寂しがり少女
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次の日、私は昨日の晩に決めた集合時間に宿舎前へと行けば風丸さんはもういてくれて、並んでジョギングをすることになった。
元陸上部によるコーチングにより走るフォームを安定させることができて、少しだけ走るのが早くなった……なんて気が早いか。
それから朝食前に解散して、朝ご飯を食べたら通常通りの対アルゼンチン戦に向けてのチーム練習だ。
各々パス回しやドリブル、シュートの練習をした後に訪れた休憩。私は秋さんから渡されたドリンクを飲んでから、私は話しかけようと思っていた人へと足を向けた。
「鉄壁の守りをどう崩すか、課題は山積みだな」
「ああ」
兄ちゃんは相変わらず佐久間さんと一緒にいて、そんな話をしていた。次の試合に向けて気合十分に互いに意見交換をしている様子を少し眺めた後に私は兄の背後から腕……ではなく、赤いマントを咄嗟に掴んでくいっと引っ張った。
「っ?……どうした、明奈」
佐久間さんと話していた兄ちゃんは不思議そうに私の方を見る。
佐久間さんも訝しげにこちらを見ている視線を感じながらも私は兄の方を見て兄ちゃん、と口を開いた。
「練習が終わったら、部屋に行っていい?話したい事がある」
「?……ああ、構わない」
私はマントをぎゅうと握りながらそう聞けば、兄は不思議そうに首を傾げていたものの提案自体には頷いてくれてほっと息をつく。
「アルゼンチン戦に向けての話し合いなら、佐久間も呼んでいいか?」
「えっ」
要件は伝え終えたし練習に戻ろうとした矢先にそんな提案をされた。まさかそんなことを言われると思っていなかった私は、露骨に声を上げてしまう。
「……俺がいると問題なのか?」
私の表情を見た佐久間さんは胡坐をかいていた姿勢から立ち上がり、じとりとこちらを見てくる。私の態度が悪かったんだ、仕方ない。
頭ではそう分かっているけれど、ざわりざわりと胸に広がる感情を無視できないまま口が勝手に動いた。
「佐久間さんは……やだ」
「……は?」
「……あっ!いや、そういうんじゃなくて……すみません!」
「あ、おい……!」
ハッと気づいた時にはもう遅い。眼帯のない方の目で睨みつけてくる佐久間さんがいて、私は何とか言い訳を探そうとするけれど何も浮かばなくて勢いのまま頭を下げてその場から背を向けてしまった。
+++
「アルゼンチン戦までに佐久間と話しておけよ」
練習が終わった夕方頃、気まずい気持ちはあれど約束を取り決めたのは自分なので、ノート片手に兄の個室の扉を叩けば扉は静かに開いた。
部屋には兄しかいなくて、入った所で腕を組んだ兄にそう静かに諭された。
「……頑張り、ます」
「いや、さっきのはオレも少々強引だった。悪かったな」
私が自分の抱えている感情の答えが見つかっていない事も兄にはお見通しらしい。それもすぐに言い当てずに私が考える時間をくれているのは兄らしい、と言うべきか。
絶対私が悪いのに、苦笑しながら笑ってくれる兄に対してどういうべきか分からなかった。
ぎこちなかったのは最初だけで、サッカーの話になれば口が回るのは我ながら現金だと思う。
「 “皇帝ペンギン3号” ……」
「うん。アルゼンチン戦の鉄壁の守りを突破する攻撃を身につけたくて。元帝国のキャプテンの兄ちゃんなら、何か分かるかなって」
私は白紙のページを開きながらその必殺技について兄に聞けば、手に顎を置いて考える素振りを見せた。
「名前は聞いたことがある……」
【禁断の技】であった “皇帝ペンギン1号” よりも遥に威力が強い必殺技だが完成した者を見たことは一度もない。
「一人で出来る代物ではないとして……2号のように負担の分散だけじゃダメ……」
「そうだな。鍵は威力をどれだけ落とさないか、だ」
それからノートに気づいた事や兄ちゃんの意見も取り入れて箇条書きをしていくが、もちろんそれだけじゃ限界がある。
「とにかく考えるより実際に体を動かしたほうがよさそうだな。明奈、どの時間帯なら空いてる?」
「チーム練習の後がいいかな。朝は風丸さんと走り込みの特訓始めたし」
とにかくボールを蹴って考えるのは兄ちゃんと同意見だ。
聞かれたので練習できる時間帯を正直に伝えれば、兄ちゃんは椅子から立ち上がる最中の中途半端な体制で動きを止めた。
「……兄ちゃん?」
「風丸と……2人でか?」
「え?う、うん……」
そんなに驚くことだろうか。
……た、確かに人見知りだとは自負してるけれどイナズマジャパンの人達とは少しずつ喋れているし、兄ちゃんも見守ってくれていた気がするけれど……。
「……知らない間にずいぶん、風丸と仲が良くなったんだな」
そう告げられて、そう言えば風丸さんと話す時は二人っきりが多かったなと思い出した。だから驚いているのかと思えば私は納得して彼と仲良くなった経由を話す。
「うん。風丸さん、仲間想いだから何かと世話焼いてくれてて……この前も頼られて嬉しいって笑ってくれたし!」
「……ほぉ?」
私の話を聞いて兄は笑っていた。
だけど、それは虎丸くん達と話している時に見せる優し気な笑みというより、ひくりと頬を引きつらせていた。なんていうか……怒ってる?
