番外編
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にこにこ笑顔の怖いやつ
夢主が一年生と仲良くなりだした頃の話。ギャグ立向居の新しい必殺技完成に向けて、同級生と共に練習する時間が増えた明奈。元々は自分が作っていたとはいえ、壁を感じることなく接してくれるようになった同級生に明奈は嬉しく感じるものの、完全に穏やかに過ごせているという訳ではなかった。
「うわっ!?」
「うししっ、引っかかった引っかかった~!」
「コラッ!木暮くんっ!!」
今日も今日とて、明奈はいたずら好きの同級生―木暮夕弥が作った落とし穴に嵌っていた。
「はぁ……」
「大丈夫ですか?明奈さん」
「手貸せ」
「ありがとうございます」
妹とその犯人の鬼ごっこを見送りながら息をつけば、一緒に歩いていた虎丸が心配そうに声を掛け、飛鷹は彼女を穴から出すのを手伝うかのように手を差し伸べていた。明奈はすぐに彼の腕を借りて穴から無事脱出する。
「最近木暮さんからのいたずらによく引っかかってますよね。この前も夕御飯にタバスコ入れられたりしてましたし」
「ああ、あれね。辛かった」
「カエル頭の上に乗せられたり」
「あんな大きなカエル初めてみましたよ」
練習後は虎丸と飛鷹と過ごす事が多いことから、2人は明奈の木暮のいたずらの被害をよく知っていた。
その他にも靴紐をいつの間にか両足まとめて括られたり、周りを巻き込んで水浸しになったりと大変な目に遭うものもあったり。
(よくもまああんな多種多様ないたずらを思いつくものだなぁ……)
その内容を改めて思い出しながら明奈はしみじみと心の中で思う。
「怒らないんですか?」
「ん?」
困らされているものの、𠮟ったりしない明奈の様子に虎丸が不思議そうに小首を傾げれば、明奈は肩をすくめながら小さく笑った。
「そんな説教するほどのものじゃないでしょ。私の代わりに春奈が怒ってくれるし」
虎丸達には言わないが、明奈が木暮に説教をしない理由は他にもある。
―『なんでお前みたいなのが日本代表なんだよ』
アジア予選が始まって早々に明奈は木暮にそう吐き捨てられた。
それは自分が人を信じられるきっかけをくれた春奈を傷つける実の姉に対する純粋な怒り。そんな風に自分の妹を思ってくれる男子に対して明奈は数々のいたずらに対してもさほど怒りは感じない。これぐらいの意趣返し、可愛いものだ。
「……どうしたの?」
そこでふと明奈は虎丸と飛鷹は顔を合わせていることに気づいた。先に口を開いたのは飛鷹だった。ただ純粋に思った事に対する指摘を零す。
「根は意外と温厚なんだな、お前」
「アジア予選中にやたら悪ぶってたの、無理してたんですねぇ……」
その次に虎丸が納得するように頷きながら明奈を見ていた。
「……その生暖かい目線やめてくれない?」
付き合いが比較的に長いことによる2人のやたら優し気な視線に明奈は思いっきり顔を引き攣らせた。
+++
その後も明奈は木暮に対して特に怒ることなかった。
しかし木暮はそれがつまらない。
明奈はいたずらに引っかかっても一瞬驚くも、兄である鬼道譲りの冷静さですぐに平然とした表情に戻る。
だけど、明奈の派手なリアクションを見たい木暮は消化不良でしかなく、あの手この手で色んないたずらを施していた。
そして、それはいつもの練習が終わった後の食堂でも、だ。
夕食前。選手は自主練習を続けたり、自室や談話室など各々の時間を過ごしている時間帯。
そして食堂。豪炎寺やヒロトと話していた虎丸は明奈が来たことに気付いて声を掛けようとしたものの、明奈が誰かと話している様子に口を噤んだ。
明奈の隣にいるのは風丸。何か話しているが虎丸の耳にはその会話の内容は聞こえない。さらに言えば風丸の明奈を見る表情に割り込むことはできないな、と判断をした。
「……なんで明奈さんは気づかないんだろう。あんなに分かりやすいのに」
