ピーー！と得点を知らせるホイッスルの音がフィールドへと響く。

フィディオさんの “オーディンソード” がイナズマジャパンのゴールを揺らしたところだった。
２対１。イナズマジャパンはオルフェウスに逆転されてしまった。


影山の本当のサッカーにより、オルフェウスは今までとは全く別のチームへと変化を遂げていた。

イナズマジャパンの動きに合わせて、影山はその都度に指示を出す。的確な指示はもちろん、フィディオさんを中心にすぐに動きを合わせられるオルフェウスの実力の高さも目の当たりにした。……正真正銘、監督も選手も一つになって戦っている。

さらに必殺タクティクスとして完成された “カテナチオカウンター” にもイナズマジャパンは苦しめられていた。
だけどカテナチオカウンターは、ボールを奪う際に一人の選手を大人数で囲うため他のスペースは無防備になる。フィディオさんを正面から突破する事が出来れば、攻撃のチャンスは生まれる。

そして、彼を突破できるのはきっと……。

「不動」

「！」

兄ちゃんのスライディングを軽々と躱したフィディオさん。それからこぼれ球がラインの外へ出たタイミングで久遠監督に名前を呼ばれる。

「いくぞ」

「はい」

自分も試合に出れる。戦える。

そう思って気持ちが高まりそうになるも、あくまで冷静さを失わないように私はいつものトーンで返事をしてベンチから立ち上がった。

「明奈ちゃん。頑張って」

「はい」

フィールドへと進む前に、声を掛けてくれたのは先程虎丸くんと交代してベンチへと座ったヒロトさん。私はそれに応えるように笑みを浮かべてから足を踏み出した。

「頼んだぜ」

「はい！」

交代する染岡さんとハイタッチをしてピッチに入る。……基本的に後半から動く機会が多かった自分にとって前半から試合に出るのは公式試合では初めてだった。
……だからこそ、前半終了までにやるべきことがあるという訳で。

「アキナ」

ピッチに入った矢先、話しかけてきたのはフィディオさんだった。

「……何ですか」

「君に礼を言いたいんだ」

「礼？」

「カゲヤマ監督の事を教えてくれて、ありがとう」

そう礼を告げて微笑むフィディオさんの瞳は、影山の過去について話した時と変わらない、真っ直ぐとした青い瞳で。だけど、あの時にはなかったこの試合に掛ける熱意も一緒に伝わってきた。

「君に教えて貰ったことでカゲヤマ監督のサッカーを理解したい、そう思えたんだ」

「……私のしたことなんて、きっかけにすぎませんよ」

私の言葉がなくても、きっとフィディオさんはこの選択を選ぶだろう、そう思った私は軽く笑い飛ばしてこの話を流す。それに今はそんな穏やかな会話をする余裕なんてないだろう。お互いに。

