寂しがり少女
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小学2年生へと進級間近の春休み、リビングにいるとピリピリと肌を刺すような感覚を感じることが増えた。
居心地の悪さから外に行ってサッカーをしたかったけれど、しばらく家に出てはいけないと少し怖い顔をしたお母さんに言われた。けれどその表情はどこか疲れ切っていて私は嫌とは言えなかった。
それからも、母が机に肘をついてぶつぶつとなにか呟いていたり、父が電話先の人に頭を下げて必死に謝ったり、私が部屋に行ったタイミングで激しい口論を始めたり……
子供の私でも分かる、不穏な空気だったけど私は見て見ぬふりをして部屋でサッカーボールを蹴る訳にはいかず、手で軽く投げてはキャッチを繰り返していた。
「……春奈に手紙、出せてないな」
ふと思い出したのは手紙のことで、私はサッカーボールを机の上に置いて、引き出しから便箋セットを出してみたものの内容を書いても上手くまとまらなくて書いては消してを繰り返して紙がボロボロになってしまった。
結局、何も書けずに机に突っ伏してため息をついていると視界に先ほど置いたサッカーボールが目に入る。
思い出すのは誰よりもサッカーを楽しんでいた兄の事だった。
家の近所に同学年の子はいないし、小学校でもそこまで仲が良い子がいるわけでもない(そもそも男子しかサッカーをしていない場に、一人で入り込める勇気がなかった)
結局、私はいつもの公園で一人でサッカーをしていた。ドリブルとかリフティングの練習はできるけれど、施設でやっていたようなゲームはできない。
お兄ちゃんは今でもサッカーをしているのかな。
春奈とは何とか親の目を掻い潜りながらたまに連絡を取っているけれど、兄に関しては一切音沙汰がなかった。鬼道家の勉強がとても大変なのかもしれない、連絡先だってお互い知らなまま離れたので仕方ないことかもしれない。けれど、もし……
「忘れられたらどうしよう……」
鬼道家の偉い人になって、いつか私と春奈のことも忘れてしまったら……なんて、そんな風に後ろ向きな事を考えて、兄を信じられなくなる自分が一番嫌だった。
「…………お兄ちゃん……」
私は不安を和らげるようにサッカーボールを抱きしめてそう口にした。
この家庭が沈んでしまった原因は父がリストラされたことだった。だけどそれは上司の失敗の責任を取らされた不当なもので、更に多額の借金まで背負わされたらしい。
玄関先で借金取りに土下座をする父を見て私はようやくそのことを知った。
「明奈……」
借金取りがなんとか帰って静まり返った我が家に、先程まで部屋の隅ですすり泣いていた母がゆらりと立ち上がって私の目の前に来たと同時に強い力で抱きしめられた。
「あなたは偉くなって他人を見返せる人になりなさい」
聞いた事のない低い声で私に言い聞かせる。
「お、母さん……」
「……ごめんなさい、明奈。こんな弱い親で」
「……あ…………」
次に見た母は泣いていた。ほろほろと静かな涙を流して私に対して小さく謝った。
顔色も悪いし、私の頭に触れる手はまるで幽霊みたいに冷え切っていて、初めて家に出迎えてくれた優しい暖かさもまるでない。だけど…………
「ううん。お母さん……私、頑張る。力を手に入れて偉くなるよ……誰よりも……!だって、私はお母さんの子なんだもん」
私は母の背中に腕を回してそう口に出す。私はもう不動家の娘なのだから、親が望むことを叶えてあげたい、その一心だった。
一瞬の息の呑む音がして、
「貴女は優しい子ね…………」
そう母は目を細めて私の頭を撫でた。
だけどその笑顔はこちらを憂うような笑みで、いつもみたいに笑ってはくれないことだけが心残りだった。
+++
「ただいまー」
その日は久しぶりにお母さんが笑顔で外でサッカーをしてもいい、今まで我慢させてごめんねと私を見送ってくれた日だった。水筒とお昼ご飯にと作ってもらったおにぎり片手にいつもの公園でサッカーをして、夕方になったらいつものように家に帰る。
何てことのない普通の日。
そう信じ切っていたからこそただいまと声をあげても返ってくる声がない、静かすぎる部屋に私は最初、何も分からず首を傾げることしかできなかった。
「……お母さん、お父さん?」
誰もいない家、そのリビングの机の上には一枚の紙が置かれていた。
“ごめんなさい”
そうたった六文字が書かれた紙が。
「……………………は……」
ガツンとハンマーで頭を殴られた感覚に襲われた。
持っていたサッカーボールが手から転がり落ちて床を転がっていくけれど気にする余裕なんてなかった。
震える手でその紙を持って何度も何度も何度も書かれた文字を読むけれど、内容は当たり前だけど変わらない。
いなくなった両親、謝った言葉を乗せた手紙……ああ、私…………
捨てられたんだ。
そう理解した瞬間、体に力が入らなくなってその場に座り込んでしまった。ドクンドクンと心臓の動きが早くなるのを感じる。
「な、んで…………」
私を捨てるの?
