寂しがり少女
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「ええー!練習禁止!?」
FFIアジア予選、イナズマジャパンの初戦の相手はオーストラリア代表『ビッグウェイブス』に決まった。
対戦相手が決まったことで気合十分の彼らだったけれど、翌朝の監督からの命令に驚きの声を上がった。
「オーストラリア戦までの2日間、一切合宿所から出ることは許さない」
それだけを告げて理由も話そうとしない監督に、鬼道さんは抗議していたけれど監督命令だ、と一蹴されていた。
それからそれぞれ割り振られた個室へと戻り、合宿所で過ごすことになる。
単純な言葉遊びだな、と思いながら私はサッカーボールを手に取った。
試しに壁に向かって一度ボールを蹴りつけた。跡はついたものの、凹んでいる様子はない。案外校舎って丈夫だなと、跳ね返ったボールを受け取り再び蹴り始める。
禁止されたのは“合宿所から出る”ことだけ。
“練習”そのものに関しては禁止されていない。
つまりこの狭い空間でボールを蹴ることに意味があると考えて、私は合宿所で練習をすることにした。
これで考えが全く違うものなら恥ずかしいってレベルじゃないな。
「……うるせぇ」
ボールを蹴っている時も、休憩中も何かと廊下はうるさかった。
……意図を理解してない人達が合宿所から抜け出そうと躍起になっているんだろう。
まぁ、普通サッカーはグラウンドでするものだしできたばかりのチーム連携に使いたいあの人の気持ちも分かる。
私だって今まで一人室内でボールを蹴る機会が多かったから監督の意図を気づけた訳で。
だからといって、私が監督の命令の意図を周りに教えるのは違うだろう。……そんなキャラでもないし。
「やっぱり呪われた監督なんだよ」
タオルで顔を拭いていたタイミングで、そんな話し声が廊下から聞こえた。抜け出そうとして、再び失敗に終わった帰りだろう。
「桜崎中がFF決勝戦を棄権する事になったのは久遠監督が事件を起こしたからだよね。もしかしたら今度はこの日本代表で……」
「俺も初めっから胡散臭え奴だと思ったんだ」
“呪い”という話について私は食事を終えたらさっさと部屋に戻るので知らないけれど、久遠監督への疑心暗鬼が深まっていることだけは察した。
「廊下で雑談ですか。センパイ方は随分余裕ですね」
「明奈……」
別にそれはいいんだけど、こう何度も廊下に人がいる状況は落ち着かなくて私は扉を開けて凭れ掛かりながら声を掛けた。
声に反応して周りの視線も自然とこちらに集まり、そこには鬼道さんもいた。
「うるさいんですよ、個室にいろという指示があったでしょう」
「けどよ、不動。ずっと部屋にいても退屈だぜ?」
「それに練習もしないと……」
「それで監督に直談判ですか。……そんな事考える暇があるなら、他にやるべきことあるでしょう」
「……どういうことだ?」
廊下で騒ぐな、という至極真っ当な注意に対して頭の後ろで腕を組む綱海さんと焦りを滲ませている緑川さんの意見が飛んできたので、そう返せば鬼道さんが眉を寄せて聞き返してきた。
「……たった2日。グラウンドで、練習が出来ないと自信を無くすなら代表を辞退することだな」
私はその問いに答えはせずに、そう吐き捨ててさっさと自室へと戻った。
別に兄だから気まずくて話さないって訳では……まあ、多少はあるけれど……それだけじゃない。
これは、チームの司令塔である彼自身が気づかなければきっと意味がないんだ。気づいた上で、周りを活かしたプレイをきっとしてくれるだろう。
だったら私は?