「……兄ちゃん?」
「…………まぁいい。後で聞けばいいだけだ」
「うん……?」
急に兄の機嫌が悪くなった理由なんて分かるわけなく、私は首を傾げるもすぐにいつもの兄ちゃんに戻ってくれた。
よく分からないけれど、今はサッカーしたいし。まあいいか。
それから早速、グラウンドへと行こう。とお互い完全に立ち上がった時だった。
バタンッ!!
部屋の扉が荒々しく開き、姿を見せたのは。
「お姉ちゃん!!」
「離せー!音無ー!!」
木暮くんの首根っこを掴んで仁王立ちをしている春奈がいた。
用があるのは部屋の主である兄かと思えば、キッと睨んで呼ぶのは私で。春奈はその怒った顔のままずんずんと迫ってきた。
「え……ど、どうしたの。春奈」
「いいから来てっ!」
「うわっ!?ちょ、ちょっとっ……!?」
そんな風に春奈に怒られる心当たりが全くない私はポカンと立ち尽くしている所、木暮くんを掴んでいる逆の手で腕を掴んでそのまま引きずられた。
「に、兄ちゃん助けて!」
「お兄ちゃん助けなくていいから!」
「あ、ああ……」
訳が分からないものの、待っているのは説教だとやっと察した私は慌てて振り返るも、ぴしゃりと言い切る春奈の声量に見事負ける。
鬼気迫る春奈に兄ちゃんは完全に圧倒されているようで、ただ私が連れてかれているのをぽかんと眺めていた。
+++
木暮くんと一緒に春奈に連れて来られたのは普段は使わない海沿いにある第二グラウンドだった。そこにはもう先客がいて、
「……ごめんなさい」
「木暮くんも謝んなさい」
「…………」
「あぁ……いいよ。もう……」
「でも……」
夕焼けに照らされる中、私はおずおずと先客である立向居くんに頭を下げた。木暮くんは不貞腐れたように俯いていたけれど、春奈に背中を押されて無言ながらも頭は下げれば、立向居くんは慌てたように手を振った。
「不動さんも、顔を上げて下さい」
「いや、なんか……安易な発言して申し訳ないなって思って……」
当人に言われ私は顔を上げるも、何となく目を合わせ辛くて周りを見回して見れば何個ものサッカーボールが転がっていた。
春奈から聞けば彼はイギリス戦後に「円堂さんの真似ばかり」と木暮くんに指摘され、さらに私の「必殺技はあった方がいい」という言葉にも感化された結果、自分だけの必殺技を作るために休みも程々にずっと個人練習をしていたらしい。
確かに練習中の時の立向居くんはどこか力んでるなという印象はあったけれど、気合い以前に必死だったんだと今更ながら振り返る。
これは、フィールド外での選手に目を向けれなかった私の落ち度でもある。
「ミニトマトが夕食になかったら見れてたかもしれないのに……!」
「……お姉ちゃん?」
あの赤い球体に気を取られていた自分を恨んでいると、春奈から思いっきりジト目で睨まれたので慌てて目を逸らした。
「それで、必殺技はできたのか?」
「ううん。まだなんだ。こうして自分を追い込めば何か掴めるかなって」
その間にも特訓のきっかけになったじゃんと早々に割り切った木暮くんは特訓の成果を立向居くんに尋ねるも、結果はふるわないようだ。
「立向居くん!」
その時だった。背後からまた別の声がして振り返えればフェンスからこちらをじっと見ている壁山くんと栗松くんがいた。木暮くんと一緒に過ごしていたらしいし、気になってついてきたのだろう。
彼らはDFとして守備の力が役に立つのではと、立向居くんの新しい必殺技を作る協力を申し出た。そんな言葉に春奈もそれ賛成!と大きく手を挙げる。
「立向居くんっ!私たち一年には一年のやり方があるよ!1人でやるより絶対いいよっ!!お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「え?」
和気藹々としている目の前の光景を何となく眺めていると、急に春奈に話を振られて固まる。
「うん、そうだね。……じゃあ頑張って?」
「ちょっとお姉ちゃん!私の話聞いてた!?」
さり気なく後ずさるも、すぐに春奈に腕を掴まれた。
