寂しがり少女
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そういえば試合前に不思議なおじいさんに会ったんですよね」
「不思議なおじいさん?」
「何だそれ」
イナズマジャパンが宿舎へと帰ってきたのは夕方頃。
試合は引き分け。今後については不透明だけど全力を出し切った試合に対し、マネージャーは労ってくれて豪華な夕食を作ってくれた。
その後、私達はミーティングルームのテレビで放送されている今日の試合のダイジェストを見ていた。
試合の良かった所や反省するべき所などを和気あいあいと話し合っている最中、ふと試合前の出来事を思い出しCMが流れているタイミングでポツリと呟けば隣に座っている虎丸くんがオウム返しして、反対側に座る飛鷹さんも首を傾げる。
「観客ではないと思うんですが……運営の人にしてはラフな格好をしてたんですよ」
サングラスとかキャップ身に付けてたり……と机の上に肘をつきながらその時に会った老人について話すも2人共当然心当たりなんかなく不思議そうに首を傾げた。
「それのどこが不思議なんだ?」
ただの老人なだけだろ、という飛鷹さんの意見は最もだ。
もちろん私も会話をした当時はそこまで考えていなかった。試合前だし、あの時は不審者の事もあったし。
だけど、あの老人の雰囲気を思い出してふと思った事がある。
「なんていうか……その老人が誰かと似てる気がするようなしないような…………」
「不動っ!」
「わっ!?」
顔もサングラスや髭でほとんど隠れて見えない癖にそんなことを思い、自分でもよく分からずに首を捻っていると急に立ち上がったキャプテンが慌てた様子で私の前まで来る。
「そのおじいさんって……!もしかして赤キャップしてた!?」
机を挟んで対峙したキャプテンは机に手をつけて前のめりになりながら私にそう聞いてくる。
そんなキャプテンの勢いに驚いきながらも私はこくこくと頷く。
「は、はい。そうですね……。あ、もしかしてあの人キャプテン知り合いですか?」
「そ、そうじゃ、ないけど……えっと、その人さ、」
キャプテンの様子にそう尋ねてみるも、急に勢いがなくなったキャプテンは困ったように頬を掻きながら再び私を見て口を開いた時だった。
プルルルル……
ジャージの右ポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「?……鬼瓦刑事?」
一言キャプテンに断ってから私は携帯電話を取り出して、画面を見れば話をする暇はなかったけれどつい先ほど姿を見た鬼瓦刑事の名前が表示されていた。
「すいません、ちょっと電話出てきます」
「おう、分かった」
話が中断になることをキャプテンに謝りながら席を立てばキャプテンは気にした様子もなく笑顔で頷いてくれて、私は軽く頭を下げてからMRを出た。
「もしもし、鬼瓦刑事?」
私が電話に出たのは、MRから少し離れた静かな廊下。そこの壁に凭れ掛かりながら通話開始ボタンを押して携帯を耳元へと当てる。
『…………不動』
電話越しの鬼瓦刑事の声が聞こえた瞬間。
私は通話を切りたくなった。
理由は分からない。だけど、これ以上、聞いてはいけない。
直感的にそう思った。
「はい……?」
なのに私の口は勝手に動く。何もわかっていない無知を装いながら。
『ッ……落ち着いて、聞いてくれ』
電話の向こうで鬼瓦刑事の息を吞む声が聞こえてそれからゆっくりと念を押すよ。私はそれを黙って聞くことしかできない。
だって、今の鬼瓦刑事の喋り方、明王兄さんにそっくりだった。
不動家の両親の死を教えてくれた時の明王兄さんに、
『……影山が事故で亡くなった』
パキリ
+++
『…―無理はしなくていい』
「―いいえ、大丈夫です。……失礼します」
私は通話終了ボタンを押して、鬼瓦刑事との通話を終わらせて私は小さく息をつく。
「あ」
携帯電話をポケットに戻しながら何となく左手を見て思わず声を上げた。
…………知らず知らずのうちに拳を握り込んでしまったらしい。爪がちょっと割れてたり、食い込んだ手のひらに血が滲んでいたりした。
「……まあいいや」
