寂しがり少女
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真・帝国学園とのみんなとも友達になってから定期的に誰かがお見舞いに来てくれる日々。看護師に微笑ましそうに見られるのは少し照れるけれどやっぱり一人でいるよりは落ち着けた。
その際に日柄さんが佐久間さんや源田さんの事について教えてくれた。何でも雷門の監督が紹介した医療技術が発展している病院で治療を受けているらしく、順調に回復をしているらしい。
それを聞いて烏滸がましいと思いつつもほっとしたのを覚えている。
そんな数日後に、私の退院の日が決まった。
ペンダントの力による人体への被害なんて聞いても分からないので、先生に言われるがまま検査を受けて、別の優し気な雰囲気の女性の先生と他愛のない話をするという日を繰り返していただけなのに、個人的な変化は分からなかったけれどもう問題ないと診断されたようだ。
それを聞かされたのは昼頃。
真帝国のみんなと、私に親身になってくれた鬼瓦刑事に電話で伝えれば喜んでくれた。その時に刑事さんには問いたかったけれど、結局言えなかった。
「退院したら、私はどうすればいいの……」
そんな事、一警察の人に聞いたってどうしようもないだろう。……いや、こういう場合こそ警察を頼って施設を紹介してもらうことが普通なのか?
潜水艦に住む前に利用していた施設は警察の調査が入ったものの、もうもぬけの殻だったらしく、現状私が住む場所はなかった。
中学生が一人暮らしなんて現実的ではないし、もちろん行く当てもないのだからこれが最適解だろう。
唯一の救いは不動家の借金が満額払われていることか。
借金に関しては私が従順であったこともあってか、中学生になる前に一括で支払ったと影山に言われた事は覚えている。詳しい額は知らないけれど、安くはないだろう金額をポンと出せるなんてお金持ちだなぁと記憶に残っていた。
後ろめたいことがないだけで、施設の扱いだってそう悪くはならないだろう。……昔と違って私はしっかりと対抗できる手段も持っているわけだし。
「借金を支払ってもらった対価、とか?…………重すぎるんだよバーカ」
対価と言うには被害が大きすぎて、ため息をつくしかない。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえて私は体を起こした。
返事をすれば、看護師は扉を開けて入ってきて何の用かと首を傾げていると、
「明奈さん。お兄さんがお見舞いに来てくれましたよ」
そう言ってきた。
「…………は?」
その言葉に、私は思考停止した。
聞き間違いだと思ったけれど、看護師は「多忙でやっと来れたと聞きましたよ、よかったですね」と笑顔を浮かべたままどうぞと後方へ声を掛ける。
なんで、鬼瓦刑事。もしかしてバラしたの、待って、まだ心の準備が……!
「ま、まって……」
「わりぃな、全く顔を出せなくて」
「…………え」
止めようとしたのも束の間、聞こえたのは全く知らない声で。
それから室内に入ってきたのは兄ちゃん…………ではなく、茶色の髪を無造作に伸ばした鋭い緑色の瞳を持った大人、だった。
知らない人、だった。
それでも髪色や瞳が似ているからか看護師は全く疑うことなく、この人私の兄だと信じきったままごゆっくり、とそのまま病室を後にする。
知らない大人と病室に二人きりになってしまった。
しばらくの沈黙。
それからその大人が何か口を開こうとしたタイミングで、私は急いでベットの端に置かれているナースコールへ手を伸ばし、
「待て待て待て」
「ッ!」
寸での所で腕を掴まれた。
「初手ナースコールとか警戒心強すぎだろ。明奈チャンよぉ」
「ッ名前を呼ぶな!!」
それは止めるための軽い力だったので、振り払えば簡単に外れたので、私はすぐにベットから下りて少しでも距離を取る。
「お前なんか知らない!私の兄は有人だけだッ!!」
よりによって。
よりによって“兄”を騙るなんて……!!