「お姉ちゃんも同じ一年なんだから一緒に特訓をするに決まってるでしょ?!」
「一年ってことは……えー!俺もー!?」
「当然でしょ?」
春奈の言葉に先に反応したのは木暮くんだった。
明らかにめんどくさそうな顔をしていたし、どさくさに紛れて宿舎に帰る気だったのだろう。もちろん春奈が見逃すはずなく、すぐに首根っこを掴んだけれど。
「やるッスよ!」
「同じ一年なんでヤンスから」
「そーいうこと」
だけど、壁山くんや栗松くんのやる気に最後は諦めて「わかったよ……」と観念した。
「さぁ、これで残るはお姉ちゃんだけだよ!」
「うぐっ……」
ぎゅうと腕を掴まれながら春奈に言われるものの、私は素直に頷けなかった。……特訓に関しては風丸さんとの走り込みだったり、兄との必殺技だったりとやる事は多いものの……まぁ、調節できる範疇ではある。
だけど…………
「わ、私がいても気まずいだけだろ…………それより、仲良くできる人同士でやった方が…………」
「出た。お姉ちゃんのマイナス思考。もうっ、試合の時の頼もしいお姉ちゃんはどこに行ったの!」
「そ、そんなこと言われても……」
ただ単純に、私がこの場に入って彼らを怖がらせてしまう不安があった。だから断ろうとしたけれど、春奈を納得させる言い訳も浮かばずどうしようかと頭を悩ませていると。
「あ、あのっ。不動さんっ」
「っ!」
少し緊張気味の顔をした立向居くんに名前を呼ばれた。
「オレ、不動さんとも特訓したいんだ。いてくれたら心強いって思うから」
「こころ、づよい?」
言われ慣れない言葉に首を傾げれば、立向居くんは大きく頷いた。
「うん!前の試合では、鬼道さんと一緒にタクティクスを破ったのはもちろんなんだけど、虎丸の必殺技を編み出す協力をしたって聞いて……。よかったら、オレに何か足りないものがあったら教えてほしいなって……!」
「確かに、ナイツオブクイーンの試合では大活躍だったよね~。……ま、帰りも見事に船に酔っちゃって台無しだったけど。うししっ」
目を輝かせて改めてお願いをしてくる立向居くんの隣で木暮くんまで褒めてきたかと思えば、余計な一言を添えてよくする笑みを浮かべていた。春奈に睨まれて誤魔化してたけれど。
「……私がいて、大丈夫?」
彼らの話を聞いて私は一呼吸置いてから、壁山くんと栗松くんの方を見る。
「不動さんの事、もうだいぶ怖くないから大丈夫ッス!」
「立向居の必殺技完成に向けて、一緒に頑張るでヤンス!」
すると、2人とも気合十分に拳を握っていて私を入れた特訓を受け入れてくれていた。
真帝国学園の事で彼らを一番怖がらせていた自覚はあったから(態度だったり、彼らの先輩である染岡さんに怪我を負わせたりとかで)、そんな反応にただただ素直に驚いた。そして……
「一緒に…………」
迷いはまだあったけれど、その言葉がとても魅力的に思うのも事実で。
「……分かった。手伝うよ、立向居くん」
こうして立向居くんの新たなキーパー技の完成を目指し、一年生だけの特訓が開始されることになった。
元陸上部によるコーチングにより走るフォームを安定させることができて、少しだけ走るのが早くなった……なんて気が早いか。
それから朝食前に解散して、朝ご飯を食べたら通常通りの対アルゼンチン戦に向けてのチーム練習だ。
各々パス回しやドリブル、シュートの練習をした後に訪れた休憩。私は秋さんから渡されたドリンクを飲んでから、私は話しかけようと思っていた人へと足を向けた。
「鉄壁の守りをどう崩すか、課題は山積みだな」
「ああ」
兄ちゃんは相変わらず佐久間さんと一緒にいて、そんな話をしていた。次の試合に向けて気合十分に互いに意見交換をしている様子を少し眺めた後に私は兄の背後から腕……ではなく、赤いマントを咄嗟に掴んでくいっと引っ張った。
「っ?……どうした、明奈」
佐久間さんと話していた兄ちゃんは不思議そうに私の方を見る。
佐久間さんも訝しげにこちらを見ている視線を感じながらも私は兄の方を見て兄ちゃん、と口を開いた。
