寂しがり少女
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「んん……」
ふっと意識が戻ってきた感覚に目を開ければ、そこはフロンティアスタジアムのMR。……監督からの話を終えて、再び勝利を喜んでいた事は覚えているけれど…………途中で、眠ってしまったのだろうか。色々あったから疲れてたんだろうな、とは思う。
それから今の自分が誰かに凭れかかっていることに気づいて、そちらを見れば。
「……兄ちゃん」
兄が腕を組んだまま座って私を支えてくれていた。
呼んでみても微動だにしない様子から、もしかして私が起きるのを待ってる間に彼も眠ってしまったのだろうか。
あんなに白熱した試合をした後だったんだ、無理もない。
少しだけ顔を上げるだけで幼少期よりも成長した兄が、触れられる距離にいた。
ぎゅうと胸が熱くなる感覚を感じながらもずっと凭れたままじゃ重たいだろうと思った私はとりあえず体を起こそうとベンチに手を置いて身を引こうとする。けれど……
「………」
「わっ!?」
その瞬間、ものすごい力で元の位置に戻された。
思わず兄を見れば、腕を組んでいたはずの片腕が私の肩に回されていて引き寄せられていた。
「……起きてたの?」
「…………ああ」
思わず聞いてしまえば、短く頷いた。
試合の時とは比べものにならないぐらいの静かな声に、私は触れられずに他の事を話そうと視線だけ動かしながら疑問を口にした。
「あの……ここにいて、大丈夫?時間とか……」
どれだけの間眠っていたかは分からないけれど、いつもならすぐにキャラバンに乗って雷門中へ帰ってた記憶もある。
他の選手の姿も見えないので首を傾げるけれど、兄ちゃんは問題ない、と笑みを浮かべた。
「アジア予選突破ということで、久遠監督や円堂達数名の選手がインタビューを受けていてな。他の選手はフロンティアスタジアム内で待機中なんだ」
「そっか……兄ちゃんは、インタビューの方に行かなかったの?」
優勝候補の韓国を破ってアジア地区の代表になったんだ。
注目度も凄いんだろうなとその話に納得して、それから何となく聞いてみれば兄ちゃんは首を横に振った。
「それよりも……お前とちゃんと話したかったんだ」
それからぎゅうと、肩を掴んでいた手に力を入れられた。
よく見たら、その手は小さく震えていて……まるでもう絶対自分を放さないと言っているみたいだった。
「兄ちゃん……」
そんな手を見て、思い出すのは真・帝国学園の潜水艦の屋上でのこと。
今みたいに強く抱きしめてくれた人を私は簡単に突き放したんだ。
それなのに、それでも手を伸ばしてくれた優しい人にじわりと胸に広がるのはどうしようもない苦い罪悪感で私は俯いた。
「……春奈は?」
「……木野達と同じく待機をしている『お姉ちゃんは優しいから自分がいたら気を遣って、色々遠慮ちゃうかもしれないから』と言っていた」
「そ、う……」
さっきまで抱きしめていた妹もいないことに寂しさを感じて聞いてみるけども、罪悪感は消えるどころか重くなるばかりだ。
「私は、そんな人間じゃないよ……」
優しい、なんて……。
優しい人間があんな事をするかよ。
「わ……私は……兄ちゃんに手を伸ばして貰えるほど、春奈に抱きしめてもらえるほど、いい子に、なれなかった」
それは懺悔だった。
俯きながら、私はぽつりぽつりと影山に引き取られた後の生活を話した。
世宇子中学の事も、真・帝国学園の事も、他にも言われるがままにやった事も包み隠さず、全部を話した。
「ごめんなさい……裏切って、傷つけて…………ごめんなさい…………」
つんと鼻が痛くなるのを感じる。
だけどこんな時に泣くなんて、情けなくてぎゅっ唇を噛みしめる。
「明奈」
兄の声が聞こえたと思った時には、彼の空いている方の手が私の頭の後ろへと回され、体を抱きしめられていた。
「オレはお前の正直な気持ちを聞きたい。自分のせいにばかりしなくてもいいんだ。
何を言ってもオレはお前から離れたりしない」
春奈のように離れないように願った強い抱擁ではないけれど、その手から伝わる温度と耳に届いた声は優しさしか感じなくて。
「……にい、ちゃん…………」
ああ、ダメだと思った瞬間、視界がぼやけた。
「にいちゃん……わ、わたし、ね…………」
「……うん」
「さみし、かったの……」