そんな苛立ちから私は歯を食いしばって睨みつける。
「説明するから落ち着けよ。……仕方ねぇだろ、形式上は兄妹って括りなんだからよ」
それに対して大人はどこまでも冷静で、そんな対応が昔の影山とのやり取りを思い出してしまい私は思わず俯いてしまった。こういう所は変わっていないとか、知りたくなかった。
冷静さを取り戻した私は目の前の人の言葉に引っ掛かりを覚える。
「……形式上?」
壁に背中をつけたままではあるけれど、聞く体制に入ったからだろう。
その大人は小さく笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「俺の名前は不動明王。お前を引き取った不動家の長男だ。つまり、お前の義理の兄貴っつーことだ」
そんな名乗りで改めて見たその顔は、私がまだ不動家にいた時に見つけた写真を思い出させた。
「不動、明王……」
「……その感じだと存在自体は知ってたか」
察しがいいのか、私の反応が分かりやすいのか、目を細める不動さん。私はその目から逃げるように俯いた。
「まだ家にいた時に、貴方の昔の写真を見た。……でも、勝手に見つけただけで話を聞いたわけではない、です」
「ふーん。…………ま、あいつらから俺の事を話す訳ねぇか」
「?」
彼の言葉はまるで親から伏せられているのが当然という反応で、意味が分からず首を傾げていいれば、明王さんはニヤリと笑って備え付けの椅子に腰かけて足を組んだ。
「生憎、俺は高校を中退して家出した親不孝もんでなぁ。
だから養子のテメーについても、親のリストラも、抱えた借金もつい最近まで全部知らずに生きてきたんだ」
「…………そう、ですか」
座れよ、と促されて私は仕方なくベットへと戻って再び目の前の人の顔を見る。
不動家の両親が最後まで話してくれなかった息子という話は本当なんだろう。
口や態度の粗暴さは両親どちらにも似てないけれど、経歴を聞けば納得できたし、リストラや借金についてとか、身内だからこそ知った情報だろう。
……だとしても、だ。
「……なんで、私のところに……養子の自分のところに来たんですか」
知ったからって今まで一切関わってこなかった自分に会いに来た理由が分からずに、彼に聞いた。
「なんでって、」
不動さんはさも当たり前のように、口を開いた。
「お前を引き取りにきたんだよ」
私の事情は大まかに刑事に聞いたのか、口ぶりから他の身寄りがない事も知っているようだった。
ああ、刑事の差し金か。
「……いりません、今さら」
怒鳴りつける気力もなかった。私は俯きながらシーツを握りしめて拒絶の意を示す。
なんで、なんで今来るんだよ。
消えたいという意思は友達のおかげで踏みとどまれた。
だから一人で生きる。という覚悟を無理矢理固めていたのに。なんでまた私に手を差し伸べようとする人が現れるんだ。
しかもそれがよりによって、不動家の実子だなんて。
「お前のとこの親に捨てられたのに、その息子についていく訳ねぇだろ……ふざけんな……」
事情を知らないだろう不動さんに言っても仕方ないことなのは頭では分かっていた。だけど、感情は一切納得できなくて私は彼を睨みつけてしまう。
「捨てられた、ねぇ……」
対する不動さんは一瞬目を見開いたものの、それから思案するようにゆっくり呟いてから椅子から立ち上がって私の顔を覗き込んだ。
「じゃああれか、アイツらは幼いお前に借金ぜーんぶ押しつけて夜逃げ同然に逃げたってことか」
悪巧みをしているような、意地の悪い笑みを浮かべながら。
「そうだって言ってんだろ!だから私は……!」
あの時の……遠い昔のはずなのに覚えている誰もいない、無機質な家を思い出してじわじわと手足が冷たくなる感覚に襲われる。
それを誤魔化すために早口で口を動かしていると、
「バカかよ。お前」
「……は」
言われなれない言葉に思考が固まった。
先程まで笑っていた不動さんは眉を寄せ、呆れたようにため息をつきながら椅子ではなく、ベットの端に座った。
「お前は未成年。しかも当時まだ小学生だぜ?借金の請求が来るとしたら先に来るのは実子で長男の俺の方なんだよ。世の中そういう仕組みになってんの」
不動さんが語るのは私には知りようのない、借金の仕組みについてで、
「お前があんな多額の借金を背負う義理なんてなかったんだよ。誰だよ、そんな適当言ったの」
つーか、お前どうやって借金返済したんだと聞いてくる不動さん。だけど私は何も答えられなかった。
だって……
ー『君の両親は君を残して失踪した。多額の借金を残したまま』
だって、それを言ったのは、
ー『お前は孤独であるべきだった』
私を強くするためにそう言い放った人でもあって。
だとしても、だとしても……!!
