寂しがり少女

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明奈
アキナ

「貴女が明奈ちゃん?」

「……っ!?」

急に女性に顔を覗き込まれ、心臓が跳ねた。

今日の練習は終わったが、大半は次のアジア予選決勝に向けて自主練習をしている最中、虎丸くんの近所に住む弁当屋の乃々美さんから、弁当の差し入れが入った。(確かカタール戦の時にも差し入れをしてくれた人という事は覚えている)

そしてその乃々美さんに、弁当箱を片手に話しかけられたところだった。

「もしかして、違ったかな?」

「……いえ、合ってます」

固まった私に人違いをしたのかと不安そうな顔をする乃々美さんに私は慌てて首を振って軽く頭を下げる。すると彼女はよかった、と明るい笑みを浮かべた。

「はい。明奈ちゃんのお弁当」

「え?……これ」

「女の子だから可愛いものがいいかなって」

そして手渡された弁当を受け取ると、その弁当箱が周りの青色ではなく、ピンク色のものだと気づいて思わず顔を上げれば、乃々美さんは人差し指をピンと立てる。

「わぁ……」

さらに蓋を開けてから思わず声を漏らしてしまう。
弁当箱の中に入っていたのはサンドイッチやコロッケ、ミニサラダ、それにフルーツまでも入っている豪華なものだった。けれど、それだけじゃない。

そのサンドイッチが、なんと、小さなうさぎの形をしていた……!!(絆創膏とか基山さんの話といい、最近何かとうさぎに縁があるなぁと思ったのはここだけの話だ)

しかもコロッケにはケチャップでハートを描かれていたり、デザートも食べやすく切られていたりと……私には勿体ないぐらい可愛らしい中身だった。

「い、いいんですか?こんな可愛いお弁当頂いても……?」

もしかして渡す弁当間違えたんじゃ、と思ってしまうぐらいには素敵なもので思わず尋ねれば乃々美さんはキョトンとした後に、口に手を当てて笑って、もちろん!と頷いた。

「虎丸くんのお母さん助けてくれたお礼よ」

「え?……あっ」

その言葉に、思わず豪炎寺さん達と一緒に弁当を食べている虎丸くんを見る。

「……助けたなんて程じゃないですが…………ありがとうございます」

虎丸くんが言ったのかな……。それでこんな弁当を作ってくれるなんて、いい人だな。
そう思いながら私は軽く頭を下げた。


虎丸くんのお母さんも私に会いたがっていた、なんて乃々美さんから聞いた私はベンチで弁当を食べながら少し考える。

虎ノ屋に行く場合、虎丸くんと一緒に行った方がいいのか?それとも一人で行っていいのか?
…………お手伝いとかできたら一番いいけれど、料理も人並みしかできないし、接客も……逆に客足遠のきそうだしなぁ。

いやいや、先にアジア予選決勝戦の方に集中しないとな。と首を振りながらうさぎのミニサンドイッチを摘まみ、罪悪感を感じないように一口で食べている時の事だった。

「勿体ないわぁ」

「うわっ!」

いつの間にかベンチでは隣で誰かが座っていて、こちらをじとりと見ていた。乃々美さんに覗き込まれた時よりも声を上げてしまった自分は悪くないだろう。

そこにいたのは、水色髪に褐色肌の……確か名前は……浦部リカさん、だっけ。よく試合に応援に来てたり、周りと親し気に話している人だったから思い出せた。

「な、んですか……」

「男子にもあんぐらいしおらしかったらもっとモテんのに。アンタ、顔はいいんやから」

「はぁ……?」

「リカ!手当たり次第に絡むなって……!」

喋るのは初めてのはずなのに、気にする様子もなく話しかける浦部さんに呆然としていると、ピンク髪に帽子を被ったスーツ姿の女子が慌てて階段を降りて来るのが見えた。彼女は真帝国の時にいたから分かる。確か財前さんだ。