目から流れる熱い液体を誤魔化すように、彼の胸元へ額を押し付けながら吐き出したのは私の本音だった。
「兄ちゃんに、人違いだって聞いたことのない冷たい声で言われて……他人だと突き放されて、寂しかった」
………その後に、春奈には優しくする姿を見て、……ますます自分が孤独に感じちゃって……苦しくなって、逃げたくて……。
その結果、私は一番に信じるべき家族を信じられなかった。
「……すまなかった」
謝罪と一緒に、抱きしめる力が強くなった。
「あの時のオレは自分勝手な兄だった。妹のためと言いながら、自分の我を貫こうとしていただけにすぎない」
「兄ちゃんは悪くないよ……私が、勘違いして……」
自分勝手、なんて。私達姉妹を引き取ろうと頑張ってくれていただけなのに。
そんな気持ちで一度顔を離して頭を振るけれど、ぽんぽんと背中を優しく叩かれて落ち着かそうとする兄は訂正をする気はないようで、そのまま話を続ける。
「……お前は、幼い頃からしっかりしていたから、そう言っても大丈夫だろうと、甘えていたんだ」
誰よりも、寂しがり屋だったのにな。と耳元に届く声は当時を思い出しているのか懐かしそうだった。
「………しっかりしているように見えたのは、兄ちゃんや春奈がいたからだよ」
「そうなのか?」
「うん………私、2人が私を探してくれてなかったら、ここに来ようとすら、思えなかった」
瞳子さんから兄妹が私のことを探しているという話を聞いて、嫌ってほしい。なんて思っていたくせに私はちっとも諦めることができないことを思い知って、選考試合へと参加した。
「……ほとんど、衝動的だったから、やっぱり迷惑しかかけてないけれど……」
「いいや」
覚悟も決まりきってない不安定な状態のくせに、2人の前に姿を表してしまった事へ苦笑いを浮かべるも、兄は最初に抱きしめた時みたいにぎゅうと腕に力を入れた。
「お前に再び会えてよかった」
耳に届く安堵したような声は、私を想ってくれていることが痛いぐらい伝わってくる。
そんな兄の気持ちを無下になんて、もう二度としたくなくて、私は自分の腕を彼の背中に回して自分から抱き着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
何より、今は兄に素直に甘えたいという気持ちが大きくかった。
+++
「いた……!」
「げっ」
兄ちゃんや春奈と話したい事はもちろんたくさんあったけれど、彼にも伝えたい言葉があって、スタジアム内を探したけれど見つからず、思い切って出入口を抜ければ彼は外の自販機の前で飲み物を買っていた。
声を上げれば、彼はあからさまに顔をしかめるものだからやっぱり兄ちゃんの読みは当たってたんだと分かった。
「……何にも言わずに帰るつもりだったんでしょ」
「試合だって最後まで見るつもりなかったっつーの」
試合は見てくれたのに、と呟けば彼―明王さんは顔をしかめながら屈んで、取り出し口から缶を取り出しす。
今飲むつもりはないのか、手に持ちながら立ち上がった明王さんは私を見て、それからどこか決まりの悪そうな顔で小さく舌打ちをした。
「……お前の兄貴に言われたんだよ」
兄ちゃんが再びピッチに入る前には、もう帰ろうとしていたらしい明王さんを止めたのは兄本人だったらしい。
―『 “家族” として不動明奈のサッカーを見てあげてください』
そう言われ、仕方なく観戦したという訳だ。
「アイツ、ゴーグル越しのくせに視線の圧強すぎんだよ。誰に似たんだか」
その時の事を思い出して苦い顔をする明王さん。
……もし、彼が私と同世代だったら兄ちゃんとの相性は悪そうだなぁなんて想像しそうになったけれど、私はすぐに彼を探していた理由を思い出して一歩、彼へと踏み出す。
「あのっ……ありがとう」
「…………はぁ?」
私が感謝の言葉を伝えれば、明王さんは意味が分からないと言わんばかりの表情で私を見下ろしていた。
「……私……大丈夫なんて、強がったくせに結局一人じゃ何もできなくて……酷い八つ当たりだってしたのに……会場に来てくれて、嬉しかった」
だから、ありがとう。ともう一度伝えれば明王さんは目を丸くしてこちらを見ていた。……予測できない事が起きた時にする顔だ。
感謝されると思って来た訳じゃないのだろう。私の意思と関係なくいろいろ話したことを嫌がられるとでも思ったのだろうか。
だけど、私が前に進むために必要だから彼はそうしてくれた。