後で部屋で治療しよう。そう思って私は左手をジャージのポケットに突っ込んだ。
通話中の鬼瓦刑事は明らか私を気遣っていた。……影山の娘として連絡してくれたけれど、内容が内容だったからきっと困っただろうな。
私だって頼まれた伝言以外はあまりちゃんと聞けていない自覚はある。
「……連絡…………しないと」
それでも警察として忙しい中こうして連絡をくれたんだから頼まれた事は全うしなくてはいけない。
出た時はあんなに騒がしかったはずのMRが静かな事に気づいて私は首を傾げながら近づいている時だった。
「ッ……!!」
「わっ……」
誰かがMRを飛び出し、すれ違い様に肩がぶつかった。
相手側はそんなこと気づいてないのかすぐに走り抜けていく。咄嗟に振り返った私が見たのは階段を駆け上がっていく赤いマントだった。
「兄ちゃん……」
兄を見送ってからやけに静かになっているMRへと入れば、ばっと部屋にいた人達の視線が私に集まった。
だけど私がその視線より先に目についたのはテレビの映像だった。試合を映していたはずのテレビは速報ニュース画面に変わっている。
〈繰り返します。イタリア代表オルフェウスの監督・ミスターK氏が事故で亡くなりました―……〉
事故現場であろう場所が映されている映像と、大きなテロップとニュースキャスターの読み上げる言葉。ああ、成程。
「……説明する手間が省けたな」
兄ちゃんの様子から薄々とは察していたけれど、影山の死はニュースで取り上げられていたらしい。
「不動、その……」
最初に私に声を掛けたのはキャプテンだ。
見送って貰った時の笑顔とは真反対の、何を言えばいいか分からないといった表情を浮かべている。周りの人達も同じような表情をしていた。
そんな彼らを安心させたくて私は笑いかけた。
「大丈夫ですよ。そのことについては鬼瓦刑事から教えて貰いましたから」
「さっきの電話……そっか…………」
「その時に言われたんですけれど、キャプテン。明日の朝、浜辺の東屋 の方に来てください」
「あ、あぁ……」
「何でも渡したいものがあるとか。あと兄ちゃんにも来てほしいらしいけど…………落ち着いた後に伝えておきます」
「……そうか」
私にしては元気よく話したつもりだった。
なのにキャプテンの顔はどんどんと元気がなくなっていく。
「ははっ、何て顔してるんですか」
中々見ない反応が少しだけ可笑しくて笑ってしまえば、キャプテン自身も私を見守っていたみんなもおかしな顔をして私を見る。
思った以上に注目を集めてしまったな、と頬を掻きながら自分の気持ちを伝えることにした。
「事故に関しては私も驚きましたが……伝えたいことは全部伝えられたし、だから私は大丈夫ですよ」
コンドルスタジアムのやり取りはイナズマジャパンのみんなも見ていた事は知っていたのでそう伝える。
「そう、か…………」
「それに……仕方ないですよ」
頷くけれど、浮かない表情をしているキャプテンの顔を横目で見ながら何となく壁側に凭れ掛かる。
「……あれだけ悪事を働いたんだ。因果応報ってやつだ」
事故死とは聞いてるけれど、案外恨みを持っている人間の犯行かもしれない。
だとしたら、殺されたって文句言えな、
「不動」
キャプテンに名前を呼ばれた。
それは初めて聞く、静かに咎めるような声。
「ダメだ。……それは、違う」
真っ直ぐと私の目を見ながら低い声を出すキャプテンは怒っているようにも見えるし、悲しそうにも見える。そんな表情を浮かべていた。
……今日はキャプテンの知らない顔ばかり見るな。
いや、そんな付き合いが長い訳でもないし知らない事の方が多いのは当たり前か。
「……すみません。けど、私は本当に大丈夫なので。気にしないでください」
プルルルル……
キャプテンに頭を下げたタイミングで再び携帯電話の着信音が鳴った。
「……今度は兄さんか」
再び携帯電話を取り出せば、日本にいる義兄の名前が表示されていて……気付かなかったけれど真帝国のみんなからもメールが届いていた。
……日本人だし、やっぱり日本でも報道されてたかぁ。
「ちょっと家族と連絡とってきますね」
私は再び頭を下げてからくるりと背中を向けてMRから出た。
明王兄さんと電話をしながら私はゆっくりと自室へと目指して歩いて行く。