まともにコミュニケーションを取れない、体力だって劣る女子選手ができることと言えば……
「……自分の強みを伸ばさないと」
先日の久遠監督の話を思い出しながら、私は机の上へ向かった。
+++
「不動明奈。俺は、お前を当分試合に出すつもりはない」
「……当分、とは」
久遠監督に呼び出された時、私は開口一番そんなことを言われた。
レギュラーを狙って頑張る一選手になかなか酷な一言だなと思いながら、曖昧な言い方の詳細を聞いたけれど答えは予想通り返ってこなかった。
「……分かりました」
監督は多くは語らない人なのはここ数日で嫌というほど分かっているので、私もこれ以上追究はせずに頷いて部屋を出ようとした時だった。
「お前が男でも変わらない判断を下していた」
「え?」
思わず、久遠監督を見るけれど監督はもう自分のデスクに座り何かしらの資料に目を落としいて、こちらを見ていなかった。
さっき聞こえた言葉も幻聴かと疑うぐらいの素っ気ない態度。だけど、確かに聞こえた。
「…………頑張ります」
なので、私は部屋から出て扉を閉める際に一言そう呟いた。
怖気づく気は全くないけれど、性別の違いによる差があるのはどうしようもない事実だ。だからこそ久遠監督は特別に初日に釘を刺した。
それでも……私を選手の一人として考えてくれている。
なら試合には出さない、という監督の言葉にも意味を早く理解しないと。
日本代表選手という貴重な枠を一つ潰しているのだから。
+++
昼食の時間になり、食堂へと訪れれば周りの表情は浮かない。この感じならまだ、宿泊から抜け出そうと頑張っているんだろう。
「なーなー、不動は監督の考え分かったのか?コッソリ教えてくれ、もがっ」
「うるさい」
その証拠に食事を終えた綱海さんがわざわざ私の隣に座って、訪ねてきた。なので私は最後に残っていたサラダのミニトマトを綱海さんの口に入れて、席を立った。
そして食堂から出たタイミングで入れ替わりにイナズマジャパンの戦術アドバイザー?の目金さんが入ってきて、「オーストラリア代表の情報を入手しました」と高らかに叫んでいる声が背後から聞こえる。
一度戻って見るべきかと考えたけれど、世界大会で情報がそう易々手に入るとは思えないので私は視聴を見送ることにした。
……これで、しばらく廊下も静かになってくれる。
そう息をつきながら個室に戻ろうと扉に手を掛けた時だった。
「おい」
背後から呼ばれて、振り返れば先程食堂で風丸さんや円堂さんが話そうとしていたのを断って出ていったはずの飛鷹さんがいた。
「……何ですか」
「ちょっと面貸せ。……いや違う。そうじゃねぇ」
如何にも不良っぽい呼び出し方をされたかと思えば、すぐにぶんぶんと頭を振って言葉を選んでいる。
「……とりあえず、廊下は人目がつくので部屋で話しましょう」
「あ、ああ……」
私と顔見知り、なんて周りに知られるのは飛鷹さんも困るだろうと考えてそう提案すれば飛鷹さんはこくりと頷いた。
「じゃあ、どうぞ」
そう言えたのは彼が日本代表で数少ない普通に話せる人だからだろう……私も甘いなぁなんて思いながら部屋の扉を開けて招き入れようとした。
「……いや、駄目だろ」
「えっ」
なのに飛鷹さんは全く動こうとせずに、困惑気味の表情を浮かべながらそう告げた。
ひ、人の善意を……!!
あれから何故か女子が簡単に男子を部屋に上げるなという説教をされて、じゃあどこで話すんだという話になり結局、私が飛鷹さんの部屋にお邪魔することになった。
「逆は大丈夫な理由が分かりません」
「……折衷案だ」
これもだいぶ渋られたけれど。合宿所を出られない今選択肢が限られていたので仕方ない。
「練習を見てほしい」
その間に言いたいことをまとめていたらしい飛鷹さんは部屋に入るなり、そう申し出をしてきた。
「……なんで私に」
単純に不可解だった。
「ここなら私よりも頼れる人もいると思いますよ」
あの時は響木さんが私を連れてきて、他に人がいなかったから任されただけで、今の環境とは違う。
今日だって一人でいがちな飛鷹さんに歩み寄ろうとしてた人もいたし、ここ数日で私が取っている態度を知らない訳じゃないだろう。
「……ここじゃお前が一番話しやすいから、頼った」
彼が語る理由は至ってシンプルなものだった。
「……そう、ですか」
それだけの理由で、飛鷹さんは私の所に来たのか。
「お前がこんな所でまで、不良上がりの男と一緒にいたくないっつーなら無理強いはしねぇ」