「じゃあ……じゃあだったらなんで!アンタは来たのに、あの人達は来てくれないんだよっ!!」
例え影山の話が真実ではなかったとしても、この6年間、何の音沙汰もなかった事実は変わらない。
結局、私を捨てたことには変わりがない……!
「来ねぇよ。…………いや、来ねぇっていうより……」
「……は?」
それを指摘した瞬間、初めて不動さんが言葉を詰まらせた。
どこか言いにくそうに苦々しい表情を浮かべて目を逸らしていたけれど、一度目を閉じて、開いた時には私へと視線を合わせていた。
その顔は今までで一番真剣な面もちで、思わず背筋が伸びる。
「確かに俺はお前を引き取りにきたとは言ったが、家族になれとは言わねーよ」
「え……」
呆然とする私に対して不動さんは不敵な笑みを浮かべて、
「てめぇが生きるためにはまだ大人の力が必要だ。だからお前は俺を利用すればいい。俺だってお前を利用する。それだけの話だ」
「利用……何を?」
その言葉に脳裏を掠めるのは私が強くあれば一人にしないといったあの人で。
この人は一体私に何を望むのか単純に気になった。すると不動さんは大きく息をつき、目線を遠くに向けた。
「上司がめんどくせぇんだよなぁ。やれ彼女作れだとか家庭持てとか」
それは……心底うんざりしたような声音だった。
「は、はぁ……?」
ただそれは私が思っているような話ではなく、首を傾げることしかできない。
よく分からないけれど、職場の上司に彼女がいない事で絡まれるのが迷惑、ということだろうか。
「……彼女役になれってことですか?」
「お前本当バカだな」
「ッさっきからバカバカ言わないでくださいよ!!」
何とか利用方法を導き出して見れば思いっきり白い目を向けられて馬鹿にされた。
「っ!じゃあハッキリ言ってくださいよ!私をどう利用するかっ!それによっては考えますよ!!」
それから勝手に勘違いしてた事にじわじわと恥ずかしさが襲って来たので半分自棄になりながら問い質す。
そんな私をまた馬鹿にしたように鼻で笑いながら不動さんは腕を組んだ。
「最初に言っただろ。俺はお前の義理の兄貴って。
お前がいることで、やっと再会できた血の繋がっていない妹の世話があるので、見合いは考えていませんっていう立派な理由を作れて、俺はそのめんどくせー上司から解放されんの」
「……何それ、妹の部分いりますか?」
普通に見合いは考えていませんって断ればいいのではと思ったが、不動さんはこれだからガキは、と大袈裟に肩をすくめてため息をついた。……一々小馬鹿にしないと会話できないのかこの人は。
「いるからこうして病室に来たんだよ」
一緒に住む気がなかったら愛媛までこねーよ。と呟きながらベットから立ち上がり、
「で、どうする明奈チャン。言っておくがこれは俺の都合だからな。施設に世話になるんだったら止めねぇし、手伝ってやるよ」
私の目の前に立って再び聞いてくる不動さん。
私はまだ”大人”がいないと何もできない年齢だから。
不動さんは“妹”がいることで助かるから。
要は利害の一致だから一緒に暮らすという提案。
清々しいほど、素直な物言いが大人を相手にしているとは思えずに少しおかしな気分になりながら漠然と思った。
きっと彼は優しい人ではないから、私も変に期待をしなくても済むのでは?