「…―っ……ッ!!」
「!」
その途中……兄ちゃんの部屋を通るときに押し殺したような呻き声が聞こえて足を止めてしまいそうになったけれど、何とか足を動かして自室へと戻った。
兄ちゃんを慰めるとしても、それは私の役目じゃない。
……………妹の私がいたら、兄はもっと泣けなくなってしまう。
この時ばかりは自分達が兄妹ということが歯がゆかった。
『おい、明奈。聞いてんのか?』
バタンと閉めた扉に凭れ掛かった所で、電話越しの明王兄さんの声。
久々に明王兄さんの声の聞いた。
ぶっきらぼうだけど、わざわざ私に電話を掛けて気にしてくれる優しい人だなと思う。時差を考えれば向こうはまだ朝だと考えれば尚の事。
だからこそ……
「明王兄さんは、私を置いていかないでね」
『……は、』
明王兄さんが何かを言う前に私は通話を一方的に切った。
「あっ」
しまった。手紙の事のお礼言うの忘れちゃった。
それでも電話をかけ直す気にはなれなくて、私はずるずるとその場に座り込んでしまう。
こんな事している時間なんてない。
……真帝国のみんなにもメール返信しないといけないし、兄ちゃんに明日の事の伝言もしないと。
監督にも一応連絡しておくべきかな。鬼瓦刑事がもう連絡してるかな。確か、響木さんと知り合いって噂聞いたことあるし。
明日は朝の用事が終わった後は普通に練習だって行われるんだ。大丈夫、明日にはいつもの自分に戻っている。戻らないといけない。
「……サッカー、しないと」
何とか立ち上がった私は棚に置いてあるボールに手を伸ばした。
+++
翌朝、キャプテンや兄ちゃんと一緒に東屋の方へ行けば既にいた鬼瓦刑事に案内され、ナカタさんとルシェとルカさん(イタリア戦の時にルシェを連れて来た少年)の三人と合流する。
試合の時にはイタリア代表しかみてなかっただろうルシェに簡易的な自己紹介をしている時だった。
「アキナお姉ちゃん!」
キャプテン、兄ちゃんと自己紹介を終えて私がしようとした瞬間、ルシェは瞳を輝かせて私の名前を呼んだ。
「え?」
「アキナお姉ちゃんだよね?ね?そうでしょ?」
「そう、だけど……」
キャプテン達のことは知らない様子だったのに、私の名前だけ知っているみたいで思わずナカタさん達を見るけれど彼らも予想外だったらしく驚いたような表情を浮かべていた。
困惑する私達をよそにルシェは嬉しそうにはしゃいで私の手を握った。
「おじさんが手紙でよく話してくれたのっ。アキナお姉ちゃんのこと!ルシェと目が似ているお姉ちゃんで、おじさんの大事な人だって書いてたんだぁ!」
「……大事って…………」
そんなこと、一言も…………
ルシェの目を見れば、キラキラと輝いている緑色の瞳が呆然と見下ろしている私を映す。確かに、目の色は似てると言われれば似てる、かもしれない。けれど……
「…………私はこんなに綺麗じゃないだろ」
ぼそりと呟いた声はきっと誰にも聞こえてない。
サングラス越しに見た私はどう映ってたんだろう……そんなことを考えても仕方ないので私は小さく息を吸ってから、目の前の少女を不安にさせないようにできる限りの笑顔を浮かべて屈んだ。
「教えてくれてありがとう。……おじさん、私には恥ずかしがり屋で全然教えてくれなかったから驚いたよ」
「えっ?そうなの?」
「ふふっ、そうなの」
どんな文体で手紙を書いていたか知らないけれど、ルシェ……ちゃんは意外そうに目を丸くするので私は大袈裟に頷いて、それから本題に入るためにルシェちゃんの小さな手をそっと両手で握る。
「ルシェちゃん。今日はねプレゼントを預かってきたんだよ」
「プレゼント?」
こてんと首を傾げるルシェちゃんに私は頷いてからルカさんを見れば、彼は小さく頷いてプレゼント箱をルシェちゃんに手渡した。
「やった!なんだろ~?」
そのプレゼントは……お父さんが護送車に乗る前に鬼瓦刑事に預けたものだ。子供向けのラッピングから誰宛か分かったらしい鬼瓦刑事は親しい相手であるルカさんに渡すように頼んだらしい。
プレゼントの中身は可愛らしいデザインのオルゴール。
フタを開ければ綺麗な音色が鳴り響く。
「手術が成功したときのお祝いにと、用意していたようだ……」