「この試合、負けません」

オルフェウスのベンチを一瞥してから、私は片手を腰に添えてフィディオさんへと宣戦布告をした。

「俺達だって、負けないよ」

するとフィディオさんも次第に好戦的な笑みを浮かべて頷いた。


「監督から伝言。『鬼道が持ち込め』って」

フィディオさんとの短いやり取りを終え、私は攻撃陣の下へと駆け寄り、中央にいた兄に伝言を伝えれば兄ちゃんも含めた周りの選手は驚いたような反応を見せる。

「お前も見ていただろ、オレの動きは全てフィディオに読まれてしまう。ボールのキープ力の高いお前の方が適任なのでは」

「私じゃ無理。……それに、それなら兄ちゃんにも彼の動きが読めるはずだよ」

「何？」

動きを読まれている事を考えての提案に私は頷けず、兄に気付かせるために彼の目を見て問いかける。

「気がついているんじゃないの？彼のプレーが自分に……いや、かつての自分と似てるって」

「なっ……！」

私の指摘に兄ちゃんは一瞬、目を見開くもすぐに思い当たる節を感じたのか顔を俯かせる。

「不動、それは一体……」

「フィディオさんのあのプレーは影山が師事していた帝国学園にいた頃の兄のプレーに似ています。今のプレーとはまた違うからこそ、気づくのに遅れたのかと」

「既視感の理由はそれだったのか……」

風丸さんに聞かれたので説明をすれば、必殺タクティクスを受けた中でも虎丸くんはともかく帝国学園の兄ちゃんと戦ったことのある豪炎寺さんも納得したように頷いた。

「だから……私には、どう頑張ってもできない」

影山に師事を受けていた、だけなら私だって同じだ。……だけど私には実力がなくて、影山の望むような力は手に入らなかった。

「明奈……」

「なんてね。ここで感傷的になっても仕方ない。今は “カテナチオカウンター” の攻略をしないと」

つい自嘲してしまい、兄に心配そうに名前を呼ばれた私は努めて明るい声を出しながら試合再開に備えることにした。


イナズマジャパンのボールで試合再開。ボールを受け取った私はドリブルで兄と一緒に上がっていく。

“カテナチオカウンター” で、選手を閉じ込めるための鍵はフィディオさんだ。だけど、その鍵だって合鍵があれば破れる。そして、それができるのは――

「行け！兄ちゃん！！」

兄である鬼道有人だけだ。

タイミングを見計らい、兄ちゃんにボールを回せば予想外だったのかフィディオさんは驚いたように一瞬だけ目を見開くも、すぐに必殺タクティクスの体制に入る。

「来い！カテナチオカウンターは破れないぞ！」

「勝負だ！」

それからフィディオさんと兄ちゃんの攻防が繰り返された後、勝ったのは兄だった。

一度はボールを奪われたものの、すぐに奪い返した兄は隙をついてカテナチオカウンターの陣内を真正面から突破することに成功した。

「今だ！豪炎寺っ、虎丸！決めろ！！」

「いけっ！」

そのタイミングに合わせてゴール前に走っていた豪炎寺さん達に向かってキャプテンが声を上げたのと、兄ちゃんが迷いなくパスを出したのはほぼ同時だった。

「 “タイガー…！」

「ストーム” ！！」

２人の連携必殺技はブラージの “コロッセオガード” を破り、ゴールへと突き刺さった。

カテナチオカウンターを破り、２対２と同点に追いついたイナズマジャパン。
それから程なくして前半終了のホイッスルが鳴った。……時間ギリギリ、といったところだろうか。


「同点っスー！」

「何より、カテナチオカウンターを破って追いついたことが、一番大きいな」

「後半もこの調子でいけば、必ず勝てる！」

ベンチに戻れば同点で前半を終えれたという事で精神的に余裕が生まれたのか嬉しそうな雰囲気に包まれていた。

「……果たしてそうかな」

後半に対する前向きな言葉を否定したのは神妙な顔つきをした兄ちゃんだった。

兄ちゃんが危惧するのはあの難易度の高い必殺タクティクスをあんな短時間で完成させたオルフェウスの実力の高さ。
同点だから、と決して油断できないと話を聞いていくうちにみんなの表情が段々と強張りイナズマジャパンに緊張が走った。

ふと、オルフェウス側の観客席が騒がしく感じて目線を向ければオルフェウスのベンチに向かって私服姿の男子が歩いて来た。

「キャプテン！」

「キャプテン……？」

誰だ？と思った矢先、フィディオさんを初めとオルフェウスは嬉しそうにその男の下へと駆け寄った。
イナズマジャパンはキャプテンと呼ばれた男の登場に顔を見合わせて首を傾げる。……イタリア代表のキャプテンはフィディオさんじゃないのか？

そんな疑問は影山とのやり取りを聞いて解消された。
突然現れた少年の名前はヒデ・ナカタ。日本人ながらにオルフェウスの本当のキャプテンだと影山の口ぶりで分かった。

それからふと、ナカタさんは後ろを見たので思わず視線を追えば、クリーム色の髪をした少年と手を繋いでいる幼い少女がいた。少女の方はフィールドが珍しいのか、誰かを探しているのかきょろきょろと辺りを見回している。

「っ！ルシェ、どうしてここに!?」

ルシェ、と少女の名前を呼んだ影山は驚いたように取り乱し、ナカタさんに問い詰めた。

「ナカタ、これはどういうことだ！？ルシェをここに連れて来るなど……！」

「お言葉ですがミスターＫ、ルシェの願いなんです。目が見えるようになったら、最初にあなたのサッカーを見たいってね」

「だからと言ってこんな所に！」

私達には分からないやり取りをする影山とナカタさんのやり取りを静観していると、ふとナカタさんは眉を寄せ目を閉じた。

「……これが最後なんじゃないんですか？」

「何？」

「今日を最後にあなたの試合は見られなくなる……違いますか？」

「っ！」

「最後？」

「それって…………」

最後の試合。

その言葉に兄ちゃんと一緒に反応しながらも、私達はただただ二人の会話を静観する。

「あなたはもう過去のあなたではない。今日で全てを償うつもりではないのですか？もう自分から逃げることはない……自分の犯した罪からも」

何となく、察していたことだった。

サッカーへ復讐するために、警察から逃げていた影山だったけれど、闇から解放された今逃げる理由はない。
この試合が終われば彼は…………。

「おじさん？」

「！」

きょろきょろしていたの金髪で丸い緑色の目をした少女は影山の目の前まで来て、確か影山にルシェと呼ばれていた。

「ルシェ……」

「その声、やっぱりおじさんだ！」

その姿を捉えた影山が名前を呼べば、ルシェは目を輝かせて影山を見上げた。

「見えるのか？」

「うん！おじさんのおかげで私の目、見えるようになったんだよ！」

「「っ！？」」

全部の会話は聞き取れないけれど、ルシェの言葉を聞く限り何かしらの病気の治療費を出したのは影山なのだろう。
私はもちろん、兄ちゃんも知らなかった様子からここ最近のやり取りだという事は分かる。
…………いつから、とか。どうして、とか。聞きたいことはたくさんあった。