「練習が終わったら、部屋に行っていい?話したい事がある」
「?……ああ、構わない」
私はマントをぎゅうと握りながらそう聞けば、兄は不思議そうに首を傾げていたものの提案自体には頷いてくれてほっと息をつく。
「アルゼンチン戦に向けての話し合いなら、佐久間も呼んでいいか?」
「えっ」
要件は伝え終えたし練習に戻ろうとした矢先にそんな提案をされた。まさかそんなことを言われると思っていなかった私は、露骨に声を上げてしまう。
「……俺がいると問題なのか?」
私の表情を見た佐久間さんは胡坐をかいていた姿勢から立ち上がり、じとりとこちらを見てくる。私の態度が悪かったんだ、仕方ない。
頭ではそう分かっているけれど、ざわりざわりと胸に広がる感情を無視できないまま口が勝手に動いた。
「佐久間さんは……やだ」
「……は?」
「……あっ!いや、そういうんじゃなくて……すみません!」
「あ、おい……!」
ハッと気づいた時にはもう遅い。眼帯のない方の目で睨みつけてくる佐久間さんがいて、私は何とか言い訳を探そうとするけれど何も浮かばなくて勢いのまま頭を下げてその場から背を向けてしまった。
+++
「アルゼンチン戦までに佐久間と話しておけよ」
練習が終わった夕方頃、気まずい気持ちはあれど約束を取り決めたのは自分なので、ノート片手に兄の個室の扉を叩けば扉は静かに開いた。
部屋には兄しかいなくて、入った所で腕を組んだ兄にそう静かに諭された。
「……頑張り、ます」
「いや、さっきのはオレも少々強引だった。悪かったな」
私が自分の抱えている感情の答えが見つかっていない事も兄にはお見通しらしい。それもすぐに言い当てずに私が考える時間をくれているのは兄らしい、と言うべきか。
絶対私が悪いのに、苦笑しながら笑ってくれる兄に対してどういうべきか分からなかった。
ぎこちなかったのは最初だけで、サッカーの話になれば口が回るのは我ながら現金だと思う。
「 “皇帝ペンギン3号” ……」
「うん。アルゼンチン戦の鉄壁の守りを突破する攻撃を身につけたくて。元帝国のキャプテンの兄ちゃんなら、何か分かるかなって」
私は白紙のページを開きながらその必殺技について兄に聞けば、手に顎を置いて考える素振りを見せた。
「名前は聞いたことがある……」
【禁断の技】であった “皇帝ペンギン1号” よりも遥に威力が強い必殺技だが完成した者を見たことは一度もない。
「一人で出来る代物ではないとして……2号のように負担の分散だけじゃダメ……」
「そうだな。鍵は威力をどれだけ落とさないか、だ」
それからノートに気づいた事や兄ちゃんの意見も取り入れて箇条書きをしていくが、もちろんそれだけじゃ限界がある。
「とにかく考えるより実際に体を動かしたほうがよさそうだな。明奈、どの時間帯なら空いてる?」
「チーム練習の後がいいかな。朝は風丸さんと走り込みの特訓始めたし」
とにかくボールを蹴って考えるのは兄ちゃんと同意見だ。
聞かれたので練習できる時間帯を正直に伝えれば、兄ちゃんは椅子から立ち上がる最中の中途半端な体制で動きを止めた。
「……兄ちゃん?」
「風丸と……2人でか?」
「え?う、うん……」
そんなに驚くことだろうか。
……た、確かに人見知りだとは自負してるけれどイナズマジャパンの人達とは少しずつ喋れているし、兄ちゃんも見守ってくれていた気がするけれど……。
「……知らない間にずいぶん、風丸と仲が良くなったんだな」
そう告げられて、そう言えば風丸さんと話す時は二人っきりが多かったなと思い出した。だから驚いているのかと思えば私は納得して彼と仲良くなった経由を話す。
「うん。風丸さん、仲間想いだから何かと世話焼いてくれてて……この前も頼られて嬉しいって笑ってくれたし!」
「……ほぉ?」
私の話を聞いて兄は笑っていた。
だけど、それは虎丸くん達と話している時に見せる優し気な笑みというより、ひくりと頬を引きつらせていた。なんていうか……怒ってる?