「そこが明奈ちゃんの可愛いところじゃないか」
ポツリと呟いた虎丸の言葉をヒロトは拾って笑顔を浮かべる。サラリとそんな事を言えるのは彼だからこそだろう。
そしてヒロトのこんな分かりやすい特別扱いにも明奈はきっと気づかないんだろうなと、虎丸は小学生ながら思った。
「不動ー!」
「ん?」
そんな中、明奈に話しかける者がいた。木暮はたったったっと小走りで彼女の前までやって来た。
「あ、風丸さん。お疲れ様です!」
「あ、ああ……?」
その時に明奈の隣にいる風丸に気づいて、木暮は丁寧に挨拶をする。そんないつになくしおらしい姿に風丸さんは首を傾げながらも頷いていた。
「どうしたの、木暮くん」
「あ、そうそう。不動にあげたいものがあるんだ!ちょっと手を出してくれない?」
明奈が話しかければ、木暮は思い出したかのように顔を上げて、無邪気な笑顔を浮かべてそんな頼み事をした。
初対面なら騙されるような無垢な表情だが、それなりに付き合いのある彼らはまた明奈に何かいたずらを仕掛けるんだろうなと察していた。
「ん、これでいい?」
それは明奈も分かっていたものの、素直に彼の言う事を聞いて手のひらを木暮へと向ける。何度も経験したので慣れたものだ。
明奈さんのそんな平然とした様子に木暮は一瞬だけつまらなそうに唇を尖らせたものの、すぐににっこりと笑ってジャージのポケットを漁り、手の上になにか乗せていた。
「これあげる!」
「?……なにこ……………………」
乗せられた物を見ていた明奈は、それから正体を認識した瞬間。
ピシリと動きが止まった。
「……不動?」
不自然に動きを止めた明奈の姿に、隣にいた風丸は不思議そうに顔を覗き込む。
その手の物を見ながら目を見開いて固まっていた明奈だったが、みるみると顔が真っ青になっていき体がカタカタと震えだした。
「………………き」
それからはくはくと声にならない声を出していた明奈は大きく息を吸い、そして……
「きゃあああああああああっ!!?」
大絶叫を食堂に留まらずに宿舎中に響かせた。
その悲鳴が明奈のものだと気づくのに、周りの選手は少し時間がかかった。
普段はともかく、サッカー時の好戦的な時の明奈の声はよく通るが、あんな悲鳴を聞くのは大半が初めてであった。虎丸は素直に声を上げたし、その隣の豪炎寺も声は出なかったものの少しだけ肩が跳ねた。
そんな少年達の驚きも露知らず、明奈は悲鳴を上げながら手に乗った物を床に叩き付ける。
床に転がるソレを見て、男子達も明奈が悲鳴を上げた物の正体を理解した。同時に明奈に強く同情をする。
木暮が明奈の手に乗せたもの、それは…………黒光りする某あの虫だ。
「っ!~~っ!!かぜ、かぜまるさんっ助けてぇぇぇぇ!!!」
「えっ、ちょっ……!?」
それから明奈が必然的に頼ったのはすぐ隣にいる風丸だった。明奈はただただアレから逃げたいという思いから風丸に飛びついてしがみついた。
「ふふふ不動っ!!??ま、まてっ色々当たっててっ!!」
ぎゅうと首に回された腕とすぐ近くで聞こえる明奈の声に抱きつかれた、と自覚した風丸はぼんっと一瞬で顔を真っ赤にして慌てて声を上げるもアレの恐怖で周りを見れていない明奈に届く訳がない。
「やだやだやだぁっ!兄ちゃああああん!!!」
「うおっ!?むぐっ……!!?」
むしろ落ち着かせるために肩に手を掛けた風丸に対して、剥がされると思ったらしい明奈はぶんぶんと頭を横に振りながらさらに強く、すぐ近くにある風丸の頭を抱きかかえた。
その行動は風丸の顔に胸を押しつけている形になっているが、明奈はそのことに気づいていない。さらに、風丸も落ち着かせるどころじゃなくなった。
「……不動。落ち着け」
周りも普段じゃ見られない気が動転している明奈に呆気に取られていると、混乱を極めた食堂に冷静な声が響いた。
「あのゴキブリは本物じゃない。おもちゃだ」
「は、ぇ……??」
