、改めて立向居くんにそんな質問をぶつけた。
それすらもあやふやらしく小さく俯く立向居くんの眉間に綱海さんに人差し指を突きつけた。
「おいおい、頭の中にイメージがなくてなにか必殺技だよ。ムゲンの超えた先にあるのは……ズバリ、魔王だ!!」
そして、立向居くんの眉間から指を離した綱海さんはびしりと指を指し、そう高々に告げた。
「魔王・ザ・ハンド……」
「そうだ! “魔王・ザ・ハンド” だ!!」
そんな綱海さんの提案に、春奈を含む同級生達は目を輝かせていた。
「ムゲンを超えるのが……魔王?」
「……本人達が満足してるんだし、いいんじゃない?」
ただ一人、木暮くんだけは彼の独特な法則に首を傾げていて。私も同感だったので苦笑してしまった。
綱海さんが参加したことで、特訓はだいぶ安定していた。
初日の特訓では綱海さんの “ザ・タイフーン” をもろにくらった立向居くんは無理を重ねていた事もあって簡単に倒れてしまったので慌てて宿舎に運んだ。
だけど、次に起き上がった彼は何か手応えを感じれたらしく、様子を見に来てくれたキャプテンや周りの励ましの言葉からどこか吹っ切れた様子を見せる。
それから私なりに気づいたこと所のアドバイスをしながら、毎日特訓を重ねること数日。立向居くんがボールを止める時にすごいエネルギーを感じ、背後から紫色の“何か”が現れて一瞬で消えた。
その一瞬の出来事で十分だった。
特訓を続けていた私たちにとってその事実はとても嬉しいことだった。
完成できるかもしれない。
そんな希望を胸に立向居くんを始めとしたみんなはさらに特訓を張り切ることになった。
+++
「大変じゃないか?」
「え?」
いつもの早朝ランニングをキリよく終わらせた休憩中の時、これから一年生と、それから夕食の後に兄ちゃんとの特訓をしている事を談笑のつもりで風丸さんに教えると、驚いたように目を丸くして、それからぎゅっと眉を寄せた。
「普通の練習に合わせて、そんな特訓を詰め込んで大丈夫か?……体壊さないか心配だな……」
ジョギングだけでも今はやめておいたほうが……なんて真剣な顔でそんな提案をする風丸さん。
そこで、私と彼で価値観の相違があることに気づいて、慌てて首を横に振った。
「わ、私は大丈夫です!休憩は合間にちゃんと取ってますし!それに、どれも私がやりたいと思ってやってる事なので」
「……本当か?」
「はい」
私の顔をじっと見て訝しげに見る風丸さん。私が無理をしていないか気にしてくれる風丸さんを安心させたくて私は頷いて、それから胸に手を置いた。
「……私、昔はずっと一人でボールを蹴ってたんです。サッカーをするか、勉学をするかぐらいで……そんな生活のおかげで体力はそれなりにある方なんですよ」
当時の私は疑問すら持たなかったけれどあの空間は異様なものだったんだろうな、と過去の無機質な部屋を思い出しながら私は小さく息をつく。
流石にアジア予選の時は数か月間ぶりのサッカーだった事もあって、体力の消耗も激しかったけれど、今はそれなりに安定していると思う(最も、精神的な理由もあったかもしれないけれど)
「不動……」
「だけどっ」
その要因になった人の名前は何となく伏せたけど、察しているのだろう風丸さんは悲痛な表情を浮かべていた。
私は彼に自分のことで不安を与えたくて話した訳ではないと、彼の心配を断ち切るように声量を上げた。
「今みたいに、みんなと一緒にサッカーするのがとっても楽しいんです。一人でするよりも、ずっと。だからどんな特訓も全然苦になりません」
「……ん、それならいいんだ」
胸に置いた手にぎゅっと力を込めて、私は風丸さんを見れば本心だと分かってくれた彼はふっと肩の力を抜いて息を吐いた。
「俺も、」
「?」
「やめたほうがいいのか、なんて聞いたけれど不動と走るの楽しいからそう思ってくれているの嬉しいよ」
首に掛けたタオルを握りながら、笑みを浮かべる風丸さん。その姿は早朝の明るい朝日に照らされる姿も相まって、とても爽やかに映った。
きっと、自分とのジョギングを楽しんでくれているという言葉に嘘偽りはきっとないのだろう。
だけど、真っ直ぐな言葉と態度にまだちょっと耐性のない私は、照れ臭さを感じ、慌てて自分のタオルで汗を拭くふりをしながら顔を隠してしまう。
―みんなと一緒にサッカーする方が楽しい。
そこでふと、自分が告げた言葉を思い返してつい手を止めてしまった。そして隣にいるのはあの時の喧嘩(という名の私の八つ当たり)を知っていて、頼ってほしいなんて言ってくれた風丸さんで。
「……風丸さん」
「ん?」
一人で大きく深呼吸をしたのちに、私はタオルから手を離して再び風丸さんへ顔を向ければ彼は小首を傾げた。
「えっと…………サッカーには関係ないんですが、ちょっと、聞いてほしい話があって……」