「……兄ちゃん?」
「…………まぁいい。後で聞けばいいだけだ」
「うん……?」
急に兄の機嫌が悪くなった理由なんて分かるわけなく、私は首を傾げるもすぐにいつもの兄ちゃんに戻ってくれた。
よく分からないけれど、今はサッカーしたいし。まあいいか。
それから早速、グラウンドへと行こう。とお互い完全に立ち上がった時だった。
バタンッ!!
部屋の扉が荒々しく開き、姿を見せたのは。
「お姉ちゃん!!」
「離せー!音無ー!!」
木暮くんの首根っこを掴んで仁王立ちをしている春奈がいた。
用があるのは部屋の主である兄かと思えば、キッと睨んで呼ぶのは私で。春奈はその怒った顔のままずんずんと迫ってきた。
「え……ど、どうしたの。春奈」
「いいから来てっ!」
「うわっ!?ちょ、ちょっとっ……!?」
そんな風に春奈に怒られる心当たりが全くない私はポカンと立ち尽くしている所、木暮くんを掴んでいる逆の手で腕を掴んでそのまま引きずられた。
「に、兄ちゃん助けて!」
「お兄ちゃん助けなくていいから!」
「あ、ああ……」
訳が分からないものの、待っているのは説教だとやっと察した私は慌てて振り返るも、ぴしゃりと言い切る春奈の声量に見事負ける。
鬼気迫る春奈に兄ちゃんは完全に圧倒されているようで、ただ私が連れてかれているのをぽかんと眺めていた。
+++
木暮くんと一緒に春奈に連れて来られたのは普段は使わない海沿いにある第二グラウンドだった。そこにはもう先客がいて、
「……ごめんなさい」
「木暮くんも謝んなさい」
「…………」
「あぁ……いいよ。もう……」
「でも……」
夕焼けに照らされる中、私はおずおずと先客である立向居くんに頭を下げた。木暮くんは不貞腐れたように俯いていたけれど、春奈に背中を押されて無言ながらも頭は下げれば、立向居くんは慌てたように手を振った。
「不動さんも、顔を上げて下さい」
「いや、なんか……安易な発言して申し訳ないなって思って……」
当人に言われ私は顔を上げるも、何となく目を合わせ辛くて周りを見回して見れば何個ものサッカーボールが転がっていた。
春奈から聞けば彼はイギリス戦後に「円堂さんの真似ばかり」と木暮くんに指摘され、さらに私の「必殺技はあった方がいい」という言葉にも感化された結果、自分だけの必殺技を作るために休みも程々にずっと個人練習をしていたらしい。
確かに練習中の時の立向居くんはどこか力んでるなという印象はあったけれど、気合い以前に必死だったんだと今更ながら振り返る。
これは、フィールド外での選手に目を向けれなかった私の落ち度でもある。
「ミニトマトが夕食になかったら見れてたかもしれないのに……!」
「……お姉ちゃん?」
あの赤い球体に気を取られていた自分を恨んでいると、春奈から思いっきりジト目で睨まれたので慌てて目を逸らした。
「それで、必殺技はできたのか?」
「ううん。まだなんだ。こうして自分を追い込めば何か掴めるかなって」
その間にも特訓のきっかけになったじゃんと早々に割り切った木暮くんは特訓の成果を立向居くんに尋ねるも、結果はふるわないようだ。
「立向居くん!」
その時だった。背後からまた別の声がして振り返えればフェンスからこちらをじっと見ている壁山くんと栗松くんがいた。木暮くんと一緒に過ごしていたらしいし、気になってついてきたのだろう。
彼らはDFとして守備の力が役に立つのではと、立向居くんの新しい必殺技を作る協力を申し出た。そんな言葉に春奈もそれ賛成!と大きく手を挙げる。