明奈に声を掛けたのはつい先程食堂に訪れた飛鷹だった。
彼の告げられた言葉に、風丸に抱きついていた明奈はピタリと動きを止めて、涙目のまま呆然と地面を見る。
“アレ”は明奈が投げたそのままで転がっていて、微動だにしない。
「おもちゃ……」
目の前にあったのは精巧なおもちゃだと明奈が認識した時だった。
「あっはっはっはっ!!引っかかった引っかかった~!!」
至極楽しそうな笑い声が聞こえた。
明奈の目の前にはいたずらを大成功させた木暮が床に転がって爆笑している。それから立ち上がり、呆然としている明奈を盛大に馬鹿にするように指を指した。
「カエルならともかくゴキブリなんか捕まえないよーっだ!うししっ、おもちゃとの区別もつかないなんて不動って意外と間抜けだなぁ~!」
「…………」
サッカー時はともかく普段は大人しめな明奈の大袈裟なリアクションに大満足する木暮の姿を見て、それからいたずらとして転がっている“アレ”のおもちゃを見た明奈はゆっくりと俯いて風丸から離れた。
「………ふふっ」
「ん……?」
「おもちゃ……おもちゃかぁ…………ふっふふっ……あはははは…………」
やがて、静かに肩を揺らして笑い始めた。
そんな明奈の反応に木暮が小首を傾げる間にも彼女は手で顔半分を覆いながらさらに笑い声を上げた。
初対面なら明奈が機嫌よく笑っているように感じるような笑い声。しかし、彼女は笑っているもののその周りはメラメラと大きな炎を出し、やがて誰から見ても分かる怒気のオーラを纏い出す。
「げっ」
やりすぎた。と木暮がやっと後悔した所でもう遅い。
笑い終わった明奈は顔に添えていた手で前髪を掻き上げながらギロリ、と鋭い眼光で目の前の木暮を捉える。
「……覚悟できてんだろうなァ?!木暮クンよぉ……!!」
そして、かつての真・帝国学園のキャプテンだった時を彷彿させるような悪人めいた笑みを浮かべ、唸るように怒鳴りつけた。
「うわぁぁっ……!?」
「ッ待てやゴラァァァ……!!」
そんな明奈の迫力に木暮は慌てて逃げ出せば、彼女はすぐに鬼の形相で追いかけ始めた。
「壁山がいたら泣いてたかもしれないな……」
木暮の絶叫と明奈の怒鳴り声が遠のき、再び静寂が訪れた食堂。明奈の姿を思い返しながら豪炎寺はポツリと呟き、周りも同意するように静かに頷いた。
それほど明奈の怒りは凄まじかった。最も、いたずらをした木暮の自業自得なので同情をするものはこの場にはいなかったが。
「風丸くん。大丈夫?生きてる?」
食堂を騒がしていた双方が去り、そしてその中央にいながらも置いてけぼりを喰らっている風丸に話しかけたのはヒロトだった。(ちなみに飛鷹は“アレ”のオモチャを処分してさっさと自分の席へと座っている)
「…………」
風丸は明奈が離れたタイミングで、へなへなとその場に座り込みながら呆然と遠くの方を見ていた。
そんな風丸の隣までやって来たヒロトは、屈んでそっと耳打ちをする。
「……どうだった?」
主語のない問いかけ。だが、風丸はゆっくりとした動きで自分の頬に手を当てて先程の事を思い出す。
確かに呼吸はできない苦しさはあった。だが、しかしそれは明奈に抱き着かれたからで……そして自分の顔を埋めた場所は…………
「……や、」
―柔らかかった……。
絶賛片想い中の女子の胸に顔を埋めた風丸の感想は、いたって健全な中学生男子のものだった。
明奈からしたら苦手な虫から逃げるための手段だったが、風丸の頭には彼女に抱き着かれたということしか覚えていない。
抱きつかれた際にふわりと届いた彼女の香りと、女子特有の体の柔らかさ。それから明奈の必死に自分の名前を呼ぶ涙声しか耳に入らなかった。
その後の食堂の喧騒なんて、風丸には聞こえていなかった。
そんな風丸の姿を見たヒロトは困ったように眉を下げた。
「うわっ。風丸くん、鼻血はまずいよ……」
「は!?嘘だろ!!?」
「うん、嘘だよ」
「~っ!ヒロト……!!」