ナカタさんの呟きは小さく、ルシェちゃんには届いていないだろう。
だけど、それでよかった。
まだ幼い少女にこの事実はあまりにも酷だから。いずれ知ってしまうかもしれないけれど……少なくとも今は知らなくていい。
「……!」
「ッ……!!」
真実を知るキャプテンは悲しそうに眉を下げ、兄ちゃんは歯を食いしばりながら片手に持っているサングラスを握りしめた。
そんな姿を見て、私はそっと自分のジャージのポケットに入った物に触れる。
ルシェちゃんへのプレゼント以外にも鬼瓦刑事は彼女に会う前、お父さんから残されたものを兄ちゃんと私に手渡してきた。
兄ちゃんには形見のヒビが入ったサングラス。
私には……所々ボロボロになった私宛らしい手紙。
影山のスーツの内ポケットに入っていた、とのことだ。
私に渡したかったけれど渡せなかったのか、そもそも渡すつもりはなかったのか。…………もう、分からない。
「ん?おじさんからの手紙だ!」
オルゴールの音色を聞きながら次に影山と会えることを楽しみにしているルシェちゃんが不意に声を上げた。オルゴールの中に彼女宛ての手紙があったらしい。
ルシェちゃんはすぐに見えるようになった目でその手紙を読み上げ始めた。
『ルシェ。その目でしっかり見ろ、そして感じてほしい……サッカーの素晴らしさ。私が人生の全てをかけて憎んだ、そして愛した、サッカーというものを』
……これが自分が救い、同時に闇から救ってくれた少女へ贈る最後の手紙なんだろう。
まだ幼いルシェちゃんに手紙の内容を全て理解するのは難しいかもしれない。だけど、サッカーという単語を見ればすることはすぐに決まった。
「アキナお姉ちゃん!」
「よっ……ルカさん!」
「うん!……ととっ!」
兄ちゃん達が見学をしている中、ジャージの上着を兄に預け、砂浜でのサッカーに参加した私はルシェちゃんから蹴られたボールを受け取り、ルカさんへとパスをすれば彼はボールを取った勢いでボールに乗ってしまいそのまま派手に転倒してしまう。
そんな様子にルシェちゃんは無邪気に楽しそうに笑っていて、そんな笑顔を見ればルカさんと一緒に私も笑った。
自分に向けられる仲間の心配そうな視線も全部見ないフリをして、私は笑った。
「不思議なおじいさん?」
「何だそれ」
イナズマジャパンが宿舎へと帰ってきたのは夕方頃。
試合は引き分け。今後については不透明だけど全力を出し切った試合に対し、マネージャーは労ってくれて豪華な夕食を作ってくれた。
その後、私達はミーティングルームのテレビで放送されている今日の試合のダイジェストを見ていた。
試合の良かった所や反省するべき所などを和気あいあいと話し合っている最中、ふと試合前の出来事を思い出しCMが流れているタイミングでポツリと呟けば隣に座っている虎丸くんがオウム返しして、反対側に座る飛鷹さんも首を傾げる。
「観客ではないと思うんですが……運営の人にしてはラフな格好をしてたんですよ」
サングラスとかキャップ身に付けてたり……と机の上に肘をつきながらその時に会った老人について話すも2人共当然心当たりなんかなく不思議そうに首を傾げた。
「それのどこが不思議なんだ?」
ただの老人なだけだろ、という飛鷹さんの意見は最もだ。
もちろん私も会話をした当時はそこまで考えていなかった。試合前だし、あの時は不審者の事もあったし。
だけど、あの老人の雰囲気を思い出してふと思った事がある。
「なんていうか……その老人が誰かと似てる気がするようなしないような…………」
「不動っ!」
「わっ!?」
顔もサングラスや髭でほとんど隠れて見えない癖にそんなことを思い、自分でもよく分からずに首を捻っていると急に立ち上がったキャプテンが慌てた様子で私の前まで来る。
「そのおじいさんって……!もしかして赤キャップしてた!?」
机を挟んで対峙したキャプテンは机に手をつけて前のめりになりながら私にそう聞いてくる。
そんなキャプテンの勢いに驚いきながらも私はこくこくと頷く。
「は、はい。そうですね……。あ、もしかしてあの人キャプテン知り合いですか?」
「そ、そうじゃ、ないけど……えっと、その人さ、」