家族って言ってくれたのに、私も頑張るって言ったのに…………
なんで私を一人にするの?
なんで?なんで?なんで?
湧き上がる疑問を答えてくれる人なんて当然いなくて、どうすればいいのか分からない私はその場で蹲ることしかできなかった。
ガチャンという玄関が開いた音で私は目を覚ました。……いつの間にか眠っていたみたいだった。
「!……お母さん!?」
玄関を開けた人物はもしかしたら母かもしれない。そう思うとすぐに目が覚めて私は急いで部屋を出た。
そうだ、捨てられたなんて私の思い違いかもしれない。
たまたま買い物に行ってて入れ違いで私が一人留守番させることに対するごめんなさいの可能性だって……!!
「…………だ、れ……」
そんな私の理想は簡単に壊された。
「…………不動明奈だね」
玄関にいたのは知らない男の人だった。
居心地の悪さから外に行ってサッカーをしたかったけれど、しばらく家に出てはいけないと少し怖い顔をしたお母さんに言われた。けれどその表情はどこか疲れ切っていて私は嫌とは言えなかった。
それからも、母が机に肘をついてぶつぶつとなにか呟いていたり、父が電話先の人に頭を下げて必死に謝ったり、私が部屋に行ったタイミングで激しい口論を始めたり……
子供の私でも分かる、不穏な空気だったけど私は見て見ぬふりをして部屋でサッカーボールを蹴る訳にはいかず、手で軽く投げてはキャッチを繰り返していた。
「……春奈に手紙、出せてないな」
ふと思い出したのは手紙のことで、私はサッカーボールを机の上に置いて、引き出しから便箋セットを出してみたものの内容を書いても上手くまとまらなくて書いては消してを繰り返して紙がボロボロになってしまった。
結局、何も書けずに机に突っ伏してため息をついていると視界に先ほど置いたサッカーボールが目に入る。
思い出すのは誰よりもサッカーを楽しんでいた兄の事だった。
家の近所に同学年の子はいないし、小学校でもそこまで仲が良い子がいるわけでもない(そもそも男子しかサッカーをしていない場に、一人で入り込める勇気がなかった)
結局、私はいつもの公園で一人でサッカーをしていた。ドリブルとかリフティングの練習はできるけれど、施設でやっていたようなゲームはできない。
お兄ちゃんは今でもサッカーをしているのかな。
春奈とは何とか親の目を掻い潜りながらたまに連絡を取っているけれど、兄に関しては一切音沙汰がなかった。鬼道家の勉強がとても大変なのかもしれない、連絡先だってお互い知らなまま離れたので仕方ないことかもしれない。けれど、もし……
「忘れられたらどうしよう……」
鬼道家の偉い人になって、いつか私と春奈のことも忘れてしまったら……なんて、そんな風に後ろ向きな事を考えて、兄を信じられなくなる自分が一番嫌だった。
「…………お兄ちゃん……」
私は不安を和らげるようにサッカーボールを抱きしめてそう口にした。
この家庭が沈んでしまった原因は父がリストラされたことだった。だけどそれは上司の失敗の責任を取らされた不当なもので、更に多額の借金まで背負わされたらしい。
玄関先で借金取りに土下座をする父を見て私はようやくそのことを知った。
「明奈……」