「立向居くんっ!私たち一年には一年のやり方があるよ!1人でやるより絶対いいよっ!!お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「え?」
和気藹々としている目の前の光景を何となく眺めていると、急に春奈に話を振られて固まる。
「うん、そうだね。……じゃあ頑張って?」
「ちょっとお姉ちゃん!私の話聞いてた!?」
さり気なく後ずさるも、すぐに春奈に腕を掴まれた。
「お姉ちゃんも同じ一年なんだから一緒に特訓をするに決まってるでしょ?!」
「一年ってことは……えー!俺もー!?」
「当然でしょ?」
春奈の言葉に先に反応したのは木暮くんだった。
明らかにめんどくさそうな顔をしていたし、どさくさに紛れて宿舎に帰る気だったのだろう。もちろん春奈が見逃すはずなく、すぐに首根っこを掴んだけれど。
「やるッスよ!」
「同じ一年なんでヤンスから」
「そーいうこと」
だけど、壁山くんや栗松くんのやる気に最後は諦めて「わかったよ……」と観念した。
「さぁ、これで残るはお姉ちゃんだけだよ!」
「うぐっ……」
ぎゅうと腕を掴まれながら春奈に言われるものの、私は素直に頷けなかった。……特訓に関しては風丸さんとの走り込みだったり、兄との必殺技だったりとやる事は多いものの……まぁ、調節できる範疇ではある。
だけど…………
「わ、私がいても気まずいだけだろ…………それより、仲良くできる人同士でやった方が…………」
「出た。お姉ちゃんのマイナス思考。もうっ、試合の時の頼もしいお姉ちゃんはどこに行ったの!」
「そ、そんなこと言われても……」
ただ単純に、私がこの場に入って彼らを怖がらせてしまう不安があった。だから断ろうとしたけれど、春奈を納得させる言い訳も浮かばずどうしようかと頭を悩ませていると。
「あ、あのっ。不動さんっ」
「っ!」
少し緊張気味の顔をした立向居くんに名前を呼ばれた。
「オレ、不動さんとも特訓したいんだ。いてくれたら心強いって思うから」
「こころ、づよい?」
言われ慣れない言葉に首を傾げれば、立向居くんは大きく頷いた。
「うん!前の試合では、鬼道さんと一緒にタクティクスを破ったのはもちろんなんだけど、虎丸の必殺技を編み出す協力をしたって聞いて……。よかったら、オレに何か足りないものがあったら教えてほしいなって……!」
「確かに、ナイツオブクイーンの試合では大活躍だったよね~。……ま、帰りも見事に船に酔っちゃって台無しだったけど。うししっ」
目を輝かせて改めてお願いをしてくる立向居くんの隣で木暮くんまで褒めてきたかと思えば、余計な一言を添えてよくする笑みを浮かべていた。春奈に睨まれて誤魔化してたけれど。
「……私がいて、大丈夫?」
彼らの話を聞いて私は一呼吸置いてから、壁山くんと栗松くんの方を見る。
「不動さんの事、もうだいぶ怖くないから大丈夫ッス!」
「立向居の必殺技完成に向けて、一緒に頑張るでヤンス!」
すると、2人とも気合十分に拳を握っていて私を入れた特訓を受け入れてくれていた。
真帝国学園の事で彼らを一番怖がらせていた自覚はあったから(態度だったり、彼らの先輩である染岡さんに怪我を負わせたりとかで)、そんな反応にただただ素直に驚いた。そして……
「一緒に…………」
迷いはまだあったけれど、その言葉がとても魅力的に思うのも事実で。
「……分かった。手伝うよ、立向居くん」
こうして立向居くんの新たなキーパー技の完成を目指し、一年生だけの特訓が開始されることになった。