キャプテンの様子にそう尋ねてみるも、急に勢いがなくなったキャプテンは困ったように頬を掻きながら再び私を見て口を開いた時だった。
プルルルル……
ジャージの右ポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
「?……鬼瓦刑事?」
一言キャプテンに断ってから私は携帯電話を取り出して、画面を見れば話をする暇はなかったけれどつい先ほど姿を見た鬼瓦刑事の名前が表示されていた。
「すいません、ちょっと電話出てきます」
「おう、分かった」
話が中断になることをキャプテンに謝りながら席を立てばキャプテンは気にした様子もなく笑顔で頷いてくれて、私は軽く頭を下げてからMRを出た。
「もしもし、鬼瓦刑事?」
私が電話に出たのは、MRから少し離れた静かな廊下。そこの壁に凭れ掛かりながら通話開始ボタンを押して携帯を耳元へと当てる。
『…………不動』
電話越しの鬼瓦刑事の声が聞こえた瞬間。
私は通話を切りたくなった。
理由は分からない。だけど、これ以上、聞いてはいけない。
直感的にそう思った。
「はい……?」
なのに私の口は勝手に動く。何もわかっていない無知を装いながら。
『ッ……落ち着いて、聞いてくれ』
電話の向こうで鬼瓦刑事の息を吞む声が聞こえてそれからゆっくりと念を押すよ。私はそれを黙って聞くことしかできない。
だって、今の鬼瓦刑事の喋り方、明王兄さんにそっくりだった。
不動家の両親の死を教えてくれた時の明王兄さんに、
『……影山が事故で亡くなった』
パキリ
+++
『…―無理はしなくていい』
「―いいえ、大丈夫です。……失礼します」
私は通話終了ボタンを押して、鬼瓦刑事との通話を終わらせて私は小さく息をつく。
「あ」
携帯電話をポケットに戻しながら何となく左手を見て思わず声を上げた。
…………知らず知らずのうちに拳を握り込んでしまったらしい。爪がちょっと割れてたり、食い込んだ手のひらに血が滲んでいたりした。
「……まあいいや」
後で部屋で治療しよう。そう思って私は左手をジャージのポケットに突っ込んだ。
通話中の鬼瓦刑事は明らか私を気遣っていた。……影山の娘として連絡してくれたけれど、内容が内容だったからきっと困っただろうな。
私だって頼まれた伝言以外はあまりちゃんと聞けていない自覚はある。
「……連絡…………しないと」
それでも警察として忙しい中こうして連絡をくれたんだから頼まれた事は全うしなくてはいけない。
出た時はあんなに騒がしかったはずのMRが静かな事に気づいて私は首を傾げながら近づいている時だった。
「ッ……!!」
「わっ……」
誰かがMRを飛び出し、すれ違い様に肩がぶつかった。
相手側はそんなこと気づいてないのかすぐに走り抜けていく。咄嗟に振り返った私が見たのは階段を駆け上がっていく赤いマントだった。
「兄ちゃん……」
兄を見送ってからやけに静かになっているMRへと入れば、ばっと部屋にいた人達の視線が私に集まった。
だけど私がその視線より先に目についたのはテレビの映像だった。試合を映していたはずのテレビは速報ニュース画面に変わっている。
〈繰り返します。イタリア代表オルフェウスの監督・ミスターK氏が事故で亡くなりました―……〉
事故現場であろう場所が映されている映像と、大きなテロップとニュースキャスターの読み上げる言葉。ああ、成程。
「……説明する手間が省けたな」
兄ちゃんの様子から薄々とは察していたけれど、影山の死はニュースで取り上げられていたらしい。
「不動、その……」
最初に私に声を掛けたのはキャプテンだ。
見送って貰った時の笑顔とは真反対の、何を言えばいいか分からないといった表情を浮かべている。周りの人達も同じような表情をしていた。
そんな彼らを安心させたくて私は笑いかけた。
「大丈夫ですよ。そのことについては鬼瓦刑事から教えて貰いましたから」
「さっきの電話……そっか…………」
「その時に言われたんですけれど、キャプテン。明日の朝、浜辺の
「あ、あぁ……」
「何でも渡したいものがあるとか。あと兄ちゃんにも来てほしいらしいけど…………落ち着いた後に伝えておきます」
「……そうか」
私にしては元気よく話したつもりだった。