「だってイナズマジャパンの紅一点やで!?紅一点!!普通浮いた話の一つや二つあるもんやろ!?」

「…………どういう基準の普通なんだ……」

「……こういう奴なんだよ」

拳を握って力説する浦部さんだけど、一切ピンとこない。
財前さんも呆れた様子で頭に手を当てていたから、普段からこうなんだろうなと結論づけて、私は構わずに中断させていた食事を再開することにした。

「ええか?人間恋愛が全てや。せやからウチは他人の恋愛にも関わりたいんや!」

「一之瀬帰って来ないかなぁ……」

「ごちそうさまでした」

「てことで、明奈!!」

「……聞こえてるので、耳元で大声出さないでくださいよ」

彼女たちの会話を適当に聞き流しながら弁当を無事完食した私は両手を合わせていると、急に名前を呼ばれて仕方なく返事をすれば肩をガシッと掴まれた。

「気になる男ができたら絶対言うんやで!!恋愛マスターのウチが相談に乗ったる……!!」

「………………はぁ」

恋愛なんてしてる余裕ないんだけど。
そうは思ったものの正直に言うのはやぶ蛇だと感じたので、軽く頷くだけに留めたが浦部さんの熱意はまったく衰える様子はなかった。
浦部さんの傍で立っていた財前さんは、温度差凄いな……と顔を引きつらせていたけれど。


あの後、浦部さんは円堂さんを心配そうに見つめていた久遠さんに何を思ったのか駆け出して行ってしまい、財前さんもそれについて行った。……呆れつつも放っておかないところを見ると、仲はいいのだろう。

それから、自主練習を終えた頃にはその久遠さんが何故か円堂さんを学外へと連れて歩いて行く姿が目撃した。


先日のように円堂さんに話しかけられずにすむからほっとしたのはここだけの話だ。


+++

「あ」

「ん?」

商店街のある店から出てきた人とちょうど鉢合わせて、思わず声を上げれば、その人もこちらを向いて同じように目を丸くした。

「試合ぶりだな、不動」

「……どうも」

そこにいたのは、源田先輩だった。つい先日のネオジャパンとの試合で会った人と早々再会すると思わず驚いた。
しかも彼らは確か帝国学園で特訓をしているはずなのに、稲妻町の商店街で会うとは…………もしかして、ここ別の商店街か?また道間違えた??

「そんなおろおろしなくても、ちゃんと稲妻町の商店街で合ってるぞ?」

「……!だ、ったらなんで、いるんですか……!」

思わずきょろきょろと周りを見回してしまえば、苦笑交じりにそう指摘される。
多少の気恥ずかしさを感じて、つい声が大きくなったけれど源田先輩は気にする様子もなく片手で持ってたふくろを掲げた。

「ここの薬局でしか売ってないフレーバーを買いたくて、練習終わりに寄ったんだ」

「へぇ……」

そこで源田先輩が出てきたのは薬局だったことに気づく。袋の中身はプロテインバーだろうものが数本入っていた。プロテイン、に関してあまり馴染みはなかったので、そもそも店によって限定物があるのかと素直に驚いた。

「不動も買い物の帰りか?」

「……文房具店に行ってました」

相手だけに答えさせるのはフェアじゃないと考え、私も袋の中身を見せる。その中身はなんてことない、大学ノートやペンといった普通の文房具だ。

「……そういえば、真帝国学園の時も色々書いてたりしてたな。やっぱり、戦術とか選手についてとかか?」

俺はデータを見はするが、自分ではまとめた事はなくてな……と苦笑いを浮かべる源田先輩だけど、私は誤解を与えないためにすぐに首を横に振った。

「……そんな大したことしてませんよ。自分が納得するためにやっていることなんで」

「そうか……?」

……周りと共有できなきゃ、データなんて呼べないだろう。
本当にただの自己満足だな、と一人で息をつきながら袋を持ち直す。

「……不動、今時間あるか?」

「え?」

買い物のために来たみたいだし、もう帰るんだろうと思った私は、そろそろ失礼しますね。と別れの挨拶を切り出そうとしたものの、急にそんな質問を投げかけてきた源田先輩に首を傾げた。