ぼーっとしていた風丸だったが、ヒロトが告げた言葉に慌てて顔を上げてすぐに自分の鼻の下を確認するが、液体が垂れている感覚はない。
それと同時に笑顔でさらりと種明かしをするヒロトもいたので、からかわれたと理解した風丸は思わず声を上げた。
おいしい思いをしたんだから、これぐらいのからかい許して欲しいなとヒロトが口を開こうとした時だった。
「そうか、柔らかかったか」
「!」
風丸の背後から第三者の声が静かに響いた。
その聞き覚えのありすぎる声に、風丸はぎくりと体の強張らせ、それからギギギ……と錆びたおもちゃのような動きで、恐る恐る後ろ振り返り、口元を引き攣らせながら相手の名を呼んだ。
「き、きどう……」
「…………」
そこにいたのはイナズマジャパンの司令塔であり――不動明奈の実兄である鬼道有人が、そこにいた。
鬼道は今まで円堂と自主練習をしていて、帰ってきたところだった。仁王立ちする鬼道を他所に円堂は「さっき不動が木暮を追いかけてたけど何かあったのか?」と豪炎寺達に不思議そうに尋ねている。
兄として明奈があの虫が苦手なことは知っていた鬼道はそれ関連のいたずらに引っ掛かったのだろうと察していた。なので、その鬼ごっこを目撃した際は苦笑いを浮かべるだけだった。
食堂に入ってすぐに「柔らかかった」と呟いて一人座り込んでいる風丸を見つける前までは。
「……風丸」
「は……ハイ!!」
名前を呼ぶ声と共に鋭くこちらを睨むゴーグル越しの赤い瞳を見た風丸は、慌ててその場に正座をして背筋を伸ばす。
「そんな畏まるな。同じチームの仲間だろ」
「は、はは……」
「それで」
緊張で顔を青ざめ強張らせている風丸に対して、鬼道はあくまでいつも通りの声音で肩に手を置いて微笑みかけた。
「明奈に何したんだ?」
ただし、風丸を見下ろす眼光の鋭さは何も変わってないし、肩を掴んでいる手はぎりぎりと力を込められていた。
「な、何もしてない……!」
このままじゃ誤解される……!!と風丸は慌てて首をブンブンと横に振って否定する。
「ゴキブリのおもちゃに驚いた彼女に抱きつかれただけで!変なことなんて……な、なにも…………」
必死に言い分を告げる傍ら、風丸が思い出すのは自分の胸の中に飛びついて来た彼女のことで……再び顔に熱が集まり声の勢いもなくなっていく。
「まあいい」
「!」
そんな風丸の様子を目の前で見ていた鬼道は肩から手を離し、小さく息を吐いた。
妹があの虫の姿を見て近くにいる人間に飛びつく姿はすぐに想像できた。そしてその時に一番近くにいたのは風丸なのだろう。
予想外のハプニングだと鬼道は頭では理解していた。
だが……
「お前とは、前からじっくり話したいと思ってたんだ。ちょっと来い」
「えっ、ちょ……!?」
風丸のそんな反応を見逃してやる程、兄として寛容にはなれなかった。仲間として信頼は置いているが、また別の話である。
「事故!事故だから!!」
「あんな顔をしておいて、どの口が言っているんだ」
「は!?顔!!?」
鬼道は風丸の襟首を掴んだかと思えば、くるりと後ろへと振り返り風丸の弁明の声も無視して、入ってきたばかりの食堂を出ていった。
「明奈ちゃんの怒った顔、鬼道くん譲りなんだね」
再び静かになった食堂に、場違いに納得するヒロトの声がポツリと響いた。
【おまけ】
「か、風丸さん、昨日はすいません……気が動転して飛びついたりなんかして………… (いくら苦手な虫だからってあんな騒ぎ立てるなんて子供っぽい……恥ずかしすぎる…………) 」
「……大丈夫だ (ボール蹴りながら鬼道に淡々と詰められていたなんて言える訳ない……皇帝ペンギン2号されなかっただけマシだ…………) 」
「え、でもすごくボロボロですよ?……あっ、もしかして飛びついた弾みで怪我とか…………!?」
「ほ、本当に大丈夫!これはまた別件だから……!!ちょっと自主練習を頑張っただけだ……!!」
「は、はぁ……?」