寂しがり少女
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『ねぇ、なんでお兄ちゃんを信じなかったの?』
目の前に現れたのは、お父さんに連れていかれるよりもずっと前のまだ施設にいた時の幼い自分だった。
ただただ、丸い目を悲しそうに潤ませて、こちらを見ている。
「ーッ!信じたかったよ!!」
堪らず、壁を叩き付けながら私は怒鳴りつけた。
「不動家のお母さんやお父さんだって最初は優しかった!!けれど、裏切った!私を捨てた!!人は変わる。だから、だからあの人達だって……!!」
『それでも、お兄ちゃん達は何も変わってなかったよ』
叫んで喚く私とは相対的に目の前に映る幼い私は寂しそうに目を伏せるだけでポツリと呟いた。
『兄ちゃんは今も昔も私達を想ってくれていた。だから帝国学園のキャプテンとしてサッカーを頑張ってくれていた。春奈だって何も知らないのに……もしかしたら私みたいに突き放されたかもしれないのに、兄ちゃんの怪我の治療してた。優しい子のままだったよ?』
「っそれ、は……」
『いい加減、認めなよ』
幼かった声が、低くなったと思ったら目の前に映る自分の姿が変わっていた。それは中学生の今の私で、紫色の目が私を見て指を刺した。
『変わったのは、お前だけだろ。不動明奈』
その目は、自分に対する明らかな嘲笑を浮かべていた。
『今更、自分を正当化して逃げようとしてんじゃねぇよ』
「逃げてないっ!私はただ、信じられなかったことの後悔を……」
『後悔をしてどうする?自分の行動を悔い改めて、影山総帥から逃げてお兄ちゃんの元にでも行くのか?実は裏でこんな悪いことしてましたごめんなさい~って泣きつくのか?
泣きたいのは自分の妹がこんな体たらくだったって知った兄貴の方だろうによぉ!!』
「だったら……だったらどうすればいいんだよ!!!」
後悔すらも許されない。何が正解なんて分からず頭を搔きむしりながら私は呻く。
そんな私に目の前の彼女はハッと鼻で笑って、そんなの簡単だ。と手を広げた。
『何もしないで、そのままやるべきことをやるんだよ』
「やるべき、こと……」
『そうだ。総帥の望むまま強くあり続ければ一人にはならねぇ』
「そうだと、しても……でも……」
お父さんの望む強さ……それは雷門イレブンを、鬼道有人を倒す強さであって…………今の自分がそれを欲しいかと言えば、もう……
頭にあった手をだらりと投げ出して脳内でひたすら自問自答を繰り返す。
『兄妹が今のテメェを受け入れるなんて甘ったれたこと考えんなよ』
あまりにも冷たい声が私を突き刺して反射的に顔を上げる。笑っていたはずの目の前の自分は鋭い眼光でこちらを睨みつけていて、ぞわりと背筋が冷たくなった。
分かってる。分かってるんだ。
正義感の強い兄が、優しい妹がこんな平気で人を陥れるような人間を、妹だと、姉だと言ってくれるわけがないって。
『それでもいいなら逃げ出したらどうだ?ただしお前はひとりぼっちだ』
ひとりぼっち。
その言葉に心臓が冷えた感覚に襲われた。
「い、やだ……」
ーひとりは、嫌だ。
想像するだけで体が底冷えする感覚に、思わず自分自身を抱きしめる。
『だったらやるべき事は分かるな?』
次に見た私は小首を傾げて笑みを浮かべていた。さっきまであんなに不機嫌だったのに、今は穏やかな顔をしている。
きっと彼女には私の答えがもう分かっているんだろう。
「うん……うん。そうだ」
自分の腕を抱きしめていた手を外して、意思を固めるために拳を握った。
「私がお父さんの……影山総帥のために強く在れば、一人にならない。兄妹だって……嫌って忘れてくれる」
……だから、私は…………
「ッ……」
紫色の光が辺り一面を照らしたかと思えば、私は真・帝国学園の洗面台の鏡を前に立ち尽くしていた。
鏡の前ではいつも通りの緑色の目がこちらをぼんやりと見ていた。私はぶんぶんと頭を振り、自分がキャプテンとして正しい顔つきになったのを確認して、廊下へと出た。
北海道へ護送されていた父の逃亡へと手を貸して早々、連れていかれたのは傘下に入ったエイリア学園の力も借りて作ったらしい潜水艦。
それが、真・帝国学園の正体だった。
内装は所々帝国学園に似ているものの、実際は学園とは名だけのサッカーをする設備が徹底されているもので、海の中で移動できるという点を除けば、私が幼少期に過ごしていた施設そっくりだった。