そう思い始めたらもう、ダメだった。
「…………分かりました。引き取りに応じます」
結局のところ、不動家の繋がりを絶ちたくなかったようで。
そして何より、
一人になりたくなかった。
「私が自立できるまで“妹”でいてあげますよ。不動、明王さん」
私は真っ直ぐと彼の目を見て、名前を読んだ。
「……ハッ、逞しいねぇ」
そんな答えに、不動さんは満足そうに笑った。
その際に日柄さんが佐久間さんや源田さんの事について教えてくれた。何でも雷門の監督が紹介した医療技術が発展している病院で治療を受けているらしく、順調に回復をしているらしい。
それを聞いて烏滸がましいと思いつつもほっとしたのを覚えている。
そんな数日後に、私の退院の日が決まった。
ペンダントの力による人体への被害なんて聞いても分からないので、先生に言われるがまま検査を受けて、別の優し気な雰囲気の女性の先生と他愛のない話をするという日を繰り返していただけなのに、個人的な変化は分からなかったけれどもう問題ないと診断されたようだ。
それを聞かされたのは昼頃。
真帝国のみんなと、私に親身になってくれた鬼瓦刑事に電話で伝えれば喜んでくれた。その時に刑事さんには問いたかったけれど、結局言えなかった。
「退院したら、私はどうすればいいの……」
そんな事、一警察の人に聞いたってどうしようもないだろう。……いや、こういう場合こそ警察を頼って施設を紹介してもらうことが普通なのか?
潜水艦に住む前に利用していた施設は警察の調査が入ったものの、もうもぬけの殻だったらしく、現状私が住む場所はなかった。
中学生が一人暮らしなんて現実的ではないし、もちろん行く当てもないのだからこれが最適解だろう。
唯一の救いは不動家の借金が満額払われていることか。
借金に関しては私が従順であったこともあってか、中学生になる前に一括で支払ったと影山に言われた事は覚えている。詳しい額は知らないけれど、安くはないだろう金額をポンと出せるなんてお金持ちだなぁと記憶に残っていた。
後ろめたいことがないだけで、施設の扱いだってそう悪くはならないだろう。……昔と違って私はしっかりと対抗できる手段も持っているわけだし。
「借金を支払ってもらった対価、とか?…………重すぎるんだよバーカ」
対価と言うには被害が大きすぎて、ため息をつくしかない。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえて私は体を起こした。
返事をすれば、看護師は扉を開けて入ってきて何の用かと首を傾げていると、
「明奈さん。お兄さんがお見舞いに来てくれましたよ」
そう言ってきた。
「…………は?」
その言葉に、私は思考停止した。
聞き間違いだと思ったけれど、看護師は「多忙でやっと来れたと聞きましたよ、よかったですね」と笑顔を浮かべたままどうぞと後方へ声を掛ける。
なんで、鬼瓦刑事。もしかしてバラしたの、待って、まだ心の準備が……!
「ま、まって……」
「わりぃな、全く顔を出せなくて」
「…………え」
止めようとしたのも束の間、聞こえたのは全く知らない声で。
それから室内に入ってきたのは兄ちゃん…………ではなく、茶色の髪を無造作に伸ばした鋭い緑色の瞳を持った大人、だった。
知らない人、だった。
それでも髪色や瞳が似ているからか看護師は全く疑うことなく、この人私の兄だと信じきったままごゆっくり、とそのまま病室を後にする。
知らない大人と病室に二人きりになってしまった。
しばらくの沈黙。
それからその大人が何か口を開こうとしたタイミングで、私は急いでベットの端に置かれているナースコールへ手を伸ばし、
「待て待て待て」
「ッ!」
寸での所で腕を掴まれた。
「初手ナースコールとか警戒心強すぎだろ。明奈チャンよぉ」
「ッ名前を呼ぶな!!」
それは止めるための軽い力だったので、振り払えば簡単に外れたので、私はすぐにベットから下りて少しでも距離を取る。
「お前なんか知らない!私の兄は有人だけだッ!!」
よりによって。
よりによって“兄”を騙るなんて……!!