借金取りがなんとか帰って静まり返った我が家に、先程まで部屋の隅ですすり泣いていた母がゆらりと立ち上がって私の目の前に来たと同時に強い力で抱きしめられた。
「あなたは偉くなって他人を見返せる人になりなさい」
聞いた事のない低い声で私に言い聞かせる。
「お、母さん……」
「……ごめんなさい、明奈。こんな弱い親で」
「……あ…………」
次に見た母は泣いていた。ほろほろと静かな涙を流して私に対して小さく謝った。
顔色も悪いし、私の頭に触れる手はまるで幽霊みたいに冷え切っていて、初めて家に出迎えてくれた優しい暖かさもまるでない。だけど…………
「ううん。お母さん……私、頑張る。力を手に入れて偉くなるよ……誰よりも……!だって、私はお母さんの子なんだもん」
私は母の背中に腕を回してそう口に出す。私はもう不動家の娘なのだから、親が望むことを叶えてあげたい、その一心だった。
一瞬の息の呑む音がして、
「貴女は優しい子ね…………」
そう母は目を細めて私の頭を撫でた。
だけどその笑顔はこちらを憂うような笑みで、いつもみたいに笑ってはくれないことだけが心残りだった。
+++
「ただいまー」
その日は久しぶりにお母さんが笑顔で外でサッカーをしてもいい、今まで我慢させてごめんねと私を見送ってくれた日だった。水筒とお昼ご飯にと作ってもらったおにぎり片手にいつもの公園でサッカーをして、夕方になったらいつものように家に帰る。
何てことのない普通の日。
そう信じ切っていたからこそただいまと声をあげても返ってくる声がない、静かすぎる部屋に私は最初、何も分からず首を傾げることしかできなかった。
「……お母さん、お父さん?」
誰もいない家、そのリビングの机の上には一枚の紙が置かれていた。
“ごめんなさい”
そうたった六文字が書かれた紙が。
「……………………は……」
ガツンとハンマーで頭を殴られた感覚に襲われた。
持っていたサッカーボールが手から転がり落ちて床を転がっていくけれど気にする余裕なんてなかった。
震える手でその紙を持って何度も何度も何度も書かれた文字を読むけれど、内容は当たり前だけど変わらない。
いなくなった両親、謝った言葉を乗せた手紙……ああ、私…………
捨てられたんだ。
そう理解した瞬間、体に力が入らなくなってその場に座り込んでしまった。ドクンドクンと心臓の動きが早くなるのを感じる。
「な、んで…………」
私を捨てるの?
家族って言ってくれたのに、私も頑張るって言ったのに…………
なんで私を一人にするの?
なんで?なんで?なんで?
湧き上がる疑問を答えてくれる人なんて当然いなくて、どうすればいいのか分からない私はその場で蹲ることしかできなかった。
ガチャンという玄関が開いた音で私は目を覚ました。……いつの間にか眠っていたみたいだった。
「!……お母さん!?」
玄関を開けた人物はもしかしたら母かもしれない。そう思うとすぐに目が覚めて私は急いで部屋を出た。
そうだ、捨てられたなんて私の思い違いかもしれない。
たまたま買い物に行ってて入れ違いで私が一人留守番させることに対するごめんなさいの可能性だって……!!
「…………だ、れ……」
そんな私の理想は簡単に壊された。
「…………不動明奈だね」
玄関にいたのは知らない男の人だった。