私は無機質な廊下を進み、向かうのはMR。扉を開ければ新たに加入した2人は行儀よく椅子に座ったまま動かない……いや、動けないって言った方が正しいか。
後ろ手で扉を閉めながらモニターを見れば、GKの技が放たれているところだった。強力な必殺シュートを軽々と止める強大な技……確か【禁断の技】なんて呼ばれている。
その実演データが残っていたのはきっとその技の“危険性”を伝えるための戒めとして帝国学園に残していたものだろう。……自分がお父さんに言われるがまま手に取ったデータだったから、よく覚えている。
ただ皮肉にも映像を見ている彼らはそれを戒めなんて感じないだろう。
私は次の必殺技の映像が再生される前にモニターの電源を落とした。
「っ!?何をする不動!!」
キーパー技の映像に憑りつかれている源田さんはともかく、自分にとって本命であるシュート技の映像を止められた佐久間さんはギロリと復讐心でギラつかせた瞳で私を睨みつけた。
「めんどくせぇ……禁断の技がどんなものか、実際に見せてやる」
病院の時以上の怒気が籠った視線も今の自分は何も感じず、グラウンドへ行くことを命じてさっさとMRから出た。
「……こんなに痛いとは思わなかったな」
数十分後、グラウンドから出て廊下の壁に凭れ掛かりながら、思うように動いてくれない体にため息をついた。
グラウンドで私は宣言通り、佐久間さん達の目の前で禁断の技を披露した。
“皇帝ペンギン1号”
それは帝国学園が使っていた2号を遥かに凌ぐ威力の必殺技だった。
強さを求めているのは私も同じなので、その必殺技を放った瞬間に感じる力に体中が言いようのない高揚感に包まれた。でもそれは一瞬だけのことで、その後に襲うのは激しい体の痛みにそんな喜びはかき消された。
ただ蹲りながらグラウンド外に視線を向ければ、2人は期待と執着が混ざった瞳でこちらを見ていた。その瞳に恐怖なんて一遍も感じていない、彼らは実際に見た禁断の技に魅了されている。
強くなるなるために何でもする。手段なんて選ばない。彼らをそんな人間に変えたのは、他の誰でもない。
私だ。
禁断の技と呼ばれる由縁は実にシンプルなもので、威力は並外れてる分、身体への負担も大きく最悪サッカー人生を潰すという代物だった。
そんな必殺技の実演をした理由はたった一つ。
「……他人には魂売らせるくせに、自分だけ安全圏で傍観なんて都合よすぎるもんなァ」
ただの自己満足だ。
……でも実際に使うという選択肢は間違っていなかったかもしれない。ペンダントの力があってもこんな激痛が襲う物を、強化してるとはいえ何も持たない人間が使ったら……本当に壊れてしまう。
彼らに【禁断の技】を覚えさせないという選択肢はない。お父さん直々の命令されたのだから従わなくてはいけない。
そんな中、私ができる事と言えば…………
「ねえ」
ふと、正面から聞こえた高い声に私は顔を上げた。
「さっきの技、なに?」
廊下の先にはいつの間にか私と同じ女子選手である小鳥遊忍さんが腕を組んでこちらを見ていた。
「……まだ個室にいる時間だろ。勝手に外でんな」
わざわざ質問に答える義理はないので、私は凭れていた壁から体を離して歩いて通り過ぎようとしたが、その腕を掴まれダンッと壁に押し付けられた。
「……ってぇな」
「アンタ、佐久間と源田を迎え入れてから様子おかしいわよ」
睨みつけても、小鳥遊さんは気にせずに話を進める。
「私達をスカウトした頃は口は悪いけどまだ会話はできていた。なのに今は何かと一人になりたがると思えば、こんなボロボロになって……まるで…………」
なのに言葉を続けていくうちに段々と覇気がなくなっていき、最後には目を伏せて口を噤んでしまった。
そんな彼女の態度は分かりやすくこちらを心配したもので、強気な女子だと思っていたけれど案外、お優しい一面もあるみたいだ。
……全くもって、余計なお世話だ。
「安心しろよ。小鳥遊センパイ」
一応女子だし先輩だし、と舌打ちを我慢して掴まれた手を振りほどきながら私は笑みを浮かべた。
「生半可な鍛え方してないんだ。あれぐらいじゃ壊れねぇよ」
そんな逃げ、私に許される訳ない、と一人ごちながら今度こそ彼女を置いて私は歩き出す。
「ああ、それと」
だけど数歩歩いてから、一度止まって首だけを彼女に向ける。
「他の連中にも言っとけ……私達の言動に引いたり怯えたりするのは勝手だけど、雷門との試合の時はポーカーフェイス心掛けろって」
チームの士気に関わるんでな、と言いたい事だけ言って私は再び歩き出した。