そんな苛立ちから私は歯を食いしばって睨みつける。
「説明するから落ち着けよ。……仕方ねぇだろ、形式上は兄妹って括りなんだからよ」
それに対して大人はどこまでも冷静で、そんな対応が昔の影山とのやり取りを思い出してしまい私は思わず俯いてしまった。こういう所は変わっていないとか、知りたくなかった。
冷静さを取り戻した私は目の前の人の言葉に引っ掛かりを覚える。
「……形式上?」
壁に背中をつけたままではあるけれど、聞く体制に入ったからだろう。
その大人は小さく笑みを浮かべて自己紹介を始めた。
「俺の名前は不動明王。お前を引き取った不動家の長男だ。つまり、お前の義理の兄貴っつーことだ」
そんな名乗りで改めて見たその顔は、私がまだ不動家にいた時に見つけた写真を思い出させた。
「不動、明王……」
「……その感じだと存在自体は知ってたか」
察しがいいのか、私の反応が分かりやすいのか、目を細める不動さん。私はその目から逃げるように俯いた。
「まだ家にいた時に、貴方の昔の写真を見た。……でも、勝手に見つけただけで話を聞いたわけではない、です」
「ふーん。…………ま、あいつらから俺の事を話す訳ねぇか」
「?」
彼の言葉はまるで親から伏せられているのが当然という反応で、意味が分からず首を傾げていいれば、明王さんはニヤリと笑って備え付けの椅子に腰かけて足を組んだ。
「生憎、俺は高校を中退して家出した親不孝もんでなぁ。
だから養子のテメーについても、親のリストラも、抱えた借金もつい最近まで全部知らずに生きてきたんだ」
「…………そう、ですか」
座れよ、と促されて私は仕方なくベットへと戻って再び目の前の人の顔を見る。
不動家の両親が最後まで話してくれなかった息子という話は本当なんだろう。
口や態度の粗暴さは両親どちらにも似てないけれど、経歴を聞けば納得できたし、リストラや借金についてとか、身内だからこそ知った情報だろう。
……だとしても、だ。
「……なんで、私のところに……養子の自分のところに来たんですか」
知ったからって今まで一切関わってこなかった自分に会いに来た理由が分からずに、彼に聞いた。
「なんでって、」
不動さんはさも当たり前のように、口を開いた。
「お前を引き取りにきたんだよ」
私の事情は大まかに刑事に聞いたのか、口ぶりから他の身寄りがない事も知っているようだった。
ああ、刑事の差し金か。
「……いりません、今さら」
怒鳴りつける気力もなかった。私は俯きながらシーツを握りしめて拒絶の意を示す。
なんで、なんで今来るんだよ。
消えたいという意思は友達のおかげで踏みとどまれた。
だから一人で生きる。という覚悟を無理矢理固めていたのに。なんでまた私に手を差し伸べようとする人が現れるんだ。
しかもそれがよりによって、不動家の実子だなんて。
「お前のとこの親に捨てられたのに、その息子についていく訳ねぇだろ……ふざけんな……」
事情を知らないだろう不動さんに言っても仕方ないことなのは頭では分かっていた。だけど、感情は一切納得できなくて私は彼を睨みつけてしまう。
「捨てられた、ねぇ……」
対する不動さんは一瞬目を見開いたものの、それから思案するようにゆっくり呟いてから椅子から立ち上がって私の顔を覗き込んだ。
「じゃああれか、アイツらは幼いお前に借金ぜーんぶ押しつけて夜逃げ同然に逃げたってことか」
悪巧みをしているような、意地の悪い笑みを浮かべながら。
「そうだって言ってんだろ!だから私は……!」
あの時の……遠い昔のはずなのに覚えている誰もいない、無機質な家を思い出してじわじわと手足が冷たくなる感覚に襲われる。
それを誤魔化すために早口で口を動かしていると、
「バカかよ。お前」
「……は」
言われなれない言葉に思考が固まった。
先程まで笑っていた不動さんは眉を寄せ、呆れたようにため息をつきながら椅子ではなく、ベットの端に座った。
「お前は未成年。しかも当時まだ小学生だぜ?借金の請求が来るとしたら先に来るのは実子で長男の俺の方なんだよ。世の中そういう仕組みになってんの」
不動さんが語るのは私には知りようのない、借金の仕組みについてで、
「お前があんな多額の借金を背負う義理なんてなかったんだよ。誰だよ、そんな適当言ったの」
つーか、お前どうやって借金返済したんだと聞いてくる不動さん。だけど私は何も答えられなかった。
だって……
ー『君の両親は君を残して失踪した。多額の借金を残したまま』
だって、それを言ったのは、
ー『お前は孤独であるべきだった』
私を強くするためにそう言い放った人でもあって。
だとしても、だとしても……!!
