寂しがり少女
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冬花さんが無事に退院をできたことをみんなで喜び合った後に、イタリア戦に向けて特訓を続けるイナズマジャパン。
『オルフェウス』との試合の前日の朝、MRでは改めて現時点でのイナズマジャパンの状況をマネージャーから説明された。
今の所、イナズマジャパンの順位は2位(1位はイタリア代表オルフェウス)だが、ユニコーンの最後の試合の結果によってはアメリカ代表が決勝トーナメントに行く可能性もある。
イナズマジャパンが確実に決勝トーナメントに進むためには明日のイタリア戦になんとしても勝たなくてはいけない。
「よーし、みんな!オルフェウス戦に向けて練習練習!」
今更ながらにそんなプレッシャーに物怖じすることのないキャプテンは椅子から立ち上がり、明日のオルフェウス戦の試合に気合を入れて声を上げれば、周りも元気よく立ち上がった。
……神妙な顔つきをしている兄を残して。
「佐久間さん、行きますよ!」
「は、おい……!?」
日が落ちる手前の紫色に染まった空が広がっている時間帯に私は自室にいた佐久間さんを呼び出し、姿を現したタイミングで私は彼の腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
「行くってどこに……」
「……兄がまだ自主練習をしてるんです」
今日の練習。気合が入っていたのは兄ちゃんも例外ではない。だけど、先日のスペイン代表との練習試合の時にも思ったけれど、イタリア戦が近づくに連れて兄に余裕がなくなっているように見えた。
「だから……」
「そうだな、一人で練習なんて水臭いな」
「!」
私の意図が伝わったらしい佐久間さんは小さく笑みを浮かべてくれたので私は思わず息をつく。……ここで自分が少し緊張していたことを自覚した。
「……もう嫉妬しないのか?」
「い、いつの話してるんですか……!」
そんな緊張も佐久間さんの意地悪な言葉ですっかり解けたけれど。
+++
案の定険しい顔でボールを蹴っていた兄ちゃんに声を掛ければ同じ気持ちだと分かってくれて、一緒に特訓をした。
「すっかり佐久間とも打ち解けてるな」
「本当?」
明日の試合に向けてのコンディションをしっかり整えてから特訓を終わらせ、風呂から出て首にタオルを掛けたまま談話室でノートを広げていれば、私の後に入浴を済ませた兄がやってきて隣に座ったかと思えば小さく笑ってそう言ってきた。
「ああ。……今だから言えるが、一時はどうなるかと思っていた」
「はは……」
確かにあの時は自分が佐久間さんに嫉妬しているなんて分からなくてとにかく避けていたし、当人である佐久間さんはもちろん兄ちゃんだって困らせただろうなと思わず苦笑する。
「だから、先程佐久間を引っ張ってきたお前を見て嬉しかった」
兄ちゃんは穏やかな声でそう呟いて微笑んだ。
……確かにその頃を思えば私が自分から佐久間さんを呼ぶなんて思いもつかなかっただろう。人見知りっていうことを知っているのなら尚更だ。
「…………イナズマジャパンの人達が優しいから、成長できたのかも」
何かと自分を助けてくれる先輩の姿を思い出しながら、自分のノートを手に取りペラペラとページを捲りながら呟く。
アジア予選の時は自分が気づいたものだけを書き込んでいたノートに、みんなの意見もしっかり書き記すことになったのはいつの頃からだろう。
ポジションごとや性格によって見える視点がまるっきり違うことから、新しい発見ができて楽しかった。
何より自分に話しかけてくれたり、話しかければ応えてくれることが嬉しくてそんなやり取りを思い出せば自然と笑みが零れた。
「私……このチームでもっとサッカーしたいんだ」
パタンとノートを閉じて、私は兄ちゃんの方へと顔を向ける。
「だから……明日のイタリア戦勝とうね。兄ちゃん」
それから明日の試合に対する意気込みを口にして拳を突き出した。
「ああ。もちろんだ」
兄も応えるように拳を作って私の拳にこつんと当てた。