なのにキャプテンの顔はどんどんと元気がなくなっていく。
「ははっ、何て顔してるんですか」
中々見ない反応が少しだけ可笑しくて笑ってしまえば、キャプテン自身も私を見守っていたみんなもおかしな顔をして私を見る。
思った以上に注目を集めてしまったな、と頬を掻きながら自分の気持ちを伝えることにした。
「事故に関しては私も驚きましたが……伝えたいことは全部伝えられたし、だから私は大丈夫ですよ」
コンドルスタジアムのやり取りはイナズマジャパンのみんなも見ていた事は知っていたのでそう伝える。
「そう、か…………」
「それに……仕方ないですよ」
頷くけれど、浮かない表情をしているキャプテンの顔を横目で見ながら何となく壁側に凭れ掛かる。
「……あれだけ悪事を働いたんだ。因果応報ってやつだ」
事故死とは聞いてるけれど、案外恨みを持っている人間の犯行かもしれない。
だとしたら、殺されたって文句言えな、
「不動」
キャプテンに名前を呼ばれた。
それは初めて聞く、静かに咎めるような声。
「ダメだ。……それは、違う」
真っ直ぐと私の目を見ながら低い声を出すキャプテンは怒っているようにも見えるし、悲しそうにも見える。そんな表情を浮かべていた。
……今日はキャプテンの知らない顔ばかり見るな。
いや、そんな付き合いが長い訳でもないし知らない事の方が多いのは当たり前か。
「……すみません。けど、私は本当に大丈夫なので。気にしないでください」
プルルルル……
キャプテンに頭を下げたタイミングで再び携帯電話の着信音が鳴った。
「……今度は兄さんか」
再び携帯電話を取り出せば、日本にいる義兄の名前が表示されていて……気付かなかったけれど真帝国のみんなからもメールが届いていた。
……日本人だし、やっぱり日本でも報道されてたかぁ。
「ちょっと家族と連絡とってきますね」
私は再び頭を下げてからくるりと背中を向けてMRから出た。
明王兄さんと電話をしながら私はゆっくりと自室へと目指して歩いて行く。
「…―っ……ッ!!」
「!」
その途中……兄ちゃんの部屋を通るときに押し殺したような呻き声が聞こえて足を止めてしまいそうになったけれど、何とか足を動かして自室へと戻った。
兄ちゃんを慰めるとしても、それは私の役目じゃない。
……………妹の私がいたら、兄はもっと泣けなくなってしまう。
この時ばかりは自分達が兄妹ということが歯がゆかった。
『おい、明奈。聞いてんのか?』
バタンと閉めた扉に凭れ掛かった所で、電話越しの明王兄さんの声。
久々に明王兄さんの声の聞いた。
ぶっきらぼうだけど、わざわざ私に電話を掛けて気にしてくれる優しい人だなと思う。時差を考えれば向こうはまだ朝だと考えれば尚の事。
だからこそ……
「明王兄さんは、私を置いていかないでね」
『……は、』
明王兄さんが何かを言う前に私は通話を一方的に切った。
「あっ」
しまった。手紙の事のお礼言うの忘れちゃった。
それでも電話をかけ直す気にはなれなくて、私はずるずるとその場に座り込んでしまう。
こんな事している時間なんてない。
……真帝国のみんなにもメール返信しないといけないし、兄ちゃんに明日の事の伝言もしないと。
監督にも一応連絡しておくべきかな。鬼瓦刑事がもう連絡してるかな。確か、響木さんと知り合いって噂聞いたことあるし。
明日は朝の用事が終わった後は普通に練習だって行われるんだ。大丈夫、明日にはいつもの自分に戻っている。戻らないといけない。
「……サッカー、しないと」
何とか立ち上がった私は棚に置いてあるボールに手を伸ばした。
+++
翌朝、キャプテンや兄ちゃんと一緒に東屋の方へ行けば既にいた鬼瓦刑事に案内され、ナカタさんとルシェとルカさん(イタリア戦の時にルシェを連れて来た少年)の三人と合流する。
試合の時にはイタリア代表しかみてなかっただろうルシェに簡易的な自己紹介をしている時だった。
「アキナお姉ちゃん!」
キャプテン、兄ちゃんと自己紹介を終えて私がしようとした瞬間、ルシェは瞳を輝かせて私の名前を呼んだ。
「え?」
「アキナお姉ちゃんだよね?ね?そうでしょ?」
「そう、だけど……」