「じゃあ……じゃあだったらなんで!アンタは来たのに、あの人達は来てくれないんだよっ!!」
例え影山の話が真実ではなかったとしても、この6年間、何の音沙汰もなかった事実は変わらない。
結局、私を捨てたことには変わりがない……!
「来ねぇよ。…………いや、来ねぇっていうより……」
「……は?」
それを指摘した瞬間、初めて不動さんが言葉を詰まらせた。
どこか言いにくそうに苦々しい表情を浮かべて目を逸らしていたけれど、一度目を閉じて、開いた時には私へと視線を合わせていた。
その顔は今までで一番真剣な面もちで、思わず背筋が伸びる。
「確かに俺はお前を引き取りにきたとは言ったが、家族になれとは言わねーよ」
「え……」
呆然とする私に対して不動さんは不敵な笑みを浮かべて、
「てめぇが生きるためにはまだ大人の力が必要だ。だからお前は俺を利用すればいい。俺だってお前を利用する。それだけの話だ」
「利用……何を?」
その言葉に脳裏を掠めるのは私が強くあれば一人にしないといったあの人で。
この人は一体私に何を望むのか単純に気になった。すると不動さんは大きく息をつき、目線を遠くに向けた。
「上司がめんどくせぇんだよなぁ。やれ彼女作れだとか家庭持てとか」
それは……心底うんざりしたような声音だった。
「は、はぁ……?」
ただそれは私が思っているような話ではなく、首を傾げることしかできない。
よく分からないけれど、職場の上司に彼女がいない事で絡まれるのが迷惑、ということだろうか。
「……彼女役になれってことですか?」
「お前本当バカだな」
「ッさっきからバカバカ言わないでくださいよ!!」
何とか利用方法を導き出して見れば思いっきり白い目を向けられて馬鹿にされた。
「っ!じゃあハッキリ言ってくださいよ!私をどう利用するかっ!それによっては考えますよ!!」
それから勝手に勘違いしてた事にじわじわと恥ずかしさが襲って来たので半分自棄になりながら問い質す。
そんな私をまた馬鹿にしたように鼻で笑いながら不動さんは腕を組んだ。
「最初に言っただろ。俺はお前の義理の兄貴って。
お前がいることで、やっと再会できた血の繋がっていない妹の世話があるので、見合いは考えていませんっていう立派な理由を作れて、俺はそのめんどくせー上司から解放されんの」
「……何それ、妹の部分いりますか?」
普通に見合いは考えていませんって断ればいいのではと思ったが、不動さんはこれだからガキは、と大袈裟に肩をすくめてため息をついた。……一々小馬鹿にしないと会話できないのかこの人は。
「いるからこうして病室に来たんだよ」
一緒に住む気がなかったら愛媛までこねーよ。と呟きながらベットから立ち上がり、
「で、どうする明奈チャン。言っておくがこれは俺の都合だからな。施設に世話になるんだったら止めねぇし、手伝ってやるよ」
私の目の前に立って再び聞いてくる不動さん。
私はまだ”大人”がいないと何もできない年齢だから。
不動さんは“妹”がいることで助かるから。
要は利害の一致だから一緒に暮らすという提案。
清々しいほど、素直な物言いが大人を相手にしているとは思えずに少しおかしな気分になりながら漠然と思った。
きっと彼は優しい人ではないから、私も変に期待をしなくても済むのでは?
そう思い始めたらもう、ダメだった。
「…………分かりました。引き取りに応じます」
結局のところ、不動家の繋がりを絶ちたくなかったようで。
そして何より、
一人になりたくなかった。
「私が自立できるまで“妹”でいてあげますよ。不動、明王さん」
私は真っ直ぐと彼の目を見て、名前を読んだ。
「……ハッ、逞しいねぇ」
そんな答えに、不動さんは満足そうに笑った。