“妹”として利用する、だけならやらなくてもいい事なのに。
そんな彼に対して、負の感情が湧くわけない。
「……いつまでも、辛気臭い顔され続けるのも鬱陶しいと思っただけだ」
顔を逸らして素っ気ない態度を取る明王さんだけど、どこか居心地の悪そうな顔をしているのを見れば、彼なりの照れ隠しなんだろうと分かってしまった。
「明王さんも、私の兄ちゃんだってやっと気づけた」
家族として私を守ってくれていた人なんだとやっと、ちゃんと分かったから。
「……ハッ、今更かよ」
「なかなか素直になれない所。明王さんに似たのかも」
「…………」
「ふぎゃっ!」
明王さんはちゃんと気づいてくれていたみたいで、私はそれに安堵しながらわざとからかうように笑えば無言で鼻を摘ままれた。
それから手を離されたと思った時には、ずいっと目の前に何かが差し出された。
それは明王さんが自販機で買った缶で、橙色のラベルからオレンジジュースだと気づいた。普段缶コーヒーを飲んでいた気がする彼らしくないチョイスの缶ジュースは私の手へと渡った。
「とりあえず、アジア予選突破祝い」
「……自分用に買ったんじゃないの?」
「誰かさんが急に声を掛けるからボタンを押し間違えたんだよ」
なんて、語る明王さんだけど、私が来た時にはもうボタンを押してきた気がする。私が来ると分かってたから、わざわざ買ったんだろうな。……本当に素直じゃないな。
「……ありがとう」
「そういやテメェ、物欲死んでたな」
「だって……んー。オレンジ、好きだから」
けど、ここでそのことを指摘してもはぐらかされると思ったから、そういう事にして笑えば明王さんは一瞬だけ不審そうに見てきたけれど、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
それから大きな手を私の頭の上に置いて、ぐしゃぐしゃと髪を撫でてきた。
「ま、精々頑張れよ。明奈」
「!……うん!」
解放され、ぐしゃぐしゃになった髪を手で直していると、そうぶっきらぼうに告げられた。
相変わらずのちょっと意地悪な言い方だけど……自分を応援している言葉には変わりない。
私は頷いて、もう一人の兄に笑いかけた。
副題:二人のお兄ちゃん
ふっと意識が戻ってきた感覚に目を開ければ、そこはフロンティアスタジアムのMR。……監督からの話を終えて、再び勝利を喜んでいた事は覚えているけれど…………途中で、眠ってしまったのだろうか。色々あったから疲れてたんだろうな、とは思う。
それから今の自分が誰かに凭れかかっていることに気づいて、そちらを見れば。
「……兄ちゃん」
兄が腕を組んだまま座って私を支えてくれていた。
呼んでみても微動だにしない様子から、もしかして私が起きるのを待ってる間に彼も眠ってしまったのだろうか。
あんなに白熱した試合をした後だったんだ、無理もない。
少しだけ顔を上げるだけで幼少期よりも成長した兄が、触れられる距離にいた。
ぎゅうと胸が熱くなる感覚を感じながらもずっと凭れたままじゃ重たいだろうと思った私はとりあえず体を起こそうとベンチに手を置いて身を引こうとする。けれど……
「………」
「わっ!?」
その瞬間、ものすごい力で元の位置に戻された。
思わず兄を見れば、腕を組んでいたはずの片腕が私の肩に回されていて引き寄せられていた。
「……起きてたの?」
「…………ああ」
思わず聞いてしまえば、短く頷いた。
試合の時とは比べものにならないぐらいの静かな声に、私は触れられずに他の事を話そうと視線だけ動かしながら疑問を口にした。
「あの……ここにいて、大丈夫?時間とか……」
どれだけの間眠っていたかは分からないけれど、いつもならすぐにキャラバンに乗って雷門中へ帰ってた記憶もある。
他の選手の姿も見えないので首を傾げるけれど、兄ちゃんは問題ない、と笑みを浮かべた。
「アジア予選突破ということで、久遠監督や円堂達数名の選手がインタビューを受けていてな。他の選手はフロンティアスタジアム内で待機中なんだ」
「そっか……兄ちゃんは、インタビューの方に行かなかったの?」
優勝候補の韓国を破ってアジア地区の代表になったんだ。
注目度も凄いんだろうなとその話に納得して、それから何となく聞いてみれば兄ちゃんは首を横に振った。
「それよりも……お前とちゃんと話したかったんだ」