「……まぁ、一応」

「じゃあ、少し寄り道をしよう」

「え?……ちょっ!?」

正直に頷けば、源田先輩はよしと小さく微笑んだかと思えば私の手を握って歩き出した。



「…………なんで、アイス屋」

いらっしゃいませ~!と元気なウェイトレスに案内され、促されるままソファーへと腰掛ければ、向かい側に源田先輩も座った。そこでようやく、何でここに連れてこられたのかと口にすることができた。

「もしかして、アイス嫌いか?」

「嫌いではないですが…………いや、そうじゃなくて……」

不安げな表情をする源田先輩に首を横に振るが、すぐに本題はそれじゃないと慌てて首を横に振った。

「なんで、私とこんな店にいるのかなって…………」

「ああ、実はな」

すると源田先輩はジャケットのポケットから一枚の紙を取り出した。

「割引券……?」

それはこの店の割引券だった。

「さっきの薬局の福引で貰ったんだ。どうせなら忘れないうちに使おうかと思ってな」

不動とも話したかったし。と源田先輩は穏やかに微笑む。

「私と……話を…………」

ネオジャパンとの試合の後といい、何かと気にかけてくれる源田先輩に申し訳ないと思いながらも、少し嬉しく思ってしまう気持ちから何も言えなくなる。

何となく手元のメニュー表へと視線を向ければ、源田先輩も何を選ぶか迷っているようだった。

「不動、このジャンボスペシャルアイスパフェすごくないか?一緒に食べるか?!」

「流石に2人だけじゃ食べきれないかと……」

その際にとんでもないパフェを嬉しそうに頼もうとしてたのを何とか止めて、私と源田先輩はそれぞれアイスパフェを頼むことにした。
私はイチゴ、源田先輩はチョコレートだ。

アイスパフェという名だけあって普通のパフェよりアイスの割合が多い。それがまた違った感覚で美味しいなとイチゴアイスに舌鼓を打っていると、

「美味しそうに食べるな」

そんな声で前を向けば、自分のアイスを食べながら源田先輩はどこか微笑ましそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「いや……えっと…………だって、美味しいから」

「ああ、そうだな」

その視線が数ヶ月前の瞳子さんとそっくりで、大人相手ならともかく同世代からもそんな風に見られた事実に頬に熱が集まるのを感じながら何とか頷けば、源田先輩はからかう素振りもなく、からりと笑った。

「……源田先輩は」

「ん?」

「なんで、こんなに私の世話焼いてくれるんですか?」

アイスパフェを食べながら、私はぽつりと尋ねれば源田先輩はチョコレートアイスをスプーンいっぱいに乗せながらも不思議そうに首を傾げる。

「世話を焼いてるつもりはないんだけどな……?」

そしてそのアイスを一口で食べながら源田先輩は不可解そうに眉を寄せる。

「俺が不動といたいから一緒にいるだけだ。…………少なくとも俺はそれぐらいしかできないからな」

「え?」

最後の方の言葉が聞き取れなかったので、思わず聞き返すけどうとしたもの笑顔を浮かべるだけで答えてくれなかった。

「……あれだ。俺は一人っ子だから妹がいたらこんな感じなのかって楽しませて貰ってるんだから変に気にするな」

そして明るい笑顔でそう言った。
誤魔化されたのは分かったけれど、それを指摘するのも野暮に感じて私もそれ以上の追究はやめた。

「兄というより、父親目線な気がしますけどね」

「?そうか……?」

「そうですよ。心配の仕方とか……」

それからしばらく話していたので知らなかったけれど、私達が座ったのは窓際の席だったこともあり、外から存在はまる見えだったらしい。

また、私達は全く気付かなかったけれど同じタイミングで、円堂さんと久遠さんも来店してたらしく、その野次馬をしていた浦部さんをはじめとした顔見知り多数に、私が源田先輩といるところをバッチリ目撃されていたことを知るのは合宿所へと帰ってからだった。
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