サッカーに対する意気込みを伝え終えた私はほっと息をついて、そのままソファーの背凭れに体重をかけて凭れ掛かりながら軽く目を閉じる。
大丈夫。私が兄に告げた気持ちは本物だ。
フィールドに立てば全力でサッカーを出来る。
その相手が例え…………
+++
イナズマジャパン対オルフェウスの試合が行われるのはコンドル島。試合会場はそびえ立つ高い塔の頂上に設置されているコンドルスタジアムだ。
「…………」
ミーティング前に向かった手洗い場で手を洗った後に私は顔を上げて鏡に写る自分自身の顔を見て、ゆっくりと深呼吸をした。
今日の試合は、決勝トーナメント進出を決めるだけでない。
……影山との決着をつけるための試合だ。
「……頑張らないと」
結局、私を助けてくれたデモーニオを見逃した彼の意思なんて私には分からないけれど、本気のサッカーをするだけだと拳を握り込んで静かに呟いた。
トイレから出た私は控え室を目指して通路を歩く。
観客席の方の賑わいはうっすら聞こえているものの、選手関係者しか使わない通路はいやに物静かに感じて、何となく早足で歩いている時だった。
「お久しぶりですね、アキナさん」
「!」
素通りする予定だった右に曲がる通路から聞こえたのは、聞き覚えはあるけれど……二度と聞きたくなかった声。
視線を向ければ最初に見たのは臙脂 色のスカーフ。その下には黒いローブ。
観客とも、選手関係者とは思えないの相変わらずの出で立ち。
「お前ッ……!」
チームKの試合の前に遭遇した不審者が目の前にいた。私に最初に話しかけてきた銀髪で片目を隠して目を閉じていた方の男だ。
「……そう身構えないで下さいよ。今日は私一人だけです」
また背後から掴みかかる男がいるかもしれないと、私は目だけを動かして周りに警戒をしていれば、銀髪の男は口元に笑みを浮かべてそう呟く。あの気味の悪い、静かな笑みだ。……もちろん、信用する気はない。
「貴女をあの方の元へと連れていくという話は、白紙に戻りましたのでお教えしようかと」
「……テメェらの言うあの方って誰だ」
「いずれ知ることになりますよ」
銀髪の男が口に出す『あの方』について聞くも、答える気はないらしい。
だが、チームK戦前の時には私を連れるという目的があった話から理由は分からないままだけど、この言い方からこいつらの狙いは私だけだということを察した。
「ああしかし、アキナさんをすぐに連れ出せないのは個人的に惜しいと思ってますよ。全く……」
―入院している彼の邪魔さえ入らなければ。
そこで初めて、銀髪の男の声音が低くなった。忌々しさを隠そうとしない声。
だけど、それよりも “入院している彼” という言葉に私は反射的に動いた。
「ッ彼に何かしてみろ」
気づけば男の首元のスカーフを掴んですぐ後ろの壁へと押さえつけた。ギリリと布地を掴む手に力が入る。
「テメェら全員、潰してやる……!!」
この時ばかりは不審者に対する危機感や、恐怖も全て吹き飛んでいた。
目の前の男が、私を助けてくれたデモーニオの今いる場所を把握していることが何よりの問題で、私の大切な友達を傷つけようとしているその怒りだけで体が動いていた。
「……やはり貴女はそちらの方が似合ってますよ」
対する銀髪の男は掴みかかっている事にも意に介さずに口元を三日月のように歪めて笑い、閉じているはずの目が真っ直ぐと私を見下ろしているように感じた。
「あぁ?ッ……!」
意味が分からない言葉に一瞬怒りの感情を緩んだ隙に銀髪の男はするりと私から離れた。
「私の名はフォクスと申します。以後お見知りおきを」
フォクスと名乗った銀髪の男はくすりと微笑んで、その通路の奥へと消えていった。
「ッ待て……!」
あまりにも流れるようにいなくなった男に対して、逃げられたと認識するのに少しだけ遅れた。
だから反射的に追いかけるため、その通路へと足を踏み入れようとした瞬間。
「嬢ちゃん、こんな所でなにしとるんじゃ?」
「わっ!」
右側から聞こえた知らない声に私は思わず声を上げた。
「日本代表の選手がフィールドにも行かずにふらふら歩いて」
バッと顔を向ければそこにいたのは赤い帽子を被り、サングラスをした白髪白髭の男性だった。……響木さんより年上だろうか。
「えっ……あ……」
ユニフォームで日本代表だと分かったんだろう。
だけど普通の観客にしてはあまりにも堂々としているし、大会の運営の人にしては随分ラフな格好や態度をしている不思議なおじいさんだった。
そんな人の登場に呆気にとられている間に、熱くなっていた頭が冷静になっていく。
「あっ!」
そこで、これからオルフェウスとの試合があることを思い出して思わず声を上げた。
「す、少し道に迷っちゃって……!もう大丈夫です」
「ん?そうか?」
「はいっ、失礼します」
フォクスと名乗った男と話したのは数分だけど、それでも手洗いの帰りにしては遅くなってはいる。……ミーティング始まってたらどうしよう。
おじいさんに声を掛けてもらった礼に私は一度頭を下げてから、慌てて控え室へと走った。
おじいさんは1人で歩く自分を不思議に思って声を掛けたのだろうけれど……結果的に助かったな。また会えたらきちんとお礼を言わないと。
+++
「……間に合った」
そっと控え室に入れば殆どの選手がいたけれど、まだ雑談している様子からミーティング前だと分かって、ほっと息をつきながら扉を閉める。
「お姉ちゃん~!」
「うわっ!?」
それからしれっとベンチに戻ろうと顔を上げた所で目の前に腰に手を当て、じとりと睨みつける妹の姿に思わず声を上げてしまった。
「何で黙ってどっか行っちゃうの!私、すごく心配したんだからね!!」
お姉ちゃんただでさえ方向音痴なのに!と関係ない事まで怒鳴るぐらいには春奈はご立腹だった。
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってて……」
「そういう時はちゃんと連絡するようにって前に言ったでしょー!」
私はたじたじになりながら何とか言葉を返すも、今の春奈には通用せずにさらに声を上げられることになった。
「そうだっけ?」
「そう!」
私が首を傾げれば、春奈は大きく頷いてからむぅと唇を尖らせて控え室の出入り口の扉をまた睨みつけた。
「もうっ!お姉ちゃんだけじゃなくて、お兄ちゃんや佐久間さんもどっか行っちゃうし!もうすぐミーティングなのに……!」
「…………ああ」
春奈の言葉で控え室を見れば、名前を出していた2人がいない事に気づいた。
チームKの時のようにフィールドの点検に行ったんだろうという事はすぐに察した。
就任したときのひと悶着はともかく、FFI内ではイタリア代表の監督として真っ当な指導する影山の様子を考えれば……半信半疑なんだろうな。
「……どこに行ったんだろうね」
当時の一緒に連れて行ってくれない事にへそを曲げてた自分を懐かしく思いつつも、そのことを正直に言えば春奈は兄を心配して飛び出して行きそうに感じて、私は分からないフリをしながらベンチへと戻ることにした。
……今なら兄ちゃんが私を置いていった理由が分かる。妹に危険を冒させる真似できる訳ない。
それにしても、
「春奈があんなに怒るの珍しいな……」
「相手が影山だから、音無だって心配してるんだろ」
「!風丸さん」
シューズの靴紐が解けないようにしっかり結び直しながら呟いた独り言に返答が返ってきて、顔を上げれば準備を終えた風丸さんがすぐ傍に立っていたかと思えば、少し屈んでそっと私に耳打ちをした。
「鬼道やお前がいない事に一番最初に気づいて焦っていたんだ。……怒ってやるなよ」
「しませんよ、そんな事」
最後に付け足された妹への配慮に私は苦笑交じりに首を横に振って返した。
そもそも驚いただけだし、風丸さんの話を聞けば何も言わずに控え室を出たこちらが100%悪いので意見なんて言える訳ない。
それはきっとこれから私と同じように怒られる兄ちゃん達だって同じなはず。むしろそうじゃないと私も怒らないといけない。
「……風丸さんにも、心配かけちゃいましたか?」
それから次は私がこっそりと彼に尋ねる番だった。
……優しい彼に期待を隠しきれていない言葉だと我ながら思う。
「心配だから真っ先に話しかけたんだ」
なのに、風丸さんはそんな問いにも小さく笑みを浮かべてそう教えてくれた。
「……そう、ですか」
想像以上に胸が暖かくなったのを感じながら私は笑いかけた。
「うしし。森の時みたいに迷子になってると思ってたよ」
風丸さんがキャプテンに呼ばれたので見送った後、周りに控え室に帰るのが遅かった理由を言えば、迷っていないということで真っ先に木暮くんにからかわれた。
「あ、あの時も迷子にはなってないし……!」
「あれはヒロトさんのおかげじゃん」
「うぐ…………」
「あはは……」
反論するもばっさりと言われてしまえば私は押し黙ることしかできずに、一緒に話を聞いていたヒロトさんにも苦笑されてしまった。
「確かに今回の試合は負けられないから、気合いも入るよね」
頑張ろうね、と微笑むヒロトさんに私も笑みを浮かべて大きく頷き返す。
ヒロトさんがそう言ってくれたのは、遅れた理由を手洗い場で気合い入れ直してたからと話したからだろう。
本当のことだから、嘘はついていない。
不審者……フォクスと名乗った男の件は試合前に言う事ではない。
相手の狙いが自分だと分かった以上、そう焦ることでもないし。試合終わりに時間がある時にでも鬼瓦刑事に連絡をしておこう。
「不動さ~ん」
そんな事を思っていると、後ろの方から弱り切った壁山くんが私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返れば、予想通り涙目の壁山くんがいた。
「助けてほしいッス~……」
そう言って指を指す方向には……春奈に説教をされている兄ちゃんと佐久間さんがいた。
私よりもさらに遅く帰ってきたからか落ちる雷もさらに大きいなと春奈の声を聞きながら感じた。あの様子じゃどちらかが口滑らせたな。
「触らぬ神に祟りなし、だ」
「そんなぁ~!」
あの勢いに元々小心者な壁山くんが怯える理由は分かる。だけど残念ながら期待には応えられずに私は首を横に振って笑顔でそう告げればさらに嘆かれてしまった。
ミーティングもそろそろ始まるだろうし、数分の我慢だ。頑張ってほしい。
風丸さんと話している時から思ったけれど、イナズマジャパンの控え室は試合に向けて士気を高めたり、緊張を解すために話をしている人もいるのでなかなかに騒がしかった。
だけど、あのいやに静かな一人で歩く廊下に比べれば心地よく思って試合について気合を入れつつも、つい安心してしまった。
不穏をほのぼのでサンドイッチ(白目)
『オルフェウス』との試合の前日の朝、MRでは改めて現時点でのイナズマジャパンの状況をマネージャーから説明された。
今の所、イナズマジャパンの順位は2位(1位はイタリア代表オルフェウス)だが、ユニコーンの最後の試合の結果によってはアメリカ代表が決勝トーナメントに行く可能性もある。
イナズマジャパンが確実に決勝トーナメントに進むためには明日のイタリア戦になんとしても勝たなくてはいけない。
「よーし、みんな!オルフェウス戦に向けて練習練習!」
今更ながらにそんなプレッシャーに物怖じすることのないキャプテンは椅子から立ち上がり、明日のオルフェウス戦の試合に気合を入れて声を上げれば、周りも元気よく立ち上がった。
……神妙な顔つきをしている兄を残して。
「佐久間さん、行きますよ!」
「は、おい……!?」
日が落ちる手前の紫色に染まった空が広がっている時間帯に私は自室にいた佐久間さんを呼び出し、姿を現したタイミングで私は彼の腕を掴んでぐいぐいと引っ張った。
「行くってどこに……」
「……兄がまだ自主練習をしてるんです」
今日の練習。気合が入っていたのは兄ちゃんも例外ではない。だけど、先日のスペイン代表との練習試合の時にも思ったけれど、イタリア戦が近づくに連れて兄に余裕がなくなっているように見えた。
「だから……」
「そうだな、一人で練習なんて水臭いな」
「!」
私の意図が伝わったらしい佐久間さんは小さく笑みを浮かべてくれたので私は思わず息をつく。……ここで自分が少し緊張していたことを自覚した。
「……もう嫉妬しないのか?」
「い、いつの話してるんですか……!」
そんな緊張も佐久間さんの意地悪な言葉ですっかり解けたけれど。
+++
案の定険しい顔でボールを蹴っていた兄ちゃんに声を掛ければ同じ気持ちだと分かってくれて、一緒に特訓をした。
「すっかり佐久間とも打ち解けてるな」
「本当?」
明日の試合に向けてのコンディションをしっかり整えてから特訓を終わらせ、風呂から出て首にタオルを掛けたまま談話室でノートを広げていれば、私の後に入浴を済ませた兄がやってきて隣に座ったかと思えば小さく笑ってそう言ってきた。
「ああ。……今だから言えるが、一時はどうなるかと思っていた」
「はは……」
確かにあの時は自分が佐久間さんに嫉妬しているなんて分からなくてとにかく避けていたし、当人である佐久間さんはもちろん兄ちゃんだって困らせただろうなと思わず苦笑する。
「だから、先程佐久間を引っ張ってきたお前を見て嬉しかった」
兄ちゃんは穏やかな声でそう呟いて微笑んだ。
……確かにその頃を思えば私が自分から佐久間さんを呼ぶなんて思いもつかなかっただろう。人見知りっていうことを知っているのなら尚更だ。
「…………イナズマジャパンの人達が優しいから、成長できたのかも」
何かと自分を助けてくれる先輩の姿を思い出しながら、自分のノートを手に取りペラペラとページを捲りながら呟く。
アジア予選の時は自分が気づいたものだけを書き込んでいたノートに、みんなの意見もしっかり書き記すことになったのはいつの頃からだろう。
ポジションごとや性格によって見える視点がまるっきり違うことから、新しい発見ができて楽しかった。
何より自分に話しかけてくれたり、話しかければ応えてくれることが嬉しくてそんなやり取りを思い出せば自然と笑みが零れた。
「私……このチームでもっとサッカーしたいんだ」
パタンとノートを閉じて、私は兄ちゃんの方へと顔を向ける。
「だから……明日のイタリア戦勝とうね。兄ちゃん」
それから明日の試合に対する意気込みを口にして拳を突き出した。
「ああ。もちろんだ」
兄も応えるように拳を作って私の拳にこつんと当てた。
サッカーに対する意気込みを伝え終えた私はほっと息をついて、そのままソファーの背凭れに体重をかけて凭れ掛かりながら軽く目を閉じる。
大丈夫。私が兄に告げた気持ちは本物だ。
フィールドに立てば全力でサッカーを出来る。
その相手が例え…………
+++
イナズマジャパン対オルフェウスの試合が行われるのはコンドル島。試合会場はそびえ立つ高い塔の頂上に設置されているコンドルスタジアムだ。
「…………」
ミーティング前に向かった手洗い場で手を洗った後に私は顔を上げて鏡に写る自分自身の顔を見て、ゆっくりと深呼吸をした。
今日の試合は、決勝トーナメント進出を決めるだけでない。
……影山との決着をつけるための試合だ。
「……頑張らないと」
結局、私を助けてくれたデモーニオを見逃した彼の意思なんて私には分からないけれど、本気のサッカーをするだけだと拳を握り込んで静かに呟いた。
トイレから出た私は控え室を目指して通路を歩く。
観客席の方の賑わいはうっすら聞こえているものの、選手関係者しか使わない通路はいやに物静かに感じて、何となく早足で歩いている時だった。
「お久しぶりですね、アキナさん」
「!」
素通りする予定だった右に曲がる通路から聞こえたのは、聞き覚えはあるけれど……二度と聞きたくなかった声。
視線を向ければ最初に見たのは
観客とも、選手関係者とは思えないの相変わらずの出で立ち。
「お前ッ……!」
チームKの試合の前に遭遇した不審者が目の前にいた。私に最初に話しかけてきた銀髪で片目を隠して目を閉じていた方の男だ。
「……そう身構えないで下さいよ。今日は私一人だけです」
また背後から掴みかかる男がいるかもしれないと、私は目だけを動かして周りに警戒をしていれば、銀髪の男は口元に笑みを浮かべてそう呟く。あの気味の悪い、静かな笑みだ。……もちろん、信用する気はない。
「貴女をあの方の元へと連れていくという話は、白紙に戻りましたのでお教えしようかと」
「……テメェらの言うあの方って誰だ」
「いずれ知ることになりますよ」
銀髪の男が口に出す『あの方』について聞くも、答える気はないらしい。
だが、チームK戦前の時には私を連れるという目的があった話から理由は分からないままだけど、この言い方からこいつらの狙いは私だけだということを察した。
「ああしかし、アキナさんをすぐに連れ出せないのは個人的に惜しいと思ってますよ。全く……」
―入院している彼の邪魔さえ入らなければ。
そこで初めて、銀髪の男の声音が低くなった。忌々しさを隠そうとしない声。
だけど、それよりも “入院している彼” という言葉に私は反射的に動いた。
「ッ彼に何かしてみろ」
気づけば男の首元のスカーフを掴んですぐ後ろの壁へと押さえつけた。ギリリと布地を掴む手に力が入る。
「テメェら全員、潰してやる……!!」
この時ばかりは不審者に対する危機感や、恐怖も全て吹き飛んでいた。
目の前の男が、私を助けてくれたデモーニオの今いる場所を把握していることが何よりの問題で、私の大切な友達を傷つけようとしているその怒りだけで体が動いていた。
「……やはり貴女はそちらの方が似合ってますよ」
対する銀髪の男は掴みかかっている事にも意に介さずに口元を三日月のように歪めて笑い、閉じているはずの目が真っ直ぐと私を見下ろしているように感じた。
「あぁ?ッ……!」
意味が分からない言葉に一瞬怒りの感情を緩んだ隙に銀髪の男はするりと私から離れた。
「私の名はフォクスと申します。以後お見知りおきを」
フォクスと名乗った銀髪の男はくすりと微笑んで、その通路の奥へと消えていった。
「ッ待て……!」
あまりにも流れるようにいなくなった男に対して、逃げられたと認識するのに少しだけ遅れた。
だから反射的に追いかけるため、その通路へと足を踏み入れようとした瞬間。
「嬢ちゃん、こんな所でなにしとるんじゃ?」
「わっ!」
右側から聞こえた知らない声に私は思わず声を上げた。
「日本代表の選手がフィールドにも行かずにふらふら歩いて」
バッと顔を向ければそこにいたのは赤い帽子を被り、サングラスをした白髪白髭の男性だった。……響木さんより年上だろうか。
「えっ……あ……」
ユニフォームで日本代表だと分かったんだろう。
だけど普通の観客にしてはあまりにも堂々としているし、大会の運営の人にしては随分ラフな格好や態度をしている不思議なおじいさんだった。
そんな人の登場に呆気にとられている間に、熱くなっていた頭が冷静になっていく。
「あっ!」
そこで、これからオルフェウスとの試合があることを思い出して思わず声を上げた。
「す、少し道に迷っちゃって……!もう大丈夫です」
「ん?そうか?」
「はいっ、失礼します」
フォクスと名乗った男と話したのは数分だけど、それでも手洗いの帰りにしては遅くなってはいる。……ミーティング始まってたらどうしよう。
おじいさんに声を掛けてもらった礼に私は一度頭を下げてから、慌てて控え室へと走った。
おじいさんは1人で歩く自分を不思議に思って声を掛けたのだろうけれど……結果的に助かったな。また会えたらきちんとお礼を言わないと。
+++
「……間に合った」
そっと控え室に入れば殆どの選手がいたけれど、まだ雑談している様子からミーティング前だと分かって、ほっと息をつきながら扉を閉める。
「お姉ちゃん~!」
「うわっ!?」
それからしれっとベンチに戻ろうと顔を上げた所で目の前に腰に手を当て、じとりと睨みつける妹の姿に思わず声を上げてしまった。
「何で黙ってどっか行っちゃうの!私、すごく心配したんだからね!!」
お姉ちゃんただでさえ方向音痴なのに!と関係ない事まで怒鳴るぐらいには春奈はご立腹だった。
「ちょ、ちょっとお手洗いに行ってて……」
「そういう時はちゃんと連絡するようにって前に言ったでしょー!」
私はたじたじになりながら何とか言葉を返すも、今の春奈には通用せずにさらに声を上げられることになった。
「そうだっけ?」
「そう!」
私が首を傾げれば、春奈は大きく頷いてからむぅと唇を尖らせて控え室の出入り口の扉をまた睨みつけた。
「もうっ!お姉ちゃんだけじゃなくて、お兄ちゃんや佐久間さんもどっか行っちゃうし!もうすぐミーティングなのに……!」
「…………ああ」
春奈の言葉で控え室を見れば、名前を出していた2人がいない事に気づいた。
チームKの時のようにフィールドの点検に行ったんだろうという事はすぐに察した。
就任したときのひと悶着はともかく、FFI内ではイタリア代表の監督として真っ当な指導する影山の様子を考えれば……半信半疑なんだろうな。
「……どこに行ったんだろうね」
当時の一緒に連れて行ってくれない事にへそを曲げてた自分を懐かしく思いつつも、そのことを正直に言えば春奈は兄を心配して飛び出して行きそうに感じて、私は分からないフリをしながらベンチへと戻ることにした。
……今なら兄ちゃんが私を置いていった理由が分かる。妹に危険を冒させる真似できる訳ない。
それにしても、
「春奈があんなに怒るの珍しいな……」
「相手が影山だから、音無だって心配してるんだろ」
「!風丸さん」
シューズの靴紐が解けないようにしっかり結び直しながら呟いた独り言に返答が返ってきて、顔を上げれば準備を終えた風丸さんがすぐ傍に立っていたかと思えば、少し屈んでそっと私に耳打ちをした。
「鬼道やお前がいない事に一番最初に気づいて焦っていたんだ。……怒ってやるなよ」
「しませんよ、そんな事」
最後に付け足された妹への配慮に私は苦笑交じりに首を横に振って返した。
そもそも驚いただけだし、風丸さんの話を聞けば何も言わずに控え室を出たこちらが100%悪いので意見なんて言える訳ない。
それはきっとこれから私と同じように怒られる兄ちゃん達だって同じなはず。むしろそうじゃないと私も怒らないといけない。
「……風丸さんにも、心配かけちゃいましたか?」
それから次は私がこっそりと彼に尋ねる番だった。
……優しい彼に期待を隠しきれていない言葉だと我ながら思う。
「心配だから真っ先に話しかけたんだ」
なのに、風丸さんはそんな問いにも小さく笑みを浮かべてそう教えてくれた。
「……そう、ですか」
想像以上に胸が暖かくなったのを感じながら私は笑いかけた。
「うしし。森の時みたいに迷子になってると思ってたよ」
風丸さんがキャプテンに呼ばれたので見送った後、周りに控え室に帰るのが遅かった理由を言えば、迷っていないということで真っ先に木暮くんにからかわれた。
「あ、あの時も迷子にはなってないし……!」
「あれはヒロトさんのおかげじゃん」
「うぐ…………」
「あはは……」
反論するもばっさりと言われてしまえば私は押し黙ることしかできずに、一緒に話を聞いていたヒロトさんにも苦笑されてしまった。
「確かに今回の試合は負けられないから、気合いも入るよね」
頑張ろうね、と微笑むヒロトさんに私も笑みを浮かべて大きく頷き返す。
ヒロトさんがそう言ってくれたのは、遅れた理由を手洗い場で気合い入れ直してたからと話したからだろう。
本当のことだから、嘘はついていない。
不審者……フォクスと名乗った男の件は試合前に言う事ではない。
相手の狙いが自分だと分かった以上、そう焦ることでもないし。試合終わりに時間がある時にでも鬼瓦刑事に連絡をしておこう。
「不動さ~ん」
そんな事を思っていると、後ろの方から弱り切った壁山くんが私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返れば、予想通り涙目の壁山くんがいた。
「助けてほしいッス~……」
そう言って指を指す方向には……春奈に説教をされている兄ちゃんと佐久間さんがいた。
私よりもさらに遅く帰ってきたからか落ちる雷もさらに大きいなと春奈の声を聞きながら感じた。あの様子じゃどちらかが口滑らせたな。
「触らぬ神に祟りなし、だ」
「そんなぁ~!」
あの勢いに元々小心者な壁山くんが怯える理由は分かる。だけど残念ながら期待には応えられずに私は首を横に振って笑顔でそう告げればさらに嘆かれてしまった。
ミーティングもそろそろ始まるだろうし、数分の我慢だ。頑張ってほしい。
風丸さんと話している時から思ったけれど、イナズマジャパンの控え室は試合に向けて士気を高めたり、緊張を解すために話をしている人もいるのでなかなかに騒がしかった。
だけど、あのいやに静かな一人で歩く廊下に比べれば心地よく思って試合について気合を入れつつも、つい安心してしまった。
不穏をほのぼのでサンドイッチ(白目)