それからぎゅうと、肩を掴んでいた手に力を入れられた。
よく見たら、その手は小さく震えていて……まるでもう絶対自分を放さないと言っているみたいだった。
「兄ちゃん……」
そんな手を見て、思い出すのは真・帝国学園の潜水艦の屋上でのこと。
今みたいに強く抱きしめてくれた人を私は簡単に突き放したんだ。
それなのに、それでも手を伸ばしてくれた優しい人にじわりと胸に広がるのはどうしようもない苦い罪悪感で私は俯いた。
「……春奈は?」
「……木野達と同じく待機をしている『お姉ちゃんは優しいから自分がいたら気を遣って、色々遠慮ちゃうかもしれないから』と言っていた」
「そ、う……」
さっきまで抱きしめていた妹もいないことに寂しさを感じて聞いてみるけども、罪悪感は消えるどころか重くなるばかりだ。
「私は、そんな人間じゃないよ……」
優しい、なんて……。
優しい人間があんな事をするかよ。
「わ……私は……兄ちゃんに手を伸ばして貰えるほど、春奈に抱きしめてもらえるほど、いい子に、なれなかった」
それは懺悔だった。
俯きながら、私はぽつりぽつりと影山に引き取られた後の生活を話した。
世宇子中学の事も、真・帝国学園の事も、他にも言われるがままにやった事も包み隠さず、全部を話した。
「ごめんなさい……裏切って、傷つけて…………ごめんなさい…………」
つんと鼻が痛くなるのを感じる。
だけどこんな時に泣くなんて、情けなくてぎゅっ唇を噛みしめる。
「明奈」
兄の声が聞こえたと思った時には、彼の空いている方の手が私の頭の後ろへと回され、体を抱きしめられていた。
「オレはお前の正直な気持ちを聞きたい。自分のせいにばかりしなくてもいいんだ。
何を言ってもオレはお前から離れたりしない」
春奈のように離れないように願った強い抱擁ではないけれど、その手から伝わる温度と耳に届いた声は優しさしか感じなくて。
「……にい、ちゃん…………」
ああ、ダメだと思った瞬間、視界がぼやけた。
「にいちゃん……わ、わたし、ね…………」
「……うん」
「さみし、かったの……」
目から流れる熱い液体を誤魔化すように、彼の胸元へ額を押し付けながら吐き出したのは私の本音だった。
「兄ちゃんに、人違いだって聞いたことのない冷たい声で言われて……他人だと突き放されて、寂しかった」
………その後に、春奈には優しくする姿を見て、……ますます自分が孤独に感じちゃって……苦しくなって、逃げたくて……。
その結果、私は一番に信じるべき家族を信じられなかった。
「……すまなかった」
謝罪と一緒に、抱きしめる力が強くなった。
「あの時のオレは自分勝手な兄だった。妹のためと言いながら、自分の我を貫こうとしていただけにすぎない」
「兄ちゃんは悪くないよ……私が、勘違いして……」
自分勝手、なんて。私達姉妹を引き取ろうと頑張ってくれていただけなのに。
そんな気持ちで一度顔を離して頭を振るけれど、ぽんぽんと背中を優しく叩かれて落ち着かそうとする兄は訂正をする気はないようで、そのまま話を続ける。
「……お前は、幼い頃からしっかりしていたから、そう言っても大丈夫だろうと、甘えていたんだ」
誰よりも、寂しがり屋だったのにな。と耳元に届く声は当時を思い出しているのか懐かしそうだった。
「………しっかりしているように見えたのは、兄ちゃんや春奈がいたからだよ」
「そうなのか?」
「うん………私、2人が私を探してくれてなかったら、ここに来ようとすら、思えなかった」
瞳子さんから兄妹が私のことを探しているという話を聞いて、嫌ってほしい。なんて思っていたくせに私はちっとも諦めることができないことを思い知って、選考試合へと参加した。
「……ほとんど、衝動的だったから、やっぱり迷惑しかかけてないけれど……」
「いいや」
覚悟も決まりきってない不安定な状態のくせに、2人の前に姿を表してしまった事へ苦笑いを浮かべるも、兄は最初に抱きしめた時みたいにぎゅうと腕に力を入れた。
「お前に再び会えてよかった」
耳に届く安堵したような声は、私を想ってくれていることが痛いぐらい伝わってくる。
そんな兄の気持ちを無下になんて、もう二度としたくなくて、私は自分の腕を彼の背中に回して自分から抱き着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