「そうか……よかったな」

「おじさん。ありがとう！」

だけど、ルシェの姿を見て安堵する様子だったり、近づこうとするルシェに決して触れずに距離を置く影山の姿を見れば……ルシェを大事にしていることだけは分かった。

「おじさん、ありがとう。私、サッカー勉強する。おじさんともっといっぱい話したいから！」

そして心からの笑顔を浮かべるルシェも影山の事を心から信頼し、感謝していることも。

そんなやり取りが、私には眩しかった。

+++

後半、オルフェウスは選手の交代をした。ジャンルカ・ザナルディに代わり、入るのはヒデ・ナカタ。オルフェウスの真のキャプテンだ。

キャプテンを初め、イナズマジャパンはすっかりフィディオさんがキャプテンだと思ってたので驚いた。

そんなキャプテン不在の状況でＦＦＩを勝ち進めていただけでも凄いのに、離れていながらもあれだけ彼らに信頼されているナカタさんの実力も気になるところだと、キャプテンに挨拶する彼の姿を横目に私はポジションへと着いた。

ホイッスルが鳴り、オルフェウスのキックオフで後半戦開始。
ナカタさんが入ったオルフェウスはさらに一段階、強いチームになっていた。

さらに一度攻略できた “カテナチオカウンター” もナカタさんが入ったことで強化され、あっという間にナカタさんのシュートがゴールを襲う。

「 “ブレイブショット” ！」

「 “イジゲン・ザ・ハンド” ！」

ナカタさんの必殺技はキャプテンの必殺技を破り、イナズマジャパンのゴールに突き刺さった。


試合は再開されるものの、兄はカテナチオカウンターのフィディオさんの後に控えているナカタさんを突破できずに再びボールを奪われる。
さらに何とかボールを前線に繋げてもＧＫに阻まれ、イナズマジャパンはまともに攻撃も守備もまともにできないまま時間だけが過ぎていった。

「 “ブレイブショット” ！」

そんな状況下で再びナカタさんに攻撃を許してしまい、撃ってきたのは先程ゴールを決めた必殺技で。


「必ず防ぐ！そしてみんなに繋ぐんだ！！ “イジゲン・ザ・ハンド” 改！」


それでも―キャプテンは諦めなかった。必殺技を進化させてナカタさんのシュートに対抗した。
だがボールは完全にゴールを外すことはできず、ゴールバーに当たったボールをヘディングで回したのは綱海さんだった。

「いけー！壁山ー！」

「このボールは渡さないっスー！」

ボールは壁山くんへ。それから壁山くんから飛鷹さん、吹雪さん、虎丸くん……とイナズマジャパンはキャプテンの想いを無駄にしないためにボールを繋ぎ続けた。

「！」

「……！」

走りながら佐久間さんへと目線を合わせれば、意図が伝わったのだろう、彼が小さく頷いた。

今、ボールを持って攻め上がっているのは兄ちゃんだ。

「 “カテナチオカウンター” ！」

再び兄ちゃんが閉じ込められ、フィディオさんを抜かした先にはナカタさん。兄ちゃんだけでは彼まで突破できない所は何度も見た。

だから、私達は……

「！」

ボールを取ろうとしたナカタさんの目が見開かれる。視線の先は兄ちゃんじゃない。

兄ちゃんの後ろにいる私と佐久間さんだ。

「鬼道！」

「っ！」

「いくぞ！」

兄ちゃんがフィディオさんを抜いたタイミングで私と佐久間さんは隙を縫ってカテナチオカウンターの陣内へと入り込んでいた。

佐久間さんとはアイコンタクトしたけれど、兄ちゃんには何も言っていない。だけど兄は私達がこう動くのを分かっていたみたいに当たり前のように号令を飛ばした。
ボールは私に。私は佐久間さんへとパスをしてナカタさんを突破。さらに佐久間さんは素早く前に回った兄へとパスを出してボールを再び回し、ゴール前へと突き進み高く跳躍をする。

「「「 “皇帝ペンギン３号” ！！」」」

「 “コロッセオガード” ！」

仲間の想いが込められたボールはオルフェウスのゴールを破り、２－２とイナズマジャパンは再び同点に追いつくことができた。