キャプテン達のことは知らない様子だったのに、私の名前だけ知っているみたいで思わずナカタさん達を見るけれど彼らも予想外だったらしく驚いたような表情を浮かべていた。
困惑する私達をよそにルシェは嬉しそうにはしゃいで私の手を握った。
「おじさんが手紙でよく話してくれたのっ。アキナお姉ちゃんのこと!ルシェと目が似ているお姉ちゃんで、おじさんの大事な人だって書いてたんだぁ!」
「……大事って…………」
そんなこと、一言も…………
ルシェの目を見れば、キラキラと輝いている緑色の瞳が呆然と見下ろしている私を映す。確かに、目の色は似てると言われれば似てる、かもしれない。けれど……
「…………私はこんなに綺麗じゃないだろ」
ぼそりと呟いた声はきっと誰にも聞こえてない。
サングラス越しに見た私はどう映ってたんだろう……そんなことを考えても仕方ないので私は小さく息を吸ってから、目の前の少女を不安にさせないようにできる限りの笑顔を浮かべて屈んだ。
「教えてくれてありがとう。……おじさん、私には恥ずかしがり屋で全然教えてくれなかったから驚いたよ」
「えっ?そうなの?」
「ふふっ、そうなの」
どんな文体で手紙を書いていたか知らないけれど、ルシェ……ちゃんは意外そうに目を丸くするので私は大袈裟に頷いて、それから本題に入るためにルシェちゃんの小さな手をそっと両手で握る。
「ルシェちゃん。今日はねプレゼントを預かってきたんだよ」
「プレゼント?」
こてんと首を傾げるルシェちゃんに私は頷いてからルカさんを見れば、彼は小さく頷いてプレゼント箱をルシェちゃんに手渡した。
「やった!なんだろ~?」
そのプレゼントは……お父さんが護送車に乗る前に鬼瓦刑事に預けたものだ。子供向けのラッピングから誰宛か分かったらしい鬼瓦刑事は親しい相手であるルカさんに渡すように頼んだらしい。
プレゼントの中身は可愛らしいデザインのオルゴール。
フタを開ければ綺麗な音色が鳴り響く。
「手術が成功したときのお祝いにと、用意していたようだ……」
ナカタさんの呟きは小さく、ルシェちゃんには届いていないだろう。
だけど、それでよかった。
まだ幼い少女にこの事実はあまりにも酷だから。いずれ知ってしまうかもしれないけれど……少なくとも今は知らなくていい。
「……!」
「ッ……!!」
真実を知るキャプテンは悲しそうに眉を下げ、兄ちゃんは歯を食いしばりながら片手に持っているサングラスを握りしめた。
そんな姿を見て、私はそっと自分のジャージのポケットに入った物に触れる。
ルシェちゃんへのプレゼント以外にも鬼瓦刑事は彼女に会う前、お父さんから残されたものを兄ちゃんと私に手渡してきた。
兄ちゃんには形見のヒビが入ったサングラス。
私には……所々ボロボロになった私宛らしい手紙。
影山のスーツの内ポケットに入っていた、とのことだ。
私に渡したかったけれど渡せなかったのか、そもそも渡すつもりはなかったのか。…………もう、分からない。
「ん?おじさんからの手紙だ!」
オルゴールの音色を聞きながら次に影山と会えることを楽しみにしているルシェちゃんが不意に声を上げた。オルゴールの中に彼女宛ての手紙があったらしい。
ルシェちゃんはすぐに見えるようになった目でその手紙を読み上げ始めた。
『ルシェ。その目でしっかり見ろ、そして感じてほしい……サッカーの素晴らしさ。私が人生の全てをかけて憎んだ、そして愛した、サッカーというものを』
……これが自分が救い、同時に闇から救ってくれた少女へ贈る最後の手紙なんだろう。
まだ幼いルシェちゃんに手紙の内容を全て理解するのは難しいかもしれない。だけど、サッカーという単語を見ればすることはすぐに決まった。
「アキナお姉ちゃん!」
「よっ……ルカさん!」
「うん!……ととっ!」
兄ちゃん達が見学をしている中、ジャージの上着を兄に預け、砂浜でのサッカーに参加した私はルシェちゃんから蹴られたボールを受け取り、ルカさんへとパスをすれば彼はボールを取った勢いでボールに乗ってしまいそのまま派手に転倒してしまう。
そんな様子にルシェちゃんは無邪気に楽しそうに笑っていて、そんな笑顔を見ればルカさんと一緒に私も笑った。
自分に向けられる仲間の心配そうな視線も全部見ないフリをして、私は笑った。
47/47ページ