何より、今は兄に素直に甘えたいという気持ちが大きくかった。
+++
「いた……!」
「げっ」
兄ちゃんや春奈と話したい事はもちろんたくさんあったけれど、彼にも伝えたい言葉があって、スタジアム内を探したけれど見つからず、思い切って出入口を抜ければ彼は外の自販機の前で飲み物を買っていた。
声を上げれば、彼はあからさまに顔をしかめるものだからやっぱり兄ちゃんの読みは当たってたんだと分かった。
「……何にも言わずに帰るつもりだったんでしょ」
「試合だって最後まで見るつもりなかったっつーの」
試合は見てくれたのに、と呟けば彼―明王さんは顔をしかめながら屈んで、取り出し口から缶を取り出しす。
今飲むつもりはないのか、手に持ちながら立ち上がった明王さんは私を見て、それからどこか決まりの悪そうな顔で小さく舌打ちをした。
「……お前の兄貴に言われたんだよ」
兄ちゃんが再びピッチに入る前には、もう帰ろうとしていたらしい明王さんを止めたのは兄本人だったらしい。
―『 “家族” として不動明奈のサッカーを見てあげてください』
そう言われ、仕方なく観戦したという訳だ。
「アイツ、ゴーグル越しのくせに視線の圧強すぎんだよ。誰に似たんだか」
その時の事を思い出して苦い顔をする明王さん。
……もし、彼が私と同世代だったら兄ちゃんとの相性は悪そうだなぁなんて想像しそうになったけれど、私はすぐに彼を探していた理由を思い出して一歩、彼へと踏み出す。
「あのっ……ありがとう」
「…………はぁ?」
私が感謝の言葉を伝えれば、明王さんは意味が分からないと言わんばかりの表情で私を見下ろしていた。
「……私……大丈夫なんて、強がったくせに結局一人じゃ何もできなくて……酷い八つ当たりだってしたのに……会場に来てくれて、嬉しかった」
だから、ありがとう。ともう一度伝えれば明王さんは目を丸くしてこちらを見ていた。……予測できない事が起きた時にする顔だ。
感謝されると思って来た訳じゃないのだろう。私の意思と関係なくいろいろ話したことを嫌がられるとでも思ったのだろうか。
だけど、私が前に進むために必要だから彼はそうしてくれた。
“妹”として利用する、だけならやらなくてもいい事なのに。
そんな彼に対して、負の感情が湧くわけない。
「……いつまでも、辛気臭い顔され続けるのも鬱陶しいと思っただけだ」
顔を逸らして素っ気ない態度を取る明王さんだけど、どこか居心地の悪そうな顔をしているのを見れば、彼なりの照れ隠しなんだろうと分かってしまった。
「明王さんも、私の兄ちゃんだってやっと気づけた」
家族として私を守ってくれていた人なんだとやっと、ちゃんと分かったから。
「……ハッ、今更かよ」
「なかなか素直になれない所。明王さんに似たのかも」
「…………」
「ふぎゃっ!」
明王さんはちゃんと気づいてくれていたみたいで、私はそれに安堵しながらわざとからかうように笑えば無言で鼻を摘ままれた。
それから手を離されたと思った時には、ずいっと目の前に何かが差し出された。
それは明王さんが自販機で買った缶で、橙色のラベルからオレンジジュースだと気づいた。普段缶コーヒーを飲んでいた気がする彼らしくないチョイスの缶ジュースは私の手へと渡った。
「とりあえず、アジア予選突破祝い」
「……自分用に買ったんじゃないの?」
「誰かさんが急に声を掛けるからボタンを押し間違えたんだよ」
なんて、語る明王さんだけど、私が来た時にはもうボタンを押してきた気がする。私が来ると分かってたから、わざわざ買ったんだろうな。……本当に素直じゃないな。
「……ありがとう」
「そういやテメェ、物欲死んでたな」
「だって……んー。オレンジ、好きだから」
けど、ここでそのことを指摘してもはぐらかされると思ったから、そういう事にして笑えば明王さんは一瞬だけ不審そうに見てきたけれど、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
それから大きな手を私の頭の上に置いて、ぐしゃぐしゃと髪を撫でてきた。
「ま、精々頑張れよ。明奈」
「!……うん!」
解放され、ぐしゃぐしゃになった髪を手で直していると、そうぶっきらぼうに告げられた。
相変わらずのちょっと意地悪な言い方だけど……自分を応援している言葉には変わりない。
私は頷いて、もう一人の兄に笑いかけた。
副題:二人のお兄ちゃん