言われ慣れない言葉に固まっている間、飛鷹さんは私の沈黙が否定だと受け取ったのか急に早口になったかと思えば邪魔したな、と踵を返して部屋を出ようとしていた。……って。
「いや、アンタの部屋ここでしょう」
「……!」
何処に帰るつもりなんだ、と思わず肩に手を置いて止めれば飛鷹さんは固まって、それからいつものように櫛で髪を梳いて誤魔化していた。
「……ふっ」
その姿を見て、彼なりに緊張してたことが分かって思わず吹き出してしまった。案の定飛鷹さんには睨まれたけれど今さら怖くはない。
空き地でもよくやっていたやりとりなんだから。
「分かりました」
その時に床に貼られている紙を見て、空き地でもしていた特訓をここでしてたんだろうと察して私は頷いた。
「頑張り屋な飛鷹さんのためにコーチになってあげますよ」
「……よろしく頼む」
今度ラーメン奢ってくださいね、と一言付け足す私に、飛鷹さんは改めて頭を下げた。
「そうですね。じゃあ直近で思った事なんですが……」
代表選考前日以来の久々の指導。私はにっこりと笑って見せれば飛鷹さんは私と対称的に顔をしかめた。
「選考試合の体たらく何?GKの指示より前に守るのがDFの役割なんですよ。その後にギリギリでボールは止めることはできてたけど、あれがなかったら絶対代表落ちてましたからね??」
「ぐっ……」
そして私は、早速選考試合の時の飛鷹さんの動きについてのダメ出しをした。指導する機会が来なければ言わなかったことだし、それを望んだのは他でもない飛鷹さんなので甘んじて受けてもらう。
選考試合であんな緊張していては、公式試合の時なんてもっと緊張しそうだ……まぁ、そこは場数を踏んでいけということで。
「まぁ、話はこれぐらいにして特訓始めましょう。適宜指示出すので」
「……分かった」
初心者でも実行しやすい動き方を教えてから、空き地と同じように飛鷹さんの練習を見ることにする。
そして自分のために今後のメニューの見直しを脳内でしていると、
「飛鷹さーん!いるんでしょー!!」
外から聞き覚えのない声が聞こえて、集中が途切れた。
名前の主が目の前にいることを思い出し思わず彼を見れば、飛鷹さんは弾かれたように顔を上げて声の方見ていた。
「っ……わりぃ!」
それから一言そう告げて、部屋を飛び出していった。それから少ししてちらりと窓から地上を見れば、飛鷹さんと数人のガラの悪そうな男子達が話していて、それから歩いて行くのが見える。
「これがカチコミか…………」
よく監督外出許可だしたなぁと思いながら不良漫画で見たのと同じシーンにそんな感想を呟く。
それから当人いないし、私もそろそろ頭じゃなくて体動かさないとなぁ、と靴を履いて自分の部屋に戻ることにした。
【おまけ】 ただのギャグ
「ん?」
「…………は?」
「……あ」
部屋の扉を開ければ廊下には円堂さんと鬼道さんがいた。
飛鷹さんを心配して飛び出したものの、鬼道さんと鉢合わせてしまったのだろう。
「あれ、不動の部屋ってそこだっけ?」
「あー…………」
きょとんと首を傾げる円堂さんに、私は後ろの扉をちらりと見ながら少し考えた。
私が飛鷹さんと代表前からの顔見知りなんて知らないだろうし、それを説明するなら特訓の事から話さなくてはいけない。私も飛鷹さんも正直、話したくない。
なので私はジャージのポケットに手を突っ込みながら口を開いた。
「私、方向音痴なんです」
「え?」
「方向音痴で自分の部屋間違いました。飛鷹さんさっきのカチコ……呼び出しに行ってて不在だったので気づくのに遅れました。それだけです」
「そ、そうなんだ……?」
我ながら苦しい言い訳だと思う。だけど、素面で淡々と答えれば円堂さんは困惑しながらも頷いてくれた。
「明奈」
誤魔化しきれただろうと安心した矢先、鬼道さんにびっくりするぐらい低い声で名前を呼ばれて肩が跳ねた。
視線だけ鬼道さんに向ければ、じっとこちらを見る(ゴーグルをしているから実際の表情は分からないけれど)表情は怒っていることが分かり秒で目線を逸らした。
「二度と、するな」
「……………………ハイ」
なんで兄ちゃん、真帝国の時より怒ってんの??
いろいろ忘れてそう尋ねそうになったが、流石に火に油を注ぐ行為だと分かったのでこくりと頷いて私は大人しく部屋へと帰った。
「……男子って女子に部屋入られるの嫌なんだ…………」
飛鷹さん、頑張ってくれたんだな。
今度部屋で話す機会があったら私の部屋で話